"毎日が輝いて"
会議室を出て、大聖堂から離れていくイリス達。
するべき話も終え、帰る途中出逢ったイヴェットにお礼を改めて伝えると、彼女もそれに笑顔で応えてくれた。
そのままイリス達は、中央大広場から南門近くにある宿屋へと向かっていく。
南門側の宿屋にした理由に深い意味はない。
ただ単純に、エステルの近くだからという点で選んだに過ぎなかった。
会議室を出るまで気付かなかったが、辺りは暗くなりつつあるようだった。
思いのほか枢機卿達から絶える事のない質問に晒されてしまっていた為ではあるが、これは大切な事なのでイリスはそれに丁寧に答えていき、随分と時間がかかってしまったようだ。
よくよく考えれば枢機卿は全員で十人もいるので、それも仕方のない事ではあると思えるのだが。
アルリオン到着の際に先輩達に言われたように、ここは大都市なので宿が取れないという事はないらしく、無事に宿の確保が出来たイリス達。
小さな街でもない限りは、食事は宿とは別のお店で取るのが主流になるそうだ。
これは宿も食事も全て専門の者が扱う事で、より良い品質のサービスを提供出来るという点から来ているのだと、ロットは教えてくれた。
「確かにそれぞれ専門の者が提供すれば、その品質は高くなりそうですわね」
「美味しいお料理を頂けるので、私達にも嬉しい事ですよね」
「そうですね。思えばお城から出た事が少ないので、こういった事も私達はあまり知らないのですよね」
「お城では至れり尽くせりでしたから、却って自由に思えてしまいますわ」
「ふむ。何不自由の無い暮らしが、却って自由でなくなる、か」
「主観によっても変わって来ると思いますけど、シルヴィアを見てると、何となく分かる気がしますね」
「確かにな。フィルベルグを出て一番変わったのは、シルヴィアではないだろうか」
「私、ですの?」
ヴァンの言葉にきょとんと目を点にしてしまうシルヴィアだった。
どうやら彼女としては、自覚などしていなかった事のようで、言葉に出されても良く分からないといった表情をしていた。
そんな彼女に妹は笑顔で答える。姉様は毎日がとても楽しそうですからねと。
その言葉もいまいち理解出来ないといった様子で、シルヴィアは妹に言葉を返していく。
「良く分かりませんわ。ただ、毎日が輝いて見えるのには違いありませんわね」
「私も楽しく過ごしてはいますが、姉様ほど有意義に過ごせてはいない気がしてきました」
「私も何となく分かります。シルヴィアさん、本当に毎日が楽しそうだから」
「あら、折角の旅なのですから、楽しまなくては勿体無いですわよ」
「ふふっ、そうですね、姉様」
「そうですよね。一杯楽しみながら旅をしましょうね、シルヴィアさん」
笑顔で答えるネヴィアとイリスだったが、イリスはこの旅が何を意味するのか、何となくだが理解しつつあった。
正確にはレティシアとアルエナが何故石碑に入っているのか、という事ではあるが、まだ漠然としたものではあるものの、イリスはそれに気が付きつつあった。
恐らくはそれも、最後の一人に逢う事が出来れば判明するだろうと思っていたイリスは、それをまだ仲間達に伝える事は出来なかった。
確たる証拠が無ければ彼らを不安にさせるだけだからだ。推測にすら含まれないような半端な言葉で、彼らの気持ちを惑わす訳にはいかない。
これはまだ口になどしてはいけないと、イリスは唇をきゅっと結んでしまった。
イリス達は中央大広場へと戻り、聖王国アルリオン所属冒険者ギルド統括本部、要するに冒険者ギルドに入っていく。
それにしても長い名前ですわねと言葉にしてしまうシルヴィアに、仲間達は皆、苦笑いをしてしまった。
それぞれの門に置かれているギルドもそうだが、やたらと正式名称が長いのも考えものではないだろうかと、そう思えてならないイリス達だった。
この時間は割と冒険者が報告している時間帯となっているようで、沢山の冒険者達がカウンターに並んでいた。
夕方の報告でこれほどの賑わいを見せるという事は、どうやら早朝は凄まじい事になってそうだとイリスは感じながらも、ヴァンとロットの後に続き、食事が出来るスペースへと足を運んでいく。
幸い壁側ではあるが、一つだけテーブルが空いているようでそこに座っていくイリス達。流石に時間帯が夕食どきという事もあり、とても賑わっていて、がやがやと楽しそうに食事と会話を楽しむ人達で溢れていた。
客層も冒険者から商人、一般人と思われる風体の者まで様々で、この辺りはフィルベルグ冒険者ギルドと同じ、多くの人たちに愛されるお店、といったところなのだろう。
テーブルに置かれているメニューを見ながら、何を食べようかと悩むイリスに、シルヴィアは右下にある文字を見ながら目を輝かせて言葉にしていった。
「あら、お摘みセットというのがあるみたいですわね。これなら色々な物を食べながら、お酒を楽しめるのではないかしら?」
「あ、ほんとですね。サラダからお肉、チーズの盛り合わせまであるんですね」
「お肉の盛り合わせ、ですか?」
「それは様々な種類のお肉が楽しめるセットになっているんだよ。お酒のお摘みにするのもいいし、自分好みのお肉を捜すのにもいいかもね」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
そんな話をしていると、若いウェイトレスが注文を取りにやって来たようだ。
折角なのでセットについての説明をお願いすると、お姉さんは笑顔で答えてくれた。
「お肉セットはアルリオン周辺で取れる魔物素材のお肉になります。
勿論ディアやボア、ゴウトやアンテロプなど、他でも食せるお肉も入っていますが、これはあくまで比較して頂く為にご用意させて頂いています。取り分け他と違うのは、ラクン、シヴィット、マルテス、フロック、リザルドといった、アルリオン特産とも言える素材を使っております。
臭みを取る為に香辛料や葡萄酒に漬けていたりはしますが、基本的にはシンプルな調理法になっております。お酒のお摘みにもなるようにローストや、からっと揚げた物となっておりますが、どうなさいますか?」
「面白そうですわね。それじゃあそれを五人分頂こうかしら」
ありがとうございますと笑顔で答える女性に、イリスとネヴィアはサラダの盛り合わせを、ヴァンはチーズを、ロットは折角なのでと葡萄酒の飲み比べセットも注文していった。
「それと、七百九十一年に作られた葡萄酒はありますか?」
イリスの言葉に笑顔でございますよと答えていく女性。
そのままイリスはヴァンに一本は多いでしょうかと尋ねるも、問題ないだろうと彼は言葉にした。
「ではそれを一本お願いします」
「畏まりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
仲間達に確認を取り女性へと言葉にしたイリスへ、それでは少々お待ち下さいと告げて女性は厨房へと戻っていった。
「いいのか? 美味い酒ではあるが、あくまでもあれは俺の好みだぞ?」
「ヴァンさんのお話を聞いて、私も飲んでみたかったんですよ」
「そうですわね。流石に何年の物までかは憶えていませんでしたが、私も飲んでみたかったですわ」
「あの時のヴァン様の表情は、とても楽しそうに語られていましたからね」
「ふむ。また出てしまっていたか」
「自然のままでいいと俺は思いますよ」
「ですわ。無理に隠す必要などないと思いますわよ」
「私もそう思います」
「ヴァン様はそのままでいらして下さい」
「む、むぅ……」
思わず瞳を閉じてしまうヴァンは、どう反応していいのか分からなかった様だ。
何とも可愛らしい表情だと思えてしまうイリス達の元へ、サラダとお肉セットがテーブルに運ばれて来た。
どうやらお肉の方は食べ易いように、一口サイズで整えてあるらしい。




