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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第九章 未来を創る為に
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"三分の一"

 

 粗方の話を終えたアルエナは、両手に光を集めていく。

 それはレティシアの託してくれた知識と同じように思えたイリスは、その光の玉を見つめながら言葉にする。


「……それは、レティシア様と同じ知識の光ですか?」

「はい、そうです。正確に言うとこれは、レティの知識の一部になります」


 アルエナはこの知識について説明していく。

 基本的にここに入っている知識量は、レティシアの託したものとは違い、大したものは入っていないのだと彼女は話した。

 これにはアルエナが言葉にしたように、レティシアの知識の一部と、アルエナが書き上げたあるものが含まれていると言葉にしながら、イリスの方へと光の玉を差し出していく。


 両手で掬うように受け取るイリスに、光はゆっくりと彼女の中に吸収されていき、その内容が理解出来るようになっていったようだ。

 どうやらこの知識は言葉通りの"かけら"なのだと、イリスは理解出来た。

 それは力の使い方や、レティシアの研究成果を記したものではなかったようだ。


「レティの話では、これを受け取った瞬間に理解する事が出来ると言っていましたので、もうお分かり頂けていると思います。

 イリスさんが感じているように、この知識だけでは何にも役に立たないようにしてあるのだと、レティは私に伝えていました。

 その理由に関しても、イリスさんであればお察しして下さっていると思います」

「はい。この知識は"三分の一"なのですね。レティシア様から頂いた知識の中にある一部と、合わさったような感覚を感じました。今はまだそれが何かは読み取れませんが。

 つまりこの知識は、もう一つの石碑で頂ける知識で完成するもの、という事ですね」


 はいそうですと笑顔で答えるアルエナに、イリスは言葉にしていく。


「……これは、詩、ですか?」


 まるでイリスの中に溶け込むように浸透してくる優しい詩。

 胸の奥がじんわりと温かさで満ちていくような、とても不思議な詩だった。


「はい。僭越ながら、私が書かせて頂いた詩です」


 アルエナにはそういった事が割と得意なのだと、レティシアに言われたそうだ。

 初めて聞いた時は思わず苦笑いをしてしまった彼女だったが、割と良い出来になったのだと言葉にした。


 一体何の為に詩を作ったのかとイリスは思ったが、それを彼女に問う事は無かった。

 わざわざ作りあげて渡すからには、何かしらの意図や思惑があった事は読み取れた。

 それも"知識"に含ませていたのだから、とても重要な想いなのかもしれない。


 そんな事を考えていると、アルエナが言葉にしていった。


「愛しい人を失った彼女を見て思ってしまったんです。残された側(・・・・・)の気持ちを。

 どうしようもない事とはいえ、悲しい結末を迎えてしまった二人を想いながら、この詩を書きあげました。

 結局彼はたったの二言しか、愛するレティへと言葉をかけられませんでしたから、その辛さや歯痒さが私にも溢れてしまっていたのです」

「それでお書きになられたのですね」

「ええ」


 短く言葉にする彼女は笑顔ではあったものの、イリスにはとても寂しそうに見えた。

 暫くの沈黙の後、イリスはフェルディナンの最期の言葉を尋ねていく。


「……フェルディナン様は何と、レティシア様へ言葉にされたのですか?」

「『ありがとう……。すまない……』と」


 辛そうに瞳を閉じるイリスは、やはりレティシアと必ず再会しなければならないと再確認したが、本当に逢えるのだろうかと思ってしまうイリスは、アルエナに問いかけてしまう。


「アルエナ様。石碑を目指していけば、私はもう一度、レティシア様とお逢い出来るのでしょうか?」

「ええ。必ず逢えると思います。それもそう遠くない内に逢えると思いますよ」


 その言葉に安心するイリスは、外で起った事態について尋ねていく。

 真剣な表情をする彼女にどきりとしてしまうアルエナだったが、静かにイリスの言葉を聞いていくも、その内容が進むにつれて眉が寄ってしまった。

 そして遂には目を大きく丸くして驚愕させてしまう。


言の葉(ワード)が効かない魔物、ですか?」

「はい。それも真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースの初級魔法ですら効き難かったと思える程の魔物でした。

 私はまだレティシア様から託された力を使いこなせてはいません。ですが、それを考えても、あの強さは異常だったと思えました。

 魔獣にも効いた言の葉(ワード)であっても効果がみられない魔物は、アルエナ様の時代にも存在したのでしょうか?」

「……にわかには信じがたい話ですが、イリスさんが強さを見誤るとも思えません。

 例え初級魔法とはいえ、レティの創り上げた魔法が効き難かっただなんて……」


 二匹目のギルアムの件を詳細に語るイリスだったが、アルエナは言葉にならないほど驚いているようだ。


耐久性低下レデュースト・デュアラビラティ全体攻撃力増加インクリーセス・アタックパワーを使った状態での強化型魔法剣チャージ・マナブレードが効かなかった、のですか……」

「勿論アルエナ様の時代とは随分と魔法の質が変わっていますので、比較は難しいと思うのですが、それでもあの耐久性は異常だったと思われます」


 暫し考え込むアルエナだったが、正直な所聞いた事などなかった。


「イリスさんの時代で言われているギルド討伐指定危険種とは、私達の時代では"妖魔"と呼ばれた存在だと思われます。

 通常の魔物とは別の強さを持つ存在。……ですが、魔獣と違って魔法は使わないはず。黒い(もや)のようなものは出ていなかったのですか?」

「はい。出ていませんでした」


 イリスの答えにアルエナは、聞いた事が無いと返していく。

 そんな彼女は、最後の石碑にいる者であれば、何か分かるかもしれませんと、言葉を続けた。


 残念ながら、イリスはここでそれを知る事は出来なかったが、少なくともアルエナは知らないと言えるような、異質な事であったのは間違いないようだ。


 イリスは最後の石碑の場所について尋ねてみるも、流石に彼女も知らないらしい。

 特にアルエナは、滅多にアルリオンを出る事はなかったようだ。常に魔法を使いながら移動しなければならない制限が付く彼女には、中々に難しかったとイリスに話していった。


 レティシアならばまだしも、魔法がそれほど得意ではないアルエナには、正直な所、面倒に思えたらしい。時たまアルリオンの街を散歩する程度で、何日もかかる他の街へは滅多に行かなかったそうだ。

 それも訪れる街はレティシアのいるフィルベルグのみで、それ以外は殆ど行く事は無かったとアルエナは語った。


 石碑の者と最後に逢ったのは眷属戦終結直後までで、以降は全く逢っていないそうだが、レティシアはその後もちょくちょく会っていたらしいと小耳に挟んだ程度で、それ以上の事は彼女も分からないとイリスに話していった。


 ただ、故郷に帰って研究に専念するとはレティシアに伝えていたらしいので、西の方に石碑が置かれている可能性が高いと思われるのだが、ここはアルリオンであり、大陸の東端とも言えるほどの場所となる。


 あまりにも漠然とした答えしか出せないアルエナは、申し訳なく思ってしまうが、イリスは『方角が分かっただけでも、とても助かります』と笑顔で言葉を返した。


「色々と教えて頂き、ありがとうございました、アルエナ様」

「いいえ、こちらこそお話を聞いて下さり、ありがとうございました」


 席を立つイリスに、アルエナも立ち上がりながら答えていく。


 随分と話し込んでしまい、仲間達が心配しているだろうかと思っていたイリスだったが、この石碑の空間はレティシアの創り上げたものなので、アルエナも時間の感覚が外とは違うのだと彼女から聞いているそうだ。


 そういえばと言葉にするイリスは、アルエナへひとつ尋ねていく。


「現在の法王様と枢機卿様が、アルル様の事をご存知だったのですが、何か理由があるのでしょうか?」


 アルル自身は彼女を抹消する勢いで、名をアルリオと改めた。

 だが彼らがその名を知っていた事実に疑問を持ってしまうイリス。


 そんな彼女にくすくすと笑いながら、アルエナは答えていった。


「女神アルウェナの存在と共に、アルルの名をこっそりと当時の枢機卿達に教えておいたのですよ。彼女はその名を棄てたと言っていましたが、私もレティもそれが嫌だったのです。だから彼女に知られないようにと仕込んでおいたのです。

 まさかイリスさんの時代でも、その名を知る者がいることに驚きを隠せませんが、それでも、彼女の名を誰も知らないというのは寂し過ぎますから」

「きっと私でも、アルエナ様達と同じように考えたと思います。アルル様の成した偉業を伝えられないのは辛いですが、それでも、そのお名前だけは残したいと思えてしまいますから」

「ありがとう、イリスさん」


 とても素敵な笑顔で言葉にするアルエナを見たイリスは、彼女が女神である事には変わらないのだと思えてしまった。


 彼女が成した事も、彼女の想いも。

 そのどれもが自分ではない、誰かの為のものだった。

 そして彼女は自分すらをも石碑に移し入れ、大切な事を伝えてくれた。

 何十年も、何百年も、来るかも分からない者が、石碑を訪れる事を信じて。


 これからも彼女は、石碑の中で生き続けるのだろう。

 そして彼女は地上に降り立った女神として、語られ続けるのだろう。

 それこそ永遠の時の中を、まるでたゆたうように存在し続けていくのだろう。


 石碑の中で生き続けるという事がどういう事なのか、イリスには見当も付かないが、願わくば、辛い想いなどしませんようにと、心の中で言葉にしていった。


 結局イリスは、自分の生い立ちや、この世界の女神であるエリーの事を口に出す事は無かった。

 それはアルルの放った強烈な一言で、話す機会を失ってしまっていたからだ。

 アルエナの言葉のままであるのならば、確かに彼女はこう言ったのだ。


『人を救わない神など神ではない』と。


 あの時のアルエナが伝えたその言葉に、イリスは何も反論が出来なかった。

 本当にその通りだと思えてしまう事ではあったが、それでもイリスにはそんなお方だとはとても思えなかった。

 あれだけの大惨事に、お力をお貸しにならなかった理由があるのではないだろうかと、イリスにはそう思えてならなかった。


 これも旅をし続ければ分かる事なのだろうか。

 元々の目的でもある、"もう一度あのひとと会うこと"を叶える為に世界を周って行けば、その理由を知る事が出来るのだろうか。

 それも全て、エリー様のいる"管理世界"へと行ける事が出来れば叶うのだろう。


 そんな事を思いながら、イリスは気持ちを新たに、最後の石碑へと目指す決意をしていった。



「旅の無事を、心よりお祈りしています、イリスさん」

「はい、ありがとうございます。アルエナ様も、どうかお元気で」


 イリスの言葉に、二人でくすくすと笑い合ってしまった。

 そしてアルエナはイリスに力を使っていくと、彼女は徐々に光に包まれていき、彼女のいるべき場所へと戻っていった。



 しんと静まり返る空間に、美しい女性が笑顔で立ち尽くしながら、旅立つ少女の無事を祈っていく。どうか無事に目的地まで辿り着けますように、と。


 そしてアルエナは、ぽつりと呟いていった。


「……どうか、その(うた)(うた)う事がありませんように……」



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