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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第二章 想いを新たに、世界へ
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"古代遺跡"と"聖域"


 「それで、今日のお昼はどうするのかしら?」


 イリスは朝食を食べつつレスティからそう聞かれた。


 「明日は太陽の日だから、ミレイさんにお願いしようと思ってるよ」

 「そうね。草原に行くならその方が私も安心できるわ」

 「探してもミレイさんと会えなかったり、ミレイさんに予定があったら諦めるよ」

 「うふふ、そうなったら私と一日お買い物とかしましょ?美味しいお茶も飲みに行きたいわね」

 「うんっ、どっちも楽しみだよ」


 食後のお茶を飲みながらお話は進み、レスティは今日の予定を話す。どうやらお店の方はもう安心してイリスに任せられるようだ。


 「今日も私は調合に専念するから、お店の方はお任せしちゃってもいいかしら?」

 「うん、大丈夫だと思うよ。何かあったら調合部屋に行くね?」

 「イリスがいてくれて本当に助かるわぁ。私一人だとゆっくりした時間を取れずに、お薬ばっかり作ってるから」


 火加減をしっかり見ないといけない調合は目を離す事が出来ず、付きっきりとなってしまうため、店で接客をしながらの調合をする事は出来ない。レスティが一人の時はいつも仕事が終わってからや、休日を使って大量の薬を作り、次の週に備える毎日だった。夕方仕事が終わると調合をし、空腹になると食事を取り、また調合しての繰り返しで、そこにはゆっくりする時間などほとんどなかった。最も、イリスが来るまではそんな気持ちにもならなかったという方が正しいのだが。


 「お薬いっぱいあるもんね。あれだけあると当分大丈夫なんじゃない?」

 「お店で売る分には大丈夫ね。でも何が起こるかわからないから、私は常にお薬の在庫を多めに用意してるのよ」

 「多めにって何か必要な時があるの?」


 何が起こるか、というレスティの言葉は、イリスにとってはいまいちピンと来ないことだった。なにせ魔物などいない世界の出身者だ。いくら知識を戴いたとはいっても、所詮は年齢相応の知識であり、全ての魔物について熟知してるわけでも、ましてや魔物がいること自体イリスには理解しかねるのだ。そして次に続くレスティの言葉はイリスにとってはまさに寝耳に水といったところだろう。


 「そうね、強い魔物が現れてたくさんの人が怪我をした時とかも考えられるけど、私が危惧してるのは魔物の大量発生ね」

 「ま、魔物の大量発生!?」


 ただでさえ怖い魔物が大量に発生すると聞いて血の気が引いていくイリスに、レスティは優しい声と笑顔で大丈夫よ、安心させてくれた。



 「怖がらせてごめんなさいね。大昔にそういった事があったみたいなのよ。今から大体250年ほど前の事だったかしら?その時の文献を図書館で見てね、もしもこんな事が起こるのならってお薬をたくさん作ろうと思ったのよ。実際、お薬はだめにならないものだから、作りすぎても問題ないから」


 大昔の事と聞いて安心するイリスは、ほっとしたように安堵の顔を浮かべレスティに話しかける。


 「250年前も昔なんだね」

 「そうよ。だから大丈夫だと思うわ。それ以降そういったお話も聞かないし、今は王国兵士さんや騎士さんの育成をしている王国騎士団長さんがとても立派で有能な方だから、この国にはとても強い兵士さんがいっぱいいるらしいわ」

 「その王国騎士団長さんって有名な方なんだ?」

 「ええ、私も何度かこのお店でお会いした事がるわ。人格者でとても素晴らしい方だったわぁ」

 「お店に来たって事は、その方はお薬を買いに来たの?」

 「ええそうよ。なんでも兵士さんたちの訓練として、近くの古代遺跡周辺から聖域までの魔物を間引くために、お薬を大量注文していったのよ」


 現在、この国の守りの要となっている王国騎士団は、歴代の王国騎士と比べてもかなりの練度を誇れる優秀な組織となりつつある。その中枢にいる人物が王国騎士団長であり、その存在があるというだけで、この王国の国民はとても安心できるほどの人格者であった。

 本来であれば、依頼でお店に会いに来たというだけですごい事なのだが、イリスがそれに気づくことはなかった。それもそのはずだ。前もって司祭であるローレンから、レスティは王国一の薬師かもしれないと言われていることもあり、薬師の店に直接騎士団長自らが赴き依頼を出すという事が、どれだけすごいのかまでは理解できていない。感覚が麻痺してしまっているのだろう。


 「場所がとても近い草原の魔物に関しては、成り立ての冒険者さんがいっぱい倒してくれているから、間引く必要が無いの。むしろホーンラビットは初心者冒険者さんの技術向上の為に倒さずにいるらしいわよ。

 もっとも増えてしまった場合は間引くらしいけど、その場合は王国兵士ではなく冒険者さんに依頼するみたいね。草原は魔物がかなり少ないとは言っても、やっぱり魔物に出会うと大変だから護衛は必須になるわ」


 「やっぱりそうだよね。ミレイさんに会えるといいんだけど」


 そう言いながらイリスは、さっきの話しの中にあった、少し気になる事をレスティに聞いてみた。


 「ところでおばあちゃん、古代遺跡と聖域ってなぁに?」

 「そうだったわね。古代遺跡っていうのは、ここから南東に向かった森の中にあるとても古い遺跡の事よ。割とすぐ近い場所にあるし、魔物も弱いものが多いから、初心者冒険者さんたちに人気の探索場所ね。

 既にもう調べ尽くされちゃったダンジョンだから何にもない場所なんだけど、訓練がてらに行く冒険者も多いわ。先輩に連れ添われて遺跡の構造や、注意すべき場所を確認しながら勉強できる場所になってるみたいね。冒険者さんが定期的に訪れる場所だから、魔物もかなり少なめらしいわよ。むしろ出会うほうが少ないって聞いた事があるような?まぁでも、残念ながらハーブは生えてないから私は行った事がないのよね」


 残念そうに頬に手を当てながら、あの辺りはいいハーブとかありそうなのにねと笑顔で言うレスティだが、そういえば、と思い出したように話を続ける。


 「聞いた話によると古代遺跡の最奥に読めない石碑があるらしいわね。かなり丈夫な石碑らしくて、ちょっとやそっとじゃ傷つかない不思議な石で出来ているそうよ」

 「傷つきにくい石碑?読めないって、昔の言葉で書かれてるのかな?」

 「そこまではわからないわ。私も行った事がないし、ちょこっと聞いただけだからねぇ」


 古代遺跡って呼ばれるくらいだし、昔の人が残したものなら読めなくても普通かな、などとイリスは思いつつも、あまり興味の無い事なのでそれ以上深くは考えなかった。むしろこの先に続くレスティの話に興味を持ってしまう。


 「もしイリスが行くのなら聖域の方がいいわね。ここから南西にある森のちょっと行った所に、とても美しい泉があるの。とても水が澄んでいる泉で、その周辺を聖域と呼んでいるのだけど、文字通りの聖域なのよ、そこは」

 「文字通りの聖域?」

 「そうよ。この泉周辺は魔物が入る事ができない不可侵領域なの」

 「それって、何かで守られてるって事なのかな」

 「きっとそうだと思うわ。その場所まで辿り着くと、魔物が何かに阻まれたように入れなくなる場所なのよ」

 「なにかって魔法みたいなもので守られた感じなのかな」

 「そうね、きっと似たような力だと思うけど、一般的には女神アルウェナが守ってくれている場所だと言われているわ」

 「そっか、アルウェナ様が創ってくださった場所なのかもしれないね」

 「うふふ、そうね。だから聖域って呼んでるのかもしれないわ。そしてその場所では様々な素晴らしい影響を受けたものがたくさんあるのよ。たとえば特殊なお薬の素材になるハーブやきのこがいっぱいあるの」

 「聖域かぁ。行ってみたいなぁ」


 そう言いながらイリスは、美しい泉があるというその場所を想像し、期待に胸を膨らませていた。それを察したレスティは微笑ましく言葉を続ける。


 「うふふ、もし行くつもりなら護衛をお願いするだけじゃちょっと難しいわね。さすがに森の中では魔物もわりと出会う可能性があるし、最低限自分で身を守る事ができる魔法を覚えてからじゃないととても危ないわ。あの辺りは浅い森になっているからそこそこ見渡せるけど、木の陰から襲ってくるとも限らないからね」

 「そっか、防御する魔法が必要なんだね」

 「そうね。まずは草原へ行って、風の魔法を使えるようにならないといけないわね」

 「そうだね、ミレイさんに会えるといいなぁ」

 「もし午後までに会えなければ探してみるといいわ」

 「そうだね。今日はちょっとお時間もらって噴水広場辺りに行って探してみるよ」


 食後のお茶もずいぶんと落ち着いたところで、レスティが話を切り出した。


 「それじゃあ今日も頑張ってお仕事しましょうか」

 「うんっ」



 お店に向かい、レスティは調合部屋へ、私はお店の鍵を開けに行く。ミレイさん来てくれるといいなぁと期待を込めつつ、お仕事をはじめるイリス。


 カランカランと扉の鐘が鳴り、今日も元気にお仕事頑張ろう!と気合を入れるイリス。そしてお客さんに元気良く素敵な笑顔で向かい入れた。


 「いらっしゃいませ!」




   *  *   




 イリスが店の掃除をしていると正午の鐘が鳴り、しばらくすると調合部屋からレスティが戻ってきた。


 「どうだったかしら?ミレイさんは来てくれた?」

 「ううん、ミレイさん来なかったよ。やっぱり探さないとだめかも」

 「あらあら。もしかしたらお仕事で遠出してるのかもしれないわね」

 「そっか、冒険者さんだもんね。そういえば今日はレナードさんもオーランドさんも来なかったなぁ」

 「まぁ、焦ることはないわよ。護衛してもらえる人がいなければ、私と一緒にお買い物しましょっ」

 「ふふっ、そうだねっ」


 伝票整理も終え、イリスはお店の鍵を閉めに行く。


 「さて、それじゃあお昼ご飯にしましょうか」

 「うんっ」



 そういいながらキッチンへ向かって行くも、ふたりはキッチンの前に立ちながら、お昼ご飯を何にしようかと話をしている。


 「今日は何にしましょうかね」

 「いつも作ってもらってるし、たまには私が作るよ」

 「あら、いいの?」

 「うん。といっても、手の込んだのは作らないで、簡単に作れるお料理になると思うけど」

 「あらあら、楽しみだわ。それじゃあ私はサラダのほうを作るわね」

 「うんっ。サラダ作り終わったらテーブルで座って待っててね」

 「うふふ、わかったわ」


 「(お手軽に作れて美味しいものかぁ。パスタ辺りでいいかな。手の込んだのはさすがに大変だから、ちゃちゃっと作っちゃえるのがいいね)」


 そう思いながらイリスは料理をはじめる。レスティはパパっとサラダを作り終え、テーブルにサラダとお皿を持ちつつ向かって行ったようだ。


 まずは長方形に切った豚ばらをフライパンで炒め、バジルを何枚か入れて香りづけ。薄く切ったブラウンマッシュルームを入れて火を通し、バジル、オレガノ、タイム、パセリを入れて、四角く切って種を取ったトマトを、フライパンに入れて軽く炒める。


 パスタを茹でてフライパンに入れ、パスタの茹で汁を少々入れて絡め、仕上げに塩と胡椒で味を調えれば・・できた!最後にバジルの葉っぱを乗せれば完成だね。


 おばあちゃんは先に座って待ってるから、お料理をお皿に盛ってバジルを乗せてテーブルへ向かって行くイリス。テーブルまで来るとレスティに完成の報告をした。


 「できたよ、おばあちゃん」

 「あらあら、おいしそうな香りね」

 「ささっと簡単、トマトとブラウンマッシュルームのパスタだよ」

 「まあまあ、とってもおいしそう!」

 「手の込んだものじゃないからそこまで期待しないでね」

 「さあさあ、それじゃあいただきましょう」


 レスティは一口食べるとあらあらあら、と言いながら食べている。イリスも食べてみるが、普通に美味しくてよかったと思っていた。


 「とっても美味しいわね、このパスタ」

 「あはは、でもこれ簡単にぱぱっと作ったお手軽料理だから、そこまですごいお料理じゃないよ?」


 そう苦笑いするイリスにレスティは、そんなことないわ、とっても美味しいわと言いながら食べてくれていた。少々こそばゆいというか、ほんとに大した物じゃないんだけど、という顔をしながらイリスは食事を続けた。



 食後のお茶を飲みながら、ゆったりとお話をしているふたり。この時間が何よりも至福の時となりつつあるイリスは、レスティにさっきの話の続きをする。


 「聖域ってどんなハーブが生えてるの?」

 「あの場所はとても神聖な場所でね、特殊な病気に効くお薬が作れるのよ」

 「特殊な病気?」


 特殊な病気と聞いたイリスは思わず顔が強張ってしまっていた。レスティの店にある薬にはそういったものがなかった為、考えもしなかったことだ。


 「そうよ。例えばそうね、視力が低下した人に効くお薬とかかしらね。当然、万人受けするようなお薬じゃなくて、ある特定の毒を含んだ物を食べた時に起こる症状を、本来の正常な状態へ戻すお薬よ。

 普通の人はその毒を口にしても大丈夫なくらいとても弱いものなのだけれど、極々稀に視力が弱まる人が出てくるのよ。特に身体の弱い人や子供がかかる病気と言われているわ。ヘレル病と呼ばれるもので、そのまま放置し続けると3,4年で失明してしまうかもしれないくらい怖い病気なの」

 「し、失明って、目が見えなくなっちゃうって言う事?」


 思っていた以上の重い症状に、そんな怖い病気があるのかとイリスは血の気が引いてしまう。


 「そうよ。あくまでもそのまま放っておくと、ということだけれどね。もしその病気にかかってる人がいたら、まずは腕を見るといいのよ。ヘレル病なら腕に黒いあざのような斑点が出てるはずなの。これを治すための薬草が聖域の泉周辺にあるのよ。

 聖域の泉の周りではルナル草というハーブが生えていて、これがその病気のお薬の材料になるのよ。このルナル草は聖域じゃないと生えていないものらしいわ。数年前に栽培もしてみたけど育たなかったのよね。たぶん聖域の環境がルナル草に適してるのね、きっと」


 「そっか、神聖な場所だから聖域って呼ばれるんだね、きっと」

 「うふふ、きっとそうかもしれないわね。私も聖域を全て調べたわけじゃないから、もしかしたらもっとすごいハーブが生えてるかもしれないわね」



 ゆったりした時間も終わり、使ったティーカップを洗い終えた後にイリスは、それじゃあミレイさん探してくるね、とレスティへ話しかけた。


 「お昼はお店にお客さんはあまり来ないから、のんびりしてらっしゃい」

 「ありがとう、おばあちゃん。ミレイさん探しながら色々散歩してみるよ」

 「うふふ、いってらっしゃい」

 「いってきますっ」



 イリスは店を出て広場に向かい歩き出す。ふと空を見上げると、今日もとてもいい天気だった。丁度よくお腹も満たされていて、ちょっと眠気が出てきてしまう。


 あぁ、こんな日はお昼寝をすると気持ち良さそうだなぁと思いながら、イリスはミレイを探すべく広場へ向かっていった。


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