"新たな言の葉"
一息付くように軽くため息をしたアルエナは、続けて話をしていく。
「次は、そうですね。この世界に変革を齎した言の葉についてのお話をしましょう」
当時の言の葉はとても強大なものというだけではなく、子供でも扱える可能性があった、とんでもない技術だった。
これを当たり前のように使っていた時代に眷族が発生してしまうと、文字通り世界が滅びかけたと、アルエナはイリスに再確認させるように言葉にする。
それほどの危険な力を、まるで呼吸するかのように自然と使っていた時代だからこそ、その危うさに気付かなかったのだと彼女は話した。
「レティも言っていたかもしれませんが、まさか眷属と呼ばれるモノがそれほどまでに強大で凶悪だったとは夢にも思わず、なす術もなく打ち倒されてしまった数多の者達を出す、最悪の結果となってしまいました。
この事態を収束させたのはレティの新技術、イリスさんが言うところの真の言の葉です。ご存知の通り、この力は強大過ぎるほどの能力を秘めています。正しく使わねば軽々と世界を滅ぼす凶器へと変わるでしょう。
ですが、それ以上に世界を揺るがしかねない事態が目の前にありました」
「言の葉が世界に浸透し過ぎている、という事ですね?」
「はい、そうです」
イリスの時代の言の葉とは、似て非なるものとなっている。
これを扱える事そのものが、世界を滅ぼす元凶となる可能性が非常に高いと、レティシア達は推察していた。
ただでさえ広まり過ぎてしまっている技術をどうにかする事など、誰にも出来ないと言えるだろう。
だが、最悪とも形容するには足りないほどの事態が起きてしまった現状で、ひとつの活路が見えたのだとアルエナは言葉にする。
彼女の研究結果をレティシアとアルルから聞いたのは、アルエナがアルルと再会してから一年ほど先になる。
その頃のレティシアは、エデルベルグを再建するのではなく、新たに街を興し、徐々に大きくしているのだとアルエナに語った。
何もない草原にぽつんと建てた大きめの小屋は、やがて世界でも四つしかない巨大な王国へと姿を変えていく事になるのだが、それをアルエナやアルルだけではなく、当の本人ですら予想する事など出来なかった。
一方アルエナは、聖王国アルリオンへと身を寄せ、上層部で生活をしていた。
正直聖域でも良かったのだけれどと言葉にするアルエナだったが、私が辛いからやめて頂戴とアルルに、いや、アルリオにはっきりと言葉にされてしまったという。
「世界には未だ悲しみで満たされたままでした。その全てを取り除く事など、人の身にはあまる事でしょう。ですが、そんな人の身でも出来る事はありました。
それが、"新たな言の葉"を作り出す事です」
「新たな言の葉、ですか?」
ええそうですと言葉にしたアルエナは、イリスに説明していった。
アルエナの時代に使われていた言の葉を消す事は現実的に不可能であると、レティシアの研究により、早い段階から答えが出されてしまっていた。
そんな事が出来るのは、本物の神様くらいだろうと。
つまりこれは、現状を変えられないのだと結論付けられた訳だが、それはレティシア達には含まれないと、逆に確信を持つ事も出来たようだ。
そしてそれをイリスはもう理解していた。真の言の葉を使い続け、答えとも言うべきものを導き出している。
イリスは静かに言葉にする。
推察としての答えではなく、それならば可能であるといった現実的な答えとして。
「"想いの力"ですね」
「はい。その通りです」
笑顔で答える彼女だったが、内心はイリスの事をとても賢い子だと思っていた。
当時の自分では導き出せなかった。いや、想いの力を使う事くらいは想像が付くが、それをどう使えば結果的に言の葉を新しく出来るのかなど、アルエナには見当も付かなかった。
彼女自身もレティシアに説明をして貰ったが、それでも理解出来なかった事だった。それをイリスは誰に聞く訳でもなく、自分自身で答えを出してしまっていた。
驚きを隠せないアルエナは、少々言葉に詰まってしまうが、心を落ち着かせてイリスに話していく。
「"想いの力"であれば、想像力次第で様々な問題が解決するとレティに説明をされましたが、それでもまだ力が足りないらしく、私達の時代で使われている言の葉を想いの力に融合させた魔法を使える者を起用する事で、それを理論的に可能としたようです。
当然これは、魔法研究に天才的な才能を持つレティを以ってしても、容易ではなかったようだとアルリオは話していました。それでも街の発展の片手間で研究しながら、たったの四年足らずで理論を完成させた事が信じられないといった様子を見せました。
物事に動じない彼女ですら目を丸くして驚愕していたのが印象的で、今でも目に焼き付いているように憶えています」
彼女が完成させた理論であれば、新たに言の葉を作り出す事だけではなく、それを安定させる事が出来るという。
だがそれも一種のまやかしのようなもので、ある条件によって簡単に解除されてしまうのだとレティシアは言葉にしたそうだ。
「……そうか。そうなんだ……。それで抑える為の魔法書が必要になったんだ……。
恐らく条件は、嘗ての言の葉の使用方法の理解。であればレティシア様の理論は意味を成さない。それを完成させたと仰ったのだから、その解決方法を見つけたという事。
ならばレティシア様が成した事のひとつである、魔法書による言の葉の制限をすれば、それは可能になる。それを安定さえしてしまえば言の葉の制限だけではなく、眷属の弱体化にも繋がるんだ……。そして同時に、世界の抑止力にも繋がっていく。
凄いです、レティシア様……」
ぽつりと独り言を呟いてしまったイリスに、アルエナは驚愕していた。
ほんの少しだけの情報から彼女はそれを読み取り、推察してしまっていた。
目を丸くしたままイリスへと言葉にするアルエナ。
「……凄いですね。私にはレティから説明を受けても、正直な所、良く分からなかったのですが」
「レティシア様にお逢いして、色々と説明以外のお話も伺っていましたから」
笑顔で言葉にするイリスだったが、もし彼女がレティシアと共に時間を過ごしていたら、一体どんな風になっていたのかと思わずにはいられないアルエナだった。
まるでそれは、もうひとりのレティシアを見ているように錯覚してしまう彼女は、そんな事を考えながら話を続けていった。
「ですがその理論であっても、色々と必要になってくる条件が出て来たのだと、彼女は言葉にしました。イリスさんの仰った魔法書もその一つになりますが、それでもまだ足りないのだそうです。
この理論を押し通すには、同じ力を持つ者が足りなかったのです」
それだけの力を込めるには、相応の想いの力を扱える者を揃えなければならなかった。それも当然と思えるだけの効果を出す為に、多くの者を必要とするのも仕方のない事だと言えるだろう。
何せ世界を改変するかのような、途轍もない強大な力を必要とするのだから。
「それを可能としたのは、仲間達の協力でした」
レティシアの理論を実行したのは、五名の仲間達だとアルエナは話す。
エリオット・リンスレイ、レジナルド・グレイディ、トラヴィス・アドラム、アンネッタ・デルミーニオ、ルアーナ・レーニだ。
彼らは世界の五箇所に散らばり、ほぼ同時刻にある魔法を発動した。
必要なのは、時間と場所を合わせた上で魔法を発動させる事らしいのだが、正直な所、詳しく聞いてもアルエナにはさっぱり理解出来なかったそうだ。
しかし、それによって得られる影響を把握する事くらいは、彼女にも出来た。
五人の想いの力と言の葉を組み合わせたレティシアの魔法技術により、その膨大とも言える魔力が発動した瞬間、空に黄蘗色の光が五つあがったという。
それは線のように細いものではあったが、どんな遠くからも見渡せるほどの輝きを放ち、まるで空に還るように昇っていったそうだ。
そして昇り続けた光はそれぞれ空で弾け、小さな光の波状を世界に響かせていった。
「以降はレティの想い描く通り、言の葉の制限をかける事に成功したようですが、このままではそう遠くない将来に、必ず魔法の効果が失われると彼女は想定していました」
これも想定の範囲内らしく、ここからが勝負だと彼女は言葉にしたらしい。
レティシアの予想では、この魔法の効果は長くて百二十年、早ければ九十年ほどしか保てないそうだ。
それまでに何としても、もうひとつの成すべき事をしなければならないと思っていた彼女は、徐々に国と認知されるようになりつつあった、自身が造り上げようとしている街へと戻り、残りの成すべき事に没頭していった。
だが、最低でも九十年も保てるという事は当然レティシアを含め、この計画に参加した誰もがこの世から去っている未来の事となる。
玄孫ではなく来孫以降の子供達の為に、レティシア達は人生の全てを捧げていった。
そして彼女は、人生最大の研究成果をその手で創り上げた。
来るべき時の為に。自身を石碑の中で、永遠という時の流れに身を委ねられるようにと。
玄孫とは孫の孫、つまり"やしゃご"の事で、来孫とは更にその子供の事です。




