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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第九章 未来を創る為に
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"未来を創る為"に

 

 お茶を一口飲んで喉を潤したアルエナは、イリスに話を続けていく。


 リオンに着いたら、しなければならない事が沢山あった。

 難民の住居や食料の確保、魔物による襲撃の警戒。

 その全てを、アルエナはさせて貰えなかったようだ。


 これは全てアルルとレティシアの指示によるもので、彼女はリオンに入る事すら許されず、そのまま北西にある聖域に向かう事となったそうだ。

 その後も彼女達は、とても親しげに今後を話し合っていたとアルエナは語る。


「アルルは私の親しい友人で、レティシアとも顔見知り程度ではあったのですが、まさかあんなにも二人が意気投合するとは思いませんでした」


 どこか遠くを見つめながら言葉にするアルエナだったが、結局は彼女たちが出した提案に乗る事になったようだ。

 決め手になったのは、アルルから言われた言葉だという。




 *  *   




「まだ決心がつかないの?」

「当たり前じゃない。私に女神なんて無理よ」


 呆れた様子で言葉にするアルルに即答していく。


「アルルの言う通りにすれば問題ないと思うわ。女神様だもの。必要以上に人前に出る必要なんてないのよ」


 レティシアの言葉に、それでも女神を名乗る事自体が問題だとアルエナは答えた。

 だがこの世界に神はいない。誰も目にした事がないし、そんな記述も一切ない。

 だからこそ女神を名乗ることが出来ると、アルルは力説する。


「この世界に神が本当に存在するなら、何故私達を救って下さらないのかしら?」

「それは……。神様のお考えになる事なんて、私には分からないわよ」


 言葉に詰まりながらも何とか答えようとするアルエナだったが、しっかりとした答えなど出なかった。

 この世界で神を信じている者はあまりいない。嘗ては女神が顕現したのではないかと言われた聖域も、今現在ではそれを語る者などもういないほどに。

 それほどまでに大昔の事でもあるし、何よりも実際に見た者などいない。

 その確たる根拠など、何ひとつ見付かってもいないのだから。


「ねえ、アルエナ。私が言いたいのはね、この世界で信仰すらされていない存在を崇めて何になるのかと言いたいのよ。

 神様が本当にいるのか、それともいないのかは別の話なの。いようがいまいが、直接的に神様が私達を救って下さらないのであれば、それはいないのと同じなのよ。

 結果的に眷属における被害も、神様は救ってなどくれなかったわ。

 きっとそれは、神様に頼らず、私達自身が解決する問題だからだと私は思うの。

 自分達で解決し、自分達の足で前に進む事が大切なんだと、私は思うのよ」


 だから女神を僭称する事もそのひとつなのだと、アルルは言葉にする。

 女神を名乗ることに問題があると彼女は全く思っていない。

 寧ろ自由にすればいいと言ってくれる筈だと考えている。

 本当に神などいるのであれば、ではあるが。


 正直な所、あれだけの惨劇を放置した神を目の前にした彼女は、怒りを向けてしまうのではないだろうかと思えるほどの苛立ちを覚えていた。


 きっと神など存在しないのだ。いや、いる訳がない。

 だからアルルは言葉にする。怒りにも似た色を含ませた瞳ではっきりと言葉にする。


「世界が滅びかけるほどの出来事を静観する存在を、私は神と認めない。認められるはずがない。これだけの悲しみを世界に溢れさせて何が神よ。

 人を救わない神など神ではない。なら、私達が神を創るの。神を創り、人を救うの。そして貴女には女神を僭称して貰い、世界中の人に嘘を付いて貰う」


 強い口調で言葉にするアルルへ、それは人々を欺けって事なのかしらと、とても悲しそうにアルエナは問い返すと、アルルはそうよと即答してしまった。


「アルエナ。嘘には大きく分けると、二種類のものがあると私は思うわ。

 "人を傷付ける嘘"と、"人を護る嘘"よ」

「……人を、護る、嘘?」


 そうよと強く肯定するアルルは、言葉を続けていく。


「貴女に人を傷付ける為の嘘を吐かせたりはしない。人を守る為だけに女神を名乗って貰うわ。そしてあれだけの惨事に神が手を下さなかった点も利用するわ。

 幸いこちらにはレティシアが作り上げた、全く新しい魔法技術がある。これを知る者はいないわ。これを使って"奇跡"を起こして貰うのよ」

「……奇跡を、起こす?」

「そうよ。でも本当の奇跡なんて必要ない。奇術でいいの。やり方とアイデア次第でいくらでも可能だわ」


 アルルはアルエナへ説明をしていく。奇跡の起こし方や女神の出現方法、女神が何をして何を残し、何を願っているのかを。

 そして女神を崇拝する教会を建設し、ゆくゆくは世界中に轟くほどの宗教を創りあげていくと。


 激戦の最中に女神が顕現せず、その後に現れる事に疑問を持ってしまうアルエナだったが、それも利用する事で問題は無くなると彼女は言う。

 "多くの生命(いのち)を失い、絶望する我が子達の為に救いの手を差し伸べた"という事にすればいいとアルルは語った。


「でも、何故あの時助けてくれなかったのかと、言われたりはしないのかしら?」

「女神の力は絶大で、力を貸せば世界に大きな爪痕を残してしまうから、とでもしておけばいいのよ。正直理由なんて何でもいいの。

 大切な事は"女神の顕現"と"人々の為に救いの手を差し伸べた"という事よ。

 それ以外は何とでもなる。そういう状況なのよ、今は」


 続けてレティシアもアルエナを説得していく。


「世界は滅びかけているのよ、アルエナ。あれだけの被害を終息させるには、余程の事が必要になるの。それこそ"女神の顕現"くらいの衝撃が。

 これまで神が顕現されなかった事も使わせて頂くのよ。聖域も女神による影響と教えてもいいと思うわ。そうすれば真実味が増すし、何よりもあの領域は私達でも解明出来ない人知を越えたものよ。使わない手はないわ。

 この世界に生きているのは私達なんだもの。きっとお叱りになんてなさらないわ。

 もしお叱りになられるのなら、貴女ではなく私達に責があると必ず伝えるわ。

貴女は私たちに従っただけ。だからお願い。力を貸して、アルエナ」


 揺らぐアルエナにアルルも、彼女らしさが伺える、とても強い言葉を発していく。


「私はこの世界に神などいないと思っているわ。

 もし目の前に出て来たら私は、その神を名乗る者に掴みかかると思う。

 貴女も見たでしょう、レグレスの民を。大切な人を失い、故郷を失い、絶望に打ちひしがれる人々を。あのままではいけないの。

 でもね、私達が見たのはほんの一例に過ぎないのよ。今回の一件で、多くの者を失い過ぎたの。世界には悲しみが渦巻くように溢れてしまっている。

 誰かが何とかしなければ、そう遠くない先に必ず、もっと悲しい事が起こっていくわ。それを止める為にも、貴女の力が必要なの。

 悲しみと絶望の楔を断ち切り、新しい未来を創る為に。

 その為に嘘を吐きなさい。世界中の人を欺きなさい。そして世界を救う女神になりなさい」




 *  *   




「そう、だったのですね……」


 聞き入るようにアルエナの話を聞いていたイリス。

 全てはアルルの発案にレティシアが力を添えた事ではあった。


 その後、彼女達は"女神の顕現"や"奇跡"を起こしながら、リオンを少しずつ大きくしていった。

 レティシアの知識を託されたイリスにも、それが何となくではあるが理解出来た。

彼女の研究にはそういった"奇跡"を思わせる内容の魔法が多数存在している。

 荒廃された土地に作物を実らせたり、強固な城壁のようなものを造り上げたり、時には上空に恵みの雨を降らせたりもしたそうだ。

 残念ながら、レグレス周辺には作物どころか草すら生えない事が分かり、改めて眷属による爪痕の深さを知る結果となってしまった。後にエデルベルグでも試してみたレティシアだったが、同じように作物の芽が出る事はなかった。


 "女神の奇跡"と人々から呼ばれたこれらは、当時の言の葉(ワード)でも似たような魔法が存在していたが、目に見えて異質なものであった為に、女神をその目にしていない者達であっても、本気で奇跡だと知られていったようだ。


 それは徐々に世界へと噂されるようになり、多くの者達が"奇跡の街リオン"へと足を運ぶようになっていく事となった。

 奇跡を起こした後レティシアは、エルとクレスを連れてエデルベルグへと戻っていったそうだ。


「噂を聞きつけた仲間達もアルルの思想に協力をしてくれて、ぐんぐんと集落は成長し、集落から街へ、街から国へと姿を変えていきました。

 街へとなった頃ぐらいからでしょうか。指導者が必要となっていったのは。

 リオンには元々、長と呼べる存在はいませんでした。元々はただの農村でしたから。

 そんな場所に統率者などおらず、リオンを警備していた者達も眷属戦へと赴いたそうで、とても若い村民や高齢者しか残されていなかったリオンには、指導者と呼べる者などいる筈もなく、誰かがそれをしなければならなかったそうです」


 流石に女神として存在してしまったアルエナは、それを仲間達から伺う事しか出来ない現状で、自身が出来る事などなく、見守る事すら出来ずに聖域で静かに暮らしていたそうだ。

 極稀に仲間達以外の者が聖域へと来る事もあったが、魔法により完全に身を隠す事など造作もなかった。

 更には俗世から離れた暮らしが彼女には合っていた様で、リオンの事や仲間達の事が気にはなっていたくらいで、アルエナはのんびりと暮らす事が出来たそうだ。


 そんなある日、仲間の一人であるルアーナが聖域を訪れた。


 アルルが呼んでいると告げた彼女に驚いてしまうアルエナは、何かあったのだろうかと思いながらも、ルアーナと共にリオンへと向かっていく。

 "女神"を必要としているという事は、ただ事ではない気がしてならないアルエナだったが、それもどうやら杞憂に終わったと判断するのは、彼女と再会してからとなる。


 アルエナが目にしたリオンの姿に、ぽかんと呆けて見つめてしまったのを、まるで昨日の事のように鮮明に覚えているそうだ。


 彼女が知っているのは、集落から徐々に畑や家が出来つつあるなりかけ(・・・・)の街という、そんな発展途上の集落だったとアルエナは記憶していた。

 だが目の前にあるのは、そんなものでは断じてなかった。既に街ですらない。

 それはもう"王国"だったと、アルエナはイリスへ言葉にした。


「確かにイリスさんの言うところの真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースであれば、早期に巨大な建造物を造る事は可能ではあります。造るだけなら、ですが。

 そこには多くの人々で溢れ、その誰もが悲しみの瞳をしてはいない国が存在していたのです。街の中央には巨大な聖堂が聳え立ち、多くの者達がその王国で生きていました」


 あの事件からたったの三年で、ここまでの急成長をさせた手腕に驚愕しながらアルルと再会すると、彼女は色々と変わっていたそうだ。

 長かった綺麗な髪をばっさりと切り、白いローブを身に纏っていた。


 話に聞くと、彼女は街が発展する前から既に自身を偽って存在していたらしい。

 アルルという名を棄て、別の人物となった彼女は、指導者から法王へとなっていた。


「流石にこれには私も驚愕しましたが、当時のアルルを知っている者がいると、女神の存在が揺らぎかねないと思ったのだと彼女は言いました。

 名をアルリオと改め、"女神の恩寵を賜る法王"として座しているのだと。

 そして街の名も変わり、聖王国アルリオンとしたそうです。

 結局彼女は当初から名乗る事は無く、アルルという名は完全に抹消するつもりだったようですね」


 アルエナはとても寂しそうに微笑みながら、イリスに話していった。


 彼女は"女神アルウェナ"だけでなく、自身をも偶像化してしまったのだ。

 それは彼女が最初から考えていた事であり、しなければならない事でもあったと、『世界を救う女神になりなさい』と言葉にした日と同じような覚悟の瞳で、しっかりとアルエナに伝えていった。

 何もそこまでしなくてもと彼女に伝えたアルエナだったが、それではダメなのよと即答されてしまったそうだ。


『女神として人生をかけてくれた貴女に示しが付かないもの。

 私もアルエナと同じように存在しなかったアルル。それでいいのよ』


 そう彼女は満面の笑顔でアルエナに答えたと、彼女はとても悲しそうにイリスに話した。




 アルリオと名を変えたアルルさんが考えた"女神の恩寵を賜る法王"が、今代の法王であるテオ様を苦しめるものにもなっているのですが、それはまた別のお話です。

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