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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第九章 未来を創る為に
234/543

"優しさの中"に

 

 法王は言葉を続ける。

 適格者と思われる者が発したその名に驚愕した事を。


「……ですが、まさかアルル様のお名前を出されたとの事に、私は驚きのあまり言葉を失いまいました」

「私はそのお名前を伺っただけですので、詳細は存じ上げません」

「もし宜しければ、石碑の中におられたお方のお話もしては下さいませんか?」


 法王の言葉にイリスは丁寧に説明をしていった。

 彼女の事だけではなく、エデルベルグの事や、石碑での大まかな話を。

 流石に"力"に関して語る事は出来ないが、レティシアの名を出した瞬間、目を丸くしてしまう法王と枢機卿だった。


 イリスの説明が終わると瞳を閉じ、何かを考えながら一言『そうですか』と静かに言葉にした。

 暫くの間、何かを考え続けていた法王はゆっくりと瞳を開き、イリスに向かって話しかけていった。


「石碑に向かうにあたって、お願いが二つあります。

 ひとつは私共も石碑へ向かわせて頂きたいという事。そしてもうひとつは、石碑であった事を可能な限りで構いません。教えて頂きたいのです」


 法王は理由を述べていく。

 変わらぬ穏やかな口調で、優しく丁寧な言葉遣いの中に、ある感情を込めて。


 イリス達と共に石碑へと向かいたいと言ったのは、この(まなこ)でその瞬間を刮目したいのだと言葉にした。

 石碑の件は八百年近くもの長きに渡り、語り継がれて来た伝承であり、今現在まで適格者が石碑を訪れる事は無かった。

 一度だけ今回のように石碑が光を放った事があったという文献の記述があるが、適格者は終ぞ石碑を訪れる事は無かったそうだ。

 それはもう五百年も前の事だと、エグモント枢機卿は補足をする。


 そして今現在、イリスがそれを成す事の出来る唯一とも思える"適格者"であり、石碑もアルリオンに存在している。

 法王としてはこれを見届ける義務と責任があるのだが、それを彼が言葉にする事は無かった。

 もしそれをこの場で口に出してしまえば、それは最早命令と同義になってしまうのだから。


 当然これはお願いですので、断って頂いて構いませんと言われたのだが、法王のお願いをお断り出来る者などまずいないと思われた。それこそエリーザベトであっても、断るなど選択肢にすら入っていないと断言するだろう。

 そしてそれすらも理解した上で、それでも法王はイリスにお願いをしていた。


 法王としての義務や責任だけではなく、そうしたいと命令ではなく、心からのお願いをしている事が、痛いほど伝わったイリスだった。

 まるで彼の心が伝わるように、イリスには感じられた。

 それはとても不思議な感覚だったが、彼女は戸惑う事無く、浸透するように伝わってくる彼の心に触れる事が出来た。


 彼は法王である立場から、自身の言葉の重みを痛感している。

 そんなつもりなどなくとも、彼が発した言葉の殆どが、まるで権力を振り(かざ)す事に繋がってしまう。

 "女神のお言葉を賜る法王"とは、そういった存在として扱われてしまうのだ。


 イリスでさえもそうだった。初対面から(うやうや)しくご挨拶をしてしまった。

 それは礼儀作法から来るものではあるし、逆にそうしなければ失礼にあたるだろう。人によっては反感を買う者もいるかもしれない。

 イリスのとった対応に間違いはない。寧ろ、とても正しいものだった。


 だが、それを彼は望んでなどいないのだ。


 法王となり何年も、いや何十年かもしれない長い時間を、孤独に過ごして来た。

 彼は法王であり、アルリオンで一番偉い立場にいるだけではなく、女神のお言葉を賜る事が出来る存在だ。


 そして同時に、彼は一人の人間だ。

 "神の使徒"などではない、ただの人間なのだ。


 それが彼を孤独にさせてしまっている。

 それは枢機卿であるエグモントを見ているだけでも理解出来る事だったが、恐らくは他の枢機卿達も同じような扱いをしているのだろう。


 それをイリスは、はっきりとした確かなものとして知る事が出来た。

 彼の優しさに溢れた眼差しの奥にある、とても悲しい色を感じる事が出来る者は、アルリオンにはいないのだろうか。

 それとも知った上で、そう対応せざるを得ないのだろうか。


 礼儀は必要だ。

 何よりも目上どころではない国の頂点に立つ者に敬意を払わぬ事など、あってはならないだろう。


 だが、それも本人が望まぬのであれば、話は違って来るのではないだろうか。

 例え本人がそう思っていたとしても、それはしてはいけない事だと言葉にすること自体が、彼を孤独にしてしまう原因のひとつなのではないだろうか。


 そう、礼儀は必要だ。

 何よりも目の前にいるお方は法王様だ。


 だがそれだけだ。


 彼は法王であり、目上の方だ。

 しかしそこに"女神のお言葉を賜る法王"等と呼ばれるものを繋げてはいけない。

 現実がそうであったとしても、それを繋げてしまう事が彼を孤独へと誘ってしまう事となる。いや、そうなってしまっているのだ。現実的に。


 だからイリスは言葉にする。出来る限り優しい微笑と口調で。

 優しさの中に悲しみを秘めた瞳で静かに、そして穏やかに語る孤独な方へ。


「こちらからお願いをさせて頂きます。

 どうか石碑までご一緒して頂けませんか、テオ様(・・・)


 そのイリスの言葉を聞いたエグモントは驚きの余り言葉を失うが、すぐさま怒りにも似た表情でイリスに反論しようとするも、法王の言葉で遮られてしまった。


「ありがとう、イリスさん」


 そこにいたのは、とても嬉しそうに微笑みながら言葉にする一人の老人だった。


 そう、これでいい。これが彼の望んでいる事だ。

 法王である事や権威を纏ってしまっている事は、最早変えられないだろう。


 だからといって、イリスがそう対応する必要などない。

 法王である事や目上の人である事に敬意を払う。たったそれだけでいい。

 必要以上に畏まる事などしなくていい。何よりも彼がそう望んでいるのだから。


 そうする者が一人でもいるのであれば、彼はほんの少しでもその孤独感を癒す事が出来るのではないだろうか。


 現に法王はイリスの言葉に心からの感謝をしているようにも思え、気持ちが一気に落ち着いてしまったエグモントは、今まで見た事もないような法王の姿を横から見つめるように、戸惑いながら眺めていた。



 *  *   



 法王と枢機卿を連れて、石碑の元へと向かうイリス達。

 来た道を戻るように階段へと歩みを進め、階段を下りていく。

 石碑は四階に安置されていると枢機卿が話すと、思わず言葉を返してしまうイリスだった。


「四階に石碑があったのですか? そんな気配を感じないのですが」

「ふむ。それは"適格者"のみが感じる事が出来るという声か?」

「はい、そうです。教会に入る前、大広場の階段中央辺りで一度、大聖堂の三階へと向かう階段の途中で一度、声のようなものを感じましたが、エデルベルグで感じたものとは違い、はっきりとそれを認識出来ないのです」

「それに関して私共はお答え出来ませんが、恐らくは石碑の中にいらっしゃるという方が応えて下さるのかもしれませんね」


 そう法王は話すが、イリスとしては石碑自体に何か問題があるのではないだろうかと思ってしまう。

 そもそも天井の崩落による被害は、一般人を遠ざける為のものであり、石碑に関して何かが起こったという話を二人からは聞く事がなかった。

 恐らくではあるが、外見では特に問題が見られないという事なのだろう。


 今までの話から察すると、石碑から光も出ているし、八百年前からの伝承にも光や夢といった、イリスが体験して来たものと一致する内容が伝わっている。


 では何故、未だに声が聞こえないのだろうか。

 本当に何か石碑に問題があるのではないだろうかとイリスが心配してしまうのも、致し方の無いことなのかもしれない。



 そんな事を考えていると、イリス達は四階へと辿り着いたようだ。


 ここは先程枢機卿の元まで案内してくれたイヴェットが素通りした階層となる。

 見た目はここまでの階層にあったものとも、応接室や教会会議が行われる部屋がある五階とも構造が違っていた。


 階段から真っ直ぐ進むと目の前に現れた大きな扉。

 重厚感のある木製の両開き扉で、上部がアーチ状に丸みを帯びている物だった。

 大聖堂内と色を合わせているようで、白く塗られているその扉を開ける枢機卿。

 イリスも反対の扉を開けると、その先はとても大きな空間となっていた。


 大きさとしては二階と三階にある礼拝堂よりも若干小さく感じるも、とても広い造りとなっており、中央にはまるでぽつんと佇むように石碑が光を放っている。

 これまでの階層と同じく、周囲を大きな窓が沢山設置されており、光が石碑へと差し込む姿は神々しく、まさに幻想的な情景を見せていた。


 石碑の間近にまで来ると、シルヴィアが言葉にする。


「無事に辿り着けましたわね」

「うむ。エデルベルグの石碑と同じように、光も放っているな」

「問題は特に見られないようですね。石碑の色が若干違うのには驚きですが」

「石碑の色、ですか?」


 法王がネヴィアの放った言葉に尋ね返す。


「はい。エデルベルグに安置された石碑は、白に青がほんの少しだけ溶け込んだような色でしたが、アルリオンの石碑は黄白色の美しい色のようです。まるで黄水晶にも見える、とても不思議な石碑ですね」

「もしかしたら、中に居る方の属性の色に染まるのかもしれないね」

「なるほど。それならば納得出来る。流石に我々も中に居られるお方の情報や、石碑に関してのものは、文献どころか言い伝えすらも無いのだ」

「ふむ。それこそ石碑に入らねば分からぬ、という事ですな」

「……イリスちゃん?」


 ネヴィアの声で気が付いたようにイリスが彼女の方を見ると、心配そうな表情をしていた。

 先程から言葉にする事無く何かを考え続けていたイリスは、笑顔ですみませんと彼女に伝えていく。


「何かあったのかい? イリス」

「えっと、あったと言うか、無かったと言うか……」


 ロットの問いに曖昧な表現をしたイリスは、それについて説明をしていった。


「これだけ石碑の近くに来ても、まるで声がしないんです。

 ここまで響いて来たものも、どんな声かも断言出来ないとても曖昧なものでしたし、どうしても気になってしまうんですよ。

 でも光は溢れているので、エデルベルグの石碑と同じようにすればいいのかな……」

「以前はどのようにしていたのだ?」


 エグモントがイリスに尋ねると、その説明を始めていくイリス。

 とはいっても、それはとても漠然としたもので、ただ単純に声が聞こえ、それに従って石碑に触れただけなのですとイリスは答えた。


「考えても仕方ないのではないか? まずは触れてみてはどうだ?」


 その通りだと思える正論を発するエグモントの言葉に、思わず苦笑いをしながらそうですよねと答えたイリスは、それでは触れてみますねと石碑に向かって歩いていく。


 イリスは右手で石碑に触れると、あの時と同じように光がイリスへと集まり、そしてイリスはその場から消えていった。


 どうやら問題なく石碑に行けたようだと安心するシルヴィア達だったが、それを目の当たりにした法王と枢機卿にとっては、中々に衝撃的だったようだ。


「……ま、まさか本当に石碑に入れるとは……。い、いや、適格者である以上、伝承通りと言うべきなのだろうが……」

「……とても不思議な光景ですね。イリスさんは今、石碑の中に居られるお方とお逢いしているのでしょうか……」

「前回の時は、イリスが戻るまで数ミィルほどでした。今回もそれなりに早く戻るのではと推察します」

「……たったの数ミィルで戻るのか?」


 更に驚くエグモントに、ロットが説明をしていく。

 彼女から聞いた話を含めた外で待っていた者達の話を。


 恐らくではあるが、これを話している間にイリスが戻ってくるのではないだろうかと、シルヴィア達は考えているようだ。




   *  * 




 イリスは不思議な感覚を感じていた。


 これが二度目となる今、ここがどこであるかはっきりと自覚する事が出来た。

 レティシアと逢う前にも、丁度こんな感じで心が落ち着いていった。


 温かくて、居心地が良くて、どんどん心が穏やかになるような感覚。

 まるで陽だまりで寝転がっているかのような、幸せな気持ち。


 たゆたいながら、ふわふわと身体を泳がせているような感覚でいると、気配を感じるイリスはそちらに意識を向けていく。

 あの時のように、空に浮かぶ黄蘗色の光が一点に集まり、人の形を象っていった。


 その姿は女性だった。

 徐々に輪郭や色がはっきりと見えてくる。

 美しく真っ直ぐ伸びた艶やかな銀糸のようなさらさらとした髪を腰まで伸ばし、白磁のような透き通る肌に、真っ白で上品なエレガントドレス。身長は百六十五センル程度でほっそりとした痩せ型の体系と、しなやかな細い手足。ゆっくりと瞳を開けていく女性の瞳は、まるで美しい宝石のような蒼色をした女性だった。

 年齢は二十四、五歳といったところだが、イリスはそれどころではなかった。


「…………そ、そんな……。……なんで……。どうして、貴女が……ここに……」


 イリスは錯乱するかのように狼狽していた。

 彼女の思考は、完全に止まってしまっている。


 いや、内心では理解している事だ。

 理解はしているが、理解したくない。

 彼女がそうであると思いたくなどなかった。


 だが、現実がそこにある以上、認めなくてはいけない。


「やっとお逢い出来ましたね」

「……そんな、貴女は…………貴女はまさか……」


 女性は微笑みながら一言『そうです』と言葉にし、優しい眼差しでイリスに答えていった。


「初めまして。

 (わたし)の名はアルエナ。

 女神を僭称(せんしょう)する者です」


 その言葉にへたり込むイリスは、額を両手で覆ってしまった。

 彼女の放った言葉が意味するものを、分からない訳がない。

 まるでそれは望みが絶たれてしまったかのような気持ちに苛まれてしまう。

 あくまでもまだ可能性。だがイリスは確かなものとして悟ってしまった。

 それだけの意味を含むものを、彼女は言葉にしてしまったのだ。


 アルウェナという女神など、この世界の何処にも存在しないのだと。



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