"制限"
大聖堂三階は、重要な式典を執り行う礼拝堂となっているようだ。
流石にこの場所で結婚式を挙げる事は出来ないが、見学は基本的に自由とされている。尤も、式典など重要な催しがなければではあるのだが。
ロットも話に聞いた事があるだけで、三階から上に行った事はないらしい。
以前アルリオンに訪れた際の仲間達は、このような歴史的な教会に興味が無かったようで、大して滞在する事無くフィルベルグへと戻って行ったそうだ。
パーティーメンバーと共に行動をするという事は、パーティー全体で向かう場所を決めて行く為、割と自由に行動出来ない事もあるのだと、ロットはどこか寂しそうに答えた。
そんな彼は、未だ訪れた事のないこの三階の礼拝堂を、とても楽しそうに見学していた。
この礼拝堂は、二階にある礼拝堂と違い、豪華絢爛に造られてはいないようだ。
基本的な構造は二階の礼拝堂と同じようだが、立派なものと言えば、部屋の間取りと天井の高さ、あとは女神像くらいだろう。それ以外はとても質素に造られているようだ。もしかしたら、これにも意味があるのかもしれない。
正直な所、二階の礼拝堂は豪華過ぎて、イリスにとってはあまり居心地が良く無いと思えてしまっていた。
彼女にはこの三階の、とても落ち着いた雰囲気で包まれている、煌びやかではない厳かな礼拝堂の方が好むようだ。
年末のリトゥルギアの際に、この礼拝堂で女神との交信の儀が執り行われているらしく、こういった大切な日は、一般人が立ち入れない事になっているそうだ。
四階に目的の石碑が安置されている場所と思われるのだが、三階から四階へと向かう階段の所に、関係者以外立ち入り禁止と書かれた告知板が置かれていた。
詳しく書かれた説明を見てみると、天井が崩落したらしく、その復旧工事をしている為、危ないので一般人はご遠慮願います、との事だった。
どうやらこの先は入れなくなってしまっているようで、祭壇の清掃作業をしていた茶色のローブを着ている女性神官に詳細を伺う事にしたイリス達。
思えばここに来るまでに、教会内の様々な場所で神官を見て来たが、殆どが白いローブを着ているようだった。
清掃をしている方は白ではなく茶色のローブを着ており、汚れが目立たないような格好をしているのだろうかと、イリスは何とはなしに思っていた。
「お仕事中にすみません。少々お聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。構いませんよ」
笑顔で応えてくれた若い女性神官に、四階への階段が閉じられている事を尋ねるイリスは、その先にあると言われている石碑を見学したい旨を伝えると、女性は少々表情が曇りながらも話してくれた。
「今から三週間ほど前になるでしょうか。四階に安置されている石碑の部屋の天井が崩落したのです。今現在は修復作業が行われてはいるのですが、何分作業が滞っておりまして、一般の方の見学は安全の為に制限をかけさせて頂いているのです」
思わぬ事に驚くイリス達だったが、何とか見学をさせて貰えないかと女性にお願いするも、危険なのでどうかご遠慮下さいと頭を下げられてしまった。
安全が確認されるまでには相当の時間がかかるらしく、何ヶ月かかるか見当も付かないそうだ。
元々石碑自体は、アルリオンを訪れたごく一部の者くらいしか見学しない為、特に騒動は起こっていないらしい。
ありがとうございますと女性に伝え、その場を離れるイリス達。
さてどうしようかと仲間と相談するも、あの手くらいしか思い付かなかったイリス達だった。
イリスの案に頷くシルヴィア達は、再び女性神官の者へ向かい、ある一つのお願いをする。
「はぁ、そのままお伝えするだけで宜しいのでしょうか?」
よく分からないといった表情をしながら首を傾げる女性神官は、伝えるだけでよろしいのでしたらと言葉にした。
「はい。お伝えして頂けるだけで構いません」
「分かりました。それではこちらの三階でお待ち下さい」
「ありがとうございます。お手数ですが、よろしくお願いします」
これもお仕事ですのでどうぞお気になさらないで下さい。
そう女性神官はイリスに伝え、四階へと向かって行った。
折角なので、三階の礼拝堂を見学させて貰うことにしたイリス達。
三階の礼拝堂は、絢爛と思えるような一階の構造や二階の礼拝堂とは違い、とても厳かな雰囲気の造りとなっていて、余計な装飾などは一切無く、それでいて上品且つ荘厳に造られているようだ。
ここで女神アルウェナとの交信が、四年に一度執り行われているらしく、思わず感慨に浸るイリス。年始の一月の一に、一階にある女神像の横に告知板が貼り出されるという。
その内容がフィルベルグまで届く事はないが、ロットが聞くところによると、それは幾つかの単語で神託が届くらしく、それらを組み合わせて、教会が纏めたものを発表しているのだとか。
実際に女神がこうしなさい、ああしなさいと啓示するのではなく、極々一部の言葉しか降りて来ないそうだ。
やはりこの世界の神様はエリー様を含めて、あまり世界に干渉する事がないように思えてしまう。
そんな事を仲間達と話していると、先程の女性神官が戻って来たようだ。
内心はどうなる事かと心配したイリスは、女性の動向を伺っていく。
「枢機卿がお会いしたいとの事です。お通しするよう仰せ付かっていますが、どうなさいますか?」
「ありがとうございます。それではご案内をお願い出来ますか?」
「はい。それではどうぞこちらに」
笑顔で返す女性の後に付いていくイリス達は、先程の階段に張られたロープを越え、四階へと向かっていった。
どうやら今までの階層と同じように、とても高く造られているようで、中々四階まで着かないように感じるイリス達。
そのまま進み続けるとどうやら到着したようだが、四階を素通りし、五階へと向かっていった。
二階と三階の造りを考えると、まさか石碑ひとつにあの大きな空間を使っているのかしらとシルヴィアは思ってしまうが、イリスの反応を見ると四階に石碑があるような素振りはしていないようだった。
やはり最上階だろうかとロットとヴァンは考えるも、そこまでの高さに石碑が安置されているとは正直な所思えない。
ましてや、天井が崩落したとの話なのだから、そうなると石碑自体に何か問題が起きてしまったのだろうかと、不安な心を拭えなくなってしまう二人だった。
アルリオン大聖堂五階層。
ここは教会会議が行われる場が設けられており、アルリオン全体に関する多くの話し合いがされているのだと、女性神官は語った。
造りはこれまでと違い、教会というよりはお城のような造りと言えばいいだろうか。長い廊下はまるでお城そのものとも思えるが、教会らしく細かい部屋が並んでいるようだった。
ここまで来ると流石に一般人では入れない階層になっているのですよと女性が言葉にすると、シルヴィアがとてもとても楽しそうに瞳を輝かせていた。
まるで表情を隠す事もない姉に、思わず苦笑いをするネヴィアは、何とも言えない気持ちになっていた。
本当に楽しそうな様子に嬉しいような、そこまで楽しめる事に羨むような、とても複雑な気持ちのようだ。
どうにも姉とは違い、ストレートに表現出来ない事にも羨ましく思えてしまったネヴィアだった。
暫く廊下を進むと、ある部屋の前で立ち止まる女性神官。
重厚感のある木の扉の前で女性はイリス達に向き直り、こちらに枢機卿がお見えになられますと言葉にして、大きな扉に手をかけ開いていった。
中はどうやら応接室となっているようで、とても上品で大きなソファーやテーブルが置かれているようだった。
五人は優に座れるソファーなので、今回はロットとヴァンも座れてホッとするイリス。
お茶まで用意してくれた女性神官は、それでは少々お待ち下さいとイリス達へと伝え、退室していった。
何だか申し訳なく思うおもてなしをして頂いて、恐縮してしまうイリス達だったが、折角なのでお茶を頂きながらゆったりとさせて貰った。
暫くすると扉が開き、一人の初老男性と先程の女性が入って来た。
少々目つきが鋭い人物で、イリス達をじっと観察するように見つめていた。
リトゥルギアの話をしたのは、6/17公開『"魔法を使う"のなら』の中でちょこっとだけ記述してあります。
年末に行われるとても大切な行事、くらいしか書かれていませんでしたが。




