"大聖堂"
美しい大広場を進み、徐々に大聖堂が近くに見えてくると、その大きさに目を丸くしながら圧倒されたように立ち止まり、見上げてしまうイリス達。
四方から入れるような構造となってはいるが、一応は南側が正門となるらしい。
慰霊碑もある事から、何となくではあるがそれを感じていたイリス達へ、このまま聖堂内に真っ直ぐ進むと、それぞれの方角の入口へ行ける大広間に出るのだと、ロットが教えてくれた。
大広場の先には、少しだけ続く真っ白な階段が伸びており、その先が大聖堂となっているようだ。
美しい階段を一歩一歩踏みしめるように進むイリス達。
どうやら彼女達にはそれすらも惜しいような、ずっと見続けていたいような、そんな気持ちでいるらしく、楽しそうに話しながら周囲の隅々まで見尽くすようにしながら歩いていた。
流石にここまで楽しそうに階段を歩く者など、彼女たちくらいしかいないとも思えてしまうロットとヴァンは、微笑ましそうに見つめながら歩みを進めていった。
「……声が」
階段の丁度真ん中くらいに来た頃だろうか。
イリスはその場にぴたりと立ち止まり、教会を見つめながら言葉にした。
同じように立ち止まるシルヴィア達はイリスに詳細を尋ねるも、どうやらレティシアの時とは違い、少々ぼやけて聞こえているようにも感じるようだ。
弱々しくも聞こえたその声は、一度響いたと思ったら消えてしまったようだ。
「ふむ。声の方向は大聖堂で間違いなさそうだな」
「はい。間違いないと思いますが、一度聞こえただけで今は消えてしまったようです。
かなり上の方から聞こえて来たので、まだちょっと遠いようですね」
「母様の話では、大聖堂の四階にある場所に安置されているそうですわよ」
「恐らく大きな石碑でしょうから、場所を移すのも少々難しそうですね」
「不思議な素材で出来ているようにも思えるから、見た目以上に重いかもしれないね」
「興味はあるが、流石に持ち上げようとは思わないな」
「ふふっ。ヴァン様が持ち上げる姿を見てみたいとも思ってしまいますね」
「あらネヴィア。私達も魔法を使えばいけるのではないかしら?」
「そんな事したら教会の方に怒られちゃいますよ」
話に花が咲く一行は、声のする大聖堂へと歩いていく。
行き交う人の数が多くなったようにも感じる大聖堂入り口付近で、再びイリスは立ち止まり、見上げるように外観を見つめていた。
釣られてシルヴィアとネヴィアも同じように見つめ、感嘆のため息を付く。
首が痛くなってしまいそうなとても大きな建築物であるその教会は、最早大聖堂と呼べるものではないのではと思えるほどに巨大な建造物だった。
どうりでアルリオンが見えてからも、到着するのに時間がかかる筈だと思えてしまうような大きさで、これだけの物を人が造り上げた事に言葉を失ってしまうイリス達。
外観もとても細やかな装飾が施されており、フィルベルグの大聖堂と比べてしまうと、あちらは聖堂だと言えてしまうほどの、とても立派に造られていた。
南側の入口と思われる開かれていた扉もかなりの大きさのようで、どこを見ても驚きしか出て来ない女性達だった。
そんな彼女たちへロットが聖堂の説明をしていく。
「このアルリオン大聖堂は、東西南北に分かれた入口から、中央に設けてある祭壇へと行くことが出来るんだ」
それぞれの入口から進むと大きな祭壇があり、そこでは女神にお祈りが出来る場所になっている。この祭壇は、どんな人でも祈りを捧げる事が出来る場所になっていて、日夜多くの人で溢れているそうだ。
時間を知らせる鐘はフィルベルグと同じであるが、夜の鐘が鳴るまで大聖堂は開かれているらしい。尤も二階より上は、夕方の鐘が鳴ると制限がかかるそうで、一般の人は入る事が出来なくなるとロットは話した。
「四方にある入口の先にひとつずつ部屋が作られていて、それぞれが意味を持った造りになっているんだよ」
「ふむ。それは知らなかったな」
「意味の持った造り、ですの?」
「これに関しては今言葉にするよりも、実際に見て貰ってからの方がいいと思うよ」
ロットの言葉にわくわくとした気持ちになりながらも歩いていくイリス達は、会話を続けていった。
「この階段もそうですけど、相当に大きな聖堂なんですね」
「本当に一日では見尽くせないほどの大きさですね」
「急ぐ旅でもありませんから、のんびり滞在するのもありではないかしら」
「そうですね。私も賛成です。こんなにも素敵な大聖堂をしっかりと見ないで旅立ってしまうなんて、勿体無いですよね」
そんな話を楽しげにしていくイリス達は、南口と呼ばれた扉から大聖堂へと入っていくが、その内部の造りにも驚き、目を見開いてしまっていた。
フィルベルグの聖堂よりも、遥かに厳かな雰囲気を醸し出しているその大聖堂内は、側廊や身廊、束ね柱だけではなく、床や壁や天井、窓や蜀台に至るまで、ありとあらゆる場所が丁寧に、緻密に造られ、とても八百年前から造られたとは思えないほどの輝きを放っていた。
この輝く白い石質は、アルリオンの建築物にも使われている石材である事が分かる。
汚れに強いというその石質に驚きながらも、どこか妙に納得してしまったイリス達は、アルリオンの街並みを思い出していた。
まるで真っ白を保ち続けているかのような輝きだったその街並みと、今目にしている大聖堂の内部を見比べるように思い起こしながら、本当に特質的な石材なのだと改めて感じていた。
汚れ難く、誇りが尽きにくく、丈夫で白く輝く石材。
しかもアルリオンの特産とも言えるこの石材は、こういった大聖堂などのとても重要な建築物には、非常に適している資材と言えるかもしれない。
そんな中でも一際美しさを見せていたのは、天井に描かれたアルウェナの絵だろう。
天井画は一面に広がり、美麗さの中に荘厳なものを感じる、とても大切なもののようにイリスには思えた。
その絵が描かれている高さも、フィルベルグの聖堂とはまるで違っているようだ。
どうやって造るのだろうかと思えるほど、天井が高く造られていた。
「この南口は天井を見て分かるように、白を基調として造られていて、この場所は博愛を表している部屋になっているそうだよ」
他にもこの場所は、母性や美といった、女性に関係する意味が込められた造りになっているそうで、この南口から入り、中央の部屋にある女神像へお祈りを捧げると、様々なご加護が得られるそうだよと、ロットは話してくれた。
その言葉に納得したイリスは、先程から気になっていた事を話していく。
「それで先程から若い女性を多く見かけるんですね」
思えば先程からすれ違う人は、若い女性ばかりだったように思えたイリス。
中には年配の男性や中年の男性、若い男性も歩いているので、もしかしたら恋愛成就の為のお祈りなのかもしれない。
大切な孫や娘、想い人との恋愛に悩む男性も、アルウェナ様のご加護を戴きに訪れていたのだろうかとイリスは考えていた。
そのまま中央へと進んで行くと、とても開けた場所に出たようだ。
まるで広場にしか見えないほど大きな造りの中心に、これまた巨大な女性像が置かれていた。
レリーフとは違い、白銀で造られたその女神像はレリーフと同じような格好で、空を見上げるように顔を少々上に向け、両手を胸に重ね、瞳を閉じているようだった。
真っ直ぐな髪を腰まで伸ばし、美しいドレスを身に纏ったその白銀像は、神々しい光を放つようにも思え、女神の穏やかな表情と清廉な相貌に、再びため息を漏らしてしまうイリス達。
ロットの話したように南口からこの場所を訪れると、真正面から女神像を見る事が出来るようだ。
その女神像の周りには、それぞれ祭壇と思われるものが造られているらしく、四方から多くの方が女神にお祈りを捧げる為に、今も中央を目指し歩みを進めている。
その中央の部屋と呼ばれる巨大な空間は、建築的には三階ほどの高さにまで伸びているようで、周囲を美しいステンドグラスで囲われていた。
どうやらアルリオン大聖堂の二階は、イリス達が思っているような場所ではなく、相当に高い場所に造られているらしい。
この場所にまで来ても、未だはっきりとした声が届かないようで、相当高い位置に石碑が置かれている事が伺えたイリスは、少々不安に思ってしまった。
何故そんな声の届かない場所に置いてしまったのだろうかと。
もしかしたら教会関係者が運ばせた事も考えられるので、今この場では何とも言えない事ではあるのだが。
イリス達はそのまま西口の方へと足を進めていく。
こちらも同じような構造ではあるが、どうやら天井を含め、少々違った造りになっているようだ。
「この西口は豊穣を司っていて、天井の色も黄色になっているんだ。内部の構造もそれに合わせて違う造りになっているんだよ」
そう言葉にしながら少々上の壁にある細工を指差すロットは、言葉を続けていく。
「ほら。あんな感じで細工がされているんだよ」
「本当ですわね。あれは、葡萄畑、かしら」
「ふむ。葡萄だけではなく、様々な果実が作られている事も表現されているな」
「とても細かやかな造りになっていますね。まるでレリーフのよう」
「綺麗ですね。お話に出てくる壁画みたい。……昔からこういった造りだったのかな」
「以前神官の方に話を伺った事があるけど、その方はあの事件以降に造り直されたものだと言っていたよ」
あの事件後、外壁の修復と新たな防護壁の建設、それに伴い畑の拡張と、大聖堂の改築工事が行われたらしい。
随分と時間はかかったようではあるが、事件以前より言われていた大規模な農地の開墾が急務とされていた事もあり、今後を見据えての事だったのだとその神官は話してくれたそうだ。
そしてこの国にとって黄色とは、豊穣を表す色なのだそうだ。特に果実をたわわに実らせると言われている。
アルリオンの特産品のひとつである葡萄酒の製造工場も、西側に多く造られているのだとか。
ロットの説明を感慨深げに聞いているイリス達は、東口へも行ってみる事にした。




