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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"感慨深い街"


 翌日の朝、孤児院にて子供達に挨拶をしていくイリス達。

 今にも泣き出しそうな子達を前に、こちらまで辛くなってしまう。


   *  *   


 エルマに留まる最後の日は子供達の強い希望から、イリス達は孤児院に泊まらせて貰う事にした。


 あまり子供達と繋がりを持ち過ぎても、却って別れが辛くなるとは分かってはいても、面と向かって必死にお願いをして来る子供達を退ける術など持たないイリス達は、言われるまま子供達と最後の日を過ごしていく事にした。


 心からのお願いを聞き入れてくれた事が余程嬉しかったのだろう。

 子供達は目尻に涙を溜めながらも、歓喜の声を可愛らしくあげながら喜んでくれたようで、こちらまで嬉しくなるイリス達だった。


 夕方帰って来たタニヤにそのお願いを申し出ると、是非そうして頂戴なと、心から喜んでくれた。


 一旦宿屋に戻り、着替えるイリス達。

 孤児院から直接出立出来るように借りている部屋を解約して、荷物を馬車へと積み込んでから孤児院へと向かっていく。 


 いつも以上に楽しい食卓となったその日の夕食が済むと、子供達は遊び出す事もなく、食器の片付けを率先して手伝ってくれた。

 これも今まで教えていた事のひとつでもあるのだが、最後の日だから遊ぼうなどと言葉にする子もおらず、イリス達の言う事をしっかりと聞いてくれている様子に、タニヤは嬉しく思っていた。


 洗った食器を手渡された彼女は、水滴を拭きながら感じていた。

 本当に子供達に必要なのは、誰かが傍に居続ける事なのだと。


 有り余った力をどう使っていいのか分からない子供達が、イリス達と出会ってすぐに激変した。それは彼女が言っていたように、誰かが傍に居てくれる事で発散出来るものだったのだろう。小さな子供達が子供達だけで楽しめる訳が無い。そこには必ず"親"が必要になるのだと、とても強く感じられたタニヤだった。


 逆に言うのならば、誰かが傍に居てあげられなければ、その抑圧はどんどん溜っていき、いつしか本人が抱えきれないほどに膨れ上がってしまい、いずれそう遠くないうちに感情が爆発してしまっていたのかもしれない。


 そんな事など良い訳が無い。

 どこかでそれを何とかしなければならない。

 それには大人の誰かが傍にいてあげて、一緒に話し、一緒に悩み、一緒に時間を過ごしてあげる事が一番だったのかもしれない。


 イリスはそれに気が付いていたのだろうか。

 子供達には何が必要で、大人達がどうするべきかを知っていたのだろうか。


 もしかしたらイリスは子供達と会って直ぐそれに気が付き、何とかしなければと思っていたのかもしれない。

 子供達を見ただけでそれが分かったとも思えないが、ほんの少し前までは言う事を聞かず、野獣のようだったこの子達が、これほどの笑顔を見せながらお手伝いをしてくれる事そのものが、正しい答えであったと思えてならないタニヤだった。


 後片付けを済ませると、お腹も一杯になった事もあり、子供達はうとうととし出してしまう。どうやらすぐに眠くなってしまったようで、そのままイリス達は子供達のベッドで一緒に眠る事にした。


 流石にヴァンには少々小さかったようで、床に毛布を敷いて寝かせて貰ったようだが、彼が横になると同時に彼の両腕や胸にぺたぺたとくっついた子供達がすぐさま眠りに就いてしまい、身動きが取れなくなって困った顔をしているのがとても印象的だった。

 動けなくなってしまったヴァンに変わって、タニヤは毛布をかけて寝室へと戻っていった。


 各々好きな者とぴったりとくっつくように眠るも、やはり離れるのがとても辛いらしく、ぎゅっと強く抱き付きながら子供たちは眠っていた。行かないで欲しいという気持ちが痛いほど伝わるイリス達だったが、それでもお別れをせねばならない。

 心の中で謝りながら、イリス達も眠りに就いていった。


   *  *   


 そして太陽は昇り、出立の朝がやって来た。


 今現在は朝食を食べ終えて、いよいよといったところだった。

 必死に堪えてはいるが、既に泣き出しそうな子供達に、イリスは言葉にする。


「それじゃあみんな、元気でね?」


 イリスの言葉に堰が切れて涙を止められなくなってしまった年少組は、号泣しながらイリス達に飛び付いてしまう。

 子供達を優しく抱きしめて頭を撫でながら、イリスは年長組にも話しかけていった。


「文字が読めるようになったら、渡したお薬の本も理解出来ると思うから、もし分からない事があったらその本を読んでみてね。畑に種を植えたハーブが育つまでは、用意したハーブで自然回復薬を十分作れるはずだから心配しないで。

 本に書かれている事が分からなければ、商業区の薬師さん達が力になってくれるよ。だから大丈夫。みんなが力を合わせれば、乗り越えていけるから」

「……うん。ありがとう。お姉ちゃん……」


 とても寂しそうに答えるテア。

 他の子達は言葉にならないほど気持ちが沈んでしまっていた。



 昨日、あの評議会の後、イリス達はタニヤと共に孤児院で昼食を取り、タニヤはそのままギルドへ、イリス達は子供達の面倒を見ながら、楽しいひと時を天使達と過ごした。


 そしてイリスは、沢山の話を子供達にしていった。


 畑の事、薬の事、孤児院の事、これからの事も。

 様々な事を再確認させるように説明をして、明日の朝に旅立つと改めて伝えた瞬間、子供達に大泣きされてしまった。


 何故彼女達がアルリオンを目指すのかを説明する事は出来ないが、とても大切な用事がある事を伝え、エルマの近くを通ったらまた逢いに来るからねと優しく言葉にすると、子供達は渋々ではあるが納得した様子で徐々に泣き止んでくれた。


 イリスが年長組に話した薬の本とは、彼女が書き上げた調薬に関する本だ。

 今後何が起こるか分からない以上、自然回復薬や魔法薬だけではなく、イリスが知り得る知識の中で、特に必要とされるものを重点的に書き記していったものとなる。


 中にはヘレル病などの危険な症状を含む類のものも含まれる。

 治療薬の精製法まで記載してあるが、必要となる薬草の生息地域と、エルマからそれを求めた場合の注意点をしっかりと記載した。

 本当に必要となった時は、必ず商業区を頼る事を明記した上に、彼女達にも丁寧に伝えてあるので、テアがいれば無茶な事はさせないだろう。


 彼女は子供達の中でも突出して物覚えが良い。

 初めて作った自然回復薬も上手に成功している。

 とても真剣に、そして楽しそうに作る姿に、ふと自分とレスティの遣り取りを重ねてしまうイリスだった。


 文字の勉強や計算もある程度覚えてしまった彼女は、他の子供達の面倒を見られるほどに成長していた。

 まだまだ覚える事は多いが、それでも相当の理解力を持っているようで、子供達の頼れるお姉さん的な立場になっているようだ。

 その明るく微笑むテアの姿にシルヴィア達は、まるでもう一人のイリスを見ているようだと言葉にした。



 そんな彼女でさえも、涙ぐみながら必死で泣くのを堪え、俯いていた。

 イリスは彼女の鮮やかな赤色の前髪を優しく撫でて見えるようにすると、目線を合わせて言葉にする。


「大丈夫。テアなら安心して子供達を任せられるよ。でもね、頑張り過ぎちゃだめ。

みんなと一緒に、ゆっくりと前を向いて歩いて行ってね」

「……うん」


 テアはゆっくりとイリスに抱き付き、『ありがとう、お姉ちゃん』と小さく言葉にする彼女の表情はもう先程とは違っていて、イリスに笑顔を見せてくれていた。


「……気を付けてね、イリスさん」

「ありがとうございます、タニヤさん。ヨンナさんにも宜しくお伝え下さい」

「ええ、伝えます。ごめんなさいね。彼女はああ見えて涙脆くってね。子供達にも障るからって、ギルドでお仕事しているのよ」

「ふふっ。大丈夫ですよ。どうかお気になさらないで下さい」


 師を思い出しながらヨンナを想うイリスだった。

 それではと言葉にして、イリス達は孤児院を後にする。

 元気に手を振る子供達に手を振り返しながら、イリス達はエステルの元へと向かっていく。


 厩舎の管理人に長々とありがとうございましたと言葉にするも、どうやらその方も"エルマの庭"に所属したいと希望しているらしく、その詳細を言葉にしながら、こちらこそありがとうございましたと笑顔で返されてしまった。



 エステルに今日からまたお願いねと挨拶をすると、頬に擦り寄る彼女に微笑んでしまうイリス達は、鎧に着替え直し、旅立ちの準備をしていく。

 久々に乗る荷台に、思わず懐かしさを感じてしまう一同は、エルマ入り口まで進み、ベネデットに挨拶をしていった。


「アルリオンはここより出た後、道なりに進めば着きます。森とは別方向に、街を回り込むように進んで行くのが、比較的安全だと思われます。

 そちら側から進むと森から離れるので、ウォルフとの遭遇が極端に減るでしょう。それでも何が起こるか分かりませんので、どうか十分に警戒して進んで下さい」

「ありがとうございます、ベネデットさん。その道なりで進ませて貰いますね」

「重ね重ね感謝致します。どうかお気を付けて」

「はい。ベネデットさんもご自愛下さいね」

「ありがとうございます。それでは、皆さんがまたエルマを訪れてくれる日を、心待ちにしております」


 笑顔で答えるベネデットは、仕事に戻っていき、しばらくすると魔物から守る為の大きな扉が重々しく開かれた。


 イリス達は長く滞在したエルマを後にし、とても感慨深い街と人々の余韻に浸りながら、当初の目的としていたアルリオンへとエステルを歩かせていった。



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