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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"もう大丈夫"

 

 真っ白になりながら固まるタニヤと、彼女を呼び続けるイリス。

 何とも対照的な二人であった。


 テーブルには白い硬貨が二枚と、大きな金色の硬貨が十枚置かれていた。

 音が鳴らないように、硬貨の上から袋をぎゅっと強く結ばれて、フィルベルグから遥々と運ばれたイリスのお金だ。


 随分と長い間固まり続けたタニヤだったが、暫くするとこちらの世界に戻って来たようだ。


「……あら、イリスさん、おはよう。今日もご一緒に朝食をいかが?」

「タニヤさん!? もうお昼過ぎですよ!? それに朝食は食べたじゃないですか!?」


 混乱しながらも言葉にするイリスだった。

 その光景を何とも言えない微妙な表情で見つめる仲間達。


 (ようや)く落ち着きを取り戻したタニヤは、真面目な顔でイリスに話していく。


「実はイリスさん宛にフィルベルグから荷物が届いているわ」

「それはもう聞きましたよ!?」


 涙目のイリスは強く彼女に呼びかけるが、どうやら未だ正常に戻らない様子だった。


「今日も良い天気ですわね」

「そうですね、姉様」

「うむ。そうだな」

「何よりですね」


 そんな二人に様子を近くで見ていたシルヴィア達は、窓の外に浮かんでいる雲を満面の笑みで見つめていた。




 *  *   




 翌日の朝、五度目となる評議会にてイリスは、評議員達の前にある円卓に大きめの袋を載せて言葉にする。


「こちらが代金となります。ご確認下さい」


 置かれたのは大量の金貨と、その中でも異様な雰囲気を醸し出す一枚の白い硬貨。

 流石に白金貨となると使い勝手は悪いのだが、土地代として相応の金額が必要となるので、一枚はそのまま使わせて貰ったようだ。

 テーブルの上に金貨を出して確かめるリクハルドは、確認を終えるとイリスに向き直りながら話していった。


「……うむ。確かに金額通りだ。これで後は契約書に署名をすれば、あの土地は正式にイリスのものとなる。そしてこの資金で必要となる全てのものの支払いが出来る」

「それなのですが……」


 イリスは土地についての希望を評議員達に述べていく。

 土地の所有者は"エルマの庭"名義にして貰いたいと。


 彼女達はエルマに中々居られる機会も無い為、次訪れるのも何時になるかが分からない。そこでイリス名義ではなく"エルマの庭"に、名義変更をお願いしたのだ。

 こうする事で、自由に土地を使えるようにして貰おうとイリスは思っていたようだが、それは必要ないとリクハルドに言葉を返されてしまった。


「基本的に名義変更は難しい。今のエルマには今回のような場合の規約は作られていないのが理由の一つでもあるが、それこそ名義変更など相続でもない限りは難しい、と言った方が正しいだろうか。今まで誰もそういった事を希望する者はいなかったのでな。正直必要としていない以上、わざわざ新たに作る事も無いだろう。

 それに変更する意味も無い。基本的にあの土地は"エルマの庭"が自由に使えるようには既になっている。イリスが冒険者であり、アルリオンを目指す事もある。何よりもお前はフィルベルグの人間だからな。そうなるだろうとは思っていた事だ。

 そこで、そういった意味でも先に討論を勝手にさせて貰っていた。

 当然イリスの許可を取ってから実行される事にはなるのだが、お前ならそう言うと思っていたからな。故に、その点の問題も解決していると言っていいだろう」

「ありがとうございます」


 何とも綺麗な笑顔でお礼を言われてしまい、調子を狂わされたリクハルドは、こほんと咳払いをして話を続けていった。


「後は人員の確保だが、これは現在も思案中でな。思いのほか上手くいかないが、何とかなるだろう」


 彼の言葉に首を傾げてしまうイリス。

 もしかして"エルマの庭"に参画して貰える希望者が少ないのだろうかと心配していると、それを察したリクハルドが答えていった。


 どうやらイリスの思っているような事ではなく、寧ろ真逆なのだそうだ。

 つまり希望者がとても多いのだと、少々困った様子でリクハルドは言葉にした。


「想定していたものを大きく上回ってしまっていてな、流石に我々もこれには驚いた。それも下の者からも参画したいと言ってくる始末で、今現在での参画希望者は百三十五名にもなっている。

 それだけ同じ想いを持った同士がいる事に嬉しく思うが、このままではエルマ最大のコミュニティーになってしまう。そうなるとまた別の問題が出て来ないとも限らんからな。申し訳ないが、厳選をさせて貰っている」


 その言葉の持つ意味に、心が温かくなるイリス。

 何て優しい街なのだろうかと。沢山の人達がエルマの為に動こうとしてくれている。希望者だけではない。きっと本当に多くの、もしかしたら殆どの人達がそういった考えを持っていてくれていたのかもしれないと思うと、嬉しくて堪らなくなるイリスだった。


「最大の問題であった資金不足が完全に解決した以上、これで漸く安定させる事が出来るだろう。

 先日の議会でお前が提出してくれた教材用となる書物も、大切に使わせて貰う。

 この短期間で書き上げた事に驚きを隠せないが、あれさえあれば子供達の文字の読み書きの問題も解決する。それほどの完成度だった。計算に関しては商業区や飲食街から教員を募っている。こちらも滞りなく進めるだろう。

 全てイリスのお蔭だ。お前がいなければ、今も尚エルマの将来を考える事無く、我々は資金が無いなどと理由をつけて、タニヤの言葉に耳を傾ける事すら無かっただろう」


 優しい眼差しで言葉にするリクハルドに、そうでは無いと思いますよと笑顔でイリスは答えていった。


「私はそんな事は無いと思っていますよ。皆さんだけでも、きっとエルマは生まれ変わっていたでしょう。私はそれを少しだけ早めただけですから。もし本当に静観しているだけであったのなら、例え資金の問題が無かったとしても、聞く耳を持って下さらなかったでしょう。

 今回、エルマを生まれ変わらせたのは皆さんです。皆さんのエルマへの想いが大きな事を成したのであり、私はその切欠を作ったの過ぎません。

 エルマは本当に素敵な街です。温かくて、優しくて。人々の善意に溢れた思い遣りの街です。こんなにも素敵な街に立ち寄れた事は、私にとっても幸せな事でした」

「そう言って貰えると素直に嬉しく思う。本当に有難うイリス。エルマ評議会の一翼を担う者として、エルマに住まうひとりの者として、心から感謝している」


 そう言って深々と頭を下げるリクハルド。

 そしてリクハルドに続き、全ての評議員はイリスに頭を下げていった。


 イリスは思う。この方達がいれば、もうエルマは大丈夫だと。

 まだまだ"エルマの庭"の為には、必要な事が多過ぎるほど残っている。

 だがそれはもうイリスのするべき事ではない。彼女がやれる事はもう終わった。

 後は評議会とエルマに住まう者達がするべき事だ。


 でも大丈夫。もう安心して私はエルマを旅立つ事が出来る。

 この小さくも優しい世界で、これから先もずっと、子供達は笑顔で走り回れるだろう。そして大人を含め、エルマに住まう多くの人達が救われる事になると信じられる。

 そんな事を考えながら、イリスは余韻に浸りながら微笑んでいた。


「……何というか、明日にはエルマを出るって顔をしているな」


 呟くように発したリクハルドの言葉に、笑顔のままビタっと固まってしまうイリスだった。


「……図星か。全くお前は……。引き止めはせんが、それにしても急過ぎやしないか?」

「そ、そうですよ、イリスさん! もう暫くエルマでゆっくりされては!?」

「貴女達はエルマの恩人です。どうかゆっくり休まれては如何でしょうか?」

「最上のウォルフ肉も手に入ったから、せめて食べておいきよ」

「子供達もびっくりしちゃうわ。もう少し滞在して貰えると嬉しいのだけれど」

「ありがとうございます。とても嬉しいのですが、あまり長居をしてしまうと、子供達とのお別れが辛くなっちゃいますので」


 引き止めてくれるのはとても嬉しいが、イリスにはやるべき事がある。それをここで言葉にする訳にはいかないが、もう一度レティシアとも逢わねばならない。

 何よりも日に日に愛おしくなってしまう子供達と一緒に居ると、本気でこの場所に居続けたくなってしまう。


「仲間達と相談して、明日の朝には発とうと決めています。

 随分と長居をしてしまいましたが、私達は予定通りアルリオンを目指します」


 その透き通るような言葉に、最早誰もが口を噤んでしまった。

 彼女達は冒険者だ。彼女達の意思を尊重しなければならない。


「……まぁ、ギルアム討伐料も持っている事だし、資金についてだけではなく冒険者としての力量も問題は無いから、安全にアルリオンへ行けるだろうが、それでも何が起こるか分からん。十分に気を付けて行くんだぞ?」


 その言葉にイリスは一瞬、彼が何を言っているのか理解出来なかった。

 恐ろしいほどの沈黙が続き、凄まじい勢いでヘルガとトゥロが反応する。


「なんだいそれ!? どういう事だい!?」

「ぎ、ギルアムを討伐!? イリスさんがですか!?」



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