"魔法を使う"のなら
心地よい鐘の音で目覚めるイリス。ふと、あの鐘はローレンさんが鳴らしているのだろうかと思いながら、着替えて顔を洗い歯を磨きにいく。
さっぱりしたところでダイニングルームへ向かうと、おばあちゃんが朝ごはんの用意をしていた。おばあちゃんっていつ起きてるんだろうか、少なくとも鐘の鳴る前に起きてるんだね、すごいなぁ、私も早く起きてお手伝いしたいなと思いながら、イリスは朝の挨拶をする。
「おばあちゃん、おはよう」
「あらイリスおはよう。今日も気持ちのいい朝ね」
「ふふっ、そうだね。今日もきっといい日になるよ」
お手伝いをしようと思ったが、もうすでに準備がほとんど終わっていてすることがなかった。ごめんね、おばあちゃん。食事をしながら今日の予定を話し合った。
「今度の太陽の日に草原へ行ってみてはどう?あの場所なら"風"を感じられるのでしょう?」
「太陽の日かぁ」
この世界の暦は7日を1週間、はじまりの新年を1月の1日目として、1ヶ月を30日で1月から12月までの360日と、年末にリトゥルギアと呼ばれる期間を5日はさみ、合計365日を一年と定めているそうです。
リトゥルギアとは、聖王国アルリオンで行われるとても大切な儀式の事で、女神アルウェナ様に、今年一年を無事に過ごせた事への感謝を捧げ、来年も健やかに暮らせるようにお祈りをする事だそうです。
4年に一度、この期間に女神アルウェナ様が神託を授けてくださるそうで、そのお言葉を伺おうととても多くの人がアルリオンに集まるらしいです。
1週間のはじまりは火の日から順に、火の日・水の日・風の日・土の日・星の日・月の日・太陽の日となります。
3月~5月が春の節、6月~8月が夏の節、9月~11月が秋の節、12月~2月を冬の節とされています。
つまり今日は、春の節4月の13、星の日、という事です。
一般的に太陽の日はお休みの日という事になっていて、特殊なお店以外はお休みしているお店が多いようですね。図書館やお洋服屋さんに雑貨屋さん、食材屋さんを含む食べ物屋さんや宿屋さんなどは普通に開いているようです。
むしろお店がお休みの店員さんや冒険者さんが買いに来るので、あえて太陽の日にお店を開けて、別の日にお休みを取っているお店も多いのだとか。
おばあちゃんのお店はお薬屋さんなので、基本的に太陽の日はお休みにしているらしいです。
「魔法のお勉強が終わったら、お買い物とかもいいわね。イリスのお洋服とかも見に行きたいわ」
「何枚か着る服はあるから十分だよ?」
「だめよ、女の子なんだからもっとお洋服も必要だわ」
「でもお金あまり持ってないし、また今度でいいよ」
女神様に戴いたお金は25000リル。銅貨10枚、銀貨4枚、大銀貨2枚で、お仕事も少ししてるとはいっても、お洋服を買うだけのお金はあまりないと思います。
「もー、お洋服代くらい私が出すわよ。もっと可愛くなってくれたらお客さんも嬉しいだろうし、調合用のお仕事着も欲しいところだし」
「それならお仕事したお金を貯めて買うよ」
「それはそれで取っておきなさい。お金はあるに越したことはないから」
「でもなんだか私、甘えてばかりで申し訳ないよ」
「うふふ、家族が遠慮しちゃだめよ。それにイリスは世間的にはまだ子供なのよ?そして子供を守るのが親なのだから、遠慮する事ではないの。代わりの親なのだけれどね」
少し寂しそうに言うレスティであったが、イリスは"親"という言葉に反応していた。
イリスにとって、それはどれだけ嬉しい言葉なのだろうか。遠く、遠く離れ、もう会う事ができない両親を思いながらも、今近くにいてくれるとても優しい祖母に心からの感謝をする。
「ありがとう、おばあちゃん」
涙を溜めて感謝するイリス。そんな孫を優しい眼差しで祖母は見つめていた。
「そういえば、イリスの祖父母はご健在なのかしら?」
「父方の祖父母は、高齢でお父さんが生まれたらしくて、私が生まれる前に亡くなっているみたい。母方の祖父母は元気なんだけど、住んでる場所がかなり遠くて、お仕事も農業をしてるから、そうそう会いに来れないらしいの。私が生まれた時に一度と5歳の時に一度会いに来てくれたそうなんだけど、私はあまり覚えてないの」
「そうなのね、ごめんなさい。辛いこと聞いちゃったわね」
「ううん。私の世界で"亡くなる"って事は、病気でも事故でもなく、"幸せに生きた"って事だから、寂しいけど悲しいこととはちょっと違うんだ」
「そうだったわね。何度聞いてもイリスのいた世界はすごいわねぇ」
「この世界の女神様達はあまり地上にはいらっしゃらないみたいだし、お会いできないのは寂しいよね」
「うふふ、一度も会ったことがないから、いつも会っていたイリスが羨ましいわ。私も女神様にお会いしてみたいわぁ」
「そういえばアルリオンで4年に一度、アルウェナ様から神託が届くって知識にあったけど?」
「そうねぇ、噂ではお言葉だけって事らしいわよ?どの道、関係者以外立ち入り禁止らしいから、残念だけど一般人はお会いできそうも無いわね」
「そっか、アルウェナ様にお会いしてみたかったなぁ」
食後のお茶を飲みながら今日の予定を話すレスティ。
「今日は魔法薬のお勉強しましょうか?」
「わぁ、楽しみっ。すぐに回復できる魔法のお薬だね!」
目を輝かせて喜んでいるイリスに、教えるレスティも楽しみになる。
「うふふ、これもきっとすぐに覚えちゃうかもしれないわね」
「がんばるよっ」
胸の前で両手をぐっと握るイリスに頼もしさと可愛らしさを感じてしまう。
「あらあら楽しみだわ、うふふ」
優しい時間が過ぎ、そろそろお仕事にしましょうかね、とレスティが言い、はい!と元気よく答えるイリス。今日もがんばるぞーと気合を入れて、イリスは仕事に向かう。
「さて、今日は一人でお店番をしてみましょうか。イリスなら大丈夫だと思うけど、何かあったら隣で調合してるから来てちょうだいね?」
「うん!がんばる!」
「うふふ、硬くならず自然体で、焦らずゆっくり、落ち着いてね」
そう言ってレスティは調合部屋に向かう。お店を任せられたイリスはよし!っと気合を入れなおし、お店の鍵を開けに向かう。
開店するとすぐにミレイさんがやって来てくれた。
「いらっしゃいませ!」
「やぁイリス、おはよう」
「おはようございます、ミレイさん」
「今日はマナポ小20本もらうよ」
「はい、マナポーション・小を20個ですね、3万リルになります」
「はい」
そういって硬貨を渡すミレイ。
「3万リル丁度いただきました、ありがとうございます」
「こっちこそありがとうね、マナポすぐ切れちゃうんだ」
「魔法修練、とってもがんばってるんですね」
笑顔で言うイリスにミレイは若干苦笑いしつつ答えた。
「なかなか面白い感じになってきてるんだけどね、あともうちょっとの所でいつもマナポがなくなっちゃうんだよ」
「あまり根を詰めない方がいいんじゃないでしょうか?」
「ううん、今までさぼってたからね、これくらいで丁度いいんだよ。それに今までに無いくらい魔法が楽しく思えて来ててね、ぜんぶイリスのおかげだよ、ありがとね」
優しく微笑むミレイにイリスは嬉しくもくすぐったく思えてしまう。
「そんな、私は何も・・・」
「そんな事ないよ。イリスはすごい事を教えてくれたんだ。あの方法はあたしには見当も付かなかった事だし、実際やってみると・・と、これは成功してから言った方がいいね」
ミレイはあははと笑いながらミレイは答える。
「そんなに手ごたえがあったんですか?」
「うん。もしかしたら相当すごい事になるかもしれないよ?・・・これを成功させる事ができれば、あたしはまた前に進めるんだ」
そう言いながらどこか遠くを見ているミレイを、イリスはとても綺麗だなぁと見蕩れていた。
「あまりお薬を短期間に飲み続けると気分が悪くなるらしいですし、お気をつけて下さいね?」
「うん。その感覚は知ってるから大丈夫だよ、ありがとうね」
「そうでした、冒険者さんには常識なのかな?」
「そうだね、そのちょっとした事が危険に繋がることがあるからね。薬だけじゃなく、魔法にも言えることなんだ。マナがなくなると悪影響が出るんだよ。強い魔法であればあるほどにね。
だからこそ魔法を使うこと自体が難しいんだ。魔法を使う前に、目に見えない自分の限界を知らないと、実践で使う事すら危ないんだよ。それでも使わざるを得ない状況もあるから、魔術師はとても大変なんだよね」
そう言いながら、魔法のみで戦うのはあたしには合わないよと、ミレイさんは笑ってた。
魔法は威力が上がれば上がるほど、体内にあるマナの消費が激しくなると本にも書いてあったし、使いどころを誤れば一瞬で意識を刈り取られてしまうようだ。
それはすなわち、命にも直結しているという事だ。命をかけて戦っている場で、軽はずみに自分の力量以上の魔法を放つ事はできない。
「魔法ってちょっと凄すぎる感じかなって思ってましたけど、そういった事も理解した上で使わないといけないんですね」
「あはは、イリスは賢い子だから、ちゃんと理解して使えると思うよ」
そう言いながらマナポを持ってきた鞄に詰め、それじゃあ今日も頑張ってくるよと言いながらお店を去っていった。
(修練、うまくいくといいなぁ)
そう思いながらイリスは徐々に忙しくなっていくお店のお仕事を続け、正午の鐘が鳴る頃にはお客さんは落ち着きを取り戻してきていていた。
鐘の音が鳴ってしばらくした頃にレスティがお店へ戻ってくる。
「うふふ、問題なそうで安心したわ」
伝票整理しているイリスを見て、レスティはそう言った。
「うんっ、だいじょうぶだったと思うよ」
「調合しながらお客さんのお相手はかなり難しいから、イリスがいてくれてとっても助かるわぁ」
「ちゃんとお仕事できて良かったよ」
「うふふ、それじゃあお昼ご飯にしましょうか」
「うんっ」
イリスはお店の鍵を一旦閉め、レスティと一緒にキッチンへ向かう。今日のお昼ご飯はお野菜たっぷりのサンドイッチ。
付け合せといってはなんだけど、キャロットラペを作ってみた。
なるべく細かく細切りにしたにんじんにお塩を少々入れてもみもみ。にんじんがしんなりしてきたら水気を切る。そこに白ワインビネガーとレモン汁を入れ、蜂蜜を少々入れて甘さを追加し、オリーブオイルと塩胡椒で味を調えたドレッシングをにんじんに入れれば完成だ。
味見してみると甘酸っぱくていい感じに仕上がったみたいだから、これも食卓へ持っていく。おばあちゃんは美味しい美味しいと笑顔で言いながらぱくぱく食べてくれた。
「味付けが絶妙だわ!これ止まらないわねぇ、どうしましょうっ」
「いっぱいあるしお野菜だからたくさん食べても大丈夫だよ」
「あらあらあらまあまあまあっ、お酒も欲しくなっちゃうわっ、いやぁねぇ」
そう言いながら尚もぱくぱく食べてくれるレスティにイリスは作ってよかったと思うのでした。
でも簡単なものだから、お料理って程のものじゃないんだよねと言うと、『簡単なものだからこそ味付けが大切なのよ。そしてこれはお料理が苦手な人だと出せない味だと断言するわっ』と、おばあちゃんはそう言いながら目を輝かせて語りつつ食べていた。ありがとうね、おばあちゃん。
こんなに喜んでもらえるなら、今度もうちょっと手の込んだものを作ってみようかな。
「この後はどうする?また図書館でお勉強する?」
「ううん、伝票整理もまだ残ってるし、今日はお仕事するよ」
「そう?せっかく時間もあるしゆっくりしてきていいのに」
「ありがとう、だいじょうぶだよ。暇になったらお店のお掃除してるよ」
「うふふ、ありがとうね。それじゃあお願いしようかな。私は調合してるわね。お昼のお仕事が終わったら魔法薬のお勉強しましょうか」
「うんっ、魔法薬作ってみたい!」
「あらあら、元気いっぱいねぇ。それじゃあお昼も頑張りましょうかっ」
「うんっ」
食後のお茶も終わり、のんびりした所でまたお仕事に戻るふたり。忙しい時間帯もイリス一人でそつなくこなし、今日のお仕事が終わる。
レスティが調合の区切りをつけてお店に顔を出した頃には、イリスが最後のお客さんの対応を終えたところだった。
それじゃあお店閉めましょうかとレスティに言われ返事を返した後、イリスはお店の鍵を閉めにいく。
伝票整理を終えて今日のお仕事はおしまいだ。
「うーん、今日も楽しかったぁっ」
「うふふ、おつかれさま。少し休んだらお薬の練習をしましょうか」
「うん!魔法薬楽しみ!」
「あらあらうふふ」
元気いっぱいで笑顔に語るイリスにレスティもまた、調合をイリスに教えるのが楽しみで仕方が無かった。この子はとても物覚えがよく、真面目で丁寧に薬を作ってくれる。魔法薬もきっとすぐに覚えてしまうだろう。
色んな事を教えてあげたくて、ついつい焦ってしまいそうになる気持ちを抑え、レスティはイリスと共に調合部屋に向かうのであった。
お金の単位がここ最近リムになってましたが、正しくは『リル』です。大変申し訳ございません。やはり眠い状態で物を書く事と、修正する事というのはとても難しいという事の表れなのでしょうか。