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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"その先にある未来"を

 

 その姿に驚きを隠せない評議員達だったが、私語を慎みながら心を平静に保とうとしていた。タニヤは自然体だが、初老の男性のみイリスを見た瞬間、僅かに眉が動き、瞳に力を入れて彼女を見ていたのに気が付いた者はいなかったようだ。

 そんな中、女性は自己紹介を始めていく。


「初めまして。私は冒険者のイリスと申します。本日はお招き頂き有難う御座います」

「……前置きはいい。用件を述べろ」


 彼女言葉を遮るように口を挟む初老の男性。


 イリスは思う。

 この方が職人区コミュニティー統括責任者リクハルド・ラハティネン氏だと。

 横にいる女性は飲食街統括責任者ヘルガ・ラスク氏と、彼女とは逆の隣には中央区統括責任者代理トゥロ・ハールス氏。そして、この街の警護と治安維持に努めている住宅区統括責任者ベネデット・ヴェント氏だ。

 全てタニヤから聞いた情報通りに、照らし合わせる事が出来た。


 飲食街責任者であるヘルガとは、エルマに着いたその日の昼食時にイリス達は会っており、あれからも良くお世話になっている屋台の中年女性だ。


 そして、市場調査をした時に対応してくれたのがトゥロだ。彼は若く、評議員を正式に任されているのではないらしい。彼の父であるタイト・ハールス氏が責任者だが、病気により伏せっている為、彼が臨時で代理で務めているのだとタニヤは言っていた。


 そしてベネデット。彼はエルマに来て初めて会った人物だ。統括責任者と言えど、きっちりと人の顔が分かる場所で仕事をしているのだと、タニヤは話した。


 コミュニティーの長であるが故に、その責任も重大だ。

 食品や商品を扱っているヘルガとトゥロは勿論のこと、警護をしているベネデットも、しっかりと魔物の警戒を確認をし続ける必要がある。

 それは所謂"荒くれ者"達の対処も含まれるのだが、イリスはこういった事についてかなり疎いので、それに気付くことは無かったが。


 特にこのエルマは、ギルアムという存在が周囲に出現し得る危険な場所だ。

 扉のひとつを破られただけで、たちまち蹂躙劇が繰り広げられてしまう。


 エルマの中でも、彼の立場が最も重要なのかもしれない。

 だからこそ彼は、土地を購入したいという冒険者に警戒をした。

 人格的に問題があったり、危険な思想を持ち込まれては、エルマが被害を被ることになる。それを見極める為に、この場に同席することを求めた彼だったが、それがまさかイリスであったとは、正直思いもしない事だった。


 そもそも彼女はとても若い。見た目だけ若く見える訳ではないだろう。

 そんな彼女が何故エルマに土地を購入したがるのか。それ以前に、そんな大金を彼女が持っている事に驚きを隠せずに戸惑っていた。


 恐らくだが、仲間全体の資金を集めて購入するつもりなのだろうか。ならば何故エルマという場所なのか。やはりこの香りから来る癒しを求めているのだろうか。


 思考が定まらない中、考え続けるベネデットだったが、彼はイリスに挨拶を含む個人的な話を一切する事はなかった。

 彼はこの評議会の一翼を担っている。ならば私語など以ての外だ。

 特に今回は、様々な疑問が彼女にはある。彼女が持つ理由次第では、断らなければならなくなってしまうだろう。

 それが例え、エルマの大切な仲間であるドミニク達の恩人であったとしてもだ。


「はい。私は、このエルマに土地を購入したく、お願いに上がりました。

 その場所は飲食街の先にある壁側、六区と呼ばれている場所の一角になります」

「……飲食街六区。なるほど。それで合点がいった」


 顎に手を当てながら答えるリクハルドは、続けてイリスに問い返す。

 その内容は、イリスがしようとしている事を見透かしているようにも感じられるものだった。


「……つまりなんだ、お前は孤児院を救いたいって事か?」


 飲食街六区とは、孤児院がある壁側の一角である。六区全てではないが、大きく含まれる場所となっていた。タニヤが連れて来たのも納得出来た評議員達だったが、それをあえて口に出す事はなかった。


 だがイリスは、リクハルド達が思っていたような事ではないと、まるで断言するように言葉にしていく。それを聞いた彼らは、彼女の求めているものを納得していた思考を、再び疑問に思ってしまう事になる。


「いいえ。私は孤児院を救おうとは思っていません」




 *  *   




「タニヤさん。私達は、私達に出来る事をしたいと思います。私は孤児院を救おうとは思っていないんです」

「孤児院を救わないって、どういう事なの、イリスさん」


 ギルドマスターの部屋で問い返してしまうタニヤ。それはドミニク達も同じ気持ちだったようで、戸惑いを隠せないといった様子だった。


 だがシルヴィア達はイリスの考えに大凡理解をしていた。

 まだ確認していないので、恐らくはそうだろうといったものではあるが、それをノルンで学んだ気がしている彼女達だった。


 続けてタニヤは、イリスがしようとしている事は、あの子達を救う事になるのではと返していくが、イリスはそれを否定した。


「私がしようとしている事は、子供達を救う事ではなく、子供達に手を差し伸べ、背中を支える事です」

「……それは、子供たちを救うという意味ではないのかしら?」


 タニヤが疑問に思ってしまうのも仕方がないだろう。

 イリスの言っている事は、結果的に子供達を救う事になる。

 

 だがイリスは少し違うんですと言葉にした。

 それは心構えのようなものも含まれているが、実際にはその意味合いは違っている。


 それについてイリスは、一同に説明をしていった。


「子供達を救おうとすれば、きっと失敗してしまうような気がするんです。街の意識を変えなければ、きっと近い内に同じ状況になるのではと思えましたから。

 この街の問題は、あくまでエルマで考えるべきだと判断しました。よそ者である私達が出来る事は、子供達が立ち上がれるように手を差し伸べることだけでしょう。

 それに私達は、いずれアルリオンに向かわねばなりません。その理由をお話しする事は出来ず申し訳なく思いますが、私達が手を尽くし過ぎても、子供達には逆効果になる事もあると思えたんです。

 だから私達は、私達に出来る事をしたいと思います。私達は子供達を救うのではなく、手を差し伸べて、その先にある未来をエルマに託したいと思います」


 イリスは言葉を続ける。子供達に必要になるものや、必要となること。

 そしてそれには土地の入手が最低条件であり、その為に評議会の認可を得たいのだとイリスはタニヤに伝えていった。


 その言葉に目を丸くするタニヤは、イリスに聞き返してしまった。


「……何故、土地の購入に認可が必要だと思ったのかしら」

「市場調査をしました。お店の方が、畑を持つためには多額のお金が必要になる事も仰っていましたし、ドミニクさん達の夢の話も聞いて、確信が持てたんです」

「だがそれだけなら、評議会(おえらがた)の認可がいるとは思わないんじゃないか?」

「そうよね。土地の金額だって、ただ単純に高値になっているだけかもしれないじゃない」


 会話に割って入るドミニクとノーラだったが、それについてもイリスは説明していった。あくまでもそう思えただけで、確証がある訳ではないのですがと言葉を添えて。


「土地が高額な理由は一つでしょう。それはエルマの街の大きさに問題がある為です。

 街の拡張工事となれば、莫大なお金とかなりの時間がかかります。

 魔物の中でウォルフは、この周辺ではかなり強くて厄介な存在ですから、そんな魔物が闊歩している中で作業するのは、並大抵の事ではないと思います。冒険者の護衛を雇うにしても、かなりの時間がかかる作業にかける人件費が高くなってしまう事は目に見えています。

 中途半端な壁など意味がありません。妥協が一切出来ない強度を保てる壁を造るには、相応の技術で造らねばならなくなります。であれば、土地の高くなる理由もそれにあり、それだけの大金が動く可能性があるのですから、タニヤさんが仰っていた評議会が決めているだろう事も予想が付きます」


 淡々と語るイリスにタニヤは驚きながらも、見聞きしただけでそれを理解してしまうなんてと呟くが、彼女が気付いた事はそれだけではない。


 イリスは続けて商店での話をしていく。

 店員との会話で得たもの、気が付いた事を話し、今後したい事を改めて伝えると、驚いた様子でイリスを見つめてしまうタニヤだった。


「――という訳なんです。そこでタニヤさんにご協力して頂きたいのです」

「……なるほど。何となくだけど、イリスさんの言いたい事が分かったわ。

 そうね、次回の評議会は三日後になります。そこではギルアム討伐による周囲の影響や、通常の定例報告会となるでしょうね。

 そこで二匹目のギルアム出現と討伐についての報告を兼ねて、土地購入の件と、イリスさんが評議会でお話が出来る状況に持っていく事は可能だと思うわ」

「こちらからお願いをしておいてなんですが、本当に宜しいのでしょうか。評議会に一般人の、それもよそ者である私が行く事に問題があるのでは?」


 本来であれば問題ねと言葉にするタニヤだったが、今回は少々事情が違うと彼女は言った。


「二匹目のギルアム出現や、冒険者が土地購入を希望している件。

 これらを評議会で報告する事で、多少は興味を惹く事になると思うわ。この時機に土地を購入したいという申し出など、まず起こり得ないから。

 ならばそこを狙うの。興味をそちらに集中して貰い、イリスさんを同席出来る状況に持っていくのよ。でもそこからは、私は口添えが出来ないわ。評議会の一員として、事の成り行きを静観させて貰う形になるでしょう」

「ありがとうございます、タニヤさん。是非お願いします」



 *  *   



 そして時は現在に戻り、イリスは評議員達に説明をしている最中だった。

 彼女達のしようとしている事や、子供達の事、そしてエルマの将来にも関わることになる事も、大まかではあるが、丁寧に言葉にしていった。


「私は冒険者であり、諸事情でアルリオンを目指さねばなりませんので、エルマに長居をする事は出来ません。でもこのまま子供達を見過ごす事も出来ないのです。

 あんなに可愛くて優しく、強い子達を助けてあげたいと思いましたが、それは私の役目ではありません。全てを救おうとすれば、きっと近い将来、同じような事が起こると思えてしまったからです。

 それを無くす為には、エルマの街を変えなければならなくなるでしょう。ですがそれは、私がするべき事ではありません。エルマの子達はエルマで護って頂きたいと、厚かましくもお願いをする為に、この場に同席をさせて頂きました。

 どうかこの機会に、子供達とエルマの将来について、お考え頂けないでしょうか。

よそ者である私が言葉にする事など許されないと分かった上で申し上げます。あの子達を救っては下さいませんでしょうか。どうか、お願い致します」


 真剣に語る彼女の言葉が、彼らの心に届くかは分からない。

 何よりもイリスがエルマの住民でない事が、問題となるかもしれない。


 こればかりはどうしようもない事ではあるが、それでも最後は切に願う事しか出来ない。ここから先は、評議会が決める事だ。ここで否定されてしまえばそれまでだ。ここで決まった事とはつまり、エルマの総意になる。

 それだけ重要な席にいる事そのものが既に特別視されている。小さな街であろうが、それは関係のない話だ。ここはエルマという街であり、小さなひとつの国でもあり、そして彼らはその法と秩序を守る事で住民を護っている。あとは彼らに託す他ない。


 そう思いながらも、頭を深々と下げていくイリス。

 出来る事はしたつもりだ。あと出来る事があるとすれば、頭を下げるくらいだろう。

 たかだか冒険者一人の頭を下げる事で何が変わるという訳ではないが、それでもイリスには頭を下げずにはいられなかった。


 瞳を閉じて頭を下げていくイリスだったが、無常にもリクハルドはそれを制止する。


「――やめろ」


 その重みを含んだ言葉に、下げつつあった動作をぴたりと止めてしまうイリスだった。




 少々重たい話になっていますが、これは人と人とのお話であり、命のお話でもあるとても大切なことです。ここに妥協することは出来ないと思ってしまう筆者でした。

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