"定例会議"
中央区にある少々立派な建造物のひとつに、とある人物達が集まっていた。
この場所は主に、重要な話し合いをする為に設けられた特別な部屋だ。
当然、ここに居る者、この場所に居られる者には制限がかかる。
関係者以外は、この部屋にすら踏み入れる事が出来ないようになっている。
少々大きめの円卓に座る四人の人物は、最後の一人が到着するのを待っていた。
席に座っている者達は、物腰が低そうな好青年、肝の据わった中年女性、人の良さそうな中年男性となっていた。
彼らの年齢層もまちまちで、その風体や性格まで様々だが、一際異彩を放っていたのは、眼光鋭く筋骨隆々の初老の男性だろう。
その人物は腕を組み、険しい顔で座っていた。
暫くすると、最後の一人が言葉にしながら部屋に入って来たようだ。
「ごめんなさいね。待たせてしまったかしら」
「……問題ない。定刻通りだ」
最後に入って来た高齢の女性に、言葉を返す初老の男性。
空いている席に座る女性と、彼女に続くように入って来た若い男性。
彼は書記や取次ぎなどの雑務をこなす為に同席をしているが、口出しを許されていない立場にいる者となる。
「……では始めるか」
初老の男性が言葉にすると、今回の話し合いが始まっていく。
尤も今回の目的は、ギルアム討伐による周辺の影響調査と、その後始末の報告が主となり、後は定例会議のみだ。ギルアムの件以外では特に話し合う事もないもので、三十ミィルでもあれば終わるような内容となるだろう。
滞りなく会議は進み、ギルアム討伐後の影響も、今の所は無いようで安堵する一同。
今回は奇跡的に被害をゼロに抑える事が出来た。もし長引いていれば、どんな影響が出たのかも分からない。最悪、大きな被害を被ることも想定していた。
これを無事に収束できた事は、奇跡としか言いようがない。
「では今回はここまでとする」
初老の男性の言葉で会議を閉める。これも定例通りだ。
だが今回は少々違ったようで、高齢の女性が立ち上がろうとした彼らを引き止め、言葉にしていく。
「まだお話をしなければならない事があるの。もう少し続けたいのだけれど、いいかしら?」
「……何だ。お前が言うくらいだ。何かとんでもない事でもあったのか?」
初老の男性が高齢の女性、タニヤ・パーテライネンへと言葉にするが、内心は冗談のつもりで話していた。
エルマで最も脅威となるギルアムが討伐されたのだ。そんな事態は起きないだろうと思うのは、この街の住民であればそう答えるだろう。
彼はこの街に来て三十年以上になるが、危険種討伐の報告がされた後は、周囲が穏やかになる以外の話は聞いた事がない。多少ウォルフが集団になりやすい傾向があるが、それも六匹程度のものであり、然程重要視されるような事でもなかった。
彼女は二匹目の話を始めていくが、その内容は冗談なしで、とんでもないものだった事を知る評議員達だった。
「今から三日前。南東にある"星見の洞窟"から真っ直ぐ街道へ向かった場所にて、二匹目のギルアムと遭遇し、これを撃退したとギルドに報告がありました」
驚愕する一同。
言葉を失うとは、まさにこういった状況の事なのだろう。
正直な所、言っている意味すら分からない内容だった。
彼らが戸惑いの中を彷徨う間に、話を続けていくタニヤ。
「その翌日、ギルドが討伐確認し、今現在は安全が確保されています。尤も、これだけ短期間に出現した事による影響は予測など付きません。今後も調査を続けねばならない事ではありますが、一先ずは収束に向かっていると思われます」
なるほどと言葉にする初老の男性は、続けて要点のみを言葉にした。
「討伐料は何とかしよう。厳しいが、出せると思う。お前達はどうだ?」
「あたしの方も何とかなるね。まぁ厳しいのはこっちもだけど」
「代役なので言及は控えたいですが、こちらも何とかなると思います」
「ギルド側も用意出来きます。相当に厳しいですが……」
「……まぁどこも厳しいのは仕方がない」
そもそも危険種討伐料は、エルマの民からの税金とコミュニティーによる積立金だ。行き成り資金を出せと言われても、厳しいと言わざるを得ないのが現状となっている。
貿易都市エークリオならばまだしも、エルマは比較にすらならないほど小さな街であり、この街にとっては巨額とも言える金額をぽんぽん出せるほど、エルマの財政は潤ってなどいない。
正直な所、二匹目のギルアム討伐に喜べばいいのか、その存在の出現に驚けばいいのか、財政が厳しくなる事に嘆けばいいのか、ここにいる彼らは悩んでしまうが、討伐確認が取れている以上、安全だと言えるだろう。
そうでなければ、再びギルアムの脅威にエルマが怯える事になる。
そうであって欲しくないといった希望的観測ではあるものの、短期間に三匹目の出現は考えたくもないおぞましい話だ。
それを理解しているコミュニティーの長達は言葉に出来ず、固まってしまっていた。
しばしの沈黙の後、初老の男性が会話を続け、その場の空気の流れを変えていった。
「……それで、報告は以上か?」
「いえ、もうひとつあります。とある冒険者から、エルマの土地を購入したいとの申し出がありました。これについての協議もお願いしたく思います」
これにも驚く評議員達。
先程の話も信じ難いものではあったが、こちらはもっと理解出来ない事だった。
そもそもエルマの土地は、そう簡単に買えるような値段をしていない。
当然、高価過ぎるのにも理由があるが、問題はそこではない。
そんな高価なものを冒険者が買う理由は、自ずと限られてくる。
恐らくはエルマを気に入り、永住するつもりなのだろう。
これについては評議員としてではなく、ひとりのエルマの住民として歓迎したいところだが、これは彼らの個人的な意見であり、エルマの中枢に携わる者としては疑問を持たざるを得ないと、この場にいる誰もが思っていた。
「……何故、この時機に申し出があった?」
初老の男性はタニヤに尋ねる。
それはそうだろう。
今現在は落ち着きを取り戻したとはいえ、ギルアムの脅威が間近に感じられるほど緊迫した状況が、今も尚続いていると言える。
街中では未だピリピリと張り詰めた空気が漂っており、とてもではないが、そのような気分にはならないはずだと思えてならない。
こんなタイミングで永住しようだなどと思う冒険者など、聞いた事もないし、想像すら出来ない。一体何を考えているんだと、疑問に思うのが当たり前だろう。
「言っちゃなんだけど、エルマで土地を買うって意味が分かってるのかね、その冒険者は」
中年女性が怪訝そうに仲間達へと尋ねるが、そう言葉にしてしまうのも当たり前だというほど、エルマの土地は高い。
アルリオンであれば、一等地でも選ばなければ、大きな屋敷付きで土地が買える値段になる。本当にその意味を理解しているのだろうかと、その冒険者の正気すら疑ってしまう。
「……何を企んでいる、そいつは」
ギロリと鋭くタニヤを睨み付けるが、彼女は物怖じする事はない。
企むとは人聞きが悪く感じてしまうが、その冒険者の思惑が分からない以上、そう思ってしまうのも妥当な判断だ。
それほどエルマに土地を買うという事の意味が、理解出来ない彼らだった。
思わず沈黙を破り言葉にしてしまう中年の男性。
その言葉遣いから人の良さを滲み出してはいるが、彼の立場上、エルマを乱しかねない存在であれば、決して看過出来るものではない。
口調はとても穏やかだが、心内ではかなりの警戒をしているようだ。
「その方は、土地を何に使うのか仰っていましたか?」
「ええ。ですが――」
短く言葉にするタニヤは一旦言葉を区切り、微笑みながら言葉にしていった。
「――本人に直接話させた方がいいと思い、こちらに連れて来ています」
タニヤの言葉で大凡把握した一同。
だが、ここは評議会だ。
その議題や決定を含む内容を、独断で決める事は出来ない。
それがここの法であり、守るべき秩序だ。
ならば、するべき事は決まっている。
「決を採る。冒険者を呼ぶか、否か」
「賛成だよ。あたしはそいつに興味が沸いたね」
「私も賛成です。治安を預かる者として、この目で見極めたいです」
「賛成です。僕もその方とお会いしたいですね」
「決まりだな。そいつを呼んで来い」
書記の男性に言葉にし、その冒険者を呼びに行かせた。
退室する彼の姿が見えなくなると、暫しの沈黙が続く。
恐らくは隣の部屋に待機していたのだろう。
直ぐに足音が近付いて来るのが聞こえてきた。
扉をノックする音に、入れと言葉を投げる初老の男性。
開け放たれた扉に注目する一同だったが、タニヤと初老の男性以外の評議員は目を丸くしてしまった。
その場に立っていたのは、純白の鎧を纏った、見目麗しい女性だった。




