"引き際"
エルマが見えてくると、ドミニク達は安堵の表情を浮かべながら深くため息をした。
本来であればまだ油断は出来ないが、まるでそれは心情を吐露するかのようだった。
索敵を使うも、周囲にウォルフの反応は無い。もう大丈夫だろう。
城門のような扉が開け放たれ、イリス達はエルマに入ると、ベネデットがすっ飛んで来た。
驚愕するような、安心したような表情をころころと変える彼の姿に、かなりの心配させてしまった事が伺え、申し訳なく思ってしまうイリス達女性陣。
「皆さん! ご無事で何よりです!」
「すみません。ご心配おかけしてしまい」
「とんでもないです。流石に街を出て森へと向かったのには驚きましたが」
そう言ってベネデットは、ドミニク達の方を向きながら言葉にしていく。
「彼らの捜索に行って下さっただけでなく、無事に救助して連れ帰って頂けた事に、エルマに住まう者として心からの感謝を」
ベネデットはイリス達に深々と頭を下げ、ドミニク達と親しげに会話をしていった。
この街は立派に見えてもやはり小さい街だ。ベネデットのように一箇所で同じ仕事をしている者は、すぐに親しくなれるほどに、とても狭い世界と言えるだろう。
それは見送り、出迎える警備の者であったり、売買をする商人であったり、食事を作る調理人であったり、住処を提供してくれる貸し家の持ち主だったりと様々ではあるが、エルマに住まう者であれば、まるで家族のように親身になってくれる者も多い。
ドミニク達はエルマに暮らしながら、街の為にウォルフを狩る冒険者達のいちチームだ。
最低でもウォルフを狩る事が出来なければ、この街で冒険者を続ける事は難しいが、そもそもそれらを倒せる者は、熟練者でなければたちまち刈り取られてしまう。
この街に暮らす冒険者というだけで、材木であるエルマを加工出来る職人と同じように一人前の冒険者と言えるだろう。
そんな彼らを失う事は、エルマにとっても非常に厳しい。
戦力という意味としても言える事だが、親しい者からすれば家族を失うような気持ちになってしまう。
彼らが帰って来ない。それだけでエルマに多大な影響を与える事になる。住民に深い悲しみと、次は自分かもしれないと言う恐怖を、現役冒険者達に与えるかもしれない。
ましてや今回は、ギルアム出現という最悪の報告がされている。
今現在でそれを知る者はまだごく一部だが、それも時間の問題だ。
噂ではもう広がってしまっている。大人で知らぬ者はもういないだろう。
それほどに小さい街なのだ、エルマは。
「イリスさん達が来てくれなければ、全滅していた」
「だな。覚悟してたとはいえ、かなり厳しかったよ」
ドミニクの言葉にアウレリオが答える。
ルジェク、ノーラ、イザベルは、エルマに付くと放心したような表情を見せていた。
正直なところ彼らには申し訳ないが、すぐにでもギルドへ報告に行かねばならない。
ベネデットも理解しているので、これ以上会話を続ける事もなかった。
最後に今一度、イリス達にお礼を言ったベネデットは、ギルドへと向かうイリス達の姿を暫く見つめ、業務へと戻っていった。
何もかもが懐かしく思えてしまう彼らは、今回の件でこれからの事を話し合ってみるそうだ。
あれほど危険な目に遭ったのだ。それも仕方ないだろう。
ひたひたと近付いてくる尽きる瞬間に恐怖し、一条の光のような救いの手に導かれた矢先に降りかかった災厄。上に下にと感情の起伏が激しい今回の冒険に、何も思わない者などいないと言い切れてしまう。
これほどの体験をした後でも尚、冒険者を続けられるのだろうか。
それを真剣に仲間達と話し合うと、ドミニクはイリス達に話した。
「正直、俺はもういいかなって思ってるよ。いい年したおっさんだからな」
そう言いながらアウレリオは、声を高らかに笑っていった。
だか彼だけではない。イザベラ以外のメンバー全てが熟練者だ。
冒険者としての彼らの年齢は、それを考える時期だとも言い換えられるかもしれない。
もちろん、彼らはまだまだ若い。世間一般に中年と呼ばれるような者であっても、冒険者を続けている者は割と多い。中には危険に身を委ねるのを好む者もいるらしいが、中年を越えた冒険者の殆どは、自分の身体に無理なく冒険を続けるものが殆どだ。
そういった者達は、得てして並みの冒険者では手に入れることが出来ないものを持っている。それは長年の勘であったり、熟練者の経験であったりといったもので、冒険者としてはそういった技能とも呼べる優れたものを持つ存在は重宝されている。パーティーを結成するのなら、そういった存在を入れたがるパーティーはとても多い。
逆に熟練冒険者が若手を見つけ、自身で鍛える事も割と多い。
イリスの周りで言うのなら、レナードが当て嵌まるだろうか。彼は当時新人冒険者だったオーランドとハリスを見つけ、訓練をしながら冒険をしていた。
これが彼には思いのほか合っていたようで、今現在でもそれは続いている。
尤も彼の場合は、放っておくと確実に命を落とすと思えたボアがいたから、という意味も含まれるのだが。
引き際を見分けるのが難しい冒険者という職業は、ほんの少しの油断や慢心が一気に命の危機に繋がる危険な職業だ。
当然自分だけではなくパーティー全体の命にも関わるため、相性の良し悪しで加入、脱退を繰り返すのが当たり前であり、その見極めが出来ない者はすぐに命を落とす事も、残念ながら珍しいとは言えない、とても厳しい世界だ。
潮時となるタイミングは、人によって様々だろう。
各々のモチベーションや、体力などに応じて変化していくものではあるが、的確なタイミングで辞める事が出来る者などいないかもしれない。
それ程に潮時を見極めるのは難しい。
もう少し、あと少し続けられる。
この考えが非常に危険なものとなる。
だからこそ彼らは考える。己が引き際を。
後悔をする事のない、最高のタイミングでの潮時を、真剣に。
こればかりはイリス達が口を挟む事など出来ない。
冒険者とは自由な生き方を約束されている。口を出す事など誰にも出来ない。
続けるのも、辞めるのも、彼ら次第。その選択もまた、自由なのだから。
ギルドへと入るイリス達。
中には朝が早いこともあって、誰もいないようだった。
早過ぎてもしかしたらギルドが開いてないかもしれないと思っていたとイリスが言葉にすると、ギルアム討伐報告がされている今現在であっても、何らかの影響があるかもしれないのでギルドは数日は解放されているんだと、アウレリオは教えてくれた。
「一応、職員は待機している形になっている筈だよ」
そう続けて彼は話してくれた。
受付にはまだ誰もいないようで、どうしましょうかと言葉にするイリスだったが、こういう場合はこうするんだよと、アウレリオはカウンターにおいてあるベルを手に持ち、小さく横に振っていく。
可愛らしい音がちりんちりんと鳴り響いていった。
暫くそのままでいると、奥の扉からヨンナがやって来たようだ。
ベネデットにも言える事なのだが、この事件が起きてから通常業務とは違う対応をしている方が、とても多いように思えてしまうイリスだった。
恐らく彼女もその一人で、ギルドに寝泊りして仕事をしているのだろう。
逆に言うのならば、それ程厄介な存在だったとも言える。その火種を消すことが出来たイリス達は、エルマの危機を救い、住民と安全を守った事になるのだが、素直に喜ぶ事など出来なかった。
その報告もしなければならない。
朝早くから訪れたイリスの顔に驚いた彼女だったが、角度的に見えなかったドミニク達の顔が見えた瞬間、驚愕したように目を丸くしながら言葉にした。
「ど、ドミニクさん!? アウレリオさんに、ルジェクさん、ノーラさんにイザベルちゃんまで!? 戻って来られたんですか!? ああ! すぐにマスターに報告を! ああいえ、まずはディルク君に! ああでも今は朝食を食べてる頃だし!?」
取り乱すようにおろおろとしながらも喜び、カウンターとギルド入り口を行ったり来たりするヨンナ。彼女の許容範囲を軽く超える出来事だったようで、どうしていいのか分からない錯乱状態になってしまった。




