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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"彼らの判断"

 

「現状を報告して下さい」

「問題ない」

「こちらもですわ」

「私もです」

「こっちもだよ」


 何とか怪我もなく終える事が出来て心からホッとするイリス。

 だが今回は本当に危なかった。少しでも長く躊躇ったままでいたら、今こうしていられたのか分からないほどに。


 しかしまだ安心など出来ない。

 ここは浅い森で見通しも良いが、それでもウォルフで溢れ返っている危険な場所だ。

 ドミニク達を抱えたままウォルフとの連戦は避けるべきと判断したイリス達は、彼らの状態も確認した上で、予定通り街道へと歩みを進めていった。


 陣形を組み直し、前衛はヴァンとイリス、中衛シルヴィア、そしてドミニク達を挟み、後衛ネヴィア、そして最後尾をロットが守っていく。


 驚愕の表情をしながらも、イリス達についていくドミニク達。

 彼らは今起きたことの詳細を尋ねたりは一切しなかった。


 街道へと出ると、一気に空気が変わったようにドミニク達には思えた。

 既に太陽が昇り朝になっている今、その明るく照らす陽の光を直接浴びることができ、感慨にひたってしまっていた。もう二度と、こうして見ることは叶わないかもしれないと覚悟を決めた彼らには、とても表現出来ない複雑な心情だったようだ。

 言葉に出すことはなかったが、あまりの嬉しさに鼻をすすってしまうノーラだった。


 だが彼らは直ぐに異常な事態を目撃してしまう。

 エルマ方面に顔を向けたドミニク達は、街道の邪魔にならないように除けられたウォルフの亡骸を多数発見する。

 イリスが伝えたように、直ぐ近くで激戦が繰り広げられていたようだ。

 転がるウォルフのあまりの多さに目を丸くしながら、血の気が引いていった。


 ウォルフの間を進みながら彼らは思う。

 こんな数、三人で出会っていたら確実に喰われていたと。

 本当にギリギリだった。少しでも何かがずれていただけで、自分達の命は確実に消えていた。あの時はそれしかない最良の方法だと思えたが、完全な悪手だった。


 それこそ背後にまで迫っていた確実な死に、身震いするほどの恐怖を感じてしまうドミニク達は、無言のまま歩いていく。


 暫くすると、とんでもないものが転がっていた。

 何度も見間違えだと思いながらしっかりと瞳を閉じて、確認し直すように見ていくも、どうやら何度試してみても同じ結果だったようだ。


 思わずぽつりと声に出してしまったルジェク。


「…………本当に、ギルアムが討伐されていたんだ……」


 やはり説明すべきかと悩むイリス。

 あれだけの戦いを見せてしまった以上、その事実に気付かないはずもない。

 今は混乱する思考の中にいるので、彼らは質問しないだけだと思えた。


 ヴァンとロットも、彼らに口止めをするべきかと考えてしまう。

 危険種の中でもかなりの強さを持つというギルアム。

 それを討伐しただけではなく、もう一匹も倒してしまったという事実がエルマに広まれば、たちまち大騒ぎになるだろう。そしてノルンやアルリオン、エークリオだけではなく、いずれリシルアにまで情報が届く事になってしまう。

 それが何よりも厄介な火種になると思えてならないヴァンとロットだった。


 イリスが目立ちたがりの性格であるのなら、それもいいのかもしれないが、彼女はそういった事はあまり好まない性格をしている。なるべく目立たずに世界を旅したいとすら思っていた。

 それなのに、まさかエルマに来ただけでこれだけの戦果を得てしまうとは、誰もが思いもしない事だった。


 旅は予定通りに行かない事の方が多い。天候や突発的な魔物の襲撃による進行状況の変化は、日常茶飯事と言えるほど当たり前の事だ。

 寧ろ、今まで予定通りに来れたことに驚いてもいいくらいだろう。


 だがまさかここに来て危険種の、それもギルアムなぞに遭遇しそれを撃退するなど、流石に悪目立ちしてしまう可能性が高い。ましてや先程のギルアムは、明らかに異質な存在だった。完全に別物と言っていいほどに。それ(・・)の報告もしなければならない。

 そうなれば、たちまちエルマに激震が走ることになるだろう。


 凄まじい存在を倒したパーティーとして英雄視されるならいいが、あれほどの危険種を倒したことでエルマの住民に賞賛ではなく、恐怖を抱かせてしまうのではないかとも思えてしまう。それだけの事をイリス達は既にしてしまっている。

 何よりも熟練冒険者であるドミニク達がその光景を目撃し、今も尚口を噤んでしまっている事がその証拠にも思えてならない。

 そうなればこれからのエルマでの行動に制限がかかり、イリスが目標としていた孤児院の件も、うやむやになりかねない。

 最悪の場合、何も出来ずにエルマを出ることもあり得るだろうと、ヴァンとロットは思っていた。


 イリスはちょっと良くない傾向かなと思っている程度だったが、シルヴィアとネヴィアは良くないと思えてしまっているようだ。

 流石に言い訳など出来ないだろう。目の前であれほどの戦いを繰り広げただけではなく、勝利したうえ、更にもう一匹のギルアムをイリス達が倒したと確認してしまっている。


 ネヴィアはイリスと似通った性格なので同じ様に、必要以上は目立たないよう旅を続けていきたいと思っているが、シルヴィアは目立つことに然程抵抗感はない。

 それよりも、自分達を見る子供達の眼差しが変わってしまうのではないかと心配していた。あれだけ楽しそうに一緒に走ってくれた子達も、もしかしたらもう遊んでくれないかもしれない。

 遠巻きに見つめられ、心が離れてしまうことが何よりも怖いシルヴィアだった。


 互いに微妙な空気を醸し出してしまう中、ドミニクが答えていった。


「……何となくだが、理解している。

 これだけの事を成してしまっているんだから、こんな空気にもなるだろう。

 だが俺は、何よりも命を救ってくれたイリスさん達に、迷惑をかけるような行為を慎みたいと思う。そうでなければ、恩を仇で返すことになってしまう。そんなこと俺は望んでいない。だからここで、はっきりとしておこうと思う。皆はどうしたいんだ?」


 そう言葉にしたドミニクはパーティーメンバーの方へと向き直る。

 その様子は真剣そのもので、こんがらがっている思考の中に居た仲間達は、各々言葉にしていく。


「俺もそうするべきだと判断する。イリスさん達に迷惑が掛かる行為をする事など出来ない」

「そうですね。僕も賛成です」

「そうね。私も賛成よ」

「私もです」


 それにと話を続けるルジェクとノーラは、同時に話していった。


「「命の恩人に迷惑かけたら、美味しいお酒が飲めないよね(じゃない)」」


 ほんの少しだけ間が開き、盛大に笑い出すドミニク達。

 イリス達も釣られて笑ってしまった。


 一頻り笑った後、ドミニクはイリスの方を向き、これからの事を話していく。


「そんな訳で、俺達は今回の件について口を紡ぐ事にした。ギルドへの報告は生還報告のみにして、後はイリスさん達に任せる」


 ありがとうございますと微笑むイリス。


 内心はとても不安だった。

 これからの事を考えると、悪い印象は持たれる事だけは避けたかった。

 それを聞いたドミニク達は口を揃えて言った。

 印象を悪く思うなど、恥ずべき行為だと。恩人に対し、そんな想いをする事そのものが恥知らずだと。


 これは恩義や正義といった義の話だ。

 こればかりはパーティー次第と言えるだろうが、彼らはそれを何よりも尊重すべきだと結論を出した。

 そんな想いが伝わるように、イリスの心は温かくなる。


 確かにイリス達は、彼らからすれば命の恩人だろう。

 客観的に見れば誰もが口を揃えて言う事なのかもしれない。

 だがイリス達からすれば、尊敬されたり、仕事だからという意味で助けに来た訳ではない。ましてやお金などの為では断じてない。


 イリス達はお願いをされたのだ。あの小さくて優しい、とても強い子に。

 あの子にたった一言『ありがとう』と笑顔で言って貰えるだけで十分だった。



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