出会いに"感謝"を
右に戻り図書館を横切り、そのまま噴水広場まで戻ってきた所で、遠くから声が聞こえてきた。
「イリスー」
この声はミレイさん?あ、噴水の反対側にいるみたい。
「こんにちは、ミレイさん」
「あはは、こんにちは」
「ミレイさんもお散歩ですか?」
「うん、あたしこの噴水広場好きなんだー。良くここでのんびりしてるよ」
「ここ綺麗ですもんね。噴水も素敵だし」
「そうなんだよねー、ついついここに来ちゃうんだ」
お互い笑い合う二人。まるで仲のいい姉妹のようで、道行く人々は微笑ましく二人を見つめている。
「それでイリスは何してたの?散歩?」
「私は図書館で魔法のお勉強をしてたんですよ」
そう言うイリスに微妙な顔をするミレイだったが、すぐに表情を戻しイリスに質問した。
「それでイリスは何属性なの?」
「私は風属性みたいですよ」
「おー、イリスにぴったりだね」
ミレイはそう言いながらイリスの頭を撫でてくれて、イリスはとても嬉しそうにしている。
「あたしは火属性なんだよ。まぁ、へなちょこ魔法しか使えないんだけどねー」
「そうなんですか?でも鍛えれば強くなれるかもって本にありましたけど」
「そうらしいんだけどねー、あたしには魔法修練するのが合わないんだよ」
あははと笑うミレイにイリスは魔法が苦手なのかなと思う。
「ミレイさんは身体動かしてた方が好きなんですか?」
「そうそう、魔法より直接攻撃してる方が合ってると思うよ」
「うぅ、魔物を直接攻撃とか、すごく怖そうですね」
「最初は誰でも怖いものなんだよ。たくさん訓練をして、たくさん戦っても、怖さは抜けないものだと思うよ。むしろあたしはそれでいいと思ってる。怖いって事はそれだけ無茶をしにくいって事に繋がると思うんだ」
「ミレイさんも戦うのが怖いんですか?」
「そうだね。あたしも最初はすごく怖かったよ。今は割り切って、怖いからこそ慎重に戦う事を心がけてるよ。もっとも魔法が自分に合っていれば、戦闘の幅が広がっていたんだけど、あたしには魔法の才能がなさそうだからね、あはは」
ミレイには魔法の才能がないと思っているが、それはきっと違うとイリスは思う。適正があり、自身の属性を把握し、適した修練法を繰り返せば、かなりの使い手まで上り詰められる可能性もあるのではないだろうか。
そしてイリスは、あくまで本の知識なんですけどと、その事をミレイに伝えてみるが・・・。
「魔法を使う事そのものが合わない気がするんだよ。あたしにはあの魔法書を理解できなかったし、もともと接近して戦うことを前提に考えてるからね。
しいて言うなら、初撃と2撃目を弓で攻撃するくらいしか遠距離は使わないから、魔法を使うよりも弓でっていう感じだし、魔法を使ってもそれほど威力がある想像があたしにはできないんだよね。それに火属性魔法は高威力で広範囲の魔法が多いらしいから、更にあたしには合わない気がしてねー」
あはは、と笑うミレイにイリスはふと思った事を伝える。
「本の知識で申し訳ないんですけど、もしかしたら魔法って自由に発動できるものじゃないでしょうか?」
「ん?どういうこと?」
「もしかしたらですけど、想像次第でミレイさんに合った魔法もあるかもしれませんよ?例えばですけど、矢に火を纏わせて放つ事とかも出来るかもしれませんし」
「・・・矢に・・・火を、纏わせる・・・?」
「私はまだ魔法を使った事がないので何とも言えないんですけど、修練次第で武器や防具に魔法を付ける事も可能なんじゃないかなって思ったんです」
今聞いたイリスの考え、それはミレイにとって考えもしなかった事だ。もしそんな事ができるなら相当すごい事なのだが。考え込むミレイの顔はいつに無く真剣で、しばらくの間無言になってしまっていた。
イリスはそんなミレイにかもしれない話をして、考え込ませてしまったので、ちょっと申し訳なくなってしまった。
「あの、私はまだ魔法を使った事もないですし、戦った事すらないので、正しい知識かどうかもまだわからないんです。なので、お話半分に聞いてもらえると嬉しいんですけど」
そういうイリスにミレイは、『いいや』と言いかけ、またしばらく考え込んだ後、言葉を続けた。
「可能性だけでも、あたしにはありがたいんだよ。最近ちょっと伸び悩んでいてね、自分の限界っていうのかな、そういうのが見えてきてた気がしたんだよ。でも―――」
そう言いかけてまた考え込むミレイ。同じように時間をかけて話を続けた。
「うん。でも、できるかもしれない。ううん、面白い考えってだけでも十分だよ!やってみたい事ができちゃった!すごいよイリス!こんなこと思いつくなんて!」
ミレイはそう言うと、イリスに抱きついて頭を撫でつつありがとう!と言った。
「で、でも、ほんとに出来るかは・・・」
「いいんだよ、できなくても。ただの気分転換になってもいいんだよ。大切なのは前に進むって事だから。ありがとうねイリス!」
「ミレイさんのお役に立てるといいのですけど」
「早速、魔法の修練してみるよ。成功できたらきっと面白い事になると思うし」
「はいっ、お役に立てたら嬉しいです」
笑顔で言うイリスに、あはは、いいんだよそこは気にしなくて、と嬉しそうにミレイは答えた。
「あ、そろそろお仕事に戻らないと」
「ごめんね、引き止めちゃって。ついつい楽しくて話し込んじゃったよ」
あはは、と苦笑いするミレイにイリスは大丈夫ですよ、まだお昼の鐘が鳴ってないみたいですし、と答える。
「それではまたお店の方にもいらして下さいね」
「うん。薬は必須だから近いうちに必ず行くよー」
そう言って二人は分かれていった。イリスは振り向きミレイの後姿を見ると、ミレイはとても嬉しそうに歩いて行ったように見えた。
「(お役に立てるといいなぁ)」
そう思いながらイリスはお店に戻っていく。
イリスはただいまと笑顔で言いながらお店に入った。
「あら、おかえりなさい。もうちょっと時間あるからゆっくりして来ればよかったのに」
「ううん、だいぶゆっくりできたよ。調べ物もできたし、教会も見てきちゃった!」
ちょっとテンション高めにイリスは言うと、レスティはあらあらと言いながら笑顔で迎えてくれた。
そのままお仕事に戻り、やがて忙しい時間帯となった。間に合ってよかったと思いながら、お客さんの対応を続け、次第にまた落ち着いた時間になってきた頃、レナードさんがお店にやってきた。
「いらっしゃいませっ」
「おう、相変わらずいい笑顔だな!」
ニカッと笑うレナードにありがとうございます、とイリスは答えた。
「今日はマナポ小を10個欲しい」
「マナポーション・小を10本ですね?15000リムになります」
いつものように対応するイリスに、ふと気になった事があったのが、理由を聞かずに対応を続けた。
「ありがとうございました、またお越しください」
お辞儀をするイリスにレナードは相変わらず丁寧だなぁと呻っていた。
「おう!ミレイ待たせてるからもう行くな?」
「はいっ、またお越しくださいっ」
そう言って店を後にするレナードに内心、あぁ、やっぱりかと思ってしまうイリスは、ミレイがしようとしている事がうまくいくといいなぁと思いつつ、閉店までしっかりお仕事を続けた。
忙しい時間帯が過ぎ、何人かのお客さんの相手をした後、人がパタっと来なくなったので、お店を閉めましょうかとレスティが言った。お店の鍵を閉め、今日の売れた薬の伝票を整理しつつレスティはイリスに話し始めた。
「それで、魔法のお勉強はどうだったかしら?なにか掴めた?」
「うん!とっても有意義だったよ!・・・若干意識は飛びかけたけど」
苦笑いになってしまうイリスに、あらあらとくすくす笑うレスティ。
イリスは図書館で得たものをレスティに伝えた。話を聞いていたレスティは、ちょっと勉強しただけでそこまで理解できたの?と驚いていた。
「イリスは物覚えがとても良い方だとは思ってたけれど、まさかおさるまで解読するなんて。私、頭固いのかしら・・・」
「あの本だけだとよくわからなかったけど、もう一冊の『基礎魔法学』っていう本を読んでやっとわかったんだよ」
「イリスはもしかしたら魔法使いの才能があるのかもしれないわね。これだけ短期間で学べたとなると、すごい使い手になっちゃうかもね!」
そう言って自分の事のように喜んでくれているレスティを見て、イリスはくすぐったくも嬉しくなってしまう。
「でも結局まだ魔法は使えないみたいなんだけどね」
そうぽつんと呟くイリスにレスティはなぜ?という顔で首をかしげていた。
「風属性の魔法を修練するにはまず『風を感じる場所』で魔力を風に変える事が必要みたい。それには風通しの良い場所、例えば草原みたいな場所に行って、風の感覚を掴まないとだめみたいなの」
「なるほど。特定の場所で魔力を風に変換しないとだめなのね。今日はもう遅いし帰ってくる前に真っ暗になりそうね」
「うん。だからまた今度だね。まぁ急ぐ事もないから、のんびり行ってみるよ。護衛もお願いしないと危ないと思うし」
「そうねぇ。ホーンラビットくらいなら私でも倒せるけど、何かあったら危ないし、やっぱりちゃんとした冒険者に護衛してもらった方が安全だと思うわ」
「今度ミレイさんにお願いしてみようかな。ミレイさん強そうだし、きっと大丈夫だよね?」
そう聞くとレスティは笑顔で返してくれた。
「そうね、ミレイさんなら問題ないと思うわ。彼女とっても強いらしいから」
「そうなの?」
確かに強そうとは思ってたけれど、と思うイリスだったが、次のレスティの言葉に驚いてしまう。
「噂通りならゴールドランクの上位にいる冒険者とも戦って、圧倒できるくらいの強さがあるみたいよ」
「そ、そんなに強いんだ・・・」
「もちろん訓練での事だし、一対一っていう条件化での話らしいけど、それくらいの強さならこの辺りでは一人でも問題なく護衛できるくらいの強さはあると思うわ」
「そっか、じゃあミレイさんにいてもらえると安心できるね」
「ふふ、そうね。ミレイさんなら私も安心できるわ。よくわからない人にイリスを預けたくないから、そういう意味でも安心よ」
「ふふっ、ありがとう、おばあちゃん」
「さて、お店の後片付けも終わったし、今日はお薬のお勉強はする?」
「うんっ、お願いしますっ」
あらあら元気ね、とレスティが笑顔で微笑みながら話を続ける。
「それじゃあ、あまり詰め込みすぎも良くないから、昨日のおさらいをしましょうか?」
「うんっ」
調合部屋に向かい、昨日作った薬のメモを見つつ作ってみるイリス。今度は自然回復薬の中と大の両方とも高品質になったみたい。
「大切なのはやっぱり火加減なのかな?」
「そうなのだけれど、こうも高品質が出来るのは予想外ね。うふふ、もう自然回復薬は大丈夫そうね」
「まだちょっと不安なところはあるけど、悪いものは出来てないみたいだし大丈夫なのかな?」
「うんうん、まったく問題ないわ。昨日言った事もちゃんと覚えていたし、今日もとても丁寧に作れていたわ」
「やったぁ!」
「それじゃあそろそろご飯の準備をしましょうか」
「うんっ」
イリスは食事の準備をしながら教会での事も話した。
「素敵な教会だったでしょう?」
「うん。すごく綺麗な教会でびっくりしちゃった」
「昔はよく教会を見に行ったのよ。すごく立派な教会だからつい、ね」
「わかるよ、すごく素敵だったもん。司祭様も優しい方だったし、お庭も綺麗だったなぁ」
そんなことを話しつつご飯を食べ、食後のお茶を飲みながら今日あった色んな事を詳しく話をした。図書館での事、教会での事、図書館で会ったマールやかっこいい人に本を取ってもらった事、わけのわからない書き方をした本の事や、司祭との話、ミレイとの噴水広場での話など。
ひとしきり話した所で、レスティはイリスを若干にまにましながら見ていた。
「あらあら、もしかしてイリスはその人に恋しちゃったのかしらっ」
「そ、そんなんじゃないよ、ただカッコイイなって思っただけだよ。どちらかというと素敵なお兄さんかなぁ」
「あらあら(イリスが格好いいって思える人ってどんな人なのかしらねぇ)」
「そういえばミレイさんと同じくらいの年の人だったと思うよ?」
「あらそうなの?(なるほど、確かに彼は格好が良いわねぇ。若い女性ならきゃあきゃあ言うと思うのだけれど、イリスにとっては素敵なお兄さんなのね、残念だわ)」
レスティにはそのカッコイイ人物に心当たりがあった。というよりも、フィルベルグで知らない人の方が少ないだろうと思われるほど有名な人物だ。
「(彼なら人格者だし強さも申し分ないから、安心してイリスを任せられたのだけれど)」
そう思いながらも話は進み、いつの間にか夜の鐘が鳴る時間まで経っていた。
「あらあら鐘が鳴っちゃったわね。もう遅いからお風呂に入ってゆっくり休むといいわ。カップは私が洗っておくから」
「うん。ありがとう、おばあちゃん。また先にお湯いただくね」
「ゆっくり疲れを取ってね」
「うんっ」
そう言ってイリスはお風呂に入りに行く。
一人残ったレスティはカップを洗いつつ、なんて幸せな日々だろうかと思う。
いつも独りで寂しくしていた頃とは違い、今はイリスが居てくれている。
可愛く優しく物覚えがよく、誰にでも笑顔で接するあの子を見ているだけで、心が自然と温まる。
なんて温かい暮らしなのだろうかと、出会えた事を女神に感謝したレスティであった。