表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
208/543

"邂逅"


 イリスの発した言葉に、この場にいる誰もが驚愕する。

 それは警報(アラーム)の効果を受けていたヴァンであっても例外ではなかった。


 置かれている現状把握が出来ず思考が駆け巡り、あまりの衝撃的な事態にまるで凍り付いているかのような一同。


 だが唯一イリスだけが気持ちを切り替え、誰よりも早く行動に移していく。

 悩んでいる暇など無い。今にも襲い掛かりそうな存在が居るのだから、今すぐに対処しなければならない。その一瞬の判断の遅さが命に関わると、イリスは学んでいる。


「"全体保護(プロテクト・オール)"!!」


 気合を入れたイリスの言葉に、意識を敵へと向ける事が出来たシルヴィア達。

 冷静さを取り戻したヴァンは、ギルアムの行動に警告を発していった。


「最高速度で突っ込んで来るぞ!!」

「ロットさんは防御優先でお願いします!」

「分かった!」


 ギルアムの最高速度はウォルフなどの比ではない。ボアと違い、木々を避けながら森を駆けても速度を然程落とさずに進む事ができ、ある程度の直線さえあれば、最高速度まで到達出来る強靭な脚を持っている。

 その巨体から繰り出される突進は、直撃してしまえばひとたまりもないほどの凶悪な攻撃になる。最高速度での突進をもし受けてしまえば、ただではすまない。どこまで吹き飛ぶかなど、想像も付かないほどの威力を叩き出すだろう。


 途轍もない速度で今も尚接近してくるギルアムに、ドミニク達は完全に血の気を失っていた。ギルアムはギルドが討伐確認をしたと聞いたので自分達の捜索に来たと、確かにイリス達は言った。それが嘘だとは思わない。だが、ギルドが誤った情報を流したとも到底思えない。

 既に視界に映り、今にでも襲い掛かってくる残虐な巨体に思わずへたり込むノーラ。


 街に帰る事が出来ると安心した矢先の事だった。

 この事態は彼女の心を折るのに十分過ぎる、最悪のタイミングになってしまった。

 それはルジェクも同じ気持ちのようで、地面に腰を落とす事はなかったが、気持ちは完全に呑まれてしまっていた。


 アウレリオは既に覚悟を決めている。エルマで冒険者を続けていけば、何時かは遭遇する可能性があった存在だ。ギルアムと遭遇すれば、逃げる事など叶わない。

 いくらイリス達がウォルフを蹴散らせるほど強かろうが、迫り来る脅威には太刀打ち出来ないだろう。自分達の為に若い命を散らす事になってしまう彼女達に、心からの謝罪を想っていた。


 ドミニクとイザベルは寄り添い、戸惑う思考が駆け巡る中、それでも活路を見出そうと考えていた。彼女達にはエルマに何としてでも帰らなければならない。ここで果ててしまえば、最愛の息子を孤児にしてしまう。

 それがどれほどの悲しみを彼に与えてしまう事になるのか、想像も付かない。

 嘆き、絶望し、生きる意味すらをも無くしてしまうかもしれない。


 互いの手を握り合う二人。震える手を抑えつけるように力を込めていく。

 血の気を失うほどの恐怖の中、それでも彼らは生き残る方法を必死に考えていた。


 だがどれだけ考えても同じ結論に達してしまう。

 彼女は言っていた。『後方で防御に専念して下さい』と。


 奴を目視する前から、ギルアムの存在に気が付いていたように思える。

 そんな彼女には、揺らぐ事のない強さが感じられた。

 情けない話だが、彼女達に任せれば安心だと思えるほどの強さを。


 成人している女性に言う言葉ではないが、年端もいかないような若い女性が発した言葉とは思えないほどの安心感を感じられた。

 それは彼女の言葉の強さから来るものなのだろうか。まるで迷いすらないようにも思える透き通る声に驚きを隠せないが、彼女達であれば何らかの策があるのだろうかと、思わずにはいられないドミニクだった。


 そんなイリスに策などない。

 目の前に迫る存在を退ける事しか考えていなかった。

 様々な疑問が浮かび上がるが、そんなもの、今は思考から完全に棄てていた。


 まるで一瞬のうちに距離を詰めてしまうような鋭い速度を見せるギルアムに、イリスは強力な魔法を発動していく。


「"前方防御フォワード・ディフェンス"!!」


 イリスの前方に大きな黄蘗色の壁が現れ、ギルアムの凄まじい突進をその巨体ごと抑える。巨大な岩が落ちたような重く鈍い音が辺りに響き渡るも、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースで作り上げた魔法の壁は壊される事なく、その勢いを完全に受け止めた。


 ドミニク達が驚愕の表情を浮かべる中、イリスは続けて魔法を発動する。


「"跳返(バウンス・バック)"!!」


 押さえ込むようにしてギルアムの前に立ち塞がっていた壁が、まるで襲いかかるように巨体を弾き返していく。

 その強烈な鈍い打撃音を周囲に轟かせながら、凄まじい威力に吹き飛ばされ、背後にあった木をへし折りながら転がっていくギルアム。


 その様子に驚きながらも追撃に走るヴァンとシルヴィア。

 どうやら迷いは完全に吹っ切れた様子を見せていた。


「待機して下さい!」


 初めて仲間に明確な指示を出したイリスの言葉に、足に力を込めてその場に留まった二人は、イリスを確認する事無くバックステップで彼女の横に戻っていった。

 彼らは冷静なようで、少々考えが足りなかったようだ。吹き飛ばされたギルアムを追えば、それだけ守りが薄くなる。それはドミニク達を一気に危険に晒す事になる。

 それを一瞬で察し、指示を出したイリスに驚きを隠せないヴァンだったが、イリスは他にも考えている事があった。


 そしてそれを直ぐに理解するヴァンとシルヴィア。

 転がり続けるギルアムは瞬く間に態勢を立て直し、こちらに向けて駆け出した。

 あのまま追撃していれば、手痛い目に遭っていた事も考えられた。


 これをイリスが見極めていたのだとしたら、それはもう達人並みの技術と経験がある事になるが、恐らくだがそうではないだろう。

 彼女はあくまでも可能性という意味で、冷静に判断しただけに過ぎない。

 この状況下で深追いを良しとしない考えに至っただけでも、十二分に凄いことではあるが、イリスはもうひとつの気がかりな事を考えながらギルアムに魔法を放つ。


「"拘束(バインド)"!!」


 脚を封じた事により、勢いを留められずこちらへと転がってくるギルアムへ、ヴァンとシルヴィアが駆けて行った。左右に分かれて側面に向かう二人。ロットはドミニク達の護衛の為、動かず防御に徹していた。


 ロットの横まで上がってきたネヴィアが叫ぶ。


「シュート! 水よ! 敵を穿て!」


 流石に言の葉(ワード)を使わずに魔法を発動するのは良くないと判断したネヴィアは、通常の魔法として使用していくが、充填法(チャージ)である以上、その威力は通常のそれとは格段に違うものとなっていた。

 ギルアムの首をかすり、左足を貫く水の槍に驚くアウレリオ。言の葉(ワード)ひとつで出せる威力を凌駕している事に戸惑うも、驚きはその程度で済む事はなかった。


 鋭い水の槍がネヴィアから放たれると同時に、イリスもギルアムに向けて走っていく。右脇腹で戦斧を構え力を溜めていくヴァンの反対側で、左前足の少し先まで進んだシルヴィアは身体を大きく回転させてギルアムを深く斬り付け、そのまま走り抜けた。

 噴出す赤い血潮に触れる事無く身体を翻すと、そのまま左大腿を斬り付けていった。流石に威力は回転斬りよりも低いが、それでも強化型魔法剣チャージ・マナブレードで行った攻撃だ。十分な威力をギルアムに与えた。

 力を溜め終えたヴァンが戦斧を振り降ろし、右脇腹に深く突き刺さると、ヴァンの表情が硬くなっていく。


 戦斧による攻撃と同時にギルアム正面へと向かっていたイリスは、両手持ちに変えて鋭い突きをセレスティアで繰り出していた。

 眉間を狙い、終わらせるつもりで放ったその鋭い一撃は、ギルアムに回避されてしまい、左肩を貫いていく。


 すぐさま距離を取るイリスだったが、苦悶の表情を浮かべながら、怒りを剥き出しにして怒鳴るように吼えるギルアムは、続けて息を大きく吸い込んだ。


「"空間隔離スペイシャル・アイソレーション"!!」


 共鳴波(ハウリング)による攻撃で周囲に居る者全て吹き飛ばそうとするも、イリスの魔法で阻止される。


 魔力で作られた球体に包まれるギルアム。

 そのまま共鳴波(ハウリング)を繰り出すも、周囲を覆う魔力壁によって、衝撃が外に漏れることはなかった。


 流石に大きな声までは防ぎきれなかったが、十分にダメージを与えられたはずだとイリスは手応えを感じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ