"最高の幸運"
ギルドに戻るとヨンナが戻って来ていたようだ。
軽く挨拶を済ませ、魔物素材の買取をお願いすると、彼女自身がその査定をしますと言葉にしてイリス達三人を驚かせた。後に説明してくれたロット曰く、小さな街では受付業と買取業を兼任している者が多いそうだ。ヨンナもそういった人物の一人らしい。
常に買い取り専門の鑑定士がいる訳ではないらしく、一旦素材を預かって翌日中に査定を、というギルドもあるのだそうだ。今回は素材の鑑定が出来るヨンナが居てくれたので、タイミングが良かったのだとロットに教えて貰った。
買取出来る素材はディアの角、毛皮、肉、そして蹄だ。
蹄など何に使うのだろうかとイリス達は思ってしまうが、どうやら粉末状にして何かに使うのだそうだ。詳しくはヨンナも知らないらしいが、建築関係での需要があるのだとか。これについてはロットも彼女と同程度の知識しか持っていないと言葉にした。
今回のディアは小さめではあるが、中々の上質といえる毛皮なのだそうで、色を付ける事が出来ますとヨンナは笑顔で答えていく。
続いてボアだ。素材は牙、毛皮、そして肉。ディアもそうだが、ボアの肉は大変美味しい食材だ。牙は加工品として使えるが、ボアの毛皮はディアほど上質なものではない。毛並みもごわごわで堅く、なめしてもそこまでいい皮とは言えないものだそうだ。
だがボア素材の魅力は、何と言ってもその肉に価値がある。
若干獣臭さはあるが、上手く調理すれば臭みもしっかり取れる。脂身も多いが、ボアの脂は上質なものになる。脂だけ肉から取り除いても、別の使い道がある程の素材だ。
様々な料理に適した万能の肉とされ、ディアの肉とは違い、がっつりとした肉厚に、噛むたびに肉汁が溢れる肉で、世界中の人々から好まれる食材とされている。
おまけにボアの生息地域も世界中となっており、大きさも相まって取れる肉も中々に多い。安価で手に入り、食卓に並ぶ一般的なお肉となっているそうだ。
その為、買取額も低めではあるが、取れる肉の量が多いので、一匹狩るだけでも結構なお値段として支払われる。
残念ながらここは大きな街ではないため、買取額に追加はされないそうだ。討伐に関しても大した金額は出せないのだと、ヨンナは申し訳なさそうに答えた。
それでもディア二匹、ボア一匹なので、買い取り額は二十四万八千リルになるそうだ。
「すみません。大きな町なら素材代だけでも三十万は軽くいく筈なんですが、ここではこれが精一杯なんですよ」
暗い表情を見せながら答えるヨンナに、十分大金ですよと笑顔で答えるイリスだったが、小さな町ではこれでも色を付けてくれていると、ヴァンとロットは理解していた。
シルヴィアとネヴィアは初めての素材報酬を目の前で貰うという事もあり、目を輝かせてヨンナの話を聞いていた。彼女達からすれば、値段よりも貰うことの方が感動するらしい。
銀のトレイに乗った袋を差し出されるイリスは、お礼を言いながらそれを受け取った。そのままイリスはロットに渡し、冒険資金の足しにする事にした。
正直な所、このパーティーは生活費に困っている訳ではなかった。
男性陣からすれば素材代は寧ろ、冒険の足しになる程度という認識しかない。
ヴァンとロットはプラチナランク冒険者だ。その資金は並みの冒険者では集まらないほどの金額を所有している。ロットはフィルベルグ冒険者ギルドに、ヴァンはリシルア冒険者ギルドに保管してあるが、必要以上にお金を引き落とした事はなかった。
ヴァンに限ってはリシルアに大金を預けたままではあるが、特に必要とも思っていないようだ。彼ほどの実力者ともなれば、一人でも魔物を狩り、それを生活費にするくらいは出来る。そう思ってフィルベルグへと来たのだが、あの眷属事変での出来事で討伐報酬としてかなりの金額を貰ってしまっていた。まず生活に支障など出ない。
シルヴィアとネヴィアはお姫様の為、自分が持つお金自体に興味を持った事は無い。そもそもお金を貰っても使えないのだから、一般人とは考え方が完全に異なる。彼女達にとってお金とは、民を幸せにする為に使うものという認識しか持っていなかった。
冒険者となり、自分自身で稼いだそのお金は、また違って見えるようではあったが、そのお金を自身が持ちたいという認識にはならないようで、そのままロットに持って貰うことに反対する素振りは全く無かった。
イリスに限っては、お金に固執した事が無い。
彼女にとってお金とは、お客様との遣り取りで使う商売道具のようなものだと思っている。ホーンラビットを倒した時に手に入れたお金は今も使わず、大切にしまっておいてあった。これは普通のお金には違いないが、姉との思い出が詰まっているお金となっている。それはまるでお守りのようなお金だと彼女は思い、使わずに取っておこうと考えているようだ。
つまりここにいる者の半数以上が、全くと言っていいほどお金に興味が無い者が集まった、とても不思議なパーティーであった。
ヴァンとロットに関しても、物欲がほぼ無くなっている。強いて言うなら、命に関わる武具に関してはお金を注ぎ込んだが、それも自身のためであって、あれが欲しいという欲求自体は元からあまりなかった。
あえて欲求がある物と言えばヴァンは酒、ロットは本だろうか。
だがそれも、彼らはレナード達とは違い、がぶがぶと飲む訳ではなく、会話を楽しみながら酒を嗜んでいる。それに多少の摘みを入れたとしても、その金額はたかがしれていた。本などはかさばってしまう為、冒険には持って行かない。図書館を利用すればいいだけだった。
要するにこのパーティーは、資金に一切の執着も、困ってもいないという事だ。
今回のギルド討伐指定危険種討伐に関する報酬にしてもそうだ。
正直な所、イリスにはあまり報酬自体に興味は無い。それよりも、そんな危険な存在を倒せた事による、エルマの人や、そこを訪れた人たちの為になったことの方が遥かに嬉しかった。
「ギルドマスターから皆さんが訪れたら、部屋にお通しするようにと申し付けられていますが、どうなさいますか? 明日の予定のつもりでしたので、今日でなくても構いませんが」
ヨンナの言葉に仲間達の確認を取るイリスだったが、どうやら全員意見は割れることは無い様子だった。
「では、今からお会いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
勿論ですよと笑顔で答えるヨンナは、イリス達をタニヤの元まで案内していく。部屋には先程と同じようにタニヤが控えていた。訪問したイリス達に少々驚きながら言葉にしていった。
「あら。明日でもよかったのだけれど、お話したいこともある事だし、とりあえずお座り下さいな」
先程と同じように席へと座るイリス達に、タニヤはすぐさま言葉にしていった。
「つい先程、ヨンナから報告を受けました。あなたの仰った通り、ここより四十ミィルほどノルンに向かった街道にて、ギルアムの討伐を確認する事が出来ました。
討伐自体に疑いは無かったけれど、それでもあんな存在が、少数で倒せた事に衝撃を受けます。正式に報酬の準備に入らせて頂いていますので、明日の夕方にはお渡し出来るようにさせて頂きます。
そして、エルマ所属冒険者ギルドは、あなた方の勇気と、あなた方が齎した吉報に心からの感謝を捧げます。
本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げるタニヤに、イリス達は驚きを隠せずに戸惑ってしまう。
イリス達女性陣は、そこまでお礼を言われる事ではないと思っているようだが、それは全く違う話だ。
彼女達が成した事は、エルマを救った事と言えるほどの本当に凄いことだ。
もしこのままギルアム討伐に冒険者を派遣していれば、どれ程の被害が出ていた事なのか想像など付かない。下手をすれば冒険者は全滅。ギルアムはエルマへ到達し、蹂躙されていたかもしれない。そうなれば一夜にしてこの街が壊滅する事になるだろう。戦おうとしていた相手は、そういう存在だった。
それを街だけではなく、討伐派遣する予定だった冒険者が誰一人として犠牲にならず、傷も負わず事態を収束させる事が出来た。
これがどれだけ凄いことなのか、彼女達にはよく分からないのも仕方が無い話ではある。危険種と出会うのはこれが初めてなのだから。
だがヴァンとロットは違う。
彼らは危険種が如何に危険な存在で、並みの冒険者では通用しない事を肌で感じている。そして負ければどうなるかも、しっかりと理解した上でイリス達の両端に立っていた。
負ければ自分の命が尽きるなど、当然それだけではない。あの時は大国であるリシルアに住まう全ての者が蹂躙の対象となってしまう事も有り得た。戦えない者、動けない者。子供も、女性も、年寄りも全てが。
危険種に負けるという事は、自身の命を奪われるだけでは済まない事に繋がる場合がある。だからそういった存在と対峙した場合は、絶対に負けられない、負ける訳にはいかない戦いになってしまう。そしてそれは出会った冒険者としての責務でもあり、冒険者が出会えば覚悟を決めなければならない相手でもある。
危険種などに出会ってしまった時点で、それは逃げる逃げないの選択肢は切り捨てるべき考えだとも思える。戦えなかった王女を文字通り命がけで守った騎士達のような、そんな特別な状況でもなければ、逃げるという選択肢自体無いと言えるだろう。
ヴァンもロットも、とうに腹を括っている。
世界を冒険するという事は、危険種とも向き合う可能性があるという事だ。
当然彼らも、正式な冒険者登録をした際の事は覚えているし、あの署名の意味も理解しているつもりで記入した、数少ないと言える者達の内の一人だ。
何が起ころうとも全ては自己責任。自由を手にし、彼らは同時に覚悟もしていた。
だからタニヤが頭を下げる必要など全くない。そう彼らは思っていたのだが。
彼女はギルドの長だ。本来であれば、ギルドマスターが冒険者に頭を下げる事など、ギルド側に余程の落ち度が無ければする事は無い。
だが彼女は長だからこそ、頭を下げるべきだと思っているのが、痛いほどに伝わってきた。
たったひとつ、選択を間違えただけで街が滅びる。その選択の権限を彼女が持っているのだ。それがどれほどの重圧だったのか、想像する事しか出来ないが、並大抵のものではないはずだ。
エルマだけで六百人の人々が生きている。それを自分の選択一つで消してしまう事になりかねないのだ。
だからこそタニヤは深々と頭を下げる。心からの感謝と共に。
イリス達がエルマを訪れてくれた最高の幸運に。
ヴァンは彼女に対する考えを再び改めていた。彼女はロナルド以上に凄い人だと。
孤児院の件も含め、彼女のしようとしている事、そうありたいと願っている事は、普通のギルドマスターでは絶対にしない。それでもこれくらいしか自分には出来ないのだと言わんばかりに、彼女は頭を下げていた。
彼女がもし所属していたギルドの長であったのなら、彼は獣王国を離れることは無かっただろう。
ちなみにレスティさんもお金には全く困っていません。こちらは活動報告にてちょこっと書かせて頂きます。