街外れの美しき"教会"
図書館から噴水広場とは逆の道に進んでいくと、大きな教会が見えてきた。
「わぁ、綺麗な教会」
それは見上げるほど大きく立派な建物で、外観はとても丁寧な装飾加工がされており、窓やガラスを多用していて、外壁はまるで繊細な絵画のように美しい加工が施されていた。
「教会って聞いてたけど、これって大聖堂、だよね?」
その美しく荘厳な佇まいに、思わず見入ってしまっていた。
「教会の中も入って見てみたいけど、勝手に入っちゃだめだよね」
教会の右奥には大きな塔が聳え立っており、上部に大きな鐘が見えた。そっか、これが街中に綺麗な音を奏でていたんだね、とイリスは思いながら周囲を眺めてみる。左側は大きめの庭園になっており、色とりどりの花がたくさん植えられていて、傍らには3人掛けの白いベンチが置かれている。
素敵な庭園でついつい入ってしまうイリスに声をかけた人物がいた。
「おや?可愛らしいお客様ですね」
優しくイリスは話しかけられ、声のした方を見てみると、そこには高齢の男性が立っていた。白髪で中肉中背、とても優しい眼差しでイリスと見つめていた。
「あ、すみません、勝手に入ってしまって。素敵なお庭だったのでつい・・・。」
イリスは申し訳なさそうに話すが、男性は優しく笑いながら、大丈夫ですよ、と言ってくれた。
「私、最近街に来たばかりなんですが、この辺りに素敵な教会があると伺ったので、来てしまったんですよ」
「ははは、そうでしたか。それではもし宜しければ、教会の中もご覧になられますか?」
「え?入ってもいいんでしょうか」
「もちろんです。教会はどなたでも入る事ができる場所ですので、どうぞお気になさらず、ご自由にご見学なさってください」
そう言った後にその男性は自己紹介をはじめた。
「私はこちらの教会で司祭を務めております、ローレン・マーセルと申します」
「イリスといいます。よろしくお願いします」
お互い名乗り合い、ローレンと共に教会へ入っていく。
教会の内部は、外観から見るよりも広く感じられ、多く取り入れられた窓から光が差し込み、まるで別世界のように感じられた。
長方形に伸びた造りの室内になっており、側廊と身廊を挟んで設置されている束ね柱は、質素でいて豪華にも見えた。最奥には祭壇があり、その奥の壁にある天井付近まで伸びたポインテッドアーチ形状に造られた垂直の窓には、ステンドグラスで美しく彩られている。扉、柱、壁、窓、祭壇から天井に至るまで、細かく繊細な細工が施されていて、教会の中はとても美しく、また神々しかった。
「わぁ、素敵な教会ですね」
「ここでは結婚式も行われるんですよ」
「こんな立派な場所で、ですか?」
祭壇前まできた司祭様はイリスに話した。
「ここはとても由緒ある教会で、王族から一般の方まで、どなたでも式を挙げる事ができるんですよ」
「王族の方もですか?」
「そうですよ。現国王陛下と女王陛下も、こちらで婚儀を執り行ったのです。それはそれは素晴らしい式でしたよ。豪華ではあるものの、王族の婚儀としては少々落ち着いた感じなのに、それでいて厳かな式典でした」
とても素敵な教会ですから、結婚式もよりいっそう素敵になりそうですね、とローレンに話しかけつつ、イリスはその美しく綺麗なステンドグラスを見つめていた。
「そうですね。この教会は夕方になると、見物しに来られる方も多いのですよ。夕日に照らされた室内は、とても美しい光に包まれていて、今とはまた違った姿を見せてくれます。もっとも、式典の最中は関係者以外は入ることはできませんが、それ以外でしたら、いつでもどなたでも、ここを利用できるようになっています」
「そうなんですね。そういえば私も見物に来ちゃってますね」
お互い笑うふたりにゆったりとした時間が流れる。笑い終えるとまた静寂に包まれ、イリスはふたたびステンドグラスを見続ける。なんて美しい教会なのだろうと見蕩れてしまっていた。しばらくするとローレンが口を開いてイリスに語りかける。
「そうそう、庭から裏に回ると墓地がありますので、そちらの見学はなるべく控えた方がいいと思いますよ」
「墓地はさすがに用事があるとき以外は、あまり立ち入らない方がいい場所ですよね」
「そうですね。あの場所は、死者が安らかに眠っている場所ですので、起こしてしまっては可哀相ですからね」
ローレンの言葉にそうですねとイリスは静かに答える。イリスはとても静かで穏やかなその声に、心地よさを感じてしまう。そしてステンドグラスを見上げるようにして、ローレンはイリスに優しく話しかける。
「この場所は生と死に、いちばん近い場所、なのかもしれませんね」
「生と死、にですか?」
「ここで新たな人生を、大切な人と誓い合い、共に歩んでいく一方で、傷つき疲れた者が心安らかに眠る場所でもあります。ここはとても生と死に近い場所なのではないかと、私は思います」
イリスは考える。生と死にいちばん近いという言葉を。私のいた世界ではありえない。それは神様たちに護られた世界だからだ。
飢えることもなく、どんな怪我も、命を脅かす病気すらをも治してもらい、誰もが笑って過ごせる、幸せで温かな世界。人が亡くなれば、悲しいけれど"全うしたんだね"って言える、そんなとても優しい世界だった。
でもここは違う。ここには危険な魔物が多くいて、大きな怪我もあって、重い病気もする世界。もしかしたら飢えている人もいるかもしれない。悲しんでいる人もいるかもしれない。そんな厳しい世界を生きていくのは、いったいどれだけ大変な事なのだろうか。
「・・・せめて魔物だけでもいなくなればいいのに」
ぽつんとひとりごとのように、イリスの声が教会に響いた。とても小さな声ではあったが、聞こえていたローレンは優しい目でイリスを見つめながら、貴女はとても優しい方ですね、と言った。
「どうかその思いを忘れずにいて下さい。その思いに救われる人がきっといる筈ですから」
「はい」
しばらくステンドグラスを見つめていたイリスは、そうだ、と思い出したように口に出す。
「そろそろ戻らないと、おばあちゃん心配してるかも」
「イリスさんはどちらに向かわれるのですか?」
「私、森の泉というお薬屋さんで働かせていただいているんです」
「なるほど、レスティさんの所のお店ですね」
「おばあちゃんをご存知なんですか?」
もちろんですよ、とローレンは笑顔で答える。
「そうですね、おそらく王国一の薬師ではないでしょうか」
「そ、そんなにすごい人なんですか?おばあちゃんって」
「技術も知識も、その精神も大変素晴らしい方で、有事の際は王国側から真っ先に薬を依頼するくらい凄腕の薬師ですから」
「おばあちゃんすごいっ」
「レスティさんに薬を教わってるなら、貴女も立派な薬師になれるかもしれませんよ」
「わ、私がですか?」
驚くイリス。そんなすごい薬師に私はなれるのかな、というイリスの顔を察してローレンは話す。
「貴女は若いのです。いくらでも、どんな事でも出来る可能性があるのですよ。どうか焦らず、ゆっくりと学んでいって下さい」
「はいっ、ありがとうございます、がんばります」
教会に来られてよかった。素敵な司祭様にも出会えたし。
「あ。そろそろお仕事に戻らないと」
そう言ったイリスに、ローレンは道を教えてくれた。
「教会を出て左に真っ直ぐ行くとお城への道に出ます。レスティさんのお店なら、右の道である図書館側から噴水広場に戻った方が近いでしょう」
「わかりました、図書館側から行ってみます。教えていただきありがとうございます」
「いえいえ、またいつでもいらして下さい。式典がない時は、どなたでも自由に入る事ができますので」
ありがとうございますとお礼を言い、イリスは教会を後にしたのだった。