"逞しい"
「……一応聞くけれど、どういう意味かしら」
タニヤはイリスに聞き返すが、その表情が曇ってしまう。
そんな彼女に言葉を続けていくイリス。
「エルマに着いてまず目に映ったのは、建築物や整理された街並みの美しさです。続いて街に溢れる素敵なエルマの香りに癒される気持ちを持ちました。ですが、直ぐに路地に座っていた十歳位の男の子を見付け、その暗い表情に考えさせられたんです。それはまるで世界に絶望したかのような、そんなとても辛そうな瞳をしている子でした」
その言葉に驚く仲間達。同時に、彼女がずっと悩んでいた事にやっと理解出来た。
そしてイリスの苦悩に気付かず、街並みや香りに浮かれ続けていた事に、恥ずかしさと情けなさを感じてしまうシルヴィアとネヴィアだった。
イリスの言葉に小さく答えていくタニヤ。
「……そう。あの子に会ったのね。あの子は……。あの子達は孤児なの。ここは熟練した冒険者でも、油断すれば帰らぬ人となる危険な土地なの。
今回の件でも、一人の孤児を出してしまったわ。あなたが逢ったのはディルクね」
その子の両親は、同じパーティーを組んでいた冒険者だそうだ。
エルマを気に入って暮らし、子供を授かった夫婦だった。もう少しお金が溜ったら農場と家を購入して、農業で生計を立てる夢があった彼らは、幼い子供を家に置いたまま冒険に出る日々が続いていたらしい。
そして先日、ディルクの両親は帰って来ず、ギルドは斥候による調査隊を派遣した。タニヤは夜遅くにディルクが街を歩いている所を保護し、現在は一時孤児院で面倒を見ているそうだ。
結局両親は見付からず、ギルアムの存在を示唆する大きな足跡や爪痕が見付かった。
以降斥候達は調査を中断し、ギルドへの報告を優先して戻り、その後討伐隊を編成している、というのが今回の事件のあらましらしい。
そんな時現れた旅の冒険者が伝えようとしているギルアムの情報に、受付嬢であるヨンナも驚きを隠せなかったようだ。斥候から得られた情報量が少ないため、イリス達の報告はかなりの重要性を持っているものだと思っていた、というのが本音なのだとタニヤは語った。
ギルアムが存在する森に居て、無事である筈が無い。当然ディルクの両親以外にもチームを組んでいる冒険者はいたが、その誰もがエルマに辿り着いてはいないそうだ。
両親とその仲間達が今も帰らない事、そしてギルアムが出た事も、現在討伐の為に冒険者を募っていて、それが終わり次第すぐに捜索隊の派遣を再開する事も全て、タニヤはディルクに目線を合わせながら丁寧に教えていき、両親が戻るまで皆と一緒に居ましょうねと、彼女はそうディルクに伝え、一時的に孤児院へと連れて行ったそうだ。
だがディルクは、心のどこかでそれを察してしまっているのだろう。十歳にもなれば大凡の事は理解出来る。エルマを一歩でも出れば、どれだけ危険であるかという事も。
ディルクは両親を捜しながら街中を歩き続ける一方で、所在無くぽつんと街角に座る。まるで自分の居場所が無くなってしまった事を理解しているかのように。
「お腹が空く頃になると孤児院に戻って来てくれるから、まだ安心してるのだけど、ギルアムがいる以上、捜索をする事は出来なかったの。
でもあなた達のお蔭で捜索再開の目処が立ちそうよ。とても確率の低い、望み薄な事だけれど、もしかしたらって事もあるから」
彼らはもう三日も森の中にいる事になる。危険種が存在していた森の中に。
でも。それでも、もし奇跡のような事が起こってくれているのならば、ディルクを両親に逢わせる事が出来るかもしれない。
「そんな希望に縋る事しか、今のあたしには出来ないのよ」
泣きそうな顔で答えるタニヤに、胸が張り裂けそうになるイリス達だった。
二人が帰らなかったとしても、夢の為に貯めていたお金は大切にギルドで保管され、ディルクが大人になった時に全額渡す予定となっているとタニヤは切なそうに答えた。
彼にとっては最悪な出来事だが、それでも両親はお金を蓄えてくれている。
「こんなこと言いたくは無いけど、お金を残して貰っているのはまだ良い方だと、そう言えてしまうのが現状なのよ」
だが問題は、残されたディルクの方だ。
両親が一気にいなくなったと理解してしまっている。その悲しみは、同じ体験をした者でないと理解が出来ないと言えるほど、辛いものとなっているだろう。
現状では知り合いや親戚がいれば引き取る事が殆どだが、ディルクは両親が冒険者だ。その知り合いも冒険者になる。彼を引き取る事は少々難しいのだそうだ。
周りの大人達は手助けをする事が出来ない。孤児になった子は他にも沢山いるからだ。その子だけ特別扱いをする事など出来なかった。
孤児院ついてイリスはタニヤに尋ねると、エルマにも一応は存在するのだと言葉にするが、その口調は少々重く感じられるものだった。
詳しく話を聞いてみると、現在のエルマの状況では孤児院を支援する組織がないのだとタニヤは悲しそうに言葉にする。どの組織も自分達の事でいっぱいいっぱいらしく、孤児達には手が回らないのが現状なのそうだ。
管理する者もいない、空き家のような場所に住み着いた引き取り手すらない子供達。
それがエルマの孤児達なのだと、タニヤはとても辛そうに話した。
「だから孤児達の支援と運営は、私が個人で切り盛りしているの。尤もギルドマスターとしての仕事もあるから、孤児院に行くのは昼と晩の二回になってしまうのだけどね」
その間、子供達はほったらかしにせざるを得ないのだと、タニヤは歯痒そうに唇を噛む。正直な所、彼女一人では改善させる方法が思い付かず、現状を維持するだけで手一杯だと言葉にした。
イリスはその孤児院の場所を尋ね、この目で見てみたいとタニヤに伝える。
その言葉に大きく目を見開いた彼女は、今にも泣き出しそうな悲痛な顔で微笑みながら、その場所を教えてくれた。
「何か出来る事があれば、あたしに言って頂戴。きっと力を貸せると思うから」
はいと嬉しそうに答えるイリスはギルドを後にしていった。
ギルドを出てすぐ、イリスは仲間達に行きたい場所を伝えていく。
快く了承してくれて喜ぶイリスは仲間達と共に、教えて貰った場所へと目指し歩いていった。
中央区から飲食街へ向かい、更にその奥の裏路地を更に進むと開けた場所に出た。
日差しも良い場所に、ぽつんと佇む少しだけ大きな建物。来訪者など殆ど来ないのだろう。草が生い茂り、手入れのされた様子がない場所が、まるで家を取り囲んでいるようにも見えた。
家の近くまで来ると、どこかから楽しそうな笑い声が聞こえて来た。どうやら家の裏手に子供達がいるようだった。そちらへと足を進めるイリス達。裏側に周ると、そこにはそれなりに広い空間となっていて、子供達が元気に遊んでいた。
年齢は五歳から七歳くらいの子達だろうか。
それぞれが楽しそうに駆け回ったり、お話したり、おままごとをしたりして遊んでいるようで、ホッと安心するイリス達女性陣だった。
そんな中、一人の女の子がイリス達を指差し、誰か来たと楽しそうな声を大きく上げると、子供達の視線が一斉に集まり、イリス達の元へ駆け寄って来てしまった。
「おねえちゃんたち、だあれ?」
「ぼうけんしゃだよ、ぼうけんしゃ」
「ぼうけんしゃ?」
「あそびにきたんじゃないの?」
「わぁ、おねえちゃんたちきれいー」
「ほんとだねー。おひめさまみたいー」
「ねえちゃんたち、ぼうけんしゃなんだろ? なんかはなしてよ!」
「おにいさん、おうじさまみたい」
「しろいおにいさん、かっこいいー」
何とも元気な様子を見せる子供達に、イリス達は微笑んでしまう。
どうやらイリスが見た子のように、暗い表情を見せているのはいないように思え、少々安心してしまった。
それぞれ挨拶をしていくイリス達。
可愛らしい子供達にほんわかしている女性陣と、元気そうで安心したロットだったが、ヴァンのみは少々違った思いをしていたようだ。
その風体から怖がられやすい彼は、無邪気に笑顔を自分にも向ける姿に戸惑ってしまっていた。それもその瞳は物凄く輝きながらヴァンを見つめている。
彼自身、子供は嫌いではない。寧ろ好きな方だが、今まで泣かれたり、怖がられて逃げられたりするのが殆どだった。
どうにもイリスと出会ってからは、体験したことの無い斬新な気持ちをし続けているようにも思える彼は、戸惑いを隠せずに若干おろおろとしていた。
「ここのお話をタニヤさんから聞いたの。それで皆と逢いに来たんだよ」
タニヤの言葉を出すと、ぱぁっと更に明るくなる子供達。
どうやら話に聞くと、彼女は自分達のお母さんなのだと教えてくれた。
女の子達に両手を引っ張られながら家へと案内されるイリス。
なんとも可愛らしい光景に微笑ましく思う仲間達だったが、案内された家の環境はあまり良いとは言えないようだ。劣悪とまでは言わないが、酷いと言えてしまう状態だった。
タニヤが毎日掃除しているにも拘らず、この散らかりよう。衣服は転がり、毛布は床に落ち、テーブルに置いてあるカップは倒れ、水が零れていた。
子供達が元気なのは良い事だが、埃が多く舞っている室内で走り回れば、良い事なんて無いだろう。恐らくタニヤが来て掃除をするたびに、子供達が散らかしていくと思われた。そして今現在は昼過ぎとなっている。ということは、つい先程タニヤが掃除していった可能性が高い。にも拘らずこの状態。なんという逞しい子達なのだろうか。
とりあえずイリス達は、窓を開けて空気を入れ替えながら、散らかった部屋を片付けていく。男の子達は遊ばないのかと尋ね、女の子達は一緒に片づけをしていった。
普段は片付けていなくても、誰かと一緒なら遊んでいる感覚で、お手伝いをしてくれているのだろう。個性がしっかりと表れている子供達の様子に、可愛くてたまらない気持ちになる女性陣だった。
片付けを終えたイリス達は、子供達にお昼ご飯は食べたのかと尋ねると、どうやら食事を作りにタニヤが訪れ、子供達と一緒に食べて、またギルドへと戻っていくらしい。遅くまで仕事をしたタニヤは自宅には戻らず、孤児院に来て子供達と一緒に眠り、朝になると皆で起きて食事をする。そんな毎日をしているようだ。
イリス達は暫く子供達と話をしていたが、自分達も昼食を取っていない事を思い出し、一旦は食事に戻ることにした。
孤児院を離れようとすると子供達は寂しそうな表情を見せたが、また来るねとイリスが言葉にすると、溢れんばかりの笑みを見せてくれてこちらまで嬉しくなるイリス達だった。




