"吉報"
なるほどと言葉にするタニヤ。
イリスは大凡そういった冒険者であろう事は予想していたタニヤだったが、思っていた以上に頭の切れる子のようだと感じていた。
仲間達の様子から察する限り、これは彼女自身が出した答えなのだろう。それはとても成人したばかりと思える子が出せるものではなかったが、今の発言で様々な事が理解出来たタニヤだった。
「では今回、ギルアムを討伐した者は秘匿とし、ギルドはこれの発言を控えます。情報を知る者はあたしと先程のヨンナのみです。
流石に噂にまでは介入出来ませんが、そこはご理解下さい。当然、ギルアム討伐における報酬についてはしっかりとお支払いしますので、ご安心を」
「よろしいのですか? ギルド側にはあまり益の無い事のように思えるのですが」
タニヤの対応は、ギルドに得の無いことのように思えてならないイリス。
だが実際は得られるものも大きいとタニヤは笑顔で答えた。
それは多大な犠牲を払う事になる可能性が高かった今作戦を解決したという点だけでも、イリス達の功績はこのギルドに大きな利益を齎している。
「人の命は掛け替えのないものだもの」
そうタニヤは優しく微笑みながら答えていった。
「ただ、報酬を用意するのに一日は時間を頂く事になると思います。明日の夕方には準備が整いますので、それまではゆっくりなさって下さい。
それと、大きな街と違ってエルマでは、例え危険種討伐であっても、然程の大金を用意出来ません。これについては大変申し訳なく思いますが、どうかご理解して頂けますようお願いします。
急ぎの旅でしたら、どなたかの口座をエルマに作り、必要になれば他のギルドから依頼をという形も取れます。その際の手数料はこちらで持ちますのでご安心下さい」
タニヤの言葉に仲間達に確認を取るイリス。
「大丈夫です。急いでいませんので、待たせて頂きます」
「ごめんなさいね、こちらの都合で。でもまさか討伐隊を編成していた時に、そんな吉報を聞く事になるとは思わなかったから、本当に驚いたわ」
タニヤの話では、一昨日の昼にギルアム出現の報告を受けたらしく、今現在ではエルマに所属している冒険者を集め、討伐隊を編成し、準備していた最中なのだそうだ。
迅速に、でも慎重に準備を進めなければならなかった。討伐に向かえる冒険者には限りがある。ノルンと違い、相応の実力者が多いこの街でも、冒険者の数は大きな国とは比較にならないほど少ない。
そんな現状で闇雲に向かわせるなど絶対に出来ない。
確実に仕留めなければ、こちらが喰われる。そういう相手だ。
「……正直な所、エルマに所属して貰いたいけれど、あなた達はアルリオンを目指しているのよね? 本当に残念だわ」
瞳を閉じながら深くため息を付くタニヤ。
プラチナランクであるヴァンとロットだけではなく、イリス達にも所属して貰えたらと彼女は思っていた。
アルリオンを目指す事自体は、戦えない者でも護衛を雇えば問題が無い。だがイリス達はギルアムと対峙して倒したと言葉にした。
これがどういう事を意味するのか分からぬ者が、ギルドマスターであるはずが無い。それが例え小さな街にいるギルドの長であったとしても、だ。
いくらプラチナランクが二人もいたとしても、戦えぬ初心者冒険者を抱えた状態で二十匹ものウォルフを仕留められる筈が無い。
その先で出くわしたギルアムと遭遇しても尚、その精神を保ち、戦ったと言葉にするという事は、明らかに初心者とは言えぬほどの強さを持っている。
最低でもウォルフを屠れなければ、危険種と相対した瞬間に心が折れるだろう事は想像に難くない。間違いなく途方も無い逸材だと言える存在だ。
それはイリスだけではなく、両隣に座っている美しき女性達もそうだろう。
先程から顔色を一切変えずにギルアム討伐の説明を聞いていた。つまり彼女達もギルアム討伐に参加したという事だろう。彼女が先に説明したものを引用するのなら、『ここに居る仲間達で討伐しました』との言葉が真実である事が窺える。
なんと凄まじいパーティーなのだろうか。
一人ひとりがゴールドランクの実力者どころではないのかもしれない。
エルマからすれば、こういった人材は喉から手が出るほど欲しい逸材だ。
そんなタニヤに、申し訳なさそうにお断りを入れるイリスだったが、首を横に振りながら彼女は答えていく。
「いいえ。これはあたしの我侭。あなたが申し訳なく思う必要なんてないのよ。
冒険者はそういった柵を嫌う者も多いの。だからこんな話をすること自体、良くない事だとあたしは思ってるわ」
必要以上にタニヤは彼女達に詳細を聞く事はなかった。
ギルアムを少数のパーティーで倒すなど、必ず何か理由があるのは分かっていたし、それを聞いたところで答えて貰えるとも思えない。
この年になるまで様々な冒険者と出会っているタニヤであったが、その中でもイリス達は出逢ったことのない存在に思えた。
恐ろしく危険な存在に出会っても、心を折られる事のない精神力。強大なギルアムに立ち向かっても尚剣を振るう勇気。そしてそれを討伐するに至る類稀なる実力。
どれを取っても素晴らしい才能とさえ言えるほどのものだろう。
そして力をひけらかす事もなく、危険種討伐に驕ることもなく、自惚れることもない。そんな唯一無二とも思える存在が、目の前に三人もいる。タニヤでなかったら、目の色を変えて熱烈な歓迎を受けることは間違いないだろう。
その考えにまで至っていないと思えるイリスを見つめるタニヤの表情は、とても心配している顔を見せていた。
思わず彼女はちらりと視線とヴァンへ向けると、こくりと彼は頷いた。
その様子を見たタニヤは安心して表情を戻していく。彼らほどの経験者であれば問題ないだろうと思える。これ以上の詮索は控えるべきだろう。そう彼女は思っていた。
「さて。それじゃあ明日の夕方に、もう一度ここへ来て貰えるかしら。その時に報酬をどうするのかも聞かせて貰うわね。
今日は疲れたでしょう? 宿を取ってゆっくりと過ごすといいわ」
タニヤの言葉を返すように質問するイリス。
今現在はギルアム討伐の確認中なので、この場にいた方がいいのではと言葉にするが、タニヤは問題ないわと笑顔で返されてしまった。
「こんな仕事をしているとね、嘘を吐いている人なんて直ぐに分かるのよ。あなた達が嘘を言っているとはとても思えないわ。
強いて言うのなら、あれほどの存在がひとつのチームのみで倒せた事に驚きを隠せなかったの。でもそれだけ。あなた達をこの場に留める理由にはならないのよ。
折角エルマを訪れてくれた旅人なんだもの。この街の住人の一人として、エルマを楽しみながら過ごして貰いたいわ」
そう言葉にして微笑みながらタニヤは答えた。
そんな彼女を見ながらヴァンは、やはりギルドマスターとは彼女のような人格者がなるべきだと本気で思っていた。ロナルドのような存在など、そうはいないだろうと思っていた彼だったが、居る所には居るものなのだなと考えを改めるヴァンだった。
タニヤの言葉にありがとうございますと笑顔で答えたイリスだったが、暫くするとその表情は曇っていき、何かを考える様子を見せる。
それはこの街に着いてから彼女が見せていたもののように思えた仲間達だったが、彼女に問い質すことは出来ずに成り行きを見守っていた。
イリスは意を決した様子でタニヤに向かい直し、言葉にしていった。
「タニヤさん。少々お聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「何かしら。あたしで答えられる事ならいいのだけれど」
優しく微笑みながら問い返すタニヤに釣られるように微笑み、感謝を述べながらイリスは真面目な顔に戻りながら言葉を続けていった。
「この街の子供達についてです」