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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"どうしたいの"

 

 イリスがそう言葉にすると、驚いた様子を見せる女性は、すぐさま顔色を変えて彼女達を連れてギルド奥へと案内していく。


 ほんの些細な情報であったとしても、とても貴重なものに違いは無い。

 今はどんな情報でもかき集めたいのだろう。女性はそんな表情をしていた。


 受付の隣にある部屋へと案内されたイリス達は、そこで一人の女性と出会う。

 赤毛のくるんとした短い髪に、少々細めの瞳、細身で高齢の女性だ。何となくではあるが、元冒険者といった印象を受けたイリス達だった。

 そんなギルドマスターに軽く説明をした受付の女性はイリス達を案内すると、自分の持ち場に戻っていった。


 イリス達を部屋にあるソファに座らせた女性は、イリスに問いかけていく。

 小さなソファなので、ヴァンとロットは両端に立ったままになってしまい、申し訳なく思うイリス達だったが、気にしないでいいと言われてしまう。それは冒険者登録をした日を思い起こしてしまうイリス達三人であったが、当の二人からすれば、女性を立たせる方が遥かに居心地が悪いため、本当に気にしないで欲しいと思っているようだ。


「さて。ギルアムの情報を提供して貰えるとの事で、間違いは無いかしら?」

「はい。そうです」


 短く答えるイリスだったが、さてどう説明したものかと心の中では悩んでいた。

 こういった事は、ヴァンやロットでも初めてだ。いや、この場にいる全ての者がそうだった。言う側も、聞く側も、誰もこんな事など説明をした事が無い。

 特に聞く側であるギルドマスターにとっては、想定どころか想像だにしない事だ。


 ほんの少しだけ間が開いてしまう中、ギルドマスターが話し始めていった。


「自己紹介すらしていなかったわね。あたしはこのギルドのマスター、タニヤ・パーテライネンよ。長いからタニヤでいいわ。肩書きは一応、エルマ所属冒険者ギルドマスターってものが付くらしいけど、そんなことはどうでもいい事よね。

 あなた達が冒険者なのはその格好で分かるわ。この街に来たばかりだと思うのだけど、今日着いたのかしら?」

「はい。先程エルマに着きました。私はイリスと申します。ここに来る途中、運悪くエルマ近くでギルアムに接触しました」


 その言葉に驚愕するタニヤ。それもその筈だ。ギルアムから追われ、逃げ(おお)せた者など、未だ嘗て存在しない。

 だが彼女は、驚愕と同時に血の気が引いていった。逃げる事が出来たという事は、つまりギルアムをエルマ近くまで引っ張ってきた(・・・・・・・)可能性が出て来た為だ。

 顔面蒼白になる彼女。もしそれが本当だとすると、エルマは壊滅の危機に瀕しているという事に他ならない。


 そんなタニヤの様子を見たヴァンが言葉にする。そういう意味ではないから安心して欲しいと彼女に伝えた所で、イリスは話を続けていった。


「ここから四十ミィルほどノルンに向かった街道でギルアムと遭遇し、ここに居る仲間達で討伐しました。ギルアム討伐前、更にノルン側へ二十ミィル進んだ場所で、二十匹のウォルフを討伐したのですが、数が多く運べませんでしたので、ギルドから運搬の手配をお願いしたいのです」


 イリスの話に全く反応を示さないタニヤ。

 どうやら何かを考えているようだったが、急に『ああ!』と大きな声を上げながら、彼女は言葉にしていった。


「それは凄いわ! 大きなウォルフを倒したって意味ね! 群れのリーダーは大きいからね。討伐数が二十一匹(・・・・)だなんて、またとんでもない数ね。でも生憎こちらも少々手一杯でね。まずはこちらの案件が片付いてからという事になるのだけれど、それでもいいかしら?」

「……えっと」


 どうやらリーダー格のウォルフを倒したと勘違いされてしまったようで、苦笑いしか出来なくなってしまったイリス。


 ヴァンとロットは、まぁそうなるだろうなと思っていた。

 常識的な考えとして、少数のパーティーでギルド討伐指定危険種を討伐出来た事は殆どない。危険種とはいえ、その強さはまちまちだ。中には運が良ければ少数精鋭で倒せる場合も無くはない。運が良ければ、だが。


 問題はギルアムという存在とその強さだ。

 これは熟練冒険者が束になってかかり、多くの犠牲を払ってようやく討伐出来る危険種で、エルマでは化け物認定されている存在だ。

 それをたったの五人で討伐出来たと言われても、それは大きなウォルフだったのではと思う事の方が普通であった。


 ましてや報告に来たイリスは、まだ大人になったばかりの女性にしか見えない。

 武装こそしているが、その見た目は美しく、とても戦えるような存在には思えないとタニヤが判断したのも致し方の無いことだ。

 それこそ、フィルベルグギルドマスターであるロナルドのように、あの日の卒業試験をその目で見た者でなければ誰も信じられないだろう。


 完全に勘違いされてしまったイリスは、ギルアムの特徴や繰り出して来た攻撃を事細かに説明していった。勿論、仲間達や自分がした攻撃に関しての大凡は伏せた上で、ではあるが。

 これを話しても信じないだろうし、何よりも充填法(チャージ)が広まってしまうことも考えられる。この方法は扱い方を知ってしまえば、誰でも手にする事が出来る力だ。

 当然、それなりの努力と鍛錬が必要になるが、人によっては二週間もあれば形になってしまう技術でもある。


 ノルンを出立した後、パーティーで話し合い、決めた事があった。

 それは充填法(チャージ)についての情報を、一切公開しないことだ。


 当然、イリスがレティシアから聞いた話を説明しただけで、こういった事を決めなくても全員がそれを察してくれてはいたが、言葉に出すことで明確なパーティーのルールとして、意味を含ませることが出来る。


 この力は強大で、現在の魔法事情を一変させるだけの凄まじさを秘めている。

 それはレティシアの時代の言の葉(ワード)には程遠いもので、初歩的な技術であったとしても、それが知られていない今現在では、驚異的な力と言えるほど強大なものだ。

 この知識が世界に溢れてしまえば、悪用する者が出て来る事になるだろう。


 力とは扱い方次第、扱う者によって、その本質を大きく変えてしまう。

 料理用の包丁は勿論だが、落ちている石ですら人の命を奪える。


 ならば、魔法はどうだろうか。

 強大な力をどう使うかも人次第。手に入れた者がもし、危険な思想を持ってしまったら、その力は一瞬の内に凶器へと変わる。それも、並みの魔法を使える者ではとても太刀打ち出来ない存在として、この世界に悲しみを撒き散らすことになるだろう。


 そんなものは誰も望んでいない。そんな事になれば、レティシアや彼女の仲間達の想いを踏み躙る事になってしまう。それだけは駄目だ。絶対に。

 もしそうなれば、イリスはレティシアに合わせる顔がなくなってしまうだろう。


 強い決意の元に結束した仲間達は、タニヤの反応を伺う。

 流石にギルアムと対峙した事を疑えなくなった彼女は部屋の扉を開け、直ぐに受付の女性を呼び付けた。そのただならぬ様子を含んだ大きな声に、驚きを隠せない表情をした女性がすっ飛んで来ると、タニヤは彼女に指示を出していく。


「ヨンナ。大至急斥候(スカウト)を数名、ノルン方面四十ミィルの街道を捜索させて。ギルアムが転がっている筈よ。存在と討伐の確認が取れたら、ヨンナのみ報告に来て。

 それと、彼女達が倒した事はまだ内密に。これから詳しく話を聞くから、代わりの者には余程の用事が無い限りは来ないように伝えて頂戴」

「……わ、わかりました」


 あまりの自体に状況すら飲み込めず、驚愕の表情をしながら口篭るヨンナは、言われるまま彼女の指示に従っていった。

 彼女が退席した後タニヤは深いため息をつきながら、何かを考えている様子だった。


 一ミィルほど考えていた彼女は、何かを納得した様子になりながらイリス達を見回し、言葉にしていった。


「……何となく理解したわ。訳ありね、あなた達。まだ討伐確認が出来ていないけど、出来たと仮定して話を進めようと思うわ。それで、あなた達はどうしたいのかしら?」

「どうとは、どういった意味を含んでいるのでしょうか?」


 問い返してしまうイリスだったが、大凡は見当が付いていた。

 これはあくまで、タニヤの言葉で確認を取りたかっただけに過ぎない。

 恐らくギルアムを討伐したことに対して、イリス達がどういう立ち位置になりたいか、という意味なのだろう。


 ギルド討伐指定危険種の中でも凶悪とさえ言われている存在、ギルアム。

 それをたったの五名で討伐したとなれば、世界中が驚きで包まれてしまう事になる。

 そうなれば、一気に彼女達へ注目が集まるだろう。そしてそれは良い事ばかりではないはずだ。冒険者である以上、是非ともうちに所属して欲しいと言ってくる輩が増える事になる可能性が高い。特に西の方では熱烈な歓迎を受けることだろう。

 ここは東ではあるし、何よりもこのエルマは大きな都市でもなければ、その恩恵を受けている街でもない。つまりアルリオンやリシルアに、何の恩義も感じていないという事だ。強いて言うのならその二国は、フィルベルグも含めて良い取引相手、といったところだろう。


 エルマは言うなれば独立した小さな国。

 その規模は小さいが、どこにも援助を受けずに今まで存続して来た。それは大きな国の助けを受けられていない、とも言い換えられる事ではあるが、逆にどこにも属さずに生きて来たとも言えるだろう。

 ここ最近ではそれも少々変わって来ている為、タニヤの代でこのエルマにも、大きな転換期を迎えてはいるのだが。


 まさかここに来て、これほどの衝撃的な事を知ることになるだなんて。

 正直な所、ギルアム出現の報告よりも驚いてしまっているタニヤだった。


「ギルド討伐指定危険種と呼ばれる存在の中でも、相当の凶悪さを見せるギルアム。

 それをたったの五人で討伐したとあっては、流石に世界が黙っていないと思うわ。

 それに、両端の二人には噂も聞いているわよ。あなた達、ヴァン・シュアリエとロット・オーウェンよね? 漆黒の鎧に白銀の鎧。風体も噂通りだし、何よりも瞳の色が並みの冒険者のそれとは明らかに違う。まさかプラチナランクが二人もエルマに来るとは思わなかったけれど」


 話が少々ずれてしまったタニヤは、こほんと小さく咳払いをして、どうするかと改めてイリス達に尋ねてきた。本来であれば冒険者である以上、ここに口を出す事など出来ないだろう。それだけの権限を冒険者ギルドのトップは持っている。

 そして深く考える事も無く、情報を公開するだろう。ギルド掲示板の横に名前や所属、風体を含んだ情報が全て公開される例も珍しくは無い。それを武勲と思ってしまう西の方では、特にその傾向が強く見られる。


 だがここは小国とも言えるエルマだ。この街に所属している冒険者であれば、例え口止めをしていても噂で直ぐに判明してしまうだろう。そしてイリス達は旅をしている冒険者だ。だとすれば多少の融通を利かせることが出来る。

 幸い、この件を知っているのは受付嬢であるヨンナだけだ。口止めもしてあるし、彼女は口が堅い。軽々しく冒険者の不利益になるような言動を慎むだけのモラルも持ち合わせている。

 それでも恐らく、イリス達が倒したと囁く者も出るだろう。

 タイミング的には一番その可能性が高い存在と言われてしまうのも仕方が無い。

 それを薄らげる役目をイリス達女性陣の風体と、五人という少人数パーティーであるという事が、その可能性を低くするはずである。タニヤの予想では、もしやと囁かれることはあっても、絶対に確証など得られないことだし、何よりも綺麗な女性たち三人を抱えた状態で、危険種を討伐出来るとは思われないだろう。


 後は彼女達次第。タニヤはそう思いながら、彼女達の出す答えを待つ。


 イリスは仲間達を見遣ると、イリスに任せるといった表情で彼女を見つめる。

 このチームはイリスの為に集まった者達のみで結成されている。勿論イリスにその気持ちは無いのだが、それでも自分を慕ってくれている事は、心が温かくなるほど、とても嬉しいと素直に思えた。


 正直な所、こういったチームに関わることは、出来るなら多数決で決めたいのですがと言葉にするイリスだったが、仲間達はどちらでもいいと返されてしまった。

 要するに、イリスがしたいようにすればいい、という事だ。


 ならばとイリスはタニヤに向き直り、言葉にしていった。


「今回の件は、出来る限り内密にして頂きたいと思います。

 やはり危険種討伐という事は、少々厄介事になりかねないと思えます。

 私達は五人のチームですし、あまり目立ってしまっても街を歩き辛くなります。

 何よりも五人で討伐した事に疑問を持つ方が多いでしょうから」



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