"頻度"
「それにしても、まさかギルアムが出るだなんて」
事切れた存在を見つめながら思わず言葉にするロットに、ほんの少しだけ首を傾げながらシルヴィアは問い返していく。それはイリスもネヴィアも同じ気持ちのようではあったが、口を挟まずに先輩達の話を聞いていった。
特にイリスは、ロットが出したその先の答えを彼女も図書館で学んではいたが、黙ったまま何かを考えている様子だった。
「ギルアムは、このエルマ周辺で良く目撃されていると言われる存在ではなかったかしら?」
「うむ。そこは凡そ情報通りではあるのだが」
口を濁したように話すヴァンは言葉を止めてしまい、何かを考えている様子だった。そこにロットが代わるように答えていった。
「問題はそこじゃないんだよ。前回出現した時期が三年前なんだ。情報通りであれば、軽く五年は出ないと言われている存在が、短い期間で現れてしまっているのが気になってね」
「たまたま出現した時期が早かっただけなのではないでしょうか。推察や推論通りにはいかない事も沢山あると思いますし、ましてや魔物に対しての知識を人はそれ程正確に分かっていません。そういった"異例"もあるのでは?」
ネヴィアが言うように、魔物と呼ばれている存在を人は解明していない。何故出現するのか、という哲学的な意味ではなく、その発生条件すらも分かっていない。
ある日突然現れ、人を襲う動物よりも遥かに危険な存在。この程度の知識しか人は持ち合わせていない。これでは知らないのと同じだと言えるだろう。
確かにそうなんだがとヴァンは答えるも、言葉は続くことは無く、やはり何かを考え込んでしまっていた。
そんな中、考えながら静かに話を聞いていたイリスが、ぽつりと話し始めていく。
「もし仮に、ギルド討伐指定危険種の出現頻度が早くなっているのなら、それは何かの前兆とも言い換えられると思います。
約二百五十年前に出現した"魔獣"のように、また何かが現れる兆候だとすれば大変な事になります」
珍しくネガティブな言葉を発したイリス。
正確には彼女の瞳に映る色はその先を見つめている様なものであり、後ろ向きとも思える言葉とは裏腹に、その瞳の色は輝きを失う事の無い美しさを見せていた。
もしもまた眷族と呼ばれた魔獣が出現したとしても、今度はただ黙って守られるだけの存在ではない。あんな想いはもう二度と体験したくない。誰にも体験させたくない。
そんな想いをイリスは強く持っていた。
大好きな姉は、世界を救った救世主や勇敢に戦った英雄と言われている。彼女にはその言葉を誇らしく思う反面、今ここにいない姉に大きな悲しみを抱いてしまう。
それはきっと、世界を救っても自分を救えないのであれば、より深い悲しみを与えてしまうかもしれないという事を、イリスは身を持って知ってしまった。
奇しくもその考えは、ロットが辿り着いた答えでもあったが、彼の心の内までもイリスは知る事はなかった。
イリスが発した言葉に誰もが答えられず立ち竦んでいると、彼女に頬を摺り寄せていくエステル。それは『もう行こう』と言われているような気がしたイリスは、気が付いたように言葉にしていく。
「ごめんね、エステル。怖いよね、ここ。エルマ行こうね」
そう言いながらイリスはエステルを優しく撫で、安心させるように微笑んだ。
気になることは山積みではあるが、こんな場所で考えてもいい答えなど出るはずも無いだろう。イリス達は馬車に乗り込み、エルマを目指し進んでいく。
エステルは早足でその場を立ち去るように歩いていった。
その姿に、よほど怖かったのだと思えるイリス達。
そもそもあんな存在は、世界を歩いていれば遭遇するようなものではない。
出会えばその時点で終わる可能性が非常に高い存在ではあるが、鉢合わせること自体、余程の運が悪いと言われる災厄だ。
ヴァンとロットであっても二度目、あのリシルアで遭遇したガルドと今回のみである。ロットに限っては聖域でグルームと遭遇しているが、奇襲の一撃で倒しているので、実際に戦ったとはとても言えないだろう。
危険種と言われるだけあって、その存在そのものが災厄と呼ばれる。
本来であれば多くの犠牲の上に討伐がされるが、そんなものと出会ってしまったら、並みの馬であれば逃げ出す事も無く、恐怖のあまり卒倒してしまうかもしれない。
正直な所、卒倒で済めばいいとも思えるのだが。
本当にエステルは不思議な馬だと思えた。
勇敢で賢く、大人しい上にしっかりと言う事も聞く。そしてひとたび戦いとなれば暴れる様子も見せず、まるで仲間を信じきっているかのように無闇に動く事も無い。
優秀だ、などとはとても言えない程の、凄い馬のように思えたイリス達だった。
ギルド討伐指定危険種と遭遇して神経が昂ぶっているのだろう。
口数をかなり減らしながら周囲を警戒していく三人だった。
彼女達に背を向けて御者台に座るヴァンとロットはとても複雑な表情をしているが、イリス達にそれを知られることは無かった。
何故あの場所でギルアムが立ち止まっていたのか、という考えに行き着いてしまっている二人。だがこれは、三人が知る必要もない話だ。知らない方がいいとも思えてしまう。
何か空気を変えるような話をと思っている間に、エルマが遠く先の方に見えてきたようだ。
「あれがエルマだよ」
短く言葉にする事しか出来ないロットだったが、その内容は彼女達を明るい気持ちにするには十分だった様で、御者台に顔を出し目を輝かせながらエルマを見つめていた。
本当に三姉妹に見えてしまう同じ顔に、思わず笑みが零れるヴァンとロットだった。
イリス達一行は問題こそあったものの、無事にエルマへ辿り着く事が出来た。
エステルもエルマが大きく見えて来た頃になると、その落ち着きを取り戻したかのように早足からゆっくりとした歩きに戻ったようで安心するイリス達。
ノルンとはガラリと変わって、この街は木材で囲われた街のようだった。
こちらも鉱山の街と同じように、立派で頑丈な扉に守られていた。
尤も、こちらはノルンと違って、その城門の様な大きな扉は開かれてはいないが。
その様子に疑問を持つイリス達だったが、そう思うであろうと予想していたヴァンとロットが言葉にしていった。
「恐らくはギルアムの影響だな」
「ええ。厳戒態勢のようですね」
「そうでしたわね。あんな存在が出れば、扉は閉ざされるのでしたわね」
「扉の前には何方もいらっしゃらないようですが、どうすればいいのでしょうか」
「どこかで来訪者を見ているのかな」
イリスの言葉に短く『うむ』と答えたヴァンが話を続けていく。
こういった場合は、遠くから近付く者や馬車を確認した兵士などが、城門近くまで来た者達を受け入れるように扉を小さく開いてくれるらしい。ましてや、こういった警戒態勢の状況は、ギルド討伐指定危険種に対して行われるものであり、もしその存在を街に侵入されてしまえば、最悪の場合、街が壊滅させられる事も考えられる。
危険種が来る可能性もあるのだから、街の外に兵士や冒険者を置くなど危険過ぎる。中に魔物が入っては大変な事になる為、開扉は最小限に留めるのだそうだ。
昼夜を問わず何日も、その存在が討伐されたと確認が取れるまでは、常に警戒をし続けるものなのだと、二人の先輩はイリス達に答えていった。
その言葉通り、イリス達が近付くと扉は開けられ、そのままエステルの足を止める事無く街へと進めて行くヴァン。
街に入り、一旦エステルの足を止めたイリス達一行の元に、武装した者が数名近付いて来た。その内の一人に話しかけようとしたヴァンだったが、先にその者が口を開き、現状を説明された。
「エルマにようこそお出で下さいました。私は、エルマの治安や周囲の警備をしております、ベネデットと申します。
今現在、エルマ周辺に、ギルド討伐指定危険種であるギルアム出現との報告がされており、特別非常警戒態勢となっています。
大変申し訳ございませんが、ギルアム討伐と街道の安全が確認されるまでは、エルマに留まって頂きますようお願い致します」
説明に感謝を述べたヴァンは、エステルを留められる厩舎に彼女を歩かせていった。
ここでギルアム討伐の話をしなかったのは、余計な混乱を避けるためである。
行き成り街を訪れた冒険者がそんな事を言っても、結局はギルドに話が伝わった後に、確認をする為に斥候を派遣する事となる。
それにたった数名の冒険者で倒せるとは思われない為に、信じて貰えないという意味も含まれるのだが。例えそのまま彼らに伝えたとしても、大きなウォルフだったのではと言われるのが関の山だろう。
また、名乗らなかったのも、同様に混乱を防ぐ為である。
ロットは勿論、ヴァンの名は少々知られているので、名乗ることは無かった。
正直な所、その風体で判明されてしまう事もしばしばだが、今回はそれを知らぬ者達のようで、あえて言う事も無いだろうと判断した。
エステルを留めたイリス達はまずはギルドに報告する為、街の中央へと向かっていく。とても名残惜しそうに、エステルにひしっと抱き付くイリスがとても印象的だった。
そんな彼女は、とても落ち着いた様子を見せながらも、イリスをどこか寂しそうに見える瞳で追っていた。
エステルについて、ちょこっとだけ活動報告に書かせて頂きます。本編にはあまり関係の無い事なので控えましたが、もし宜しければそちらもどうぞ。




