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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"挟撃"

 

 戦闘斥候(レコン)とは、冒険者用語のひとつだ。

 集団で襲ってくる魔物の多くはリーダー格を頂点に置き、前衛と中衛に分けられての集団戦を仕掛けてくる。中でもこの戦闘斥候(レコン)と呼ばれた戦術を取ってくる魔物は、前衛数匹に先陣を切らせ、その対応をさせている間に周囲へと回りこんで挟撃する。


 ウォルフと呼ばれる魔物のほぼ全ては、この戦術を取ることで、より確実に獲物を仕留めていく。それは動物だけではない。冒険者ですらも例外無く奴等の対象になる。


 エステルを中心として、前方ヴァン、中衛イリス、後衛ネヴィア。

 そしてネヴィアを挿み、中衛シルヴィアと前衛ロットの防御主体で迎え撃つ。

 イリスはすぐさま別の魔法を発動し、仲間達に襲撃者の詳細を伝えていった。


「"索敵(サーチ)"! 前方二時! ウォルフ四! 百二十! 後方五時! ウォルフ四! 百三十!」


 警報(アラーム)による効果で魔物の接近には気が付いていたが、詳細までは知る事が出来ない。

 敵の細かな情報を探ることが出来るこの魔法は、こういった状況ではかなり便利なものだ。その索敵範囲は込めた魔力に応じて変化するが、今回は三百メートラを対象とした索敵魔法を発動させたようだ。


「――! 三時、二百メートラ付近に、ウォルフと思われる存在を確認! 数、十! 合流する可能性が高いです! 気を付けて下さい!」

「多いな」


 ヴァンは思わず呟くように言葉を発してしまった。


 ウォルフとは集団で襲うのが一般的な魔物だ。

 だがその数は斥候を除いても七、八匹程度となる。

 今回は後方に待機しているとも思える存在が、もう十匹もいるという。これは明らかに多過ぎる数だ。長く冒険者で活動をしているヴァンでさえも聞いた事がない事態だ。

 

 それを口に出すことは避けたヴァン。

 いらぬ混乱を招くことが多いと判断し、口を(つぐ)んだ。

 それに従うように言葉に出さないロットも同様だった。こんな事態は聞いた事がない。尤もロットは、ヴァンほどに冒険者としての経験を積んでいる訳ではないので、本当に知らないだけの可能性もあるのだが、今回に限っては彼と同じ気持ちのようだ。

 異常事態と思えるこの状況に、いい気持ちがしない二人だった。


 眉を(しか)めるヴァンが考えを終る頃、ウォルフが間近に迫り、イリスは気を引き締め直す。警戒を怠らないように、警報(アラーム)を鋭く発動させ、後方待機している可能性があるウォルフに注意をしながらセレスティアを抜き放つ。


 ヴァンへと同時に襲い掛かる二匹のウォルフ。

 だが彼はその程度では揺るがない。充填法(チャージ)を冷静に発動させ、二匹のウォルフを同時に薙ぎ払う。鋭い音と共に巨大な戦斧で切り付けられたウォルフ共は、そのまま動く気配もなく息絶えたようだ。


 もう二匹はイリスとエステルへ同時に襲い掛かるが、エステルに触れさせる事など彼女が許す筈もなく、魔法を放っていく。


「"拘束(バインド)"!」


 エステルを狙おうとしていたウォルフの足が動かなくなり、そのまま転げていく間に目の前の一匹を一撃で両断するイリスは、そのまま転がっている魔物に止めを刺す。

 休む事無く瞬時に後方へと向かうイリス。


 後方ではロットが盾で、シルヴィアが突きで屠っている瞬間で、もう一匹が今まさにネヴィアへと襲いかかろうとしていた。


 強靭な噛み付きによる攻撃を繰り出そうと飛び掛るウォルフを冷静に回避しつつ、円を描くように身体を回転させたネヴィアは、ウォルフの左側頭部を魔力を込めた杖で強烈に攻撃していった。遠心力もしっかりと乗った攻撃に耐えることはなく、その場に事切れるウォルフ。


 最後の一匹を仕留めそこなった後方では、今まさにウォルフがエステルへと噛み付かんばかりに飛び掛かろうとしていた瞬間だったが、イリスがそれを阻止していく。

 強化型魔法盾チャージ・マナシールドによる強烈な衝撃で弾き飛ばされたウォルフは、近くにいたシルヴィアによって着地する前に倒されていった。


 イリスは前方に素早く戻り、索敵(サーチ)を発動していく。


「来ます! 前方二時! ウォルフ五! 百十! 後方七時! ウォルフ四! 百三十!」


 前方から迫る五匹の魔物。どうやら今度はバラけているらしく、ヴァンの薙ぎ払いでは同時に倒すことが出来ないと判断したイリスは落ちている石を拾い、魔力を込めて投擲する。

 数回投げた石は、運良く二匹のウォルフに当てることが出来、残り三匹となった事を確認したイリスは、すぐさまフィジカルブーストを発動させ、同時に移動する。

 イリスが一匹を撃破する間に、ヴァンがもう一匹倒していたようだ。


 エステルへと向かう最後のウォルフを仕留めようと、動き出そうとするイリスだったが、ここで魔物の動きに違和感を感じてしまった。

 最後のウォルフがエステルではなく、イリスに向かって襲ってきたのだ。

 飛び付くウォルフを両断し、考える前に後方の支援に向かうイリス。


 既に二匹を仕留め、ロットが剣で一匹を、ネヴィアが魔法で最後の一匹を仕留める所だった様で安心するイリス。索敵(サーチ)をかけ直し、最後の一匹が移動していない事を確認すると、イリスは言葉を仲間達にかけていった。


「状況報告をお願いします」

「こちらは問題ない」

「こっちもだよ」

「こちらもですわ」

「こちらも問題ありません」


 大切な仲間達に怪我もなく、ホッと安心するイリスだったが、気になることがあり、それを言葉にしていく。


「最後の一匹ですが、最初に発見した場所で待機をしているようです。良くは分かりませんが、一先(ひとま)ずは落ち着いて態勢を立て直しましょう」

「イリス。先程のウォルフだが」

「はい。私もそう思います」


 その二人の言葉に何かあったのかとロットが尋ねる。

 イリスはあくまでも違和感ですがと前置きした上で、仲間達に話していった。


「先程最後に倒したウォルフですが、エステルではなく私に襲い掛かって来ました」

「どういう事ですの? 魔物とは弱い存在を本能的に襲うのではなかったかしら?」


 シルヴィアが尋ねた事は、この世界で一般的な魔物の知識であり、常識とまで言う者もいるほど根付いたものだ。それは嘗ての草原で、姉ではなくイリスに襲い掛かったホーンラビットのように、弱い者へと攻撃するのは魔物の基本とまで言われている。


「そうです。本来であれば、それが常識とまで言われている知識でした。ですが最後のウォルフは、明らかにこちらに向き直って攻撃を加えて来たように見えました」


 それが意味するところは、かなり良くない事態と言えるだろう。

 それはあの"眷属"と呼ばれた"魔獣"の様に、知能があるという事に繋がってしまう。


 一般的な魔物でもそういった事が感じられると、冒険者からは極稀にギルドへ報告がされていたが、今現在でもそれには確証が得られる情報が無い為に、現状で判断をする事は出来ないと言われている事ではあった。だがイリス達は、知能持ちと思われる魔物と遭遇するのは二度目になる。

 唯一ヴァンだけは、その場にいなかったが、魔獣と相対した時点で彼もロットも、知能を持つ魔物の存在を否定する事はなかった。


「一般的な魔物であるウォルフが知能を持つという事は、少々厄介な意味を含むと思います。ただでさえ集団で襲いかかる存在が知能を持つ事で与える影響は、正直未知数と言えるでしょう。

 いえ、もしかしたら、集団行動を取っている時点で、全てのウォルフに知能が備わっている可能性もあるかもしれません」

「だとしたら、本能ではなく考えながら行動をしている、という事になるのかしら?」

「その可能性もありますが、もしかしたら本能で動く魔物がそれを抑え込んで知能が備わったという、後天的に得たものなのかもしれません。時間をかけてか、何か他の理由かは分かりようも無い事ではありますが」


 イリスの推察は当然、確証など無いものだ。

 だが、その考えを否定する事も出来ない。そしてその考えそのものが、とんでもない事態を招きかねない事になるかもしれない。


「……その説がもし正しいとしたら、全ての魔物にその可能性がある事になってしまいますね」


 その可能性を考えてしまった仲間達は、冷や汗をかいていた。



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