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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第八章 その大切なはじまりを
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"理想と現実の差"

 

 ノルンを旅立ってから五日が経った。


 明日の昼過ぎにはエルマへ到着するといった場所にまでイリス達は来ていたようだが、この辺りになると魔物の数が急に増えたように感じるイリスと姫様達だった。


 どうやら随分とフィルベルグから離れた事や、大きな街からも遠い為に魔物の数も増える場所なのだと、ロットとヴァンは教えてくれた。


「この辺りの魔物は少々強いから、気を付けて行こう」

「うむ。ここいらの魔物は少々厄介だからな」

「そうなんですの?」


 ロットとヴァンの言葉に問い返すシルヴィア。


 確かに随分と魔物の数が増えたように思えるが、遭遇した魔物はまだフィルベルグ周辺に居るような、ボアやディアといった魔物だった。尤も、平原を歩いているのに、こんなのが普通に闊歩していることに驚きを隠せない彼女たちではあったが。


 フィルベルグで見かける事の出来るこれらは、主に浅い森に生息している存在だ。それなのにこの辺りでは、見通しが良かろうが悪かろうがお構いなしで歩いていた。

 何とも異様な、薄気味悪さを感じる女性陣だったが、世界をある程度周った彼らからすると、これは割と普通にある光景なのだと彼女達に話していく。


 だが問題はボアやディアなどではない。

 エルマ手前くらいから、ある魔物が出没し出してくる。

 世界の魔物の生息地域についても勉強していたイリスがその名を呼ぶ。


「ウォルフ、ですね」

「狼型の魔物ですわね」


 ウォルフとは、白寄りの灰色の毛色をしている狼型の魔物で、肩高は約百センル、体長は胴の長さだけでも凡そ百七十センルはある、かなりの大きな魔物だ。体重は約六十リログラル、最高時速八十リロメートラも出せる素早さと、三匹から五匹のウォルフが連携して襲って来る。

 攻撃方法は鋭い牙による噛み付きと、爪による引っ掻き。中にはその体躯を利用して体当たりをするものもいるそうだ。

 最高時速での突進を直撃した者は、数メートル吹き飛ばされるほどの衝撃を受けてしまう為に相当危険な相手だが、最高速度まで到達するにはそれなりの助走距離が必要となる為、そうそうは使って来ないと言われている。

 中でもウォルフの攻撃は鋭牙が最も危険とされていて、相当の合金鎧であっても形を変えてしまうほどの強靭な顎を持つ。


「となると、集団で襲ってくる可能性もあるのですわね」


 これがウォルフの危険な存在といわれる理由の一つである。


 この集団における戦闘の対処が出来る出来ないで、パーティーの生存率が極端に変わる。エルマを越えると魔物も落ち着きを取り戻すかのように、弱い魔物が多くなるが、このエルマ周囲は厄介な場所と言われていた。

 フィルベルグやアルリオンにいる初心者冒険者がエルマを尋ねることはない。

 不用意に近付けば命に関わるからだ。


 ここから先、いつウォルフと出くわしてもいいように、心の準備はしておこうねとロットは言葉にした。念の為、警報(アラーム)を使ってはいるが、それもエステルの周囲二百メートラ程度だ。ウォルフの素早さを考えると、それでも少ないくらいかもしれない。


 イリス達は気を引き締めながら警戒を怠らないようにしつつ、エルマを目指しエステルを歩かせていった。


 辺りは段々と日が傾いて行き、野営地を決めたイリス達は、夕食の準備を始める。

 必要な水は姫様達が、火はロットが、料理をイリスが、手伝いを姫様達が、ヴァンは見張りをしていき、火を付けたロットもヴァンと合流して警戒に当たっていった。


 今日も楽しそうに話しながらイリスは食材を切っていく。

 姫様達もとても楽しそうにイリスの手伝いをしているようだ。


「ここはこうして、こうです。そうすると味が良く染み込んで、美味しいんですよ」

「なるほど。この切った皮はどうするんですの?」

「これも勿体無いので使いましょう」

「食材は大切に美味しく頂く、ですよねイリスちゃん」

「はいっ。それに皮の部分の方が栄養が含まれているとも聞きますし、棄てちゃうのはちょっと勿体無いですからね」

「そうですわね。それに皮でも美味しく食せるのなら棄てるなんて、とんでもないですわね」


 何ともお姫様とは思えない言葉にも聞こえるが、フィルベルグ王族はそもそも贅沢品を食べ続けている訳ではない。何か要人のような大切なお客様が来られた時は、旅の疲れを取って貰う為のおもてなしはするが、基本的に王族が食す料理の食材は最高級品ではない。

 それなりに良い物をと、王室御用達の食材屋は気を利かせてくれるが、そこに最高級品は含まれていない。何でも大昔にそれを渡そうとした食材屋が、当時の王族に注意されたことに始まるらしい。

 その時の言葉である、『王族だからといって、国民の大切なお金で贅沢など出来ん』を家訓に掲げ、食材屋は王城にそれなりのものを収めているそうだ。それは野菜も肉も、小麦も酒も、お茶ですらも含まれる。

 流石に身なりだけはかなり良いものをと生地を渡されるが、これに関してはやはり仕方の無い所だと王族は割り切っているそうだ。


 せめて料理人だけは最高の者をと国民側から懇願されるようにお願いされてしまい、それを受け入れるという不思議な王国であった。恐らくではあるが、フィルベルグ王族よりも豪商と呼ばれる大商人の方が、美味しい食事を取っていると思われる。

 最高級品の食材を最高の料理人が主の為に用意をする。そんなことの為にお金を使う王族など、レティシアは勿論、その娘であるフェリシア女王陛下もしなかった事だ。

 逆に、国民の為にお金を使い過ぎる王族もいたそうだが、その王は国民からとても愛されていたと文献に載っているようだ。



 温かな焚き火を囲いながら食事をするイリス達は、彼女が味付けをした料理に舌鼓を打っていた。


「今日もとっても美味しいですわねっ」

「そうですね、姉様っ」

「うむ。この味はとてもいい店で食べる味だ」

「限られた食材でこれだけの味が出せるは、本当に凄いよ。俺ではこの味は絶対に出せない」

「褒め過ぎですよ。そんなにすごいお料理ではないですから」


 ほんのりと頬を赤らめながら否定するイリスだったが、仲間達はイリスの料理を毎回残す事無く、とても美味しく食べてくれていた。


 この五日の間、料理の味付けは全てイリスに任せてしまっていた。

 イリスにだけ料理をさせてしまうのでは申し訳ないという事で、姫様達も食材の下ごしらえのお手伝いをしながら、料理の勉強をしているのだそうだ。


 なんでもあの料理勝負の際、自分でも作れたら楽しそうだと思ったらしい。

 流石にあれほどの料理を目指すことはなかったが、一般的な料理くらいは作れるようになりたいと、彼女達はイリスを手伝うようになった。


 だがイリスは知っている。

 そう本人達から直接聞いた訳ではないが、彼女達の思惑がイリスには理解出来た。包丁を握る手が、真剣にイリスの言葉に耳を傾ける彼女達の姿勢が、それを物語っていた。


「手料理、美味しく食べて貰いたいですもんね?」


 下ごしらえをしていた時にイリスが小さく放った言葉に、真っ赤になりながら取り乱す二人の様子が、とても可愛らしく見えたイリスだった。



 夜の見張りは、イリス、シルヴィア、ヴァンと、ロット、ネヴィアの二組に分けてするようになっていた。ロットとネヴィアを組にしたのは言わずもがなだが、ヴァンとロットを分けたのにも理由がある。経験者を見張りに置く方が確実に安全だからだ。


 勿論あの魔法を使えば、限りなく安全に出来るほどの力をイリスは手にしているが、それに頼り過ぎるのはやはり危険だろう。周囲警戒を魔法に頼り切ってしまえば、イリスが離れている時、危険な状況になる可能性が高まる。

 そうそうは別行動をする事などないと思えるが、冒険に絶対など有り得ない。

 悪い方向へも目を向けなければ、その時の対応が出来なくなり危険だ。

 その為の練習を、普段から積極的に続けていくイリス達だった。


 場合にもよりますが、緊張感を無くさない為に、魔物を発見するまではなるべくそうしていきましょうと、イリスは仲間達に伝え、仲間達はそれを快く了承していった。


 ヴァンだけではなく、シルヴィアとネヴィアも充填法(チャージ)を習得している今、相当の実力者となっている。並のゴールドランク冒険者どころか、プラチナランクですら彼女達に勝つことは出来ないだろう。


 それでも冒険者としては初心者である事に変わりはない。

 力に頼る冒険を続ければ必ず手痛い目に遭うと、ここにいる全員が思っていた。



 朝になるとまずは身体を解すために少々運動をして、イリスの魔法をかける。

 着ている物を綺麗にする洗濯(ウォッシュ)と、身体を綺麗にする洗浄(クリーン)

 まるで身も心も綺麗になったような清々しさを感じる素敵な魔法だ。

 この二つの魔法は男性陣にもとても好評で、朝と夜に必ずかけるようにしていた。


 その後イリス達女性陣は、エステルのブラッシングを始め、男性陣は朝食の用意を始めていく。これも毎日の日課になりつつあった。

 どうにも彼女達にはエステルが可愛くて仕方がないようだ。エステルもまた彼女達にとても懐いており、特にイリスの頬にはよく顔を寄せながら大人しくしている姿が、とても印象的に仲間達の目には映っていた。

 それはまるで絵画の一枚ような印象すらをも連想させる彼女達の姿に、微笑ましくシルヴィア達は見つめていた。


 ブラッシングの後は保護(プロテクション)をエステルにかけ直し、イリス達は朝食を取っていき、食後になると今日の予定を話していく。これも日課だ。


 既にノルンを出て五日という日数が経っているが、不思議と全く苦に感じないイリス達三人に、少々疑問に思う男性陣だった。

 ロットとヴァンは慣れているが、流石に成り立て冒険者の頃は相当大変だったと話すも、彼女達にはこの旅が楽しくて仕方がないと言葉を返す。


「窮屈ではありませんでしたが、王城にずっと篭りっぱなしでしたからね。私達にはとても新鮮な気持ちで一杯ですわよね、ネヴィア」

「そうですね、姉様。どれも新鮮な気持ちで一杯になります」

「毎朝起きると、今日は何があるんだろう、素敵な風景を今日も見られるかなって思えるんですよね」

「分かりますわ。本当に世界がきらきらと輝いて見えるものなのですね」

「強いのだな、女性とは。俺には辛い事ばかりに始めは思えていたが」

「ですね。俺も厳しかったと記憶しています。でも、楽しんで貰えるのはとてもいい事ですからね」

「うむ。辛い気持ちを抱えてなくて良かったと思う」


 そこだけは心配していたとヴァンは言葉を続けた。

 そんな事ありませんよと答えるネヴィアだったが、実際に冒険に出てみると分かる事や知ることも多いという。


「理想と現実の差、といった所だろうか。冒険は華やかなものでも無いからな。こればかりは人それぞれ感じ方が違うが、皆が強い女性で良かった」

「強いという実感はないのですけれどね。私達はただ冒険を楽しんでいるだけですわ」


 シルヴィアの言葉に微笑みながらヴァンは一言、そうかと呟くように発していった。



 昼前となり、そろそろ休憩を挟もうかという時、魔物の襲撃に遭うイリス達。

 三匹のウォルフと遭遇するも、一行は難なくこれを撃退する。


 動物の狼と同じような手段で行動をする魔物で、狩りをする時も集団で襲うとても厄介な存在だが、狼と決定的に違うものをウォルフは持っている。


 それに気付いたイリスが言葉にしていった。


「ヴァンさん! これは!?」

「そのようだな。こいつ等は戦闘斥候(レコン)だ! 全員周囲を警戒!」



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