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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第七章 彼女の居場所
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"熾烈な戦い"

 

 ぽかんとした様子で五つ並ぶ席の中央に座らされたイリスは、尚も固まったままだ。

 自分が何故こんな事になっているのかを真剣に考えていくも、全くと言っていいほど考えが纏ることはなく、ただぽつんと借りてきた猫のようにちょこんと座っていた。その表情は必死に考えを巡らせるも答えが出ず、更に考えているような表情をしていた。


 左端に座ったロットと右端のヴァンも同じように考え続け、ロットの隣に座るネヴィアは何故こうなってしまったのかと、昼間に起きていたことを振り返る。ヴァンの横にいるシルヴィアに至っては、その状況をわくわくとした表情で楽しそうに座っていた。

 何とも順応性の高いシルヴィアだったが、どちらかと言えば考えるのをやめて、事の成り行きを見守ることにしたようだった。

 どうやら彼女は、エリーザベトの性格を濃く受け継いでしまっているようだ。

 尤も、その輝くような瞳を隠すことなく、表に出してしまっていたが。


 常連達(ギャラリー)の女性に貴女はここよと座らされたイリス。それでも尚考え続けていた。

 正直な所、意味が分からない。ただ料理を食べに来ただけの筈だったのに。そんな思いが頭の中を駆け巡っている様子だ。


 昼間の彼女からは想像も付かないことが突如として起こり、現在に至るのは理解出来るが、何故そうなったのかという事にずっと引っかかりを覚えるイリスだった。

 そんな彼女に常連達(ギャラリー)として見守っていた女性が、イリスに優しく話しかけていく。彼女は昼間の様子を見ていたひとりだったが、それにイリス達が気付くことはなかった。


「そんなに難しく考えないで。貴女はただ美味しいお料理を食べて、どんなお料理だったのかをミラベルさんに伝えるだけでいいのよ」

「そ、そうなんでしょうか……」


 真剣な様子で料理勝負を高らかに宣言してしまったミラベルに、イリスは正直たじろいでしまったが、彼女にとっては割とある事なのだと常連達(ギャラリー)は答えていく。

 彼女は味の分かる人を見付けると、片っ端から勝負を挑んでいく女性なのだそうだ。何ともどこかで似たような話を聞いたことのある気がするイリスが、ロットとヴァンの二人が語ったあの噴水広場での出来事を思い返していると、料理を彼女が運んで来たようだ。


 器用に両手で五つの皿を持ったミラベルに驚くイリス。

 そんなイリスの前に静かに置かれた料理を目の前に、両手を腰に当てながら成り行きを見守るミラベルは言葉にしていく。


「さあ! 勝負さね! お嬢さん!」

「……えっと、では、いただきます……」


 これだけの衆人観衆の中では、何とも食べ辛いイリス達だったが、既にシルヴィアだけは頂きますわと言葉にして、食しているようだった。

 徐々に各々が食べ始めた頃、イリスも更に乗っている料理を頂いていった。


 料理に銀のスプーンを伸ばし、優雅に口へと運ぶイリスに常連達(ギャラリー)は感嘆のため息を出す。イリスの見た目や仕草から、良い所のお嬢様であるとは予想していたが、思っていた以上に優雅な姿を魅せる彼女に、常連達(ギャラリー)の多くは見蕩れてしまっている様子だった。

 中でも女性達にはとても素敵に見えたらしく、まるで物語に出てくるお姫様のようにも見えていたと、後に友人達へと語ったという。


 そんな優雅なイリスにミラベルは強く言葉にする。


「どうだい! お嬢さん!」


 出された料理を美味しいと形容することしか出来ない者達は、イリスの動向を見守るように料理を楽しんでいくと、一口食べたイリスが、静かに言葉にしていった。


「トマトのピュレを詰め込んだトマト・ファルシですね」


 おぉーと歓声が常連達(ギャラリー)からあがっていった。

 ロットとヴァンには彼女が何を言っているのかですら、理解していない様子だった。

 そんな中、イリスの言葉に頷くシルヴィアとネヴィア。彼女たちもまた、エリーザベトの英才教育をしっかりと受けている者達であり、その位の知識は持ち合わせていた。

 尤も味やその表現となると、それはまた別の話ではあるのだが。


 続けてイリスは、出された前菜についての説明を始めていく。


「湯むきしたトマトをくり貫き、その中に裏ごししたトマトを入れたものですね。塩で軽く味付けがされている為により甘さが引き立ち、食欲を掻き立てるようでとても美味しいです。次のお料理(・・・・・)が楽しみになる一品ですね」


 そう。これは前菜だ。つまりこの料理対決には続きがある、という事だ。寧ろこの料理はミラベルからの挨拶といった所だろうかと、イリスは感じ取っていた。

 イリスの言葉が店内に静かに響く中、シルヴィアは気になる事をイリスに尋ねていった。


「このトマトの甘みは何ですの? 何を加えているのかしら?」

「いいえ、これはトマト本来の甘みでしょう」


 シルヴィアの方を見ながら答えるイリスには見えていないが、ミラベルはその言葉に驚きを隠せなかった。そんなイリスはシルヴィアに向いたまま説明を続けていく。


「これは水分を極力控えて栽培する事で味を濃縮させた、非常に甘いトマトです。そのまま食べても、まるで果物のような甘さを感じるので、こういった前菜やデザートにも使われるトマトらしいですよ」

「肥料やお水をたっぷりあげた方が、甘いトマトが作れるように思えるのですが、それは違うのですか?」


 ネヴィアが言葉を返すも、それだと甘いトマトは出来ないとイリスは答えていく。


「お水も肥料もたっぷりあげると却って良くないと聞いた事があります。可哀想に聞こえますが、逆にお水と栄養となる土を制限することでトマトに甘さが増すらしいです。ここまで甘いトマトを作るのなら、この製法で作らないと難しいそうですよ。ただしこの方法で栽培すると、トマトの皮が硬くなります」

「なるほど。それで湯むきされたトマトとして出されたのですね」

「でもイリスさん。トマトとは夏のお野菜ではないのかしら? 春にこんなに美味しいトマトが食べられるのですか?」


 一般的には夏の野菜と思われがちではあるが、イリスはそれについて答えていく。


「夏野菜というイメージが強いトマトですが、実は春の方が美味しいお野菜なんです。勿論夏に食べても美味しいのですが、夏のお野菜と言われて思い起こすのは、キュウリやナス、パプリカ、ピーマン、とうもろこし、モロヘイヤ、オクラなどでしょうか。

 それにトマトは、高温多湿な気候に弱いお野菜です。ですので、雨が少なくからっとしているフィルベルグが最適とも言える環境なんですよ」

「まさか製法や適した環境まで知ってたなんてね……。そうさ! そうすることで非常に甘みの強いトマトを栽培したのさ! そこまでお嬢さんが知っていたとは正直予想外だったけど、これはまだ前菜! 勝負はこれからさね!」


 そう言ってミラベルは厨房へと向かって行った。


 栽培法まで知っていたイリスに驚く仲間達だったが、イリスはあくまでも人から聞いた知識だけですからと苦笑いをした。

 当然、知っていることと作り上げることは全く違う。それを成したミラベルの凄さを改めて感じるイリスは、身を引き締めて次の料理を待っていく。

 出された前菜は、彼女の本気が伺えた一品(ひとしな)だった。これは所謂挑戦状だ。彼女は本気でイリスと勝負を望んでいる。ならばイリスは出された料理を味わいながらも、彼女の想いにしっかりと応えねばならないだろう。


 暫く待っていると、ミラベルが戻って来た。

 今度はスープ料理のようで、とても優しくいい香りが店内に溢れる。

 スープを口にするイリスの姿に美しさを感じながらも、出された料理に思わず常連達(ギャラリー)もゴクリと唾を飲み込む。


「春キャベツと新玉ねぎのポタージュですね。鍋にバターを入れて溶けてきたら、玉ねぎがしんなりするまで火を通し、芯を取り除いてざく切りにしたキャベツを加え、量が半分くらいになるまで炒め、ここにブイヨンを布でこして入れます。

 キャベツが柔らかくなるまで煮込んだら、一旦お鍋に入ってるお野菜を取り除いてすりつぶし、出来るだけ細かくしたらこれをまたお鍋に戻し火をかけ、少量のミルクを入れて塩で味を調え、仕上げに黒胡椒をかけて完成させたものですね。

 春キャベツと新玉ねぎ特有のまろやかで優しい甘みが口いっぱいに広がり、ピリっと利かせた黒胡椒がそれを更に引き立てていて、とっても美味しいですね」


 常連達(ギャラリー)が驚く声を上げる中、何故作り方を知っているのかとイリスにネヴィアが尋ねると、フィルベルグに来て落ち着いた頃、レスティに作ってあげたいと思っていたそうだ。

 ブイヨンを作る事になり相当大変なので、何か特別な日にでも作ろうとイリスは思っていたが、その機会は中々訪れることが無く季節は変わってしまい、更には眷属事変があってうやむやになってしまったのだと話した。


 この味を作れると聞いて、流石に取り乱すように驚くミラベル。

 確かにこのスープは作り方が分かれば作れなくはない。だが、問題はそこではなく、ブイヨンですら一般家庭で作ろうとしていたイリスに驚いていた。

 ブイヨンを作り上げるなど、並の料理店では絶対にしないだろう。それこそ一流と呼ばれたお店でもなければ作らない。それほど手間がかかるものだ。

 今回使ったブイヨンは、ディアのトマトスープにも使ったものではあるが、一晩中かけて作り上げたそれを作れると言葉にしたイリスに驚愕するミラベルだった。


 風向きが怪しくなってきたと感じるミラベルだったが、まだメインの一品目だ。

 ここからが本番だと言わんばかりの表情で、厨房へと戻っていく。


 暫くすると、調理を終えた彼女が戻って来た。

 流石にメイン料理になると、時間はそれなりにかかるはずだが、手際よく作り上げたミラベルの料理を出す速さに驚くイリス。

 本職の、それも一流を超えた(・・・・・・)料理人は、これほどまでに凄いのかと思っていた。


「スープに続いて、メインの魚料理さね!」


 腰に手を当ててそう言葉にしながら、イリス達の前に置かれた魚料理。

 見た目は白身魚の切り身に何かのソースがかけられた料理のようだが、ロットとヴァンにとっては、全くと言っていいほど理解出来ない料理だった。それこそ、美味しいか美味しくないか程度でしか分からない。もはや戦力外だ。

 それはエリーザベトの教育を受けた彼女達にも言える事だった。シルヴィアとネヴィアは、技法や作法は勉強していても、味に関してはそこまで深く理解していない。


 皿に当たる音を出す事無く、美しく魚にナイフを入れるイリス。

 ぱりぱりとした香ばしく感じるような音を出しながら、静かに白身魚を口へと運ぶイリスの作法は、最早芸術の域にまで高められていた。


 だがイリスは、一口目でフォークが止まる。


「…………これは……」


 衆目の中、はじめて悩むような姿を見せるイリス。

 流石のイリスにも分からないのかと一同が思いながら彼女を見つめる仲間達。


 まるで考え続けるようにも見えるそんなイリスの姿に、ミラベルは思わず口角を少し上げてしまった。



〔今回使われたお料理用語〕


◇ピュレ

果物や野菜を生のまま半液体状にしたもの。


◇ファルシ

肉、魚、野菜などに他の素材を詰め込んだ料理。


なるべくなら本文に説明するようにしてみようと思います。

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