"支援"
美味しい食事も終わり、一息付いたところでロットは今後の予定を話し始めていく。
「今日はノルンに泊まって、明日の朝にエルマへと向かおう。順調に進んでも六日の旅になるから、ゆっくり休もうね」
「六日ですか。結構な道のりですわね」
「大丈夫です、姉様。既に大きな問題は突破していますっ」
きりっとした表情で、両手を胸の高さでぐっと握るネヴィアの仕草に、思わず微笑んでしまったイリスだたが、ふと店の外に目を向けたイリスは、少々気になる事をぽつりと言葉にしていった。
「……割と子供が多いんですね」
人通りの少ない街では少々目立つ小さく可愛らしい子達が、店の道を歩いていた。
身なりは少々汚れた服を着ているようで、何かそういったお仕事をしているのだろうかとイリスが思っていると、先程の女性が子供達を見つめながらイリスの横から話していった。
「あの子達は孤児さね。ここは王都から大して離れちゃいないけど、魔物の被害も割とあるんだ。勿論病気で身寄りがなくなる子もいるだろうけどね。そういった問題を抱えた子達でも、ああやって頑張ってくれてるんだよ」
そう優しく言葉にしながら、女性はイリス達に説明してくれた。
ここはフィルベルグに近い為に、王国からの支援金が送られているそうだ。
その中でも力を入れているのが孤児の支援らしい。
住居や衣服、食事などの支援だけではなく、住居の管理人まで置いて、可能な限り子供達が生きていけるように、仕事の面倒まで見ているのだと女性は語る。
子供達が綺麗な服を着ていないのは仕事着だからだと女性は答えた。そういった所もしっかりと支援されているが、綺麗な服を着てわざわざ汚すことは無いからねと女性は笑いながら言葉にする。
「ほんと、王族さまさまだね。あの子達は大切な両親を失っちまったけど、この国に守られて生きているんだ。その自覚はまだ流石にないだろうけど、何時かはこの国に救われていた事に気付いてくれるだろうさね」
ノルン育ちの孤児たちは大人になると、フィルベルグを目指す者も多いという。
そういった子達は冒険者になる者よりも、何か国に貢献出来ないかと考える者も少なくはないそうだ。そんな子達はこのノルンではとても大切な存在なのだと、女性は笑いながら話してくれた。
「孤児になって辛い想いをしても救ってくれたこの国の為にってね。ほんとに誇らしい子達だよ。あたしの子供はこの街を出ずに仕事をしてるけど、そういった子達がノルンに帰ってくると、まるで自分の子供が遠くから帰って来たみたいな気持ちになるんだ。
まぁ、あたしに出来ることなんて、この店に来た子達に美味しいもんをお腹一杯食べさせてやる事くらいしかないんだけどね」
大きな声で笑う女性は、それじゃゆっくりしていってねと告げて厨房へと入っていった。その様子を微笑みながら見送ったイリスの横で小さな言葉が静かに響いていき、声の方向へ注目するイリス。
「孤児の支援……。全く知りませんでしたわ……」
「母様達はそういった事までなさっていたのですね」
この国の王女として恥ずかしいですわねと、辛い表情をしながら小さく漏れた言葉にヴァンが答えていく。
「恥ずかしいのは知らなかった事ではなく、知った上で何も感じない者ではないだろうか。何が出来るのかは人ひとりには限られている。だが二人にも出来る事は必ずあると俺は思う」
その言葉に目を丸くしてヴァンを見つめる二人は、直ぐに微笑みながら言葉にしていった。
「ありがとう、ヴァンさん。そう言って下さると、頑張ろうという気持ちになりますわ」
「ありがとうございます、ヴァン様。私達に出来る事を、この旅で見つめてみようと思います」
二人は母がこの旅を了承した理由の一部を知った気がした。
エリーザベトは、世界を娘達に見せたかったのかもしれないと。
彼女達はまだ何も知らない。
世界がどのようなものであり、フィルベルグがどのように対応しているのかも。
王城にいては分からない事だって、この旅の中で見付けられるかもしれない。
そしてもしかしたら、自身が出来なかった"世界を見つめる旅"を、娘達にさせたかったのかもしれない。
フィルベルグの王位を継いでしまってからでは、出来ないことも沢山あるのだろう。それを知った上でエリーザベトは、娘達に"時間"をくれたのだと二人は感じている。いづれ必ず二人のうちどちらかが王位を継ぐことは決まっているし、それを拒む理由など二人にはない。
ただそれまでの時間を与えてくれた母に感謝と、決意にも似た想いをシルヴィアとネヴィアは抱いていた。
その目で世界を見つめ、その足で世界を歩き、その肌で世界を感じ取る。
その手に何を掴み、何を得るのかは二人次第だろう。
それをこの旅で見つけなければならないと、二人は思いを新たにする。
世界を旅する中で、見つめ、歩き、感じ取っても尚何も得られないこと。それこそが恥になってしまうだろう。そんな情けない報告を母にする訳にはいかない。
この旅で必ず何かを見つけてみせる。
そんな思いに至った二人だった。
* *
「お。なんだい、もう行っちまうのかい?」
席を立つイリス達に、どこか寂しそうに見つめながら言葉にする女性。
主にイリスに向けての視線に見えてしまうが、あまり深くは気にしないことにしたシルヴィア達だった。
「とっても美味しかったです。心の篭ったお料理をありがとうございました」
「そう言って貰えると、作った甲斐があったってもんさね!」
ロットがお会計を済ませると、女性が彼に言葉をかけていく。
「あんた達はアルリオンを目指すのかい?」
「ええ。今日はノルンに泊まって、明日の朝出立しようと思っています」
「そうかい! それじゃあ良かったら夜もまたおいで!」
嬉しそうにロットに言葉を返していく女性。
どうしようかとイリス達に確認すると、仲間達は各々答えていった。
「私としては、こんなにも美味しいお料理を食べられるのなら、夜もここでお食事したいです」
「そうですわね。これだけのお料理は、まず見つけられないのではないかしら」
「そうですね、私も賛成です。もう一度このお店のお料理を頂きたいですね」
「うむ。ここ以上に美味い店は他には聞いた事がない。俺も賛成だ」
「という訳ですので、夜もまたお世話になろうと思います」
「そうかい! それじゃ、とびきりのもん用意しとくさね!」
とても明るい表情でお店から送り出す女性。彼らは、このまま街をぶらぶらと歩いてみようかと話しながら、"銀の憩い亭"をお店を出ていった。
イリス達が店内から見えなくなるまで手を振っていた女性。
そんな中、店の常連たちが各々話し始めていった。
「凄い人達だったなぁ」
「なんていうか、カッコイイ人たちだったわねぇ」
「女の子達も超絶美人だったぞ」
「あの獣人さん、素敵だったなぁ」
「お、おい、俺の前でそんなこと言うなよ。勝てねぇじゃねえか」
「……なぁ、ミラベルさん。あの子達って噂に聞く――」
そう言葉にする一人の男性が女性の方に視線を向けると、彼女は物凄く獰猛な瞳で彼らが居た場所を見つめながら、口角が上がっていた。その凄まじくぎらついた眼を、この店に来た常連ではない者が見たら一目散に逃げるだろう。
そんな様子の彼女を見た常連達は、楽しそうに話し出していく。
「お! 出たぞ! ミラベルさんのあの表情!」
「何だかとても久しぶりよね、あの姿」
「ああ! 今夜、絶対俺は来るぞ!」
「私もよ! ああっ、今から待ち遠しいわ!」
* *
"銀の憩い亭"が盛り上がりを見せる中、そんな事とは露ほどにも知らないイリス達は、のんびりとノルンを歩いていた。
ロットの言った通り、市場を過ぎると一気に景色が変わっていくようだった。
それはまさに職人達の職場といった空気をしている場所で、流石にそれ以上は進む事無く戻って行ったイリス達だった。
ノルンは本当に興味深い街のようだ。
街の入り口には宿屋や飲食店、市場が並び、華やかさを魅せる中、少し進むだけで一気に職人達の情熱に溢れた仕事場が広がる、とても素敵な街だった。
そこでは遠目で見ても、多くの子供達が頑張っているように感じられた。
それも皆活き活きとした表情をしている。出来る範囲で子供達にお手伝いをして貰っている様子がしっかりと見られ、子供達も大人達も笑顔で働いているように思えた。
本当にここは素敵な街だ。誰もが活力に溢れている。
フィルベルグの支援があるからなのかもしれないが、きっとそれはほんの些細な事であり、生きる人達の肩を支え、背中を押してくれているだけにもイリス達には思えた。
もしかしたら最低限の支援しか、王国はしていないのかもしれない。
そうする事で、活力に繋がるような何かを住民は得ているのかもしれない。
宿屋近くまで戻りながら、そんな事を考えていた王女達だった。
素敵なカフェを見つけたイリス達は、そこでお茶を飲みながらゆっくりとした時間を過ごしていた。こういった施設も造られている事に驚きを隠せないイリス達だったが、一口お茶を飲むと、ほっこりとした気持ちになってしまっているようだ。
こういった施設は、旅人の憩いの場として必要だという事だろう。まだフィルベルグから半日程度で実感は湧き難いが、エルマからノルンに戻ってきた時にはそれを感じられるのかもしれないと、イリスは思いながらお茶を静かに頂いていた。
その優雅なお茶の頂き方は見る者の多くを魅了させ、女性ですらうっとりと見つめさせてしまうような仕草だった事を、普通に飲んでいるイリスが気付く事はなかったようだ。エリーザベト仕込みの作法が活きた瞬間ではあるが、当の本人には全く気が付いていなかったようだ。
それを既に身に付けているシルヴィアとネヴィアも、イリスと一緒にお茶を頂きながら楽しそうに話をしている姿は、本やお話として聞いた"お茶会"と呼ばれるようなものに見えたと、その様子を頬に手を当てながら魅了されたように彼女達を見つめる女性達は、それを見ていない他の者達に語ったという。
* *
辺りが暗くなり、お腹も丁度空いて来た頃、再びイリス達は"銀の憩い亭"に向かって行った。今度はどんな美味しいお料理が食べられるだろうかと女性陣が話をしながら歩く彼女達には知る由も無い。
これから向かう場所で、熾烈な戦いが繰り広げられることを。
美しく輝く星の下、ランタンの光に優しく照らし出された道をゆっくりと歩くイリス達。昼間とはまた違った美しさを魅せる街に微笑みながら進む彼女達は、再び"銀の憩い亭"へと入っていった。
「…………なんですの、これは……」
店内の様子が昼とはガラリと変わり、中央にテーブルと席が五人分のみ用意され、他の席は端に片されており、テーブルの周りを多くの人たちで囲むように立っていた。
一体どこから聞きつけて集まったのだろうかと思えるほど、沢山の人たちで店内は溢れており、その何とも言えない異様な光景に固まる一同は、シルヴィアが言葉を発した以降も尚、固まり続けていった。
状況判断がまるで追い付かないイリス達に、店の奥から声が響いていった。
「来たね! お嬢さんたち!」
「……えっと、これは……。どういった事でしょうか……」
現状が理解出来ないイリスの元へ、昼に食べた料理を作ったと思われる中年女性がやって来るが、その様子は昼間とは全く違う別人のように鋭い瞳をしていた。
そんな女性は、自己紹介と説明をイリス達に始めていった。
「あたしの名はミラベル! お嬢さん達に料理勝負を挑む者さ!」
そのざっくりとした説明に完全に固まってしまうイリス達だったが、意を決したようにイリスが言葉にするも、その表情は硬く、口調はたどたどしいものであった。
「…………えっと、あの……。私達は、その……。お料理を食べに来た、だけなの、ですが……」
尚も考えが至らないイリス達にミラベルは説明をしていくが、それもざっくりとしたものだった。
要するに、味の分かる人を見付けると勝負を挑まずにはいられない性格なのだと、ミラベルではなく、周囲を取り囲んでいた常連達によって教えて貰え、やっと理解が出来たイリス達だった。なんでもミラベルは既に戦闘用の気合を入れている為に、必要最低限しか話さなくなっているそうだ。
彼女の乗り過ぎとも言える気合に、何とも微妙な空気を出すイリス達だったが、常連達によると勝ち負けの判定は、味が分かるか分からないかで決まるらしく、その勝敗に関わらず料金は一切取っていないのだそうだ。
正直な所、普通に料理を食べられるだけで良かったと思うイリス達だったが、何だか断る空気じゃ完全に無くなってしまっているようで、ミラベルは厨房へと向かって行ってしまった。
厨房に向かって置かれた席は、本当に料理人と対戦するかのように思えた。
何とも言い難い空気を醸し出しながら座るイリス達と、その戦いの行方をわくわくした様子を前面に出しながら見つめる常連達だった。




