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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第七章 彼女の居場所
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"素敵なお料理"を


 この街はエルグス鉱山で生計を立てている者がとても多い。

 それ以外でも、このノルンでずっと暮らす人も少なくはないそうだ。

 先程の女性もそういった方の一人で、二人の事を知らなかったのかもしれないねと、ロットが小さめに答えていった。


 とは言え、ドレスアーマーを着た三人を連れていると流石に目立ってしまうようで、ちらちらと興味深げにこちらへと視線を向ける者も少なくはなかったが。


 本来冒険者とは女性であっても、こういったドレスの鎧など身に付ける者は居ない。目立つという事もあるが、何よりも全てが特注品となる為に、装備の金額が跳ね上がってしまうからだ。ヴィオラのようにドレスアーマー自体に興味が無い者もいるが、大抵は市販されている鎧のサイズを直して貰い、装備する者が殆どと言えるだろう。

 ましてやとても冒険者とは思えない見目麗しい三人が、まるでドレスのような煌びやかな装いをしていれば、誰でも一度は振り向いてしまうだろう。


 そんな周囲の注目に構う事無く、改めてこの鉱山の名前をロットから聞いて疑問に思ったシルヴィアは、イリスに質問していった。


「そういえばフェルディナン様は確か、"エルグ鉱山"と呼ばれたのですわよね? 

 "エルグス"ではないのかしら」

「昔はエルグ鉱山と呼ばれていたそうですよ。

 エデルベルグ所有の鉱山、という事から"エルグ"と名称が付いたそうです。

 距離や重さの単位と同じように、少しずつ変わっていったのではないでしょうか。

 尤も、当時は鉱石の類を必要とされていなかったようで、エルグ鉱山はほぼ手付かずだったそうですけど」


 イリスの説明に、思わず言葉を返してしまうネヴィアだった。


「手付かずって、貴重な資源なのではなかったのでしょうか。

 エルグス鉱山はキャルコプリテスが豊富に採掘出来ると学びました。フィルベルグにとってはとても重要な鉱石となる物を、当時は必要とされていなかったのでしょうか」


 彼女の言う通り、エルグス鉱山で採掘される資源はとても貴重とされている。


 キャルコプリテスとは、世界各地で採掘されるとても重要な鉱石であり、銅や鉄、硫黄を多く含み、微量の金や銀、錫、亜鉛などの他、極々微量の銀鉄まで含む鉱石だ。

 多種多様な使い道が出来る非常に貴重な鉱石である為に、その需要はとても高く、フィルベルグの貴重な資源のひとつとなっている。


 フィルベルグは木材も薬草も、そして鉱石も豊富なとても豊かな土地だ。

 中でもこのキャルコプリテスと呼ばれた鉱石は、非常に貴重なものであり、これを精錬してそれぞれの金属に分ける事で、様々な素材として使われている。

 宝石も採掘されるらしく、若い宝石加工職人たちも修行の場として住み込みで働いている。だが鉱石の価値はその比ではない。

 現在のフィルベルグには必要不可欠と言える程、かなりの重要な資源となっている。貴重な鉱石を手付かずに放置していたとは、とても思えないネヴィアだった。


 そう思っているのは彼女だけではない。イリス以外の仲間達は皆そう思っているようだ。かく言うイリスも、心の中では少々信じられない気持ちであった。これだけ貴重な資源を手にせず、エデルベルグはどうやって鉱石を(まかな)っていたというのだろうかと。


「レティシア様からの知識には、その事についてのものは含まれていないようです。

 正直な所、私には見当も付かないのですが、何かしらの方法があったとは思います。そういった疑問についても知る事が出来ればいいのですが」


 そんな事を話していると、注文した食事がテーブルへと運ばれて来た。


「はいよ! ディアのトマトスープとパンに、野菜たっぷりポテトサラダだよ。ゆっくり食べてきなよ!」


 そう言って女性は店の奥へと戻っていった。

 流石ロットとヴァンのお勧め店と言うだけあり、とても美味しい食事だった。


「美味しいですわねっ。この味を野営でも再現出来ないかしらっ」

「こんなに美味しいお食事がいつも取れたら最高ですね、姉様」


 目を輝かせながらとても美味しそうにスープを口にしている二人へ、イリスが苦笑いしながら答えていった。


「このお味を再現するのはちょっと難しそうですよ。

 上質なディアのお肉をふんだんに使い、更には新鮮なトマトもたっぷりと入っています。柔らかく、とろとろになるまで煮込み続けたディアのお肉と、優しく上品な脂の甘みが、新鮮な完熟トマトのすっきりとした酸味と絶妙に合わさっています。

 新鮮で上質なお野菜を用意するという点から既に難しいですが、何よりもこのお味は数人分のお料理で作れる味ではありませんよ。旅先で作れないのが本当に残念なお味です。

 それにこのポテトサラダも絶品ですね。しっかりと塩もみで下処理をされた新玉ねぎやグリーンアスパラ、スナップエンドウやブロッコリーなど、春の野菜がふんだんに使われています。じゃがいもも適度に食感を残すことで、とても食べ応えがあるお料理になっていますね。とっても美味しいです。

 しかもレタスを下に敷くことで、その見た目も鮮やかさを見せています。

 冒険をすると長旅になりますから、こういった新鮮なお野菜も外では食べられなくなってしまうのですね」


 しみじみと一口ずつ味わいながら噛み締めていくイリスだったが、仲間達のスプーンは完全に止まり、ゆっくりとイリスの方へ視線を向けてしまっていた。

 どうかしましたかと声をかけるイリスに、ヴァンがその疑問に答えてくれた。


「う、うむ。イリスは料理にも詳しかったのだったな。流石に俺には野菜がたっぷり入っているくらいしか思わなかった」

「食べただけでそこまで分かるなんて、イリスちゃんはお料理にも知識が深いのですね」

「もしかしなくても旅路でのお料理は、イリスさんに任せた方がいいのではないかしら……」

「『美味しい』としか表現出来ない俺が作るよりも、遥かに美味しい物を作って貰えるような気がして来たよ」

「そうですわ! スープは難しくても、この美味しいポテトサラダは如何かしら!? これならば作れそうですか?」


 ぱぁっと明るくなりながら思いついた事を話すシルヴィアだったが、イリスによる見立てではこちらのポテトサラダも難しいと答えていった。


「残念ながら材料を揃えて作ったとしても、このお味は出せないでしょうね。ディアのトマトスープもそうですが、このお味はまず一般家庭では出せないものです」

「どういう事ですの? お野菜たっぷりポテトサラダ、ですわよね?」


 それならば、材料さえ手に入れたら作れるのではないかしらと、言葉にするシルヴィアの背後から、明るく笑いながら、先程の女性が声をかけていった。


「そいつはちょっと無理だろうさね。これには隠し味が入っているからね」

「そうなんですの? イリスさん、分かりますか?」


 シルヴィアの言葉に他意はない。ただ何とはなしに訪ねてみただけだ。

 正直な所、隠された味まで流石にイリスには分からないだろうと仲間達は思っていたが、その言葉を皮切りに女性と話が弾んでいくイリスだった。


「スープに使われているブイヨンですね。ポテトの下味に使うなんて、とっても贅沢で美味しいお味です」

「お! お嬢さん分かるクチだね! そうだよ、これにはブイヨンを使っているのさ」

「これだけのお味を出すには、しっかりとしたブイヨン作りが必要になります。丁寧に灰汁(あく)を取っていかないと、あれほど美味しいトマトスープにはなりません。丁寧に丁寧に作られたブイヨンですね」

「凄いね、お嬢さん。その通りだよ。このブイヨンは一晩かけて作ったもんさ! 本来であれば丸一日かかるんだけど、あたしじゃこれが限界でねぇ」


 苦笑いする女性に、イリスは満面の笑顔で答えていった。

 その言葉に驚きながらも、笑顔でイリスに返していく女性だった。


「それでも美味しいものをお客様に、という温かい気持ちがお料理にしっかりと表れています。本当に心の篭った美味しくて優しいお料理ですね。

 それにこのポテトサラダは付け合わせではなく、立派な主菜ですよ。スープとも遜色のない豪華な一品(メイン)です」

「嬉しいねぇお嬢さん。やっぱり味の分かる人に食べて貰えるのは嬉しいもんだねぇ。スープの話も聞こえてたけど、的確に答えていたね。お嬢さん、うちに来ないかい?」

「ありがとうございます。嬉しいお誘いですが、これでも一応冒険者ですので」

「そうかい、残念だねぇ。即戦力どころか、安心して店を任せられたんだが」


 そう言って女性はイリスに一言声かけて、来店したお客の所へ向かって行った。

 何だか凄い光景を目の当たりにしたシルヴィア達は、イリスの料理技術の高さに驚きを隠せない。図書館の本には料理に関するものは少なかったはずだし、知りようのない専門的な知識まで豊富であるイリスが、どこでその知識を手に入れたのかと疑問を持ってしまっていた。

 

 考え付くのはエリーザベトの英才教育かと思っていたシルヴィアだったが、思わずそっちの修練もしていたのかと彼女に尋ねるも、料理に関しては全く練習していないとイリスは答え、仲間達の疑問を返していった。


「母に仕込まれたんですよ。母は何でも出来る凄い人でしたが、中でもお料理に関しては高い技術を持っていたと思います。どんなに頑張っても、母より美味しいお料理を作る事は出来ませんでしたね」

「凄いですわね、イリスさんのお母様は……」

「なんとなく、イリスちゃんが凄い理由を知った気がします」


 そんな事を話しながらイリス達は、とても美味しい食事を堪能していった。




 11/8公開の『"身勝手な願い"』にて書かせて頂いた"エルグ鉱山"は誤字ではありません。誤字と思われてしまう為に『""』で囲いましたので、読んで下さっている方には『何かあるな』と思って頂けたと考えています。本当に些細で、大した事ではないんですけど、文字を若干変える事で時間の経過を表したかった事と、名前が失われてしまっても尚、エデルベルグの存在がとても近くにあったという事を書きたかったんです。

Alice(アリス)』も含めてではありますが、この"エルグ鉱山"もそのひとつになります。


 銀鉄とは、地球で言う所のニッケルの事です。隕石なんかにも多く含まれているそうですね。銀白色の鉱石であるため、銀とは違う別のものとして扱われています。

 ニッケルという名前は、流石にこの世界では使われていません。


 スナップエンドウは和名で、スナップピーと英語では呼ぶそうです。今回は分かり難いのであえて使わせて頂きましたが、なるべく和を感じるテイストを書かないように気をつけていきます。

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