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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"想いをあの人へ"

 

 涙が止まらないイリスに驚きながら心配をする一同。

 どうやらいつの間にかイリスは、ブリジットの店に戻って来ていたようだ。


「どうしたんだ、イリス」


 涙を流すイリスはヴァンに声をかけられるも、涙が止まる事はなかった。

 それだけ本に籠められた想いが強かったのだろう。それはまるでフェルディナンと同じような気持ちになってしまっているのかもしれないと、頬に雫を伝わせながらイリスは考えていた。


「……ごめんなさい。……少しだけ、時間を……」


 そんなイリスをブリジットは優しく抱きしめ、なだめるように頭を丁寧に撫でていった。それはあの時の教会を思い起こすような、そんな温かなものだった。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 瞳を閉じながらイリスを落ち着かせていくブリジット。

 その表情はまるで聖母のように美しく、慈愛に満ち溢れた姿だった。



 イリスが落ち着きを取り戻してくると、言葉にしていった。


「ありがとうございます、ブリジットさん」

「いいんだよ。こういう時は、誰かの胸を使うのが一番さー!」


 少し元気になったイリスにけらけらと笑うブリジット。


 深呼吸をして心を落ち着かせたイリスは、何があったのかを説明していった。

 誰と出会い、そしてこの本に籠められた、大切な想いも全て話していく。


 そしてイリスは決意するような想いで最後にこう伝えていった。


「私はレティシア様に、もう一度逢わなくてはいけません。

 託されたこの大切な想いを、伝えなくてはいけません」


 真剣な表情で告げたイリスに、仲間達は応えてくれた。


「そうだね。そうするべきだと俺も思うよ」

「私もそう思いますわ。レティシア様に、必ず届けなくては」

「そうですね。石碑を巡ればまた逢う事が出来るそうですから、まずはノルンを目指しますか?」

「ふむ。王城に一度報告に行っても構わないが、どうする? イリス」


 しばし考えたイリスだったが、先に進むことを提案していった。


「このままノルンを目指しましょうか。今回の件はノルンに着いたらお手紙で伝え、フィルベルグに戻ったら詳細を報告しましょう。

 私の気持ちにも少々時間が欲しいので、そうしたいと思うんですが、どうでしょうか?」


 イリスの言葉に賛同していく仲間達は、そのままノルンを目指す事にしていった。


 そんなやりとりを優しい眼差しで見つめていたブリジットは、カウンターに置いてあった本を持ち、両手で手イリスに差し出していく。

 きょとんとしてしまうイリスに、彼女は言葉にしていった。


「これはイリスちゃんが持って行って。ううん、持っているべきだと思う。

 良くは分からないけど、石碑に持ち込めるかもしれないでしょ? 大切な想いを伝えるのなら、大切な人から直接伝えた方が良いに決まってるからね」


 でも、とイリスは思わず言葉にしてしまう。

 その気持ちを察したブリジットは、イリスに答えていった。


「いいんだよ。この本を売るつもりはないよ。人の想いを売り買いしてはいけないし、何よりも私自身がこの想いを届けたいと思ったんだよ。だからこの本を、イリスちゃんに持って行って欲しい」


 とても優しい笑顔でイリスを見つめながら言葉にするブリジット。

 差し出された本を大切に両手で受け取るイリスは、彼女にお礼を言いながら気持ちを伝えていく。


「ありがとうございます。必ずレティシア様に、想いを届けます」

「うん」


 穏やかな表情でイリスを見つめるブリジットは、お願いするねと小さく答えた。

 イリスは大切な本を抱きしめる様にしながら、仲間達と共にブリジットの店から去っていった。


 誰もいない店内にぽつんと佇むブリジットは、イリス達の無事を女神に祈る。

 あの日から祈る事をやめた彼女の祈りが届くとも思えなかったが、それでも祈らずにはいられなかった。心優しき少女とその仲間達が、無事にレティシアと再会出来る事を。そして怪我をする事無く、誰一人欠ける事なくフィルベルグに戻って来ますようにと。


 女神アルウェナではなく、世界を創造したとイリスから聞いた女神エリエスフィーナに、その祈りを捧げていった。




 *  *   




 エステルの元に戻ったイリス達は、それぞれ馬車に乗り込んでいく。


 イリスはお待たせしてごめんねとエステルを撫でると、彼女の頬に顔を寄せてくれた。まるで返事をしているように一同には見え、微笑ましくその光景を眺めていた。


 一行はエステルをゆっくりと歩かせて、フィルベルグ北東にあるノルンを目指す。


 この辺りはあの眷属事変以降、魔物の数が相当少なくなっており、穏やかな道を進んでいく事が出来た。警戒もしっかりと怠らずにしているが、見通しのいい草原では目視による索敵がしっかりと行える為に、どうしても穏やかで温かな風を感じてしまう、ほんわかとした馬車の旅となってしまっていた。


 念の為イリスはエステルを中心として、魔物の索敵が出来る魔法を使っておいた。

 この魔法は探知魔法のひとつで、細かな条件を付ける事が出来る優れた魔法だ。

 当然これも魔法国家の知識のひとつであり、こんな便利な魔法が存在していた事に驚きを隠せないイリスを含めた一同は、如何にその時代の魔法技術が発達していたのかを改めて認識する事となった。


 今回イリスが使った探知魔法はエステルを中心に、半径百メートラを球体状に張り巡らせたもので、この魔法に反応する条件はその魔力に魔物が触れる事と、悪意が近寄って来た際に反応するものなのだそうだ。


「悪意とは、具体的にどういったものですの?」


 シルヴィアがイリスに問い返すが、仲間達も同じ事を思っていたようだ。

 それについてイリスはレティシアに頂いた知識を言葉にしていく。


「この魔法は本来、魔物よりも人に対して使われていたものらしいです。レティシア様の時代には、人の道を外れた怖い人たちが少なからず存在していたらしく、そういった存在は街道で待ち伏せをして馬車や旅人を襲う為に、草陰や木々、時には地面に隠れて襲う機会を伺っていたようですね」


 本当に怖い時代ですとイリスは言葉にし、話を続けていく。


「今エステルに使った警報(アラーム)という魔法は、そういった者達を発見し、周囲へと注意を促す魔法のひとつです。それは如何に草木に隠れようとも、例え埋まるように隠れようとも、襲おうとする人の感情に反応するらしく、そういった者達を見つける事が出来る魔法なのだそうです」


 当然これは魔物にも当て嵌まるようで、様々な存在から身を守る為にレティシアの時代よりもずっと昔から使われていたらしいと、イリスは続けて説明をした。

 だが、それでは隠れる意味など無いのではないだろうかとヴァンが言葉にするが、どうもこの魔法も万能ではないらしいとイリスは言葉にしていく。


警報(アラーム)に反応させない、潜伏(ハイド)という対になる魔法もあるようです。これを使われると、警報(アラーム)にも反応が出来ない場合もあるらしいですね。使用者の技術力に応じて変わっていく魔法のようです。……本当に怖い時代ですね」


 シルヴィアやネヴィアだけではなく、ロットとヴァンもその魔法の存在に驚愕していた。冷や汗をかくどころではなく、血の気が引く音が聞こえた気がするほどに。

 レティシアの時代では、潜伏している者達が急に襲って来る様な時代だという。それは時として集団で襲って来ていたのかもしれない。それも充填法(チャージ)が当たり前の世界で。


 これに驚かない者は、充填法(チャージ)を知る者の中には居ないと言い切れるだろう。

 なんと恐ろしい世界なのだろうか。そんな世界が当たり前だった事に衝撃と、今の世界が如何に平和かという事に驚きを隠せない一同だった。


 イリスは続けて説明をしていく。

 この魔法はそんな魔法(ちから)を更に真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースによる強化が行われているそうで、これに反応しない存在は、同じ力を持つ者だけだったと言葉にしていった。


「同じ力でなければ隠れようの無いものなので、今の時代で当時の潜伏(ハイド)を使われたとしても、問題なく発見する事が出来ますで安心して下さい。

 力に頼り過ぎるのは危ないと思いますので、範囲を短めに、そして魔物の急襲に対して発動するようにしてあります。

 流石にエステルには攻撃を防ぐ事の出来る魔法、"保護(プロテクション)"をかけますので、魔物に襲われても怪我をする事はありません。でもエステルは、私達で守りましょうね」

「勿論ですわ! 大切な仲間ですもの!」

「それにしても、本当に凄い時代だったのだな、レティシア様の居た時代は」


 言葉が漏れるように呟くヴァンだったが、ロットも同じ事を思っていた。

 保護(プロテクション)という事は、その対になる魔法も存在する可能性が高いのだろう。

 それはつまり、様々な事において扱われていた力、という事になる。


「……これが"魔法"か」


 ロットが小さく言葉にすると、ネヴィアもそれに続き、イリスが答えていった。


「やはり今とは随分、魔法の本質が変わってしまっているようですね」

「魔法が栄えた時代というのも理解出来ます。これ程までに便利なんですから、様々な用途に魔法を使っていたようです。それこそ魔法適性と言われているものも存在していないほどに、魔法とはとても身近で、誰もが扱える力だったようですね」

「どういう事ですの?」


 魔法適性とは、イリス達の時代では"魔法に対する才能"のようなものと認識されている。これがあるなしで、魔法を使える使えないが決まってしまうほど重要視されていた。そしてそれを持たない者は、"魔法に才能が無い"と言われ、魔法を諦めてしまう。

 だがそれは今現在での話であり、レティシアの時代で言われていた魔法適性とは、各々が持つ魔力の質である"魔法属性"の事だとイリスは話した。

 何故各々に適した魔法属性があるのかに関しては、研究を重ねた魔法国家であるエデルベルグ王室魔術師達も、推察や推論をする事しか出来ない永遠のテーマだったと、レティシアの知識には含まれていた。


 レティシアから託された知識には偏りがある。

 真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースや、嘗ての言の葉(ワード)についての知識だけではなく、レティシア自身が研究した事や、当時の魔法国家が研究していた事についての知識も含まれていた。

 当然、その全てを記した訳ではない。彼女は博識であって全知ではないのだから、抜けている箇所も沢山ある。その中でもレティシアが言葉にしたように、世界の事や、現在の言の葉(ワード)が広まり、制限をかけていた事なども記されてはいなかった。


 そんなレティシアが続けてくれた言葉を、イリスは思い起こしながら話していった。


「きっと石碑にいらっしゃる方が、その答えを伝えてくれると思います。少々歯痒いですが、のんびりと旅を楽しみながら目的地を目指していきましょう」


 優しく言葉にする前向きなイリスに頼もしさを感じる一行は、ノルンを目指し進んでいく。


 この辺りには草原と浅い森が続く、とても見通しの良い場所だ。

 魔物の影も見えない、良く晴れた風の心地良い春の日の午前、イリス達は遠くに見えて来た街を見つめながら、エステルをゆっくりと歩かせていった。




 レティシア様の時代以前より、子供達の間で流行っていた魔法の遊びについて、活動報告(だぶんにっき)に書かせて頂きます。 

 恐らくこれも王道と呼ばれる遊びでしょうね。今のイリス達の世界では想像も付かない遊びではありますが。

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