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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"身勝手な願い"

 

 そして場面は切り替わり、あの運命の日がやってくる。


 凄まじい爆音が轟き、エデルベルグ城を大きく響かせていく。

 地面に手をつけるほどの大きな揺れに、エデルベルグ領内が震撼していた。


「何事だ!?」


 玉座に座るフェルディナンの横にいた大臣が吼えるように言葉にする。今の振動はただ事ではない。一瞬で血の気が引くほどの凄まじさを感じていたフェルディナンは、即座に兵士達へと指示を出していく。


「急ぎ原因を調べ、報告せよ!」


 短く兵士達は返事をし、王に一礼をして急ぎ確認へと向かっていった。

 思わず王に、もしやと進言する大臣だったが、フェルディナンはそれを(たしな)めていく。


「それは早計だ。まずは現状を確認する」

「そうですな。失礼致しました」

「構わないよ。私も頭の片隅を過ぎった事ではあるからね。

 だが、過去三百年は保たれていたものが、突如崩れ去るとは思いたくないんだ」


 そんな事を話していると、見張り台で監視をしていた兵士が慌しく現れ、真っ青な顔で取り乱しながら現状報告をしていった。


「ほ、報告です! エデルベルグ東部にある大森林の一部、一キロメートル四方(・・)が消滅しました! 何者かによる攻撃と思われますが、詳細は不明! 目撃証言によりますと、黒い魔力と思われるものを帯びた不審者が、付近で目撃されたとの事です!」

「なんだと!?」


 あまりの事に大臣が叫んでしまっていた。

 そしてそのまま言葉を呟くように続けていく。


「そんな馬鹿な……。それではまるで、あの……」


 驚愕し、言葉にする事が出来ない大臣の横でフェルディナンが玉座から立ち上がり、大きな声で兵士に命令を下していった。


「急ぎ王室魔術師を全員集めよ! 休暇を取っている者も全員だ! これは最優先事項である!」

「はっ!」


 兵士が謁見の間を出ると同時に、レティシアと王宮魔術師達が入って来た。

 緊急事態だと判断した彼女達は、急ぎ謁見の間へと向かっていたようだ。


「フェル……」

「兵士から報告があった。今から説明する。現在この場にいない者達には、後で説明して欲しい」

「分かったわ」


 フェルディナンから説明を受けた王室魔術師たちは皆、言葉を失っていた。

 眉間にしわを寄せながら瞳を閉じて聞いていたレティシアは、呟くようにその忌まわしき存在の名称を言葉にしていった。


「……眷属」

「……恐らくはその可能性が高いと推察した。二百年前の文献にあった通りであるのならば、最悪の状況となるだろう。急ぎ世界へと伝えねばならない」

「私達が討伐すればいいのでは?」


 瞳を開けたレティシアは、はっきりとした口調でフェルディナンを見据えながら告げていくが、レティシアを出す訳にはいかないとフェルディナンは説明する。

 だが、文献に記された通りの存在であるのならば、兵士達では歯が立たないのではないだろうかと、レティシアは思っていた。


「君は身重なんだ。どうか自重して欲しい。エデルベルグ兵を出し、一気に殲滅する。君達は民を守って欲しい」

「それは貴方が前線へ出るという意味なのでしょう? ならばもしもを考え、私達が出るべきだと思うのだけれど」


 レティシアの言葉に口を挟む事無く聞いていた王室魔術師たちも、彼女と同じ考えのようだった。このような有事の際に彼らは存在している。

 何よりもこの国を愛してやまない彼らには、そうするだけの理由も覚悟も持ち合わせていた。王の命令ひとつで戦場へと赴くことを躊躇う者など、誰一人としていない。


 その想いを知った上で、それでも尚フェルディナンはそれを拒んだ。


「何度も言うが、君には授かった命がある。君一人の身体では――」

「――それは最後の王族である貴方も同じことでしょう!?」


 思わず声を荒げるレティシアは、冷静になりながら言葉を続けていく。


「……貴方はエデルベルグに残された唯一の王族。ならばその命は、国民の為に存在するのよ。貴方は絶対に生きなければならないの」

「…………分かった」


 ありがとうとフェルディナンへ静かに伝えたレティシアは、仲間達に指示を出していった。


「メレディス、クリストフ、ヴァレリー、アサレア、マリベル、リゼット、シルヴェーヌは、それぞれの部下で隊を結成。眷属がエデルベルグへ到達する可能性も考慮し、兵士と共に国民の避難を最優先に行動して下さい。

 一時的な指揮権をメレディスへ委譲します。隊を率いて準備が出来次第、速やかに国民の避難を開始して下さい。万が一、眷属と遭遇した場合は攻撃を控え、国民の避難を最優先に眷属の情報収集をお願いします」


 分かりましたとレティシアに告げた彼らは、急ぎ準備を始める為に移動していった。


「あたしたちはどうするの?」


 明るい胡桃色の髪で可愛らしい少女のような女性がレティシアに話しかけると、彼女は指示を出していった。


「エルとクレスは私と共に来て、眷属が現れた際の防護壁をエデルベルグ全域に構築し、攻撃に備えます」

「……あれ、使うの?」


 漆黒の髪で眠たそうな少女が言葉にしていくと、そうよと告げていくレティシア。

 まさかこの力を使う日が来るとは思わなかったが、必要とあらば使うしかない。


 急ぎ移動していく彼女達。

 だが、その思いは裏切られる結果となる。


 住民の避難を済ませる事は出来たが、眷族が現れ、凄まじい攻撃をエデルベルグに向けて放ってしまった。まるでどす黒い閃光のようにおぞましく周囲を塗り潰す光に、レティシア達の防御結界は間に合わず、城下町とその周辺を消失させてしまう。


 幸い、王城と国民を守る事ができ、死傷者は奇跡的にゼロではあったが、あまりにも強大で凶悪な力に、王国最強と国民に憧れられたエデルベルグ王室魔術師であっても、その場にへたり込ませ、震撼させるだけの爪痕を彼等達に残してしまう結果となった。


 そして事態は最悪の方向へと歩み始めていく。

 フェルディナンの言葉により、世界各地から精鋭達が集められ、大陸中央へと向かっている眷族を取り囲むように陣取っていった。



 再び場面は切り替わり、草原のどこかでレティシアを抱きしめるフェルディナンが、イリスの目に映ってきた。

 とても辛そうに抱きしめるフェルディナンは表情を優しいものへと戻し、最愛の人へと笑顔で言葉をかけていく。


「大丈夫だ。心配するなとは言えないけれど、必ずレティ達の元に帰るから」

「……気を付けてね」

「ああ。必ず二人の元へ戻るから。だから魔獣の方を頼むよ」

「ええ。そちらに行かないように引きつけて倒すわ」

「ありがとう、レティ」


 そしてフェルディナンは言葉を続けていく。それはわざと話を逸らし、心配を少しでも取り除こうとしているようにもレティシアには感じられた。


「君用の椅子も作らせてあるんだ。玉座の横に置くように指示しておいたから、君がそこに座るんだよ?」

「ふふっ。まさか私が王妃様になるだなんて、未だに実感がないわね」

「構わないよ、それで。君はいつものように、俺を支えてくれるだけでいいんだ」


 最愛の人の優しく囁く言葉に、思わず瞳を閉じて聞き入ってしまっていたレティシアだったが、時は無常にも過ぎていき、そろそろ出立しなければならなくなっていた。


「……それじゃあ、そろそろ行くよ」

「……ええ。気を付けてね」

「ああ。レティも気を付けて。大丈夫、必ず君達の元に帰って来るから」


 笑顔でそう伝えると、フェルディナンは大陸中央へと馬を歩かせて進軍していった。


 レティシアと同じように、切なそうな表情でフェルディナンの背中をいつまでも見つめていたイリスの元へ、再び声が響いてきた。



「――これは、私の記憶の欠片。大切な人を想い、本の中へと思いの丈を籠めた」


 イリスの目の前に現れる黄蘗色の光の玉が集まり、人の形を形成していく。

 現れたのは金髪の美しい男性。とても優しそうな眼差しでイリスを見ているが、彼女とは少々違う場所を見つめているようにも見えた。


 そして彼は、穏やかな表情で言葉を続けていく。


「あなたがどういった存在であるか、今の私にそれを知る術は無い。これは私の想いの形であり、あなたを感じる事が出来ない。あなたが男性なのか、それとも女性なのかですら、今の私ではそれを知る事も出来ない。

 言葉も、想いも。一方的に伝えるだけの我侭な存在だという事に、申し訳なく思う。

 だが、どうか私の想いを聞いて欲しい。この本に籠められた気持ちを知るあなたは、レティと同じ力を持つ者だという事なのだろう。もしかしたらこれを読んでいるのはレティ自身なのかもしれないし、何年もこの本が見付からなかったのかもしれない。

 それでも、レティとは違う誰かに想いを知って貰えたと仮定して、話したいと思う」


 そう言ってフェルディナンは、この本に籠められた想いをイリスへと綴っていく。

 レティシアへの想いや、民たちへの想いを。


 この本を作ったのはフェルディナン自身で、"想いの力"を所持してた彼が、その力を使って本に想いを残したのだとフェルディナンは優しく語っていく。

 彼はレティシアが研究室に放ったらかした翻訳本を解析し、その技術を使ってこの本を作る力を手にしたそうだ。そして翻訳本を万一に備え大切な場所に保管し、想いを籠めた本を作り上げたと説明する。尤も、まさか自身の気持ちを籠める事になるとは、解析した時には思いも寄らない事だったと、フェルディナンは微笑みながら言葉にした。


 レティシアが石碑に半身を入れた時とは違い、完成された所謂真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースでは無い為、恐らくはその途上の技術となるのだろうとイリスは思っていた。


 本に想いを籠めたのは、眷属と交戦する場所である大陸中央へと向かう途中の、野営地での事になるそうだ。必ず帰るとレティシアに約束はしたが、"もしも"に備えて想いを残したかったのだと彼は寂しそうに話した。

 そうする事で、最悪の事が起こっても、自分の想いを彼女に伝えられるようにと。


 これを城に置いておけば、白紙の本だというだけで彼女に見られてしまう。

 こんな気持ちを知られる訳にもいかず、本を誰かに頼み、崩落の危険性が少なく、人気の無い"エルグ鉱山"の奥地へ置いてくる様に、近くの者へ頼む予定だと彼は語る。


 もし無事に戻れば、自分で回収出来る近場のエデルベルグ所有している鉱山へと本を置くつもりらしい。『レティにこの本が見付かれば、からかわれてしまうからね』と、フェルディナンは静かに笑った。その為に、誰にも読めないように魔法加工をしたそうだ。そして彼は言葉を続けていく。


「この本を読んでいるという事は、レティか、若しくは彼女の力を授けて貰った者が手にしたという事だ。そしてこの本を回収出来ずに読まれているという事は、私はもうこの世界に存在していないのだろう」


 フェルディナンは言葉を続けていく。彼の周りにも"想いの力"を扱える者達が少ないながらも存在していたと。その者の殆どは、心が穏やかで、あまり野心を持つような存在はいなかったと彼は話した。


「だからこそ、私の想いを伝えようと思った。可能であればレティに直接伝えたかったが、恐らくあなたがこれを読んでいるという事は、もう私自身がそれを叶える事は出来ないのだろう。

 それでも私はあなたに聞いて貰いたい。顔も名前も、あなたの生きる場所でさえも、私には分からない。でもひとつだけ、あなたが"想いの力"を持ち、レティの力を託された人だという事だけは確かだと思える。彼女が託すと決めた存在なのだから、あなたは清廉な方だと私は思う」


 そんなあなたにだからこそ聞いて欲しいと、彼は続けていく。

 その想いは、純粋な願いにも思えたイリスだった。


「私は、『愛している』という言葉でさえ、最愛の人に伝える事が出来なかった。

 決戦の地へと赴く際、何よりも大切な人をこの手で抱きしめていたのに、たったそれだけの言葉でさえ伝える事が出来なかった。

 私は本当に情けない男だ。それを今になって悔やみ、後悔している。もし時間を戻す事が出来たのなら言葉だけでも伝えたかったが、それも叶わない。

 だからもし、あなたに大切な人と思えるような方が居るのだとしたら、どうかその気持ちに正直になって欲しい。私のような愚かな者には、どうかならないで欲しい。自分の気持ちを抑え込まずに、真っ直ぐその想いを大切な人へ伝えて欲しい」


 そしてフェルディナンは瞳を閉じ、空を仰ぐ様に顔を向けながら言葉にしていった。


「私の居ない世界は、どうなってしまったのだろうか。エデルベルグの街は復興したのだろうか。レティは怪我をせずに無事でいてくれているのだろうか。お腹の子は無事に生まれ、元気に育っているのだろうか。

 今の私には想像する事しか出来ないが、それでもあなたがこれを読んでいるという事が、世界も、レティと子供も無事でいてくれていると、そう思えてしまう」


 瞳を開けた彼は、視線を正面に戻し、見えない存在に対して言葉を綴っていく。


「厚かましい願いだが、どうか彼女に伝えて欲しい」


 フェルディナンは思いの丈を、丁寧に言葉に紡いでいった。

 その純粋で優しい言葉をイリスは聞き逃す事無く、一言一言を大切に覚えていく。


 そして彼はこう告げていった。


「本当に身勝手な願いだが、願わくばこれを読んでいるあなたが、私の想いを私の最愛の人に伝えてくれる事を切に願う。

 ありがとう。一方的な想いを聞いてくれて。あなたに、心からの感謝を捧ぐ」


 その言葉を最後に、世界は光に包まれていき、眩しさのあまり眼を瞑るイリスは、そのまま意識を離していった。



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