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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"記憶の欠片"

 

 声が聞こえると同時に世界は広がっていき、浅い森へと移動したようだ。

 立ち竦むイリスの眼前には一人の男性が立っているが、背中を向けているので表情を見る事は出来なかった。

 男性に声をかけようとするイリスだったが、声を発する事は出来ないようだ。

 その不思議な感覚の中、男性を見つめていると、その人は話しかけてきた。


「君は確か、レティシアだったね」


 目を丸くするイリスだったが、目の前に転がっているオレストディアに気付き、その先に女性が立っているのが見えた。そこに居たのは髪が少々短い、そして若いレティシアだった。


 イリスは驚愕してしまっていた。これは過去の、それもある人の記憶だ。そこにイリスが入り込んでいるのだと理解は出来たが、驚愕しているのはそこではなかった。

 別の事に気を取られ、思考が全くと言っていいほど定まらないイリスは出来る限り考え続けるが、はっきりとした答えなど出る事は無く、静かに時だけが過ぎていった。


 そんなイリスの元に、レティシアの声が静かに響いていく。

 その表情は、驚きを隠せないといったものだった。


「貴方は、フェルディナン様? 何故こんな場所に?」

「何故って、散歩かな。この森は見通しがいいし、光も射しているから好きなんだよ」

「……私の記憶が確かなら、貴方は王様の筈なんですが」

「息抜きは必要だよ。それに私は、この先にある泉で休憩するのを楽しみにしているんだ」

「奇遇ですね。私も泉で休憩するのが好きなんですよ」

「そうか。なら、ご一緒しないかい?」


 ふふっと笑うレティシアは、笑顔でフェルディナンに答えていった。


「怖い魔物から助けて下さった殿方からのお誘いを、断る訳にはいきませんね」

「私としては助けたという認識は無かったのだが……。

 そもそも君は、王室魔術師の中でも頂点になれると噂されているではないか。

 そんな強者が、ディア如きから助けて貰ったなどと言っても、誰も信じないよ」

「あら、残念ですね。これでも一応、王子様に助けて貰う事が夢でしたのに」


 少々悪戯っぽく指を顎に触れて笑いながら答えるレティシアに、フェルディナンも笑いながら言葉にしていった。


「私はこれでも王子ではなくて王だよ。そんな可愛らしい夢があったとは、想像もして無かったよ。城で見る君は、いつも何かに没頭しているようにも見えたからね」

「好奇心は人が成長する為に必要な力ですよ」


 なるほど確かにその通りだと、言葉にしながら笑うフェルディナン。

 そして彼に釣られて微笑むレティシアだった。


 これ以降、彼らは泉で逢う事になっていった。

 はじめは時々顔を合わせる程度だったが、徐々に逢う機会が増えていく。堅物と周囲から言われていた王は、話してみるととても気さくな人だった事を知ったレティシア。

 フェルディナンは打ち解けていくと、彼女の前でのみ一人称を変えていった。

 その言葉はまるで、自分に心を許してくれているような気持ちに感じ、とても嬉しく思ってしまったレティシアだった。


 そして彼らは、いつの間にか泉で逢う事が日課のようになっていく。

 良く晴れた日も、曇りで空が見えない日も。雨の日以外は泉で逢い、夜遅くまで語らいながら、楽しい時間を過ごしていった。



 そんなある日、泉を見つめながら座っている二人だったが、その様子はいつもと違っているようだった。


 しばしの沈黙が続き、レティシアはフェルディナンに話し始めていった。

 彼女の言葉は強さを秘めたものだったが、同時にその声色は寂しさを含ませた、とても複雑なものだった。


「人は歩みを止めてはいけません。前を向いて、歩いて行かなくてはいけないと、私は思います」

「…………それは、どんなに辛い事があっても、かい?」

「はい。どんなに辛い事があってもです。……私には母がいません。孤児でしたので、母の温もりを知らずに育ちました。だから、貴方の抱えているもの全てを理解する事は、私には出来ないと思います。

 私に出来る事は、貴方の傍にいる事くらいでしょう。本当に私には大した事など出来ません。それでも許されるのなら、貴方の傍に居させて下さいませんか?」

「……ありがとう、レティ」


 囁くような小さな声に、泉の水音が静かに響いていく。

 暫くの間沈黙が続くと、フェルディナンはとても穏やかな声でレティシアに向けて言葉を紡いでいった。


「……君には、俺の一番傍に居て欲しい。この先もずっと傍に。

 俺は本当に情けないんだ。一人では歩いて行けないんだ。

 だから君に支えていて貰いたい。君が居てくれるのなら、きっと笑って歩いて行けると思うから。他には何もいらない。レティさえ居てくれるなら、何も。

 だから、俺の隣を一緒に歩いて貰えないだろうか」


 静かに、まるで優しく囁くように、でもはっきりと言葉にするフェルディナンは、その手を愛しい人の手に重ねていく。


「はい」


 レティシアは静かに、そしてとても小さく言葉にするが、その声はしっかりとしており、美しい泉に響き渡っていくような、そんな強さを感じるものだった。

 手のひらをフェルディナンに合わせ、ぎゅっと強く握っていくレティシアに、ありがとうと小さく呟いたフェルディナンの優しい声が夜の泉に広がり、二人は満天の星空をいつまでも見上げていた。



 それから彼らは仲間達に報告をすると、その嬉しい話は瞬く間に王国中を駆け巡り、レティシアが街を歩くだけでお祝いの言葉を言われるまでになってしまっていた。

 悲しみに打ちひしがれていた国民達もその吉報に、誰もが大いに喜び、二人に祝福を送っていった。それはまるで、街全体が幸せに包まれていくようだった。


 そんな日が続き、泉で逢う機会も徐々に減りつつあった、夏のある日。

 二人は出会いを思い起こすように話しながら、あの日と同じ場所に座っていた。


「二人の出会いのお話を本に残してみてはどうかしら。小説にして書籍に残しておけば、私達が居なくなっても、私達が居た証は残せると思うの」

「小説にって、本気かい、レティ」

「ええ、もちろんよ。折角巡り逢えたんですもの。このまま眠らせてしまうなんて勿体無いじゃない?」


 ふむと考え込むフェルディナンは、何か思いついたようにレティシアへと向き直り、言葉にしていった。


「名前を変えるならいいよ。流石に小説仕立てで自分が残るのは恥ずかしいよ。名前を変えれば恋愛小説として残るのだから、それなら大丈夫だと思う」

「もう……。それじゃあ、私達のお話だって分からないじゃない」

「だからだよ。俺達の事は知られなくても、俺達が知っていればいい事だ。それにレティへの想いを遺すのには、少々照れてしまう。そういった事は、本当に伝えたい事が出来た時に伝えればいいんじゃないかな?」


 レティシアは何かを考えながら、ぱっと表情を変えて思い付いた事を話していく。


「そうだわ! それなら最初から恋愛小説にしてしまえばいいんだわ! もっと運命を感じるように書いていって、何十年も語られるような、最高の物語にしましょう!」

「俺の事も書くのなら、レティはお姫様として登場するんだよ?」

「……ぇ?」


 満面の笑みで言葉にしたフェルディナンに、ぴたりと固まりながら、とても小さい声が漏れてしまうレティシア。一瞬何を言っているのかと思いを巡らせていたが、その合間にフェルディナンが追い討ちをかけてしまう。


「レティは普段からお姫様みたいに可愛いからね。泉で王子がレティ姫を助ける所から物語が始まればいい。お話なのだから紆余曲折な道のりにして、最後は全ての人に祝福されて二人は幸せに暮らす、というのはどうだろか」

「だめよ! そんなの!」


 勢い良く答えるレティシアにフェルディナンは、流石に話を捻じ曲げ過ぎても良くないよねと思っていた。そんな彼へレティシアは強めの口調で言葉にしていった。


「私がお姫様なんて絶対ダメですっ」

「え? そっちなの?」


 顔から火が出そうになりながら拒否をしていくレティシアを、なだめるように落ち着かせていくフェルディナン。

 次第に話は不思議と小説へ戻っていき、ああだこうだと話し合いをしていく。

 そんな幸せな、日差しの暑い夏の日だった。



 婚儀が来年の春に決まったある秋の日、レティシアはフェルディナンの元へ飛び込むように入って来た。

 一体何事かとフェルディナンはレティシアに問いかけるが、彼女は急いで来た為に肩から息をしてしまい、会話どころではなかったようだ。レティシアが落ち着きを取り戻した頃、彼女はほんのりと赤みを帯びた満面の笑みで、愛しい人に報告していった。

 その言葉に驚くフェルディナンはレティシアを抱きしめ、大いに喜んだ。

 だが冷静になった彼は、レティシアに注意をしていった。無理をしてはいけないと。

 あまりの嬉しさにフェルディナンの元へ走ってしまったレティシアだったが、その事に気付き、彼に謝っていく。


 そんな様子を見たフェルディナンは、名前を決めようかと話を変えていった。

 レティシアは最愛の人に微笑みながら、言葉にしていく。


「私達の名前から取りたいと思うの。どんな名前がいいかしら」

「ふむ。そうだね。…………男の子ならディアン、女の子ならフェリシアという名ならどうだろうか」


 フェルディナンの言葉に表情を明るくしたレティシアは、答えていった。


「ディアンにフェリシア。とっても素敵な名前ね。双子ならその名前を二人に付けられるかもしれないわね」

「双子か。そうなれば幸せも二倍になるね」

「はぁ。早く逢いたいわ」


 気の早いレティシアに思わず笑みがこぼれてしまったが、その気持ちはフェルディナンも同じのようで、二人は幸せな会話を続けていった。


 婚儀の日取りも決まり、最愛の人と結ばれ、国民からも、城内の者達からも祝福され、レティシアは王国史上最高の魔術師と謳われるほどの成長を遂げていた。

 何もかもが順調で、何ひとつ問題など起こらなかった。


 そう。あの"運命の日"までは――。



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