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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"ご挨拶"を

 

 普段着に着替えたイリスは、脱いだドレスを見つめてしまっていた。

 ドレス自体はとても素敵なものなので、何だかんだイリスも着られる機会を頂いたことに嬉しさを感じていたようだ。そんな様子を後ろから見ていたエリーザベトとルイーゼには丸分かりだったようで、イリスに笑顔で伝えていった。


「このドレスはイリスの為に作った、イリスだけのドレスです。しっかりと保管しておきますので、いつでも着たくなったら着ていいのですよ?」

「そうですよ。寧ろそうして貰えると私も嬉しいです。……あぁ、ドレスを着たイリスさんの、何と美しかったことか……」


 恍惚とした表情を浮かべる師に、思わず苦笑いをしてしまうイリスだった。


 ドレスのまま歩く訳にも行かない姫様達は、再びドレスアーマーを着て街へと向かっていった。支度金はエリーザベトが渡してくれた。これはイリス達が成したエデルベルグの隠し部屋などに関する褒賞の一部になっているそうで、パーティーの為に使ってはどうかと、お金を渡してくれた時にエリーザベトが進言した。

 異論する事無く、そのままパーティーの資金としてそのお金で旅支度をする事にした一同。


 純白の鎧を脱いだイリスだったが、唯一武装していない姿は逆に目立ってしまっており、住民の注目を集めるには十分のようだ。


 三人はヴァンとロットに連れられて、冒険に必要となるものを集めていく。

 二人はロードグランツ王と話をしていた時に、頂ける馬車についての話をしていたそうだ。旅用の必要なものを詰め込んだとしても、十分五人は乗れるもので、中で三人は寝られるスペースが確保出来るものらしい。周囲を警戒する者を考えると、十分過ぎる馬車を頂ける様だ。


 一行は着替えを含む、様々な物資を揃えていく。

 基本的に食料品は次の街まで行けるだけの量に、もう二日分ほど予備として日持ちする物を入れていくらしい。あまり積み込み過ぎても馬に負担がかかるので、なるべく少なめに持っていくのが良いそうだ。途中に出現した魔物を倒して肉を確保出来るので、それ以外の調味料や野菜の類を買っていくのが一般的になる。

 野菜は保存が利くものを選び、なるべく最小限にする。あくまで次の街に行くまでに必要になるものとしてなので、そこまで買う必要はないと彼らは教えていった。

 今回食料品に関しては、お城で用意してくれるとの事なので、街に着いたら買出しをして次の街への食料を備えていく、そんな感じになるようだ。


 必要なものを買っていった一同は一旦城へと戻り、荷物をメイドに預けていった。

 馬車の方もまだ調整が残っているらしく、まだ見ることは出来ないようで、少々残念がる女性陣だった。

 そのまま今日はここで二人と別れ、イリス達は王城を後にしていった。明日、明後日は自由行動とし、各々好きに動かせて貰う事にした。


 ギルド前で別れたイリスはそのまま家へ、ロットとヴァンはそのままギルドで酒を飲み合うと楽しみにギルドへと入っていった。十五歳となったイリスも酒は飲めるが、あまり興味がなかったので真っ直ぐ家へと帰る事にした。


 "森の泉"の扉を開けると鳴る小さな鐘の音に、あと数日でこれも聞けなくなるという寂しさを感じてしまうイリスだった。


「ただいま、おばあちゃん」

「おかえりなさい、イリス」


 普段着に戻っている事に首を傾げるレスティに、今までの事を報告して行くイリス。そんな頃、夕方の鐘が鳴り、閉店をしていくレスティを手伝い、そのままダイニングでお茶を飲みながら今日あった事を話していった。

 楽しい時間もあと二日で終わってしまう事が急に寂しく思えてしまうイリスは、その口数を徐々に減らしていき、真面目な表情でレスティを真っ直ぐ見つめながら言葉にしていった。


「おばあちゃん。今まで本当に、お世話になりました」


 その言葉にレスティは笑いながら答えてくれた。


「うふふ。ここはあなたの家なのよ? だからその言葉はちょっと違うんじゃないかしら。イリスがその言葉を使ってお家を出て行く時は、大切な人の元へ行くという意味よ。だから旅に出ても、必ずここに帰って来なさい。あなたは私の大切な家族なんだから」


 とても素敵な笑顔で答えてくれたレスティに、思わず視界が歪んでしまう。

 イリスは初めからレスティに守られて来た。この世界に来て、前を向いて生きて行こうと決心をしても、それでも不安な心は拭い去る事は出来なかった。

 そんな時に出会ったレスティは、こんな見ず知らずの子を優しく家族として迎え入れてくれた。あの日言ってくれたレスティの言葉に、どれだけ心が温かくなった事か。


 そして旅立つ時も笑顔で送り出してくれる優しい祖母に、心からの感謝をするイリス。そんな彼女は、そんな気持ちを少しでも伝わるようにと心を込めて言葉にしていった。


「ありがとう、おばあちゃん。いってきます、だよね」

「ええ、そうよ。だからそんなに悲しい顔はしないで、いつでも帰ってらっしゃい」

「うんっ」



 *  *   



 出立まで後二日となった今日、イリスは店番をさせて貰う事にした。

 何だかとても久しぶりに感じてしまうカウンターに立つイリス。来店したお客さんにご挨拶と、今後も"森の泉"をお願いしますという旨を知らせていった。


 昼食後イリスは休憩を貰い、この街でお世話になった人達に挨拶をしていく。

 あくまでも旅に出るだけだし、いずれはフィルベルグへと戻って来るつもりだが、急にいなくなってはびっくりしてしまうかもしれないとイリスは思っていた。

 それに恐らくだが、長い旅になるような気がしていたイリスだった。


 まずはギルドへと向かい、シーナやクレア、間にいる受付穣達へと旅立ちのご挨拶していく。シーナは想定していたが、クレアや他の受付嬢達は、物凄く寂しそうな表情を浮かべていた。

 所謂フィルベルグ所属を変える気は無いし、家はフィルベルグなので暫く会えないだけよとシーナが彼女達に説明していくと、納得していったようだ。

 それでも寂しそうな姿に、申し訳なさを感じてしまうイリスだった。

 続いてレナード達の居所を聞き、ギルドの地下訓練場へと向かっていった。


 訓練場まで来ると、丁度模擬戦を終えたレナード達を発見する。

 イリスは彼らに近付き、出立の挨拶をしていった。

 特にレナードには盾について見せて貰った経緯がある。

 あの知識はイリスが盾術の訓練をした時、とても身になったと伝えていくと、レナードはニカっと笑いながら『嬢ちゃんの役に立てたんなら良かったよ』と言ってくれた。


「にしても、わざわざ出立の報告をされるとは思わなかったな」

「もしかしたら、長い旅になるかもしれませんし、レナードさんにはお世話になりました。オーランドさんにも模擬戦を見せて頂けましたし、ハリスさんにはお店をご贔屓にして頂いています。それに――」


 イリスは優しい表情を浮かべながら言葉にしていった。


「みなさんには、大切な短剣を託して下さいましたから」


 満面の笑顔を向けられた三人は、はにかみながら各々返していく。


「まぁ、その、なんだ。気ぃ付けて行けよ?」

「またね、イリスちゃん。次会う時は凄い強くなった姿を見せてあげるよ」

「また君は……。イリスさん、どうかお気を付けて」

「はい! 必ず無事に戻ります! 皆さんもどうかお気を付けて!」


 そう言ってイリスは訓練場を後にしていった。


 再びシーナ達に一声かけて言ったイリスはギルドを後にして、城門近くにある魔法道具屋に向かっていった。


 お店の前でイリスは感慨にふけっていた。

 思えばこのお店は、イリスが初めてフィルベルグに入った時に気になった店だった。店内に入ったのは少々先になったが、とても面白く、素敵なお店だ。


 あの雨の日からは、訓練をしている時に挨拶をする程度になってしまっていて、お店に入る事はなくなっていた。

 イリスはあの時と同じようにどきどきとした気持ちで扉に手をかけていく。


 店内に入ると、はじめて来た時と全く同じような店内に驚いてしまう。

 ここだけあの日のような、とても懐かしい気持ちにさせられてしまっていた。

 懐かしさに包まれながら店内を見ていると、奥から店主がやって来た。


「やぁ、イリスちゃん、いらっしゃい!」

「こんにちは、ブリジットさん」


 あの日と変わらず、元気に明るく挨拶をするブリジット。

 イリスは知らないが、大切なお得意様である彼女を失ってしまったあの雨の日の彼女は、世界の終焉のような表情をしていた。

 フィルベルグで唯一かもしれなかった、自分の作った物を裏表無く楽しんでくれたのは彼女だけだった。今ではそんなお得意様も、大切な彼女が連れて来てくれたイリスだけとなってしまったが、そんなイリスも、自分のすべき事の為に真っ直ぐと走り出したので、この店に来る事は無くなっていた。

 とは言っても、早朝トレーニングで走っているイリスに毎日のようにお店の前にいて、ブリジットは挨拶をしてくれていたので、店には入らなかった、という意味ではあるが。


「それで今日はどうしたんだい?」

「実はですね」


 そう言いながら大切な話をしていくイリス。

 自分のこと、石碑で体験したことも含めてブリジットに話していった。

 流石に眷属については伏せておいた。まだ詳しく分かったわけではないので、ここで話しても不安にさせるだけだとイリスは判断した。


 話し終えたイリスに驚いた表情を見せず、静かに聴いていたブリジットに、イリスは少々戸惑ってしまう。今までこの事を聞かせた人の反応と全く違っていたからだ。


 そんな疑問に思っていたイリスに、微笑みながらブリジットは答えていった。


「……そうだったんだね。だから教会で私が『神様を信じてない』と言った時に、あれほど驚いていたんだね。そうか。イリスちゃんは神様達に守られた世界の住人で、女神様の傍で育ったんだね。だからかもしれないね。イリスちゃんに不思議な魅力を感じるのは」

「不思議な魅力、ですか?」

「うん。そうだよ。でもそれは、とても漠然としたものだったけどね」


 そう言いながら小さく笑うブリジットだった。

 イリスは彼女に話しを続けていく。旅に出る事と、あの本についてだ。


「あと二日でフィルベルグを発つのですが、その前に『白紙の本』についても調べてみたいんです。次は仲間も連れて来ますので、その時に調べてみてもいいでしょうか?」

「……まさかあの本が魔法加工されていたなんてねー」


 もちろんいいよと、今度は明るくけらけらと笑う彼女の姿に、イリスも釣られて微笑んでしまっていた。

 そしてイリスは本題をブリジットに告げていくと、今度は笑顔が固まり、眼を丸くして驚いているようだった。

 すぐに優しい表情へと戻っていくブリジットは、イリスを優しく抱きしめ、瞳を閉じながらお礼を述べて言葉にしていった。


「本当に優しい子だね、イリスちゃんは。……じゃあ、その言葉に甘えちゃおうかな」


 そう言って彼女はイリスに伝えていった。

 ブリジットの言葉を真剣に聞いたイリスは、笑顔で答えていく。


「私も信じてますから」

「……うん。……ありがとう。イリスちゃん……」


 優しく強く、イリスを抱きしめたブリジットの頬に、涙が静かに伝っていった。



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