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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"夜の帳"が下りる頃

 

 辺りはいよいよ暗くなり、焚き火の光がイリス達を温かく照らしていく。

 流石に夜目は利かない四人だったが、唯一ヴァンだけは辺りをしっかりと目視による警戒をしていった。


 そんな様子のヴァンにイリスが声をかけた。


「夜目が利くんですか?」

「うむ。特化している訳ではないが、人種(ひとしゅ)よりは幾分と夜目が利くと思う。

 火を熾せない場所などでの索敵に便利ではある」


 尊敬の眼差しを向けるイリスにくすぐったくなるも、悪い気はしないヴァンだった。


 尤も、焚き火を熾しているとその光源で夜目も利かないので、野営中はあまり普段と変わらないと彼は言った。

 それでもすごい能力には変わりありませんよと、きらきらした瞳でイリスに見られたヴァンは、縞々の尻尾がぴょこぴょことしていたのを、眼を輝かせてそれを見ていたシルヴィアと、そんな表情を変えずに見つめ続けている姉へ苦言を呈しようか悩んでいるネヴィアだった。


 野営における睡眠のとり方についても先輩達は説明をしていく。

 野営をするならテントや毛布くらいはあるが、枕やベッドで寝られる訳ではない。テントがあれば問題ないが、そのまま地面に寝そべると色々と問題が起こるため、今回のように野営用の道具が無い場合は横にならず、壁にもたれかかるようにして休息を取るのだそうだ。

 そしていつでも行動出来るように、準備を怠ることなく剣を近くに置くのも必要になると、二人は説明していった。


 今回は安全なエデルベルグ城があり、フィルベルグとも近い場所のために訓練をするには最適だと言えるだろう。

 とはいえ界隈には魔物が闊歩しているので、油断など出来ないのだが。


「それじゃあ休憩を交代しながら朝まで野営してみよう。最初は俺とイリスとシルヴィアで周囲を警戒、ネヴィアとヴァンさんは休憩を。四アワールほど経ったら交代して休む、という事でどうですか?」

「うむ。問題ない」

「わかりました」


 イリスは勿論だが、ヴァンも異論は無いようで、ロットの提案に乗っていく。


「あら、ネヴィアとご一緒じゃなくて宜しいのかしら?」


 少々含みながら笑うシルヴィアに、ロットは言葉を返していった。


「それだと訓練にならないかもしれないからね。俺は問題ないけど、話をしながら周囲を警戒するのはとても難しいと思うんだ」


 ロットの説明を聞きながらシルヴィアは妹を見ると、苦笑いしながら答えた。


「私もそう思います。訓練に集中出来ないので、もしご一緒になるのなら外して頂くつもりでした」


 あら相思相愛ねと頭の中だけで思いながら、ロットの指示に従っていくシルヴィア。ヴァンは壁にもたれながら座り、片膝を立てて休息を取っていく。

 その姿にネヴィアは不思議に思うも、この格好だといつ魔物が来ても直ぐに行動出来るのだとヴァンは説明した。これは我流なので気にしなくていいと告げながら、彼は休みを取っていく。


 ネヴィアは壁に背中をつけながら、ちょこんと可愛らしく座って瞳を閉じ、休息を取っていった。とは言っても、そうそうこんな状況で眠ることなど出来ないのは当たり前だろう。ましてや初めての野営であり、こういった体験も初めてなのだから、中々寝付くことなど出来なかった。


 そんなネヴィアの様子を察したヴァンは言葉にしていった。


「今回は訓練なのだから無理して眠ることもない。ただ瞳を閉じていれば、ある程度回復する。こういった事は慣れが必要だから、その感覚を少しずつ学んでいけばいい」

「はい。ありがとうございます、ヴァン様」


 満面の笑みで答えるネヴィアに、戸惑いを隠せないヴァン。

 どうもイリスの周りに居る人物は、自分を怖がるような存在が少ないと思えてしまった。何とも不思議な感覚を受けるが、それよりも正直聞き慣れない呼び名の方が、彼は気になって仕方がなかったようだ。


「……すまんが『様』を付けないで貰えないだろうか。物凄く違和感を感じてしまう。それに俺達は冒険者なのだから、気遣いは無用だ。寧ろ、俺の方が『様』を付けて呼ぶべきなのだが」

「すみません。努力をしているつもりなのですが、中々に難しくて。無意識の内に出てしまうのです」


 そんな二人にシルヴィアが口を出していった。


「ネヴィアは昔から様をつけて呼ぶのが癖になっているのです。それはもう子供の頃からなので、もしかしたら直らないかもしれませんわね」

「思えばルイーゼさんにも様を付けてましたね、ネヴィアさん」


 本来であれば立場というものがある為、シルヴィアの呼び名が正しいと思われるが、どうしてもネヴィアにはそれが出来ないと申し訳なさそうに答えた。


 思えば友人関係であっても、ルイーゼがエリーザベトの呼び方もおかしいと言えばそうなのだが、どうにもフィルベルグの王族は気さく過ぎる所があるようだ。

 あのレティシアも思えばそういった人だったと、イリスはそんな三人の遣り取りを聞きながら思っていた。必要以上に権力を感じさせるような事はせず、必要に応じて使い分けるエリーザベトのような者が、恐らくはフィルベルグが始まる前から続いていることなのだろう。

 そんな事を思いながら、辺りを警戒していくイリスだった。


 辺りを警戒をしつつ、先輩達に教わった事を復習していくイリス。

 野営に適した場所、火の熾し方、見張りの仕方、雨天時の過ごし方、魔物に対する警戒の仕方など、様々な知識を教えて貰った。


 イリスは前の世界でも外で夜を越えた事が無い。

 魔物へ警戒をする一方で、心はどことなくワクワクとしている不思議な気持ちだった。それは勿論姫様達も同じであり、魔物に警戒をしながらも、どこかそわそわとした雰囲気を醸し出すシルヴィア。

 そんな心情を察したロットは、大半の冒険者が通る道なのかなと微笑ましそうにその姿を眺めていた。


 イリスは自分の気持ちに変化が見られ、少々驚いていた。

 こんな気持ちを嘗て感じた事がない。今までなら魔物に対する恐怖心がとても強かった。だが今は不思議とそれを感じないようだ。

 恐怖心が無くなった訳ではない。でも以前よりずっと落ち着いている。穏やかと言えるほど、心が平静を保っていた。

 

 なんとも不思議な感覚を感じているイリスだったが、ふと気になる事が頭の中を過ぎり、ロットに尋ねていった。


「どうやって四アワールが経ったと分かるんでしょうか? 大体の感覚ですか?」


 その言葉に微笑みながら『いや、違うんだよ』と答えていくロットは、腰に付けていた袋から何かを取り出しながらイリス達に説明していった。


「この蝋燭が燃え尽きると丁度二アワールなんだよ。だからこれを使って時間を計るんだ」

「なるほど、そういうことでしたのね。これなら時間がどのくらい経ったか判断出来ますわね」

「これも必要になる道具の一つですなんですね」


 物珍しそうに蝋燭を見つめる二人に、俺もこんな感じだったなぁと初心を思い起こしながら、ロットは蝋燭に火を灯して地面にある平らな石に固定していった。

 これは二アワール用の蝋燭だが、一アワールや、三十ミィル用など様々な大きさの蝋燭があると説明していくロット。細かな時間まで把握出来るように、小さなものまであるらしい。

 特に洞窟の様な場所や、地下に潜って行くような場所では、これを基準にして先に進むか退くかの選択をする事もあると彼は教えていく。


 様々な冒険者としての知識を学んでいった二人だったが、ちょうどロットの説明が終わった所で、シルヴィアが思い出したようにイリスへと尋ねていった。


「そういえば真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースでは、具体的にどんな事が出来ますの?」


 周囲をそわそわしながら警戒をしていたシルヴィアは、イリスに向き直りながら言葉にしていった。

 真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースについて話はしたが、その具体的な例を挙げて話してはいなかった。これについても淡々と説明していくイリスだったが、その内容は驚愕するものであり、瞳を閉じていたヴァンでさえ眼を見開いてイリスを見てしまっていた。


 話し終えたイリスは仲間が静かな事に気が付いたが、これもしっかりと説明していく。


「この力はまず"想いの力"を使えるだけでは扱う事は出来ません。そこに嘗ての言の葉(ワード)を使いこなした上に、レティシア様が"開錠"をしなければ全く使えないものとなっています。似たような力を手にする事は出来るかもしれませんが、それには"魔法国家の知識"が必要となり、今現在でそれを実現出来る者はいないとレティシア様は断言しました。

 例え、私が使った言葉を同じように発言して魔法を行使したとしても、使えるのは制限のかかった今の言の葉(ワード)になります」


 尤も、魔法が栄えていた時代の知識を得るには、今現在では不可能だろう。

 今の時代でそこに独学で追いつくには、それこそ数百年の魔法の知識に追いつく事と同義となる。そんな領域など、ひとりの人には到底辿り着けないものだ。

 もしそこに、所謂"天才"が現れたとしても、嘗ての言の葉(ワード)の初歩技術止まりだろう。

 そしてそれはイリスが魔法書から辿り着いた"独学の充填法(チャージ)"を越える可能性はまずないと、レティシアに知識を託して貰った今のイリスになら断言出来ることだった。


「……だとしても、本当に凄い力ですわね」


 考えていた事が思わず言葉にしてしまったシルヴィアだったが、他の者達も同様に驚きを隠せずにイリスの話を聞き入っていた。


「確かに凄まじい力だね。何よりもその応用力がとても高い」

「先程のイリスの話から大凡は見当が付いていたつもりではあったが、改めて聞くと凄まじいな」

「本当に凄い力です。正直な所、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースでは攻撃魔法が使えません」


 そう言って説明していくイリス。

 その威力は最早魔法とすら定義出来ない強大なものへと変貌を遂げているという。無闇矢鱈に使う気など無いが、必要に迫られた場合は躊躇わないで使って欲しいとまでレティシアに言われている。

 そんな事などあるとは思えなかったイリスではあったが、ロットから眷属戦の話を聞いてもしやとは思っていた。流石に彼女の時代に現れた強大な力を持つものなどは出ないだろうが、それでもその可能性は考慮した上で、覚悟をしなければならないかもしれない。


「……どうしようもなくなった時の、最後の切り札として、考えておこうと思います……」


 一言一言、まるで自分に言い聞かせていくような話し方で、イリスはその決意表明とも思える言葉を小さく口にしていった。必要以上に使うことなどしない。だが、躊躇ってもいけない。その為の覚悟をしっかりと決めておかねば、最悪の事態にもなりかねないのだから。


 そんな中、一同は言葉には出さないが、同じ事を考えていた。それはある意味、誓いにも似たものだったのかもしれない。


 どんな状況であっても、必ずイリスを守ってみせる、と。



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