"物語の中"の
続けてレティシアは、彼女の生きた時代がどういったものだったのかを、少しだけ教えてくれた。
彼女の時代には強大な力を手にしただけで、その力に溺れ、その強大な力を人々に振るう者達も多かったのだと言う。人の街から去り、街道に通る者達を狙った存在に身を落としていったそうだ。そういった者達は俗に、盗賊や山賊と呼ばれ、発見次第国から討伐隊が派遣され、賊を討っていったのだとレティシアは悲しそうに話した。
魔法とは本来、イメージ次第でそれを発現できる能力だ。
それを抑える道具なども存在せず、捕らえる事すら難しくなってしまった存在なのだとレティシアは語った。
幸いエデルベルグは魔法国家の為、国が誇る王室魔術師達がその抑止力になっていたのだそうだ。レティシアはその中でも群を抜いて優秀だったらしく、王だけではなく民からの信頼も絶大だったと、どこか恥ずかしげに話してくれた。
彼女がいた時代は、言の葉が一般的に普及した世界だった。それこそ充填法と呼ばれた技術など使えて当たり前と言われるほどに、魔法という存在がありふれていたのだと語った。寧ろ使えないものは兵士や騎士になどなれないと言われるほどの初歩的な魔法の使い方だったらしい。
そしてこの時代では考えられないが、レティシアの時代では魔物はただの害獣程度の認識であり、多国間同士での戦争も頻繁にあったのだと、彼女は悲しそうに言葉にしていく。
そんな世界であっても、エデルベルグ王国は世界屈指の魔法軍事国家として、他国から一目を置かれた存在となっており、そしてこの王国は、自衛目的以外で武力を行使せず、他国を侵略しないと世界に明言していた。
それが三百年以上は続いていたレティシアの時代には、既に世界から敵対されることもなく、要請があれば他国領内であっても賊や魔獣の討伐に参加する、とても特殊な国になっていたのだという。
「さて、これで私が伝えるべき事も終わりました。後は少々お話したい事などについてお時間を頂きたいのですが、もう少しだけお付き合いして頂けますか?」
是非ご一緒させて下さいとイリスは伝えるが、ふと外に居る仲間達の様子が気になってしまった。体感ではかなりの時間が経過してしまったようにも思える。
まさかもう夜になっていたりして、仲間の皆が心配しているのではないだろうかと思ってしまうイリスに、レティシアは大丈夫ですよと話してくれた。
「この石碑の世界は私に合わせた精神の世界のようなものです。この世界では外の現実とは違い、穏やかに、そして緩やかに時間が進みます。イリスさんは肉体を持ったままここを訪れていますが、何年もこの場所に居る訳ではないので問題はありません。
寧ろ外の時間と同じようにお腹は空いてしまうでしょうから、そんなに長い時間はいられないと思いますが」
そう言って新しいお茶とお茶請けのお菓子を出してくれるレティシア。
この世界は現実とは言えないものなので、幾ら食べても太ったりはしませんよ、と笑いながらお菓子を勧めてくれた。
この石碑の世界でのレティシアは、ある程度なんでも出来るのだそうだ。尤も、適格者である者が石碑の中から認識出来る範囲に居なければ、ただひたすらに意識もなく眠り続けるだけではあるが。
時間を気にしなくていいと分かったイリスは、レティシアとの話を楽しく続けていった。折角の機会でもあるし、聞きたい事もイリスには沢山あった。
そしてレティシアもまた同様にイリスに話したい事がある。話すべき重要なことではないが、それでもイリスに聞いて貰いたいと彼女は思っていた。
それに話の中から他に話さなければならない事が増えるかもしれない。
イリスはずっと気になっていた、大切な人との出会いについても聞いていき、レティシアは照れながら話してくれた。
基本的に王室魔術師達、特にレティシアはその王国でも魔法の研究くらいしか特にする事がなかった為、魔法の研究や聖域周辺でのんびりと過ごす時間が日常だったのだそうだ。
そんなある日、森の泉の近くで魔物に襲われた所を王であるフェルディナンに助けて貰ったのだとレティシアは嬉しそうに語った。
襲って来たのは何てことはないただの魔物で、フェルディナン自身も襲われていたレティシアを助けたつもりではなかったそうだが、彼女にはそう思えてしまったらしい。
彼自身、よくお忍びで城を抜け出し、聖域に訪れてはのんびりと過ごしていたのだそうだ。堅物と周囲から言われていた彼は、話してみると普通の男性だったとレティシアは話した。不思議とそれからは聖域で逢う事が増えた二人は泉の畔で話をしながら、次第に恋に落ちていったのだという。
その話を聞いていたイリスは、ふと気になる事を呟くように言葉にしてしまっていた。聞き取り難いほどの小さな言葉は、しっかりとレティシアに聞こえていたようで、嬉しそうに、そして恥ずかしそうにイリスへ返していった。
「それじゃまるで『Alice』のお話みたい……」
「ふふっ。それはそうですよ。あのお話は、私のお話を元に作ってますから」
少々恥ずかしそうに頬に手を当てながら答えるレティシア。
イリス驚きながら大きな声でレティシアに返していく。
「ええ!? だって、あのお話に出てくるのは"お姫様"ですし、出てくる男性もディアンさんという…………お名前、似てますね……」
アリスはアリーセの読み方が違う名前で、出てくる王子も若干エデルベルグ王に似ているような気がしてきたイリスは、再び思考が止まってしまった。
そんな様子を察したレティシアは、その話の真実も語ってくれた。
「フェルに『出会いの話を小説にしたい』と言ったら、恥ずかしいから名前は変えてくれと言われました。そして少々意地悪げに、『俺のことも書くのなら、レティはお姫様として登場するんだよ?』と満面の笑顔で言われてしまいまして、仕方なく両方設定を変え、よりドラマチックな内容に脚色をしていったのです。
……思えばフェルから『君は本当にお姫様のように可愛いね』とよく茶化されていましたが、そういった意地悪な所もあったのですよ」
そうは言いながらも、とても楽しそうに笑うレティシアは、思い返すようにどこか遠くを見つめていた。そんな彼女にイリスは兄と友人の話をしていった。
まるで『Alice』の中に出てくるような出会い方も、そして教会でのことも。とても楽しそうにイリスの話を聞いていたレティシアだったが、その女性がフィルベルグの末裔であると聞いて、驚きを露にしていった。
イリスは続けてエリーザベトの話しもしていった。
自身を鍛えた先生の一人であること。王族でありながらとても気さくで、親身になって面倒を見てくれたこと。イリスが持つ力を想定し、守ろうとしてくれたこと。自分のことを大切に思ってくれて、末娘だといってくれたこと。そしてレティシアを尊敬し、その志もしっかりと受け継いでいることを。
「……そう、ですか」
とても嬉しそうに子孫を想うレティシアは、何物にも変えがたいほど美しく見えた。
思えば適格者に巡り会うには、どれほどの時間がかかるかも全く予想がつかなかった。もしかしたら自身が成そうとしていることも無駄に終わる可能性だってありえた。
それでも八百年という途方もないほど先の"未来"にまで、自身の成したことが残っているとは驚きを隠せない。そして同時にレティシアは、何よりも誇らしく、心の底から嬉しかった。
レティシアは想像も付かないその子孫を想いながら、イリスに想いを告げていく。
そんな彼女に快く返事をするイリスだった。
「ひとつ、お伝えして頂けますか?」
「もちろんです。是非、その想いをエリーザベトさまにお伝えさせて下さい」
レティシアは今まで守り続けてくれた子孫に言葉を残していった。
その大切な言葉を一字一句しっかりと記憶していくイリス。
伝え終えたレティシアはイリスに微笑み、よろしくお願いしますねと告げた。
「はい。お預かりした大切なお言葉は、必ずお伝えします」
お互いに微笑み合いながら、再び楽しそうに話し続けていく二人だった。