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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"人の想い"


 そしてレティシアは、どこか達観したかのような表情で自身の事を語っていく。


「私は既にこの世にはおりません。正確にはレティシアという女性の意思を受け継いだ、もう一人のレティシアと言えるでしょう。この身体は例えるのなら精神体といった所でしょうか。老いる事も病む事もなく、この世界を訪れる者を待ち続けるだけの存在です」

「……ずっとこの世界に、独りでいらっしゃるのですか?」


 ここは穏やかで暖かい世界だ。でも、それでも独りでいる事がどれだけ大変か、イリスには分かった様な気がした。何も無い世界、誰もいない世界がどれだけ辛く寂しく、心細い事なのだろうか。それも八百年近くも、ただひたすらに待ち続けて。


 そんな心配をするイリスに、貴女は本当に優しい方ですねと小さく答えながら、レティシアは笑顔で言葉にしていった。


「ご心配には及びませんよ。適格者である存在が現れた時に目覚めるようになっています。それまでは意識もなく眠り続けているので、苦ではありませんよ」

「適格者……。私のような存在の事でしょうか?」

「ええ。イリスさんの前にも目覚めることは何度かありましたが、ここを訪れる事はありませんでした。呼びかけにも全く反応していなかったので、恐らくは力を使わずにその生涯を終えたのでしょう。

 それはそれで良い事だと思います。"想いの力"を使っていなければ、ですが。力を使った感覚も感じませんでしたし、きっと不幸な事にはなっていないと思います」

「――でもっ」


 思わず口を挟んでしまうイリスは、言葉を詰まらせながらどう言うべきか悩んでいた。それを察したレティシアは、優しい声でイリスに答えていった。


「その方が亡くなるまで、ずっとこの場所にいたのでは? と仰りたいのですよね?

大丈夫ですよ。この石碑から五十キロメートルほどしか"想いの力"を感じる事は出来ません。ですので、その方がその範囲を離れたら再び眠りに就いています」

「キロメートルですか? 距離の単位ですよね? リロメートラではないのですか?」


 彼女の時代にはそう呼んでいたそうだ。イリスの時代とは随分離れている為、言い方も少しずつ変化していっているのではないでしょうかとレティシアは語る。

 思えば彼女の時代からは八百年も時間が経ってしまっている。そういった事もあるのだろうとレティシアは言った。

 イリスから察する所、世界はかなり安定しているとレティシアは思っていた。世界が滅びることもなく、イリスのような優しい子をここへと導けたという事は、それだけ彼女が成した魔法書による影響が、今も続いているという事なのだろう。


 そしてそれこそが、あの眷属への対応策だとレティシアは言っている。

 イリスは眷属も、魔物も、魔獣と呼ばれた存在も、彼女の言葉に隠されたものを感じ、それを自分なりに考えて、大凡の答えとして導き出す事が出来た。

 それはまだ『恐らく』という言葉がつく、今はとても曖昧なものと言えたが、イリスにはどこか確信したようなものを感じていた。


 レティシアはそんなイリスを優しく見つめながら、言葉にしていく。


「さて。私から言える事はこれくらいでしょうか。後は"想いの力"と言の葉(ワード)の事くらいですね」

言の葉(ワード)の事、ですか?」


 言の葉(ワード)とは本来必要のないもので、人が魔力を高め過ぎない為にかけて来た"制限"のようなものではないのだろうかとイリスは思っていた。だが、正確には違うのだと彼女は言う。その言の葉(ワード)について、レティシアはイリスに説明していった。


言の葉(ワード)とは、イリスさんが思っているように制限を加える為のものです。言葉で制限をし、詠唱を必要とさせて、威力を出来る限り小さく、そして消費マナの量ですら多くする為のものです。そうする事で魔法自体を使う者を減らす思惑がありました。

 ですが、それは本来の言の葉(ワード)ではありません。私と同じ力を持つ仲間達と考え、私の仲間たちがそれを実行し、本来あるべき魔法の法則を捻じ曲げました。これについて、今はお答えする事が出来ません。ですが、イリスさんが世界の真実に迫ろうとするのであれば、またいずれ私とお目にかかる日が来ると思います」

「世界の、真実?」


 真剣な表情で頷くレティシアは、イリスに告げていく。


「世界の事、魔物の事、私達が成した事全てをここで語る事は出来ません。そして、この石碑に私達が存在し、訪れる者を待ち続けている理由のひとつも。

 私が語る事が出来るのは、魔法の事、エデルベルグの事、フィルベルグの事、この周囲で何が起こったのかという事、そして私の事くらいです。

 もし、世界に起きた事を知りたいと思うのであれば、世界にあるもう二つの石碑を目指して下さい。恐らくは、近くまで行くだけで同じように声が届くはずです。

 正直な所、石碑の置かれている場所については私も分かりません。各々好きな場所に置いている筈ですので、まずはアルリオンを目指すといいかもしれませんね」

「アルリオンですね」


 言葉を返すイリスだったが、どうしても気になる事をレティシアに聞いてみる事にした。


「あの、レティシア様。……何故、石碑をフィルベルグではなく、エデルベルグに置かれたのですか?」


 イリスの質問にとても優しく微笑みながら答えたレティシアだったが、その表情もまた寂しく、とても悲しそうなものだった。


「……私がこのエデルベルグに石碑を置いたのは、あの人がいた国の傍へ少しでも近くに居たかったからです。国民も私も、この国を去る事を選び、この場所には誰もいない寂しい場所となってしまいました。娘が産まれ、立派に成長したのを見届けた三十六歳の春に、私は"想いの力"で石碑を創り、エデルベルグに置きました。

 謁見の間ではなく手前に石碑を置いたのは、厳密に言うのなら私はエデルベルグの王妃ではなかったからです。婚儀を済ませられませんでしたから。それでも、出来るだけ近くに石碑を置かせて頂きました。これも私の我侭ですね。

 その時に、今の私である精神体を石碑の中に残していった為、その後は恐らく、長く生きる事は出来なかったと思います。きっと半身のようなものだと思いますから。ですが、娘の成長も見られましたし、無事に図書館を作り上げる事も出来ました。魔法書も含めて未来に託す事が出来ました。きっと思い残す事はない人生だったと思います。


 唯一の心残りであった彼との思い出の地に石碑を置き、私がエデルベルグに居続ける事で、大切なあの人の傍に少しでも居たかったのです。そして私が名乗ったラストネームにフィルベルグと名乗らなかったのも、そういった理由から来ています。

 厳密に言えば今ここにいる私は、フィルベルグで眠りに就いたレティシアとは別の存在と言えなくもないでしょうし。何よりも愛しい彼の名を名乗れる事は、私の夢になっていましたから」


 寂しそうに語るレティシアに、イリスは言葉を発していった。


「……そうなのですね。今も尚エデルベルグは、その月日を感じさせないような美しさを保っていますよ」


 そのイリスの言葉に目を大きく見開きながら驚くレティシアは、ゆっくりと瞳を瞑りながら大切な人の名を囁いていった。


 このエデルベルグ城を去る時、レティシアと仲間達でこの城全体に"想いの力"を込めた保存魔法をかけていったのだという。それは城だけではなく、書籍も含まれているそうだ。


 優しく語るレティシアを何よりも美しく見えたイリスは、思わず言葉にしてしまった。


「八百年という月日を経ても尚、人の"想い"は続くのですね」



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