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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"言葉の相違"

 

 だが、フィルベルグ王国を建国した母が、何故こんな場所に居るのだろうか。

 そもそもこの石碑とは一体何なのだろう。そう思うイリスだったが、どうもその様子を見ていたレティシアは微笑みながらイリスに話しかけていった。


「イリスさんは思った事がお顔に出てしまうようですね。建国の祖が何故こんな場所に、といった所でしょうか」


 思わず苦笑いをしてしまうイリス。どうもこういった類の事は大人になった今でも、イリスにとってはとても難しいようだ。以前にもエリーザベトに言われていたが、イリスはそういった事はしないでいいと言われている。

 ありのままいて下さいという意味なのだが、イリスとしては心配事ですら丸分かりになってしまうので、正直なところ直していきたいと彼女は思っていた。


 そんなイリスの表情すら読まれてしまっているような笑顔を彼女に向けて、レティシアは話を続けていく。


「私の事、石碑の事、この世界の事、魔法の事、イリスさんの力の事。イリスさんにはお伝えしなければならない事が沢山あります。そして貴女に聞いて頂きたい事も。この石碑の世界に訪れた者はイリスさんが初めてなのです。私の、いえ、私達の成した事が無意味になっていない事を信じるしか、今の私には出来ません。

 まずは私と、この国についてのお話も少し加えましょう。元々私はこの国に仕える王室魔術師と呼ばれる存在の一人でした。この王国は、当時の世界でも魔術に長けた者達が多く集まる、魔法国家とも呼ばれていました。王城の周囲にはどこまでも草原が広がり、穏やかな気候と相まって多くの者達が暮らしておりました。

 そんな穏やかな暮らしは"眷族"の出現により、ある日突然失われました」


 その言葉にすら恐怖を抱いてしまうイリス。

 大切な姉を奪い、嘗てのアルリオンを半壊にまで追い込んだ、忌むべき存在。

魔物をまるで操るかのような災厄であり、その強大な力を振い、魔物とすら定義されていない異形の存在。


 そのイリスの様子を見たレティシアは、優しく、とても悲しい表情でイリスに声をかけていった。


「……そう。貴女も大切な人を失ったのね……」

「……レティシア様も、なのですか?」

「……ええ」


 とても悲しそうに微笑みながら答えるレティシア。


 たった一人のそれ(・・)に、街が消されてしまったのだそうだ。幸い、眷属が攻撃する前に住民を王国の中庭へと避難させ、レティシア含む王室魔術師達が魔法による防御結界を張り、何とか住民と王城だけは事無きを得たそうだ。

 逃げ込んだ住民達を見た眷属は、まるでその姿を嘲笑うかのように一瞥した後、大陸中央へと移動して行った。


 事態を重く見たこの国の王は世界中に使者を送り、眷属討伐の為に世界中から勇士を募っていった。世界中から冒険者や騎士、兵士、義勇兵が大陸中央を取り囲むように集まり、来るべき戦いに備えた。


「眷属に並みの攻撃は通用しません。そして並みの魔力では対抗する事も出来ず、その場で戦意を喪失するでしょう」

「嘗てアルリオンを襲った事件の文献を読みました。聖王暦五百五十三年、私がいる時代から約二百五十年ほど前の事になるそうです。アルリオンは今も健在ですが、当時の文献には『強烈な威圧のようなもので動く事も出来ず、倒されてしまった』、と書いてありました」

「そうです。その為に私の時代でも並み以上の戦士達を集めていきましたが、まるで歯が立たず、次々と仲間が倒されていってしまいました。眷属と相対した私達は、最悪の光景を見せ付けられました。まるで魂に刻み込ませるように、その姿は今も消えることはありません。

 たった一撃の攻撃で数十人が吹き飛び、たった一度の魔法で数百人が蒸発しました。あれ程の強さを持っていたとは想定外でした。地獄とはまさに、あのような場所を言うのでしょうね」


 そのレティシアの言葉に驚きを隠せないイリス。

 そんな事は文献には一切書かれていなかった。


 それに、先程の説明に含まれる言葉が、今のレティシアの説明を聞いてしまうと、どうしても気になる事が出来てしまった。

 そんなイリスはレティシアに、先程の事を聞き直してみた。


「……それほどの脅威だったとは聞いていませんでした。それに、あの……。眷属が"一人"とは、どういった意味でしょうか?」


 言い間違いだと先程は思っていたイリスだったが、レティシアが返した言葉は恐ろしい意味を含むものであったとイリスは知る事になる。


「いいえ。言い間違いではありません。一人(・・)で合っています。元は人間(・・)ですから」


 頭が真っ白になるイリス。レティシアの言葉は、イリスを凍り付かせるには十分過ぎるものを含んでしまっていた。

 しばしの時間イリスは止まる思考の中、それでも考え続けていたが、そうであって欲しくはないと戸惑い、声を震わせながらも勇気を振り絞ってレティシアに質問をしてみた。


「……そんな……。だって……。アルリオンを襲った眷属はリザルドで、フィルベルグを襲った眷属はボアに似ていたって……」


 そのイリスの言葉に何かを納得したレティシア。続けて何故その存在が眷族と呼ばれているのかも察していく。恐らくは魔物を従えるように見せる姿からそう言われているのだろうと。


「……そう。イリスさんの時代では、それを眷属と呼んでいるのですね……。本当に長い月日が経ってしまったようですね。……いえ、これも私達が成した事のひとつ、と言えるのでしょうか」


 瞳を閉じながら呟くように静かに話すレティシア。

 そんな彼女はゆっくりと瞳を開けながら言葉にしていった。ここまで話してしまった以上、イリスにとって衝撃的な内容だと理解した上で語らねばならないだろう。


「私の生きた時代では、イリスさんが言う存在の事を"魔獣"と呼んでいます。それは我々が呼んでいる"眷族"とは別の存在になります」


 その後、彼女は悲痛な面持ちで言葉を続けていく。


「この国に残された最後の王族である王も、その戦で……帰らぬ人となりました。当時私は、別の場所で三匹の魔獣を相手にしており、知らせを聞いた時には既に遅く、たったの二言しか聞く事が出来ませんでした」


 レティシアは静かに、優しく穏やかに語り出すが、その瞳はとても悲しい色をしていた。


「魔獣を倒しても、眷属が消失した訳ではありません。私は悲しむ暇など無く戦場へと戻り、仲間達と共に必死の思いで眷属を討ち、世界に束の間の平和を取り戻す事が出来ました。ですが、その犠牲はあまりにも大きく、世界中から集まった勇士たちの殆どが亡くなりました。その数は、推定二十五万人にも及びます。

 後に残ったのは荒廃された大地と、大切な人を失った悲しみで世界が満たされていました。滅びかけた世界に残された私たちは、それぞれが出来る事をしていきました。

 私が成した事、そしてこの石碑にいる事もそれに関係しています」


 レティシアは瞳を閉じ、深呼吸をしてからイリスを優しい眼差しで見つめ直し、言葉にしていった。


「アルリオンが今も健在という事にも驚きました。彼女の蒔いた種も花が咲いたのですね。……本当に良かった」


 安堵する様に息を吐くレティシアは、イリスに落ち着かせるように穏やかな声で話しかけていく。少々彼女には刺激が強過ぎたようで、申し訳なく思ってしまうレティシアだった。それだけ彼女のいる世界が穏やかになっているという事であり、それはレティシア達が成した事の一つが、今でも根付いている事にもなると言えなくもないのだが。


 そんな彼女へ話を変えるようにレティシアは、失われてしまった王国の事について尋ねていった。


「先程イリスさんは、ここのお城の名前も伝わっていないと仰いましたが、文献や書籍の類を相当数残している筈なのですが、そういった書物の類が残存しているのかはご存知ですか?」

「……書物や文献の類はフィルベルグ王国の王室図書館で、今現在も解読していると伺っています」


 意識が別の方向に向いたイリスに安堵するレティシアは、言葉を続けていった。


「解読ですか。そうですね。この国の常用語は私が残して来た本と同じですが、この国はかなり独特で、王族だけが使う言葉でのみ書籍に残していたのですよ。昔は他国に情報を盗まれない為に暗号化して使っていたそうなので、文字通りの解読という表現が正しいのでしょうね。正直な所、私も当初は相当苦労しました」

「では読めなくても仕方のない作りをしていた、という事でしょうか」

「そうでしょうね。元々暗号らしいですから、そう簡単には解読出来ないでしょうね。私が理解出来るようになったのも、ある力のお蔭ですし」

「ある力、ですか? もしかして先程仰っていた特別な力の事ですか?」

「ええ、そうです。そして、違うとも言えます」


 曖昧な言い方をするレティシアに疑問を持ってしまうが、その事について彼女は説明を始めていった。


「そうですね。次はイリスさんの力の事をお話しましょうか。

 通常の魔力の色とは違う黄蘗(きはだ)色の魔力。その力を我々は"想いの力"と呼んでいます。誰かを想う事や、誰かの為に力を使いたい時などに顕現する特殊な力であり、その力はとても強力なものとなります。ここで使った我々という言葉は、あくまで同じ力を持った私を含む数人の者達の事を意味しています」


 当時のレティシアには同じ力を持った仲間が数人いた。

 眷属討伐が出来たのも、その者達の存在が大きいのだとレティシアは言う。それだけの強大な力を扱い切れず、自身を不幸にしてしまう事も多く、こういった力を発見次第、レティシアはその者を守るようにと一人娘にしっかりと学ばせていったそうだ。

 レティシアが居た時代は、アルリオン事変における文献から察すると、イリスの時代まで凡そ八百年は経過していると推測した。


 イリスはフィルベルグ王家が秘匿しているという話もレティシアに話していく。

 充填法(チャージ)についてもそうだが、今のイリスにはもうひとつ『イリスが十五歳になったら話す』とエリーザベトに言われた件について、大凡見当が付いてしまった。

 もはや確信を持てた、と言ってもいいと思えた。恐らくエリーザベトが言った『大切な話』とは、これの事だろう。

 そしてその時のエリーザベトの言葉、確かに以前こう言っていた。『その強大な力を制御しきれず、身を滅ぼす事になる』と。その前には『不幸になる』とも告げられていた。レティシアに言われた言葉と同じように伝えられたという事は、つまりそういう事だろう。

 その事をレティシアに話していくと、驚いた表情となり、すぐにとても嬉しそうな顔になっていった。


「そうですか。私が成した事のひとつは、しっかりと受け継がれているのですね」


 それだけの長い、とても長い時間が過ぎ去っているにも拘らず、フィルベルグが存続していることに驚きを隠せない。そして同時に、たった一人の愛娘に教えた事を、八百年守り続けている子孫達を誇りに思うレティシアだった。




 結界とは本来は仏教用語らしいのですが、この世界での意味合いは少々違います。一般的にアニメやゲームなどで使われているそれに近いものと思ってください。防護魔法でも良かったのですが、何かしっくり来なかったので、結界と言う言葉を使わせて頂きました。


 正直な所、これもしっくり来なくてネットで色々調べてみたのですが、いい表現が見つからなかったので、このまま使わせていただく事にしました。

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