お薬屋さんでの"お仕事"
おばあちゃんのお店"森の泉"は、朝がいちばん忙しく、お昼になると結構暇になるらしい。閉店間近の夕方になると、また人で溢れるようです。明日の用意のためのポーションを買いに来るのよと、おばあちゃんが教えてくれました。
おばあちゃんがお店の扉の鍵を開けると、すぐに一人の男性が入ってきました。扉についてる小さな鐘がカランカランと可愛い音を鳴らしてます。開店するまで外で待ってたみたいですね。ずいぶんゆっくりお話してたので待たせてしまって申し訳ないです。
「いらっしゃいませ」と私は明るく笑顔でお客様にご挨拶をします。
「お。売り子雇ったのか、ずいぶんかわいい子だな、レスティさん」
20代後半だろうか、茶色の髪に茶色の瞳の強面の男性、けれど優しそうに笑いながらレスティさんに話しかけました。
「今日からお店のお手伝いをお願いしたんですよ、レナード君」
「本日からこちらで働かせていただいてます、イリスといいます。よろしくお願いします」
そういいながらレナードさんにお辞儀をすると、ずいぶん礼儀正しい子だなぁとレナードさんは笑ってました。私としてはこれが普通だと思ってたんですけどね。
「俺はレナード。冒険者で、一応パーティーのリーダーをさせてもらってるよ、よろしくな」
ニカっと笑うレナードはそう言って注文をする。
「今日はライポ中5、マナポ小3、スタポ中3を貰うよ。わかるかい?」
優しそうに聞き直すレナードさん。この人すごく面倒見良さそうな人だなぁ、とか思いながらメモを取りつつ私は復唱する。
「ライフポーション・中を5つ、マナポーション・小を3つ、スタミナポーション・中を3つですね?・・・24500リムになります」
おぉぅ、計算はええな、と小声で言いながらお金を渡すレナード。
「25000リムお預かりいたします。こちらがお釣りの500リムになります。ご確認ください」
そう言いながらイリスは銅貨5枚を一度手のひらで見せた後、レナードに手渡した。レナードの手から硬貨が零れ落ちないように、もう片方の手をレナードの手の下に添えながら。
「お、おう、間違いないな。ありがとな」
苦笑いをするレナードに私は、ありがとうございました、またお越しください、とお辞儀をしつつ言った・・・のだが、二人はちょっとびっくりしてるようだ。失敗はしてない、よね?たぶん。
「・・・完璧すぎじゃね?」
「・・・そうね。さすがに私もびっくりしたわ」
半目のレナードと頬に手を当てて微笑むレスティ。
「もしかして私、お店の事はもうほとんど教える事ないんじゃないかしら」
「嬢ちゃん、店で働いたことあるのか?」
「父が経営しています雑貨店のお手伝いを少々」
とてもいい笑顔で語るイリスに、少々って感じじゃねぇなと呻るレナード。
「可愛くて丁寧で礼儀正しく計算も速い最高の笑顔の売り子ってすげぇな」
褒められすぎて苦笑いになってしまうイリス。そんな話をしていると扉の鐘が鳴った。お客様が入ってきたようだ。
「レナードさーん、買えましたかー?」
「なんだ、俺は子供扱いか?」
扉の方の声に耳だけ傾けていて苦笑いするレナードを見ていたイリスは、扉の方を見るとそこには知っている方が入ってきてた。
「あ、親切なお姉さん」
「やぁ君かぁ。また会ったね」
はい!と満面の笑みになったイリス。そこにいたのは、噴水広場とギルド前であった兎人のお姉さんだ。
「あはは、3度目だね?まさかこのお店にいるなんてねー」
「今日からこちらでお世話になってます、イリスといいます」
「そういえばまだ名乗ってなかったねー。あたしはミレイ。ミレイ・ミルリムだよ。見ての通り兎人種の冒険者でランクはゴールドだよ」
笑顔で自己紹介をする二人は、よろしくおねがいします、とお互い挨拶をする。相変わらず白くてふわふわで素敵なお耳だなぁとイリスは思った。
「そうか、ミレイと知り合いだったのか。ミレイは俺たちの仲間でパーティー組んでるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。あとオーランドって剣士とハリスっていう魔術師でパーティーを組んでる。基本は調査依頼を受けているが、護衛依頼も受けられるから、何かあれば嬢ちゃんなら格安でいいぞ」
「あたしなら銀貨1枚でいいよ」
「おいおい、安すぎだろそれ」
ミレイの言葉呆れるレナードにミレイは笑顔で答える。
「その代わりイリスのことぎゅっとさせてね。最初に見たときに思ってたんだー、すごく可愛いなって」
「そんな・・・ミレイさんは美人できれいで、お耳もまっさらのふわふわで、私なんかよりずっとずっと素敵じゃないですか」
「ん?興味ある?さわる?」
と、イリスの前に自分の耳をにゅっと出してきた。
「え?いいんですか?」
「あはは、いいよー。でも1もふもふ1ぎゅっとさせてね?」
「はい!それじゃ、えと、遠慮なく」
どきどきしながらイリスがミレイに近寄り、まっさらな耳にふれると、さらさらすべすべふわふわのあったかい耳で、さわってるだけなのに幸せになれた。どうやら顔にしっかりと出ていたらしい。おばあちゃんにくすくす笑われた。
「はふぅ。しあわせな時間でした。ありがとうございます」
「ん。いいよー。じゃあたしも、っと」
そういってミレイはイリスをぎゅっとしてすりすりしだした。
「はぁー。やっぱりさらさらすべすべだー。あたしの目に狂いはなかった」
「ミレイさんくすぐったいですよ」
きゃっきゃ言いながら二人の場所だけ花が咲いてるような空気に包まれる店内。レナードはまたミレイの抱きつき癖が出たなとぼやいていた。
しばらくぎゅっとすりすりしてたミレイは満足したかのようにイリスから離れる。そして、イリスなら無料で護衛してあげると言った。
いやいや流石にそれはないだろ、と突っ込むレナードを無視し、イリスの頭を撫でるミレイの耳はぴょこぴょこ動いてた。どうやらイリスをとても気に入ったらしい。
「もし必要なことがあったらお願いしますね、ミレイさん」
「うんー。イリスの依頼なら最優先で受けるよ。パーティーほったらかしてでも」
すごい事をサラッと言ったミレイに、レナードが流石に強めに突っ込む。
「まてまてまて!さすがにそれはやめてくれ!泣くぞ!俺が!」
「あはは、泣けばいいよー。イリスは何よりも優先だよー。」
泣きかけたレナードがそうだ、と思い出したように話し出した。
「そろそろ二人と会わないとだめじゃないか?結構居座っちまったし」
「ん、そだね。はぁ、ざんねん。それじゃあイリス、またぎゅっとさせてね」
「はいっ」
「じゃあ嬢ちゃんまたくるよ」
「今後ともよろしくお願いしますっ」
カランカランと扉の音がして、また店内は静かになった。
「くすくす、まさかミレイさんと知り合ってたなんてね」
「私もびっくりしちゃったよ。いきなり再会でるなんて」
「うちのお店は冒険者さんが多く来るから、今後もまた会えると思うわよ」
と、うふふと笑ってレスティは答える。そうだといいなぁとイリスは思い、お仕事に戻る。
「それにしてもお店番は問題なさそうでびっくりだわ。これなら明日からお任せしちゃおうかしらね」
「うん!がんばるねっ」
カランカランと扉の音がして、ふただび仕事に戻るイリス。
「いらっしゃいませ!」
* *
そんなこんなで時間は経ち、夕方の忙しい時間帯もなんなく遣り遂げたイリスに、またびっくりしたレスティであった。
「今のお客さんでおしまいみたいだからお店閉めちゃいましょうかね」
「うんっ」
扉に向かいお店の鍵を閉め、そしてイリスを部屋に案内するレスティ。店内から奥に行くと、ちょっとした商品を置く部屋があり、その奥がダイニングキッチンになっている。キッチンに入らずダイニングを右に行くと小さな廊下と階段があり、奥にも一部屋あるようだが、ふたりはそのまま2階に上がって行く。
少し急な階段を上がると左に部屋があり、ここは倉庫になっているらしい。見せてもらうと乾燥させたハーブとか調合機材の予備、完成させた薬が入った箱がいっぱい積んであった。
でもお店の在庫が足りなくなるとここから持ってくるわけではなくて、入りきれないお薬の山らしい。すごい作ってるんだねおばあちゃん。お店の右に扉があったが、どうやらそこが調合をする場所で、そのとなりの部屋がお薬の保管場所らしい。
そのまま倉庫になってる部屋を素通りして、そのとなりの部屋がおばあちゃんの部屋らしい。扉を開けて見せてもらうと、本棚と本が部屋いっぱい詰まっていた。ここにあるのはほとんど趣味の本で、お薬の本は調合部屋の奥の在庫部屋に本棚にあるらしい。
本ってとっても高いんじゃないの?と聞いたら、趣味が高じて売り上げをこっちに回しちゃったのようふふ、と笑ってた。
いちばん奥の部屋が私の部屋になるらしい。反対側にも2部屋あるがこっちは何にも使っていないそうで、お部屋を見せてもらうとほんとに何も置いてなかった。ひとつの部屋は倉庫やお部屋として使っている大きさの部屋だけど、階段横の部屋はダイニングキッチンの上の部屋になるので、2部屋分の大きさがあった。一人暮らしだからそんなにお部屋あっても使わないのよねぇ、と頬に手を当てておばあちゃんは話してた。
「もしイリスが使いたかったら自由にしていいわよ。ただ何にも置いてないから、お部屋だけあっても使いにくいとは思うけれどね」
そう言いながらおばあちゃんは私の部屋を案内してくれた。
開けてもらうと、そこはとても可愛らしい部屋だった。シンプルな白い一鏡面のドレッサー、かわいい薄ピンクのベッドと、壁には収納のクローゼットがあった。
ベッド横にある小さな机と椅子には白いお花が花瓶に活けてあって、窓には薄ピンクのカーテンがかかっていた。すごくかわいい女の子らしい部屋だ。
「お掃除もある程度してあるから、すぐに眠れるようになってるわ」
「わぁ、こんなに可愛いお部屋を使っていいの?」
「ええ、もちろんよ。趣味で作ったお部屋だから、気に入ってもらえると嬉しいわ。なにか必要なものがあれば言ってね?」
「うんっ!ありがとう!」
「それじゃあ荷物を置いて、調合部屋にも行きましょうか」
うん!といって小さな机の横に荷物を置いて、レスティと共に一階へ行き、お店の横にある扉へ入る。
調合部屋にはたくさんの調合用機材とハーブ、壁側には作ったポーションの箱がいっぱい並んでた。扉に入って右側に窓があり、その先はお店の入り口のある大通りになっている。窓の前にある棚にも白いお花が飾られていた。部屋の中央に調合用と思われる釜と竈があって、ここで調合するらしい。その横にテーブルがあり、ここでハーブを刻んだり混ぜたりするのよと、おばあちゃんに説明してもらった。
調合部屋って言うから薬くさいのかなって思ってたけど、とても清々しい香りがしてちょっと驚いた。お店の方にも臭ってしまったら、お客さん来なくなっちゃうでしょ?とおばあちゃんはくすくす笑ってた。
基本的に匂いの強いものはここでは作らないらしい。というよりも、クサイ物をおばあちゃんは調合しないのだとか。クサイお薬ってどんなものなのって聞いたら、魔物に投げつけて怯んでいる間に攻撃するものだとか、逆にニオイで魔物をおびき寄せたりだとか、そういったものらしい。
魔物をおびき寄せたら危ないだけじゃないのかなぁと怪訝な顔をしてたら、討伐対象の魔物を呼び寄せて倒す事も時には必要なのよ。でも調合するだけでもしばらくニオイが取れないから、他の薬師に押し付けちゃってるけどね、と笑ってた。うん、やだよね、クサイのは。
私は中央にある竈を見つめながら、ここでお薬作るのかぁ、と目を輝かせているとおばあちゃんに、お薬作ってみる?と聞かれたので、つい『ぜひ教えてください!』と言ってしまった。なんだか甘えてばかりで申し訳なくなってきた。
「イリスならすぐにちゃんとしたポーションが作れるようになると思うわ」
そういって初心者用の自然回復薬の材料を集め、テーブルに置いたレスティ。いよいよお薬の調合だ、とまた目を輝かせてるイリスを見てまたあらあらうふふと笑われた。