"特別な力"
「貴女が……レティシアさま……?」
思わずイリスは目を大きく見開いて聞き返してしまった。
それもその筈だ。その名前はこの国ではとても有名なのだから。
その問いにレティシアと名乗った女性は穏やかな微笑で返していく。
「貴女の思うその名が私かどうかは分かりかねますので、ゆっくりとお話を聞かせては下さいませんか?」
そう言葉にした女性は、手を腰の高さほどまで上げると、その場に真っ白なティーテーブルとティーセットを出現させた。一体どういった原理なのだろうかと目を白黒させていたイリスだったが、席へと座った女性に誘われて座っていく。
ティーポットからお茶を淹れてくれた女性は、イリスにどうぞと差し出してくれて、言われるままお茶を頂くイリス。口にしたそのお茶は、とてもホッとする味わいと清々しい香りがした。
一息付いたイリスは、目の前の女性に挨拶と質問をしていく。
「申し遅れました。私はイリスと申します。よろしくお願い致します」
「これはご丁寧に。私はレティシアと申します。どうぞよしなに」
とても素敵な笑顔で返すその女性の上品な仕草に、本当にあのお方だと確信を持ってしまうイリスは心の中で驚いてしまっていた。まさかこんな場所で出会えるとは思ってもみなかったが、イリスは驚きながらも、この世界について聞いてみる事にした。
「この世界は一体……。とても不思議な空間のように感じるのですが」
「そうですね。まずはこの世界からお話しましょうか」
この世界はある特殊な条件でのみ入る事が出来る、彼女が創り出した世界なのだとレティシアは言う。その条件を細かくいう事は出来ないらしいのだが、大凡の事は伝えてくれた。
「大まかに言いますとこの世界に入る条件は、ある力の発現が第一条件となります。その力が発現し、その力を十全に扱える状況になった時点で、私からの声が届くように創りました」
確かにイリスには思い当たる節がある。あの夢でイリスは誰かに呼ばれていた。
それが彼女であったことは、この場所に入る前に理解出来た事ではあったが、それでも疑問に思わずにはいられない言葉が彼女の説明の中に含まれていた。
「その条件に必要なある力とは、どういったものなのでしょうか?」
「本来の自身が持つ魔力の色とは違う、淡黄蘗色の魔力がその力となります。力が徐々に強くなっていくと、黄蘗色になるとは思われますが」
「……淡黄蘗色の魔力、ですか?」
そのイリスの言葉に首をかしげる仕草をしながら答えるレティシア。
「どういう事でしょうか? もしかして、力の発現に気が付かなかったのでしょうか。
……いえ、そんな筈は……。もし発現し立てであるなら声も届かない筈ですし、ここに入る事など出来ない世界なのですが」
暫くイリスを見つめながら考え込むレティシアは、何かに気が付き納得した様子で微笑みながらイリスに言葉を返していった。
「恐らく瞳を閉じて魔力を高めていたのではないでしょうか? そうであれば変化に気付かないとも思えます」
「確かに魔力上げの修練の時は瞳を閉じながらしていましたが、何かの変化が起きていたのでしょうか?」
その言葉に再び考え込む女性。このケースは想定していなかったようだ。
変化に気が付かないで魔力を使っていたとなると、その使い方は限定されてくる。この力の使い方については口頭で説明しない方が良いと思える。
恐らくではあるが、その使い方は人それぞれ違うものだと思えた彼女は、暫く考えてた後『なるほど』と何かを理解した様に呟き、イリスに言葉をかけていった。
「この世界に来た時、どんな気持ちを感じましたか?」
「……そうですね。何かこう温かくて、どこかで感じた事のあるような、とても不思議な感じがしました」
「その時の気持ちは、魔力を修練していた時に感じていたものでは?」
その女性の言葉に気が付いたように目を見開くイリス。
確かにあの感覚は修練していた時に感じた温かいものだった。
その様子を感じ取った女性はイリスに告げていく。
「それではいつも修練していた気持ちで、今度は瞳を閉じずに魔力を高めてみて下さい」
言われるまま席を立ち、魔法の修練を始めていくイリス。
いつもの気持ち。あの暖かな草原で感じた優しい気持ち。
大切なあのひとが傍に居てくれる、幸せで温かな気持ち。
イリスを覆った光は白緑の魔力ではなく、淡黄蘗色をしていた。
思わず驚いて大きな声を出してしまうイリス。
「な、何ですかこれ!?」
「……本当に今初めて見たのですね……」
苦笑いをしてしまう女性に、驚きっぱなしのイリス。
その様子を落ち着かせるような優しい声で女性は説明していく。
「それは魔力に違いはありませんが、もっと違う質のものとなります。私が顕現した時に見えたと思われますが、その光と同質のものと言えばいいでしょうか。その力は特殊な者しか持ち得ない、とても特別な力です」
「……特別な、ちから?」
「はい。特別な力です。イリスさんは魔法について、どう思われますか?」
女性の問いに戸惑うも、イリスは自身が得て来た魔法について説明していく。
本来であれば簡単に人には話せないような事ではあるが、不思議とこの女性には話すべきだとイリスは思っていた。そんな彼女には包み隠さず、イリスは自身が学んできたもの、推察して来たもの、確信を持ったものを全て話していった。
最後まで話し終えたイリスに、女性はイリスに微笑みながら話していく。
「本当に良く学びましたね。大凡その通りです。その情報は、どういった場所から入手したものなのですか?」
「フィルベルグにある王国図書館に所蔵されている魔法書から学びました」
その言葉に明るい表情でレティシアは話していった。
「随分時間が経ったと想定していましたが、フィルベルグがまだ残っていたのですね」
「はい。もちろんですよ。立派な王城と街並みの大きな都市です」
その言葉を聞いた彼女は安堵した様子で、瞳を瞑りながら深く息をついていった。
「……良かった。私の成した事は無駄ではなかったのですね」
続けてレティシア言葉にしていく。
「色々聞きたい事があるでしょうが、まずは今がどんな時代かをお聞かせ頂けませんか?」
「……時代、ですか?」
「ええ。私はこの世界でのみ存在出来る精神体、といった所でしょうか。世に出る事は出来ませんが、その後、世界がどうなったのかを知りたいのです。
そうですね、まずは私の事から少しお話しましょう。私はある王国に所属する王室魔術師でした。もしこの石碑のある場所が移動していなければ、その王国にあるお城の中央に置きましたが、今石碑の周辺はどうなっているのでしょうか」
「確かにお城の中央に置かれていました。ここは古城や古代遺跡と呼ばれている場所になります」
そのイリスの言葉にとても悲しそうな表情をする女性は、静かに呟くようにぽつりと言葉にしていった。
「古城……古代、遺跡……。そう、なのですね……。そのように呼ばれてしまうほど、時が経ってしまっているのですね……」
女性は見上げるようにしながら、ここではないどこか遠くを見つめている様だ。
それは今はいない大切な誰かを想っているような、そんな愛おしく想いながらもどこか寂しそうな瞳を彼女はしていた。
しばらく上を見つめていたレティシアはごめんなさいねとイリスに告げながら、話を戻していく。
「……ひとつ、気になったのですけれど、古城や古代遺跡と呼ばれている場所の正確な名前は、あまり知られていないのでしょうか?」
「いえ。あまり、ではないのです」
イリスの返した言葉に目を大きく見開いてしまう女性。
続けてイリスは、この遺跡がどのような存在かを話していった。
「この王国については今現在、何も分からないとされている場所なんです。その始まりも、いつまで存在していたのかも、そしてその名前も。何も判明していないんです。このお城の詳細を知る事は、世界の秘密のひとつだとも言われています」
レティシアはそのイリスの言葉に思わず額を両手で覆い、言葉にしていく。
「……あぁ、なんてこと……。それでは……私達のして来た事が無駄になってしまったの……? …………いえ、それはまだ早計ですね。フィルベルグが残っている以上、まだ希望は……」
胸に手を置きながら静かに深呼吸して心を落ち着かせていくレティシアに、イリスは尋ねていった。
「失礼ですがレティシア様は、フィルベルグを建国されたお方でしょうか?」
「私が興した、という意味ではそうなると思います。とは言っても、私一人が目立ってしまっただけではありますし、暫定的な女王だと思っておりましたが」
イリスに向き合いながら美しく微笑むレティシアに、見蕩れてしまうイリス。
本当に美しい人だとイリスは思っていた。そしてどことなく彼女はネヴィアに似ている気がした。