"責任を負う為"に
イリスの気持ちが落ち着いた頃、今後の予定を聞くエリーザベトの言葉に、先程まで涙ぐんでいた娘達が答えていく。続けてヴァンがとても楽しそうな笑顔で話し、ロットはお勧めの場所を伝えていった。
「それでイリスさんは、まずどこへ行かれるのですか?」
「――そうですわ! まずはどこに冒険へ向かう予定なのかしら?」
「私達にとっては、どこでも新鮮な気持ちで楽しめそうですね」
「どこでもイリスの好きな場所を目指せばいい。俺もロットも世界中を見尽くした訳ではないし、こんな新鮮な気持ちで冒険に出られるのは楽しみで仕方ない」
「そうですね。俺としてはアルリオンの街並みをイリス達に見せてあげたいよ」
ロットはイリスの呼び名を変えていた。今までの呼び方は十五歳の女性に付けるべきものではないからだ。先程ギルドの受け付けで初めて呼んでくれたロットのその呼び方に、ひとりの大人の女性として扱ってくれたということを強く感じたイリス。思わず顔を綻ばせてしまうほど嬉しくて、笑顔になってしまった。
再び嬉しく思うイリスだったが、ふと気になる事が出来てしまった彼女は、シルヴィアとネヴィアが発した言葉の後を追うように、おずおずと気になった事を聞いてみた。
「アルリオンですか。まだ一度もいった事がない場所ですわね」
「思えばフィルベルグ周辺までしか出た事がないですものね」
「……あの、お聞きしたい事があるのですが……」
一同は一斉にイリスを見るが、当の彼女は言い難そうに言葉にしていった。
「私の好きな場所を目指すとは、どういう意味でしょうか? チームのリーダーは私じゃないと思ってたんですけど……」
その言葉に思わず顔を見合わせてしまう一同だった。
チームリーダーになるのなら、経験も豊富なヴァンかロット、もしくはムードメーカーであるシルヴィアが適任かとイリスは思っていた。ネヴィアはイリスと波長が似通っていて、あまりこういった事は得意ではないはず。ならば自分達ではなく、三人のうち誰かが務めるものだとイリスは最初から思っていた。
だがどうやらその言葉は完全に考えていなかった一同のようで、その場にいる全員がイリスへと一斉に返していった。
「私達はイリスさんの力になるべく集まったのですよ?」
「そうですよ、イリスちゃん。私達はイリスちゃんに付いて行きますよ」
「そうだよ、イリス。俺達もそのつもりで鍛えていたんだよ?」
「うむ。イリスが先導して行きたい場所に向かえばいい」
「そうですよ。皆、イリスさんの望むようにと集まった者達なのですよ?」
「私はてっきり、最初からイリスさんがリーダーになるつもりかと思ってました」
「まぁ嬢ちゃんだからな。そういった事もあるだろうとは思ってたが……」
「イリスちゃんらしいね。俺なら喜んでリーダーになるけどなぁ」
「猪がリーダーとか笑えませんね。イリスさんなら立派なリーダーになれますよ」
「アタシもお前なら立派に務められると思うぞ。自由に楽しめよ」
「えぇぇ……」
かなり引いたまま戸惑いながらも、イリスはパーティーメンバーとなってくれる者達に話していった。
「……えっと。……じゃあ、行きたい場所を私が出すという形であったとしても、皆さんでそれを考えて行動していきましょう。折角のパーティーですから、皆さんで一緒に冒険を楽しみましょう、という方針ではどうですか?」
なんともイリスらしい答えに微笑んでしまう一同は、それに了承してパーティーを結成していった。思えば正式な冒険者登録を済ませた日に、その新人冒険者がパーティーを組むという事はとても珍しいことではあった。
本来であれば、どこかのパーティーに参加させて貰い、メンバーとの相性などを確かめた上で正式にパーティーメンバーになるというのが一般的なのだが、中には新人同士でパーティーを結成する例も無くはない。
当然、かなりの危険が伴うためにギルドからお勧めしないと忠告をされ、メンバーを募集しているパーティーを斡旋してくれるので、そのまま新人で結成するパーティーは実質相当少なくなっていた。
だがここに、その新人同士パーティーとは全く違うパーティーが結成された事になる。新人のイリス、シルヴィア、ネヴィアに加え、プラチナランクのロットとヴァンがパーティー結成に参加するという異色のパーティーとなった。恐らく新人がリーダーのパーティーチームに、プラチナランク冒険者が結成時から参加することは前代未聞の事となるだろう。
そんな事は予想だにしていなさそうなリーダーへ、ヴァンが言葉を続けていった。
「ふむ。それでどうする? 大きな国に行ってみるか?」
その問いにイリスは、行ってみたい場所があるのだと告げていく。その場所についてメンバーに話すイリスだったが、ヴァン以外が言葉を返していった。
「古代遺跡、ですの?」
「前に一度行きましたけど、何か気になる事でもあったのですか?」
「イリスが行きたいのならどこでもいいけど、何か理由がありそうだね」
「そうなんです。実はちょっと確かめたい事が出来てしまいまして」
その言葉に疑問を持つ一同だったが、イリスは話をしていった。
最近見る夢の話を。何時も同じ内容で、同じ場所、同じ時に目覚める夢の話を。
そして今朝、その夢に変化があった事も含めてイリスは全員に話していった。
「――その夢の最後、目が覚める直前に声がしたような気がしたんです」
「声、ですの?」
「何かイリスちゃんに語りかけていたのですか?」
「はい。私はそう思えました」
「何て言っていたんだい、イリス」
「その声は、小さく、でも確かにこう言っていました『石碑へ』と」
「ふむ。それはつまり、古代遺跡にあると言われるあれの事か」
ヴァンの問いに答えていくイリス。
「はい。恐らくはそうだと思います。何故だかはっきりと言う事は出来ないのですが、私もそんな気がするんです。曖昧だけど、でもその場所に行かないといけない気がするんです」
とても不思議な話ではあるが、古代遺跡へと向かうことにした一行は、明日その場所に目指すことにした。現在はもう時期昼となる頃合だ。今から行っても、戻って来る頃には最悪辺りが暗くなってしまう事も考えられる。浅いとはいえ夜の森を歩くのは避けるべきと判断したイリスに納得して、明日出かける事にしたようだ。
その事を黙ったまま聞いていたエリーザベトはイリスに真剣な表情で答えていった。
「イリスさん。その件が終わったら、一度王城までいらして下さい」
「はい。分かりました」
それでは今日はどうしましょうかとのネヴィアの言葉に、ルイーゼが答えていった。
「もう昼前ではありますが、遺跡を目指してもいいのではないでしょうか」
「え、でも、このままもし時間がかかって夜になったら、流石に危ないのでは?」
イリスはそう答えるが、あえて行くのもありではと返していくルイーゼは、イリス達に説明をしていく。
「寧ろ、良い訓練になると思います。幸い眷属事変以降、フィルベルグ周辺の魔物の数が極端に減っています。もし帰る時間が遅くなり暗くなったとしても、野営の訓練にもなるでしょう。遺跡も目と鼻の先ですし、これといって危険なことも少ないと思われますので」
なるほどと納得するエリーザベト。続けてヴィオラも答えていった。
「冒険ってのはいつでも街に居られる訳じゃねぇからな。今はこの一帯も安全になっちゃいるが、それでも魔物がいない訳じゃない。緊張感を持ちながら野営してみるのもありだとアタシも思うぞ。幸いあの遺跡は安全に休める場所だからな。それにヴァンとロットもいる。もし夜になって野営するんなら、色々とその場で学んでみるといい」
「なるほど。そうですね、それじゃあこのまま遺跡を目指してみましょうか。もし遅くなったらその時は野営の訓練を兼ねて、ヴァンさんとロットさんにお勉強をさせて頂く、という事でどうでしょう?」
イリスの言葉に賛同するメンバー。目的地は決まった。
とは言っても、まずはレスティに報告しなければならないイリスは、先に"森の泉"に寄らせて下さいと告げていく。今日は王城に行くと言ったままなので、このまま出発してしまうとレスティが心配するだろう。
薬の持ち合わせも無いので、それも含めて準備をしたいとイリスが言い出したところで、エリーザベトとルイーゼが話し始めていった。
「……薬の事を、完全に失念していましたね」
「どうしましょう。鎧にはバッグは付けられませんよ、エリザ」
「そうですね。まずはイリスさんの用事が終わってから再び調整せねばなりません。
今回はバッグをそのまま持って頂く事にして、こちらはこちらで考慮してみましょう」
議論し合う二人にイリスが申し訳なさそうに言葉にする。
「…………あの、とても良くして下さいましたから、もう十分ですよ」
「「いえ。必ず完成させてみせますので、少々お時間を頂けますか?」」
「あ、はい……。ありがとうございます……」
即座に言い負けたイリスは、これは口を出さない方がいいと瞬時に理解した。
エリザとルイーゼが全く同じ瞳をしていたからだ。こうなってしまうと長くなるのだという事は、イリスも教訓を得ていた。既に二人はああだこうだと話し始めてしまっている。とても真剣な表情でありながら、その瞳はとても輝いていた。
そんな様子を半目で見ていたヴィオラは、イリスに向き直りながら言葉にしていく。
「それじゃアタシはここでな」
「俺らもそろそろいくな」
「はい。ヴィオラさん、レナードさん。オーランドさんも、ハリスさんもありがとうございました」
アタシはお前に喧嘩を売っただけで、礼を言われるような事はしてねぇよと話しながら去っていくヴィオラは、背中越しにイリスへと手を振っていく。笑顔で見送るイリスにヴィオラは振り返り、その名前を呼びながら言葉にしていった。
「イリス。チームリーダーってのは、責任を負う為にいるんじゃない。一人じゃ出来る事と出来ない事がある。パーティーメンバーってのは部下じゃない。大切な仲間で戦友だ。だから何か問題が起きた時、自分一人でそれを抱え込むな。何でも自分で解決しようとするのはただの傲慢だ。だから仲間を頼れ。そいつは恥じゃない。寧ろ仲間を頼る事が出来ない自分を恥じろ」
そしてヴィオラはイリスに背中を向けて言葉を続けていく。
「――冒険を仲間と楽しめよ」
「! はい! ありがとうございます!」
「……相変わらず良い奴だな、お前は」
「うるせえ」
レナードに水を刺されたヴィオラはそう言って、レナード達と訓練場を後にしていった。
* *
その日の晩。
教会裏のとある場所に一人の大柄な女性の姿が現れた。
ある墓碑の前にどかりと乱暴に座り込んだ女性は、言葉にしていく。
「……ここに来たのは、あの日以来だな」
そう言いながら、あの日と同じ酒を同じように注いでいき、こつんと鳴らせた器を持ち、まずは一杯飲み干していく。それは、あの日よりも遥かに美味い味がした。
まぁあんな状況じゃ美味いもんも美味くなくなるわなと女性は呟きながら、空に浮かぶ美しい月を見ながらちびちびと飲んでいく。
あの日からもう一年と半年が過ぎたが、今も尚その場所には多くの花束が供えられていた。この献花の殆どはフィルベルグの住民たちからのものだ。
彼女は世界を救った。いや、何よりもフィルベルグを救った救世主で英雄だ。そんな彼女に花を添える者は今現在でも絶えることはなかった。
数え切れないほどの花束を、苦笑いしながら見つめる女性は言葉にしていくが、その声はとても悲しそうなものだった。
「ったく。お前が救世主だなんて、笑っちまうよな? ……お前はただ、アイツの為に頑張っただけなのにな……」
そう言って暫く飲み続けた後、大柄な女性は墓碑に向かって言葉をかけていった。
「お前の妹に会って、喧嘩吹っかけて来てやったぞ」
まさかアタシが負けるなんてなと、教会の裏手に響く豪快な笑い声。
そして再び静まり返っていく世界に、彼女の優しい声が周囲に流れていった。
「……どうせアイツが心配だったんだろ? だから変わりに面倒見てやったよ」
お蔭で随分とボロボロになっちまったがなと再び豪快に笑い、静けさが戻った頃にまた語りかけていく。
「……安心したろ? あれだけ成長してりゃ、もう大丈夫だよ」
優しく語りかけた彼女の表情はとても穏やかだった。
そして空に瞬く美しい星と優しく輝く月を見つめながら、言葉を続けていった。
「仕方ねぇから今日は付き合ってやるよ。次はそっちに逝ってからになるからな」
この先何十年も逝くつもりねぇから、ひたすら待たせ続けてやるよ。
そう笑いながら、ヴィオラは朝になるまで夜空を見上げていた。




