"思い焦がれた力"
呆気に取られた表情のまま固まるヴィオラは、思わず聞いてしまった。
「……何をした」
「え?」
きょとんとするイリスに、再度ヴィオラは聞き返す。
「最後、一体何をした? 確かに背後に回ったはずだ。なのに何故いなかった?」
その問いに答えられる者はいない。模擬戦場の外から見ていた女王とルイーゼだけは見えていたが、これはイリスが言うべきと判断したようだ。見えた程度で口を出すことは無粋と思ってしまうエリザだった。ルイーゼはというと、愛弟子の成長に涙ぐんでうるうるとしていた。どうやら言葉に出来るような状態でもなさそうだ。そんな二人であっても、恐らくあの状況でそれをされてしまうと、姿が消えたと判断するだろう。
「ヴィオラさんに直線的な攻撃を当てた後背面に回り、ヴィオラさんが反応した瞬間に死角をついて更に背後へ回り込みました。速度もより速めに動きましたし、死角もつきましたので角度的には見えなかったと思います。その後大剣の隙を狙い、右脇腹を攻撃したんです」
笑顔で語る少女に恐ろしさを感じるヴィオラだったが、突っ込みたい所が多々あり、思わずそちらに感情を優先してしまった。
「攻撃を当てたって、わざとなのか? 大体あの速さで何故後ろに回れる? より速めに動いたって何だ? そんなこと可能なのか?」
「ヴィオラさんはとても経験のある方ですので、下手な策は軽々と理解されてしまうと思いました。ならば同じような単調な攻撃をしてヴィオラさんの隙を作り、そこを狙う策を考えたんです。更に速度を上げたとは言っても、あの速さであれば身体はある程度自由に動かせますので、見えないように移動して攻撃に移りまし――」
「――いやいやいや、待て待て待て!」
笑顔で話すイリスだったが、思わず彼女の言葉を終える前にヴィオラが突っ込んでしまっていた。正直な所、なんだこいつはと思えて来たようだ。
「『あの速さであれば』ってどういう意味だよ!?」
その意味する所が理解出来ず、首を傾げるイリス。
そんな彼女にヴィオラが言い方を変えて聞き直していく。
「……まさか、更に速度を上げたものの、その先があるのか!?」
「はい。あれ以上の速さとなると色々と問題が出て来ますが、可能ではあります」
「……なんだよ、その問題って」
嫌な汗が出てくるヴィオラに、イリスは笑顔に戻りながら答えていった。
「更に速度を速くしてしまうと、流石に身体を自由に動かす事が出来ません。それに武器の耐久性にも問題が出てきます。なるべく優しくは扱ったつもりですが、あれ以上の遣り取りをしてしまうと、その耐久性に問題が出てきます。途中で壊れてしまうと良くないですから。特にこれは借り物ですし。何よりもそれ以上の速さとなると、その威力も更に上がります。それは本当に危ないので、流石に攻撃など出来ませんから」
淡々と静かに笑顔で語るイリスにヴィオラは聞き返していく。
「……それで。さっきアタシの攻撃を逸らしたあれは何だよ」
あの時の攻撃は確実に入ったと確信が持てるほどの一撃だったと彼女は言う。現に姫様方は、あの一撃で勝負が付いてしまうとまで思えた威力のものだったと考えている。
その事にイリスは答えていくが、あまりに自然に、当たり前のように話す彼女に、思わずヴィオラはその説明を聞きながら引き攣ってしまった。
「あれは魔法盾に魔力を更に込めた、手のひらサイズで超小型の強化型魔法盾です。
あの時ヴィオラさんが放った攻撃は回避不可能と判断したので、一時的に魔法で作り上げた盾で防御をして大剣を逸らしました」
「……その後の衝撃は何なんだ?」
「発現させた強化型魔法盾を前方に魔力ごと弾き飛ばして、その衝撃でヴィオラさんを後方に突き放し、距離を取りました」
はっきりと丁寧に笑顔で話すイリスに、思わず質問が途切れてしまうヴィオラだったが、暫くの時間を挿んだ後言葉にしていった。その言い方はとても小さく、信じられないといった口調だった。
「…………お前は、剣士じゃないのか? ……何でそんな……。それじゃ、まるで……」
「彼女は剣士ではありません」
ヴィオラが言いたい事を察したエリーザベトは、その問いを返していった。
続けて女王は愛弟子の手に入れた力について説明していった。
「イリスさんは魔法による身体能力向上と、一時的な魔法付与をさせた剣で戦い、緊急時には瞬間的に出す魔法盾で守りながら戦う剣士です。
そのどれもが充填法を纏ったものであり、その威力はヴィオラさんなら理解出来ると思います。言うならば、剣士の剣術、盾戦士の盾術、そして魔術師の魔法を併せ持つ複合的な戦い方をする剣士。それを言葉に例えるのなら――」
イリスが望んだ未来の自分。
そうありたいと願い、思い焦がれた力。
そのために真っ直ぐと走り出し、手に入れた強さ。
それは憧れ続けた姉のような神がかり的な速度で戦い、兄のような絶対的な盾で守る事も出来る特別な能力。そして持ち前の魔力量を活かした上で戦う彼女だけの技術。
「――魔法剣士、といった所でしょうか」
静かにはっきりと響いていく女王の透き通るような言葉に、一同は完全に固まってしまっていた。誇らしげな女王と目尻をハンカチで拭う騎士団長以外は、だが。
少しだけ間を空けてヴィオラは豪快に笑い出していった。
ひとしきり笑った後、言葉を発していく。上を見上げながら言ったその言葉は、ここにはいない誰かに向けて放ったもののようにイリスには思えた。
「……あー、負けた負けた! これだけ圧勝されると、いっそ清々しいな! 盾を持たないんじゃなくて、盾なんて持たなくていいのか! そんなこと考えもしなかった!
アタシでも歯が立たないなんて、正直思ってもみなかった。これだけ強くなってりゃ、あいつも喜ぶだろうな」
ヴィオラの言葉に目を見開いたイリスは、優しく微笑み返しながらお礼を告げていった。何よりも嬉しいその言葉に思わず涙が出てしまいそうになる。
武器を仕舞い終えた二人は、観戦者達の下まで戻って来た。
驚きを隠せないロットとヴァン。レナード達は口を大きく開けて呆けていた。
ルイーゼは愛弟子の成長振りに涙をハンカチで拭い、エリーザベトはとても誇らしげにイリスを見つめていた。確かにこれだけの成長を見せられると、教えた者なら誰であっても誇らしくも涙ぐむ事もするだろう。
一方姫様達はというと、完全に凍り付いていた。強い強いと母やルイーゼから聞いていたが、まさかこれ程までとは思いもしなかったようだ。その固まる様子に、俺もこんな感じだったんだろうなぁと思ってしまうロットだった。
そんな姫様達が解凍された頃、そういえばと思い出すようにヴィオラがレナードに向けて話しかけていった。
「アタシの用事は終わったけど、レナードも何かあるんだろ? というか悪かったな。先に用事を済ませちまって」
「ヴィオラさん、レナードさんともお知り合いなんですか?」
「ん? ああ。何度か依頼を受けた冒険者仲間ってのもあるが、以前チームに誘った事があるんだよ」
ヴィオラの言葉に驚くイリスに、彼女は言葉を続けていく。
「これでもアタシはチームのリーダーなんだけどな、レナードをうちのチームに入れるつもりだったんだよ。そしたらこいつ、猪の調教があるとかって理由で断りやがったんだ。あまりにもアホらしい断り方に、その日の酒が不味かったのを覚えてるよ」
思わず白い目でレナードを見るオーランドに、自覚はあるみたいだなと小さく言葉にするレナードと、深いため息を付くハリスだった。
まぁこんな時にする話でもなくなってんだけどなと、レナードは呟きながらオーランドとハリスに視線を向けて確認を取り、それに頷いていく二人。
レナードはイリスの前に来て、一つの包みを差し出した。
きょとんとするイリスに渡したレナードは、開けてみろとイリスに伝えた。
疑問に思うもイリスはその布を広げていくと、そこには一振りの短剣があった。
驚愕するイリス。
この短剣を見間違うはずなどない。
これは、この短剣は――。
「……お姉ちゃんの……短剣……」
その囁くほど小さな言葉に、レナードは返していく。
「そうだ。ミレイの魔法銀製の短剣だ。こいつを嬢ちゃんに渡そうと思うんだ」
思わぬ言葉に短剣から視線をレナードに移すイリスは、強く言葉にしていく。
「だ、だめですそんな! これは、この短剣は! ……とても、大切なものです……」
「だからこそ嬢ちゃんに持ってて貰いたいんだよ。それが分かる嬢ちゃんだからこそ受け取って貰いたいんだ。きっとあいつもそれを喜んでくれると俺達は思う。
本来であればあいつと一緒に眠らせるべき武器なんだが、俺達にはどうしてもそれが出来なくてな。そんな時、嬢ちゃんは冒険者を目指して走り出したってロットから聞いたんだよ。それを聞いたら嬢ちゃんにこいつを持ってて貰いたくてなってな。
オーランドとハリスの三人で相談して、それが一番いいとチームで判断したんだよ。
だからこいつを嬢ちゃんの冒険に連れて行ってやってくれないか?」
イリスの問いに即答で優しく穏やかに答えたレナード。
既にその気持ちは固まっているレナード達。イリスにダガーを渡す以外の選択肢は無くなっていた。そんな気持ちが痛いほどに分かったイリスは、愛おしそうに短剣を抱きしめながら涙を流して答えていった。
「……ありがとう……ございます……」
「おう!」
いつもの笑顔で返したレナードと、そのイリスの姿を微笑ましそうに見つめる二人だった。




