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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"その先"を

 

 ギルド地下訓練場の模擬戦場にて、対峙するイリスとヴィオラ。


 イリスの剣(セレスティア)を腰から外してルイーゼに渡した彼女は、模擬専用の剣を持ちながらどこかぼんやりとするような表情をしていた。模擬専用の大剣を持ったまま、イリスがあまり集中していない様子を察したヴィオラは、思わず突っ込んでしまった。


「……大丈夫か? これから戦えるのか?」

「は、はい。大丈夫、だと、思います」


 徐々に勢いをなくしていく話し方のイリスに、何だか頼りねぇなと思うヴィオラだったが、これは訓練のつもりで戦う訳ではない。それとは別の、違った意味を含んだものだ。


 彼女の事だ。何かしらの思惑があっての行動だと理解した上で、(かつ)ての戦友であるロットとヴァンは事の成り行きを見守る。傍らにはレナード達もイリスをどこか心配そうに見つめていた。

 ヴィオラは根はいい奴だが、こと戦闘となると目の色が変わるとレナードは以前から聞いていた。その気性はイリスとは真逆と言えるほど対照的なものとなるだろう。


 エリーザベトは相変わらず表情を変える事無くイリス達を見つめているが、ルイーゼはイリスのどこか心ここに在らずという雰囲気が気になってしまう。口を出すべきか、出さざるべきか悩んでいる間に、大剣を肩に乗せたヴィオラが言葉にしていった。


「まぁ冒険者ってのは、何時如何(いついか)なる時でも戦えるようにしなきゃ危ねぇからな。お前がそんな気持ちでもお構いなしで魔物は攻めて来る。そのままじゃ危険な事は、お前でも分かるだろう?」


 その言葉に意識を取り戻したように瞳に活力が戻ってくるイリス。

 しっかりとヴィオラを見つめ直したイリスに武器を構えていく。

 そんな彼女の眼差しに思わず口角が少々上がってしまった。


 いい目だ。あいつ以上の意志の強さを感じる。あの時はこの世の終わりって感じの目だったが、本当に真っ直ぐ成長したようだな。こりゃ楽しみだ。


 ギロリとヴィオラが獰猛に獲物を狙う目になっていき、そのまま言葉をイリスに向かってかけていった。


「来いよ! お前がどれ程のものか、アタシに見せてくれ!」

「はい! 行きます!」


 キッと鋭く表情を変えたイリスは身体能力強化魔法(フィジカルブースト)を使い、一気にヴィオラとの距離を詰めていく。イリスが放つ鋭い振り下ろし攻撃を難なく大剣受け止める。


 鋭い衝撃音が辺りに広がっていく。


 いい一撃だ。身体能力を向上させただけじゃなく、しっかりと剣術を学んだ打ち方をしている。それも馬鹿正直に前へ進んで行ったかのような真っ直ぐさを感じる。だが。


「これじゃアタシは倒せねぇぞ!!」


 鋭くイリスの剣を力で返していくヴィオラ。あまりの腕力にイリスは戸惑いを隠せない。ルイーゼやエリーザベトと対する事しかしていなかったイリスにとって、腕力がここまで強い存在と戦う事は初めてだった。


 ヴィオラも身体能力強化魔法(フィジカルブースト)使っている。

 それも並みの魔法ではなく、しっかりと修練を積んだ魔法による強化だ。

 単純な魔力量と練度の差で言うのなら、イリスに分が圧倒的にあるだろう。

 だが、彼女には鍛え上げた豪腕がある。イリスには腕力など高が知れている。

 そんな彼女とまともに打ち合ったとしても、力負けしてしまうのは道理だろう。


 イリスはヴィオラの背後に回り込む方がいいと判断した。

 あれだけの大剣を振り回すとなると、相当の隙が生まれる。

 ならばその隙を見付けて攻撃をすれば、力負けする事は無い。


 ルイーゼの時の様にまずは正面からの振り下ろしを当て、ヴィオラに防御させた後すぐさま行動に移していくイリス。その速度は並みのゴールドランク冒険者程度では反応すら出来ないほど早い。


「――(あめ)え!!」


 ヴィオラは背後に回るイリスを大剣ではなく左手で鎧の胸部を掴み、そのまま後ろにある壁まで腕力で押し切り、叩きつけるように押さえ込んだ。真っ直ぐ最短距離を伸ばしたヴィオラの手に、イリスは回避する事が出来ず、あっさりと捕まってしまった。


「大剣だけがアタシの武器じゃねぇよ!!」


 これで仕舞い(チェック)だと言わんばかりの凄まじく鋭い攻撃を右手で繰り出すヴィオラ。


 焦る姫様達。イリスはヴィオラの左手で掴まれたまま動けずにいる。

 あの状態では避ける事など出来ない。確実にイリスの左肩を直撃してしまう。

 あれだけの鋭い攻撃。あんなものを当てられてしまえば一撃で――。


 ガキン!


 まるで強固な物に当てたかのような強烈な音が周囲に響き、ヴィオラの繰り出した大剣が地面に突き刺さる。続けて大きな衝撃音と共に、ヴィオラが後方二メートラほど下がらされていく。足をふら付かせながら、そのあまりの衝撃に思わず地面に左手を突いてしまうヴィオラだったが、すぐに体勢を立て直し、イリスを驚いた表情で見つめた。


 驚きを隠せないのはヴィオラだけではなかった。シルヴィアとネヴィアも同じ表情をしていた。一体何が起こったのかですら理解が出来ていない二人が戸惑っている間に、イリスは呼吸を整えていく。


 今のは本当に危なかった。あんな攻撃を受けたらきっと立てなかったくらいの一撃だった。ヴィオラさんは本当に強い女性(ひと)だ。気を抜いたら一瞬で倒されちゃう。


 イリスは作戦を練るも、いい案が出せずにいた。先程の奇襲攻撃をヴィオラは軽々と返してしまった。腕力だけではなく動体視力も高い。それはきっと人種(ひとしゅ)であるイリスには到達出来ないものを持っているのだろう。それ程の速度での反応だった。あの速さを突破する方法がイリスには無い。今のままでは次の一撃も同じ事になってしまう。


 何か策はと考え込むイリスに、ヴィオラが言葉にしていった。


「今何をしたのか、アタシには大凡(おおよそ)しか分からねぇが、もうお前には気が付いてるな? このまま攻撃しても同じように反撃を食らうってな。次は掴まずに攻撃に移れることも理解してるって(ツラ)してるぞ。その対応策を練ってるんだろう? だったら話は早いぞ」


 にやっと笑いながらヴィオラは告げていく。


その先(・・・)の力を出せばいい」


 そのヴィオラが発したものを言葉通りに驚いたのは、シルヴィアとネヴィアの二人だけだった。エリーザベトやルイーゼ達は勿論、レナード達でさえも驚く様子は無いようだ。寧ろ緊張感が高まっていくような張り詰めた空気を感じる王女達だった。

 その何とも言えない異様な空気に動揺を隠せない彼女達だったが、それはイリスのあの卒業試験を見ていないからだ。あの時見せたイリスの行動を目撃してしまった彼らには、ヴィオラが言うところの『その先』を知っている。


 その様子に驚いたのは、寧ろイリスの方だった。

 初めて会うと認識しているヴィオラが、何故その力を知っているのかと考えてしまう。その表情が丸々と出てしまっている姿に、思わず苦笑いをするヴィオラだったが、意識を集中し直してイリスに返していく。


「噂に聞いたものを推測しただけだ。お前の力を見た事が無いからアタシに見せてくれないか、と言った筈だぞ。使えるんだろ? 身体能力強化魔法(フィジカルブースト)その先(・・・)を」


 ヴィオラの思わぬ言葉に、取り乱すように慌てるイリス。こりゃこのままじゃ戦えないなと判断したヴィオラは、大剣を肩に担ぎながら言葉を続けていった。


「先に言っておく。あの事件以降、アタシも身体能力強化魔法(フィジカルブースト)の先の力を手に入れた」


 それは以前、女王に眷属討伐報酬のひとつとして学んだ技術だ。もうあんな想いは二度とごめんだと伝えた上で、嘗ての討伐組が女王から直接学んだものとなる。


強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブースト

 お前の姉が、あの忌々しい眷属を倒した力の完成形(・・・)になるものだ。お前も使えるんだろ? だったらそれを使え。でなければお前の負けは濃厚だぞ? 実力を出し切れずに負ける事は本望じゃないだろう?」


 そしてヴィオラはイリスへ向かって言葉を続けていく。

 本気で来いと言わんばかりの鋭い瞳をして。


 「なら使え! 使ってアタシにその力を見せてみろ!!」


 そのヴィオラの言葉に思わずルイーゼとエリーザベトを勢い良く見てしまうイリス。あの力は常人相手には決して使えない。それ程のものだ。


 そのイリスの様子を瞬時に理解したエリーザベトは、彼女に即答していった。


「問題ありません。彼女は既に並み(・・)の冒険者ではありません。

 強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブーストを使っても大丈夫ですよ」


 その言葉に頷くように首を縦に動かしていくルイーゼ。


 師匠二人の許可を取る事が出来た。ならばと改めて気合を入れ直し、ヴィオラへと向き直るイリスと、その表情に大剣を構え直したヴィオラ。


 イリスは小さな声で、はっきりと言葉にしていった。


「風よ、纏え――」


 穏やかな白緑の風が彼女を包み込むように発していき、彼女の短い髪をふわりと揺らしていく。続いてヴィオラも発動していく。彼女を覆う力強く輝く黄色い魔力。


 来いよとヴィオラはイリスに投げかけ、行きますとイリスは返していった。


 その場から消えるイリス。その姿に、嘗ての戦友の姿が重なる。

 瞬間、凄まじい衝撃音と共にヴィオラが正面で攻撃を受け止めていた。

 あの速度に反応した事に驚きを隠せないロットとヴァン。彼らも女王からその技術を学んでいるが、あのイリスの速度にはとても追いつけるようなものではない。


 思えばヴィオラはあの日以来、ギルドでも殆ど会わなくなっていた。恐らく彼女は人知れず訓練をし続けていたのだろう。だが彼女が見せたその強さは、並大抵の努力で辿り着けるとは到底思えない。恐らくは死に物狂いで手にした力なのだろう。そうでなければ到達出来ないと思われる高みにまで、ヴィオラは登り詰めていた。


 そんな彼女の姿は、完全に度を越えた鍛錬をしているとヴァンは思っていた。

 一歩間違えれば再起不能となるような大きな怪我をしていたかもしれない。

 それ程の危険な鍛錬(オーバーワーク)をするなど、何が彼女をそこまで駆り立てたのだろうか。


 剣を受け止めながらヴィオラはイリスに語りかける。


「同じ能力で戦うのは初めてだが、割と反応出来るもんだな」


 イリスは後方に下がりながら、再び攻撃を繰り出そうと剣を構えていく。

 その表情は驚いたものではあったが、焦りの色は見られない。


 イリスは再び消え、ヴィオラの正面に攻撃を当てていく。そのまま大剣で剣を弾かれそうになった瞬間、ヴィオラ後方へと移動し、背後からの攻撃を狙っていった。


 だがその攻撃でさえも受け止めてしまうヴィオラ。


「――見えてるぞ!!」


 大剣で弾き返すようにイリスの剣を跳ね上げるヴィオラは、続けてイリスの胴に攻撃を繰り出すも、即座にバックステップで回避をするイリス。その姿に『(はえ)えな』と呟いてしまうヴィオラ。例えるなら彼女達は豪腕と瞬速といった所だろうか。


 あまりに速い攻防にレナード達は既に見えていない。辛うじて見えるシルヴィアとネヴィアは驚愕の色を変えられずにイリス達を見ていた。ロットとヴァンは見えてはいるが、体が反応出来ないだろう。

 ヴィオラの強さは既にルイーゼを超え、エリーザベトと同等かそれ以上の強さがあると思われた。その領域に到達していると気が付いたのは師匠達であるルイーゼ、エリーザベトと、二人と訓練をしていたイリスだけである。誰に師事する事も無く、この強さにまで登り詰めてしまったヴィオラに、思わず目を見開くエリーザベトだった。


 だが当のヴィオラは相当に驚いていた。

 本来強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブーストとは、多用出来るものではない。その速度に身体が付いていかない為だ。当時は急ごしらえの完成していない技術だったとはいえ、あの戦友でさえもその凄まじい速度を扱い切れず、ただ眷属に短剣を触れただけというものだった。更に鍛錬を繰り返したヴィオラが手に入れて昇華させたこの力は、自在に身体を動かせるような代物などではない。攻撃も直線的なものに限定されてしまう能力だろう。

 そしてヴィオラが強化型身体能(フィジカル・)力強化魔法フルブーストを使ったとしても、イリスほどの速度など出せる訳が無い。反応は出来るが、とても人種(ひとしゅ)の出す事が出来る限界速度を遥かに凌駕してしまっている。その速さは嘗ての戦友ほどではないにしても、一瞬だけでも本当に消えたかのように見えてしまったほどの凄まじい速度を出していた。


 そんな能力をイリスは二度、それも連続で使っていた。

 力の強大さを扱い切れず、直線的な動きしか出来ない筈のそれを、イリスは更に彼女の背後に回るという神業とも思える使い方を見せた。それの意味するところを、この能力を扱えるようになったヴィオラが気付かない筈はなかった。


 ロットが伝えた戦友(あいつ)の言葉、『妹は規格外』という意味を心底理解出来た。

 底が知れない。……全く。可愛い顔してどんだけ高みに居やがるんだよ、お前は。

 こっちは死に物狂いで習得したってのに、その更に上の力にまで登ってんのかよ。

 冷や汗の止まらないヴィオラは、イリスの成長振りに末恐ろしく思ってしまう。

 一体どこまでの高みに辿り着けるのかこいつは、と。


 一旦距離を取るイリスはすぐさまヴィオラに攻撃をしていく。直線的な攻撃を正面に繰り出し、再び背後に回るイリスに苛立ちながら言葉を放つヴィオラ。


「――見えてるっ()ってんだろうが!!」


 背後のイリスに思わず怒鳴りながら振り向き、攻撃を繰り出すヴィオラ。

 瞬間、彼女の右脇腹から剣が飛び出て(・・・・)きた。


 思わず凍り付くヴィオラ。


 背後に回ったと見せかけて攻撃した!? いや、有り得ない。確かに背後にまでこいつは回っていた。ならば何故後ろから(・・・・)攻撃されている!? 

 なんだ、これは……。何なんだ!? 意味が……分からない……。


 戸惑いながら大剣をゆっくりと下げたヴィオラ。

 その様子にイリスも剣を下げ、ヴィオラが彼女に向くと同時に、ありがとうございましたと告げながら深くお辞儀をするイリスだった。



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