"災厄"と呼ばれる存在
その後イリス達は、ギルドについての特殊な説明を受けていた。依頼の報酬をギルドに預ける事が出来る仕組みもその一つだ。これは見習いには使えないものではあるが、そもそも見習いがお金を預けられるほどの大金を稼ぐ事が無いため、あまり必要とされていない。
世界にあるギルドはそれぞれ繋がりを持っており、登録された冒険者がギルドに預けたお金を他の街でも受け取れる制度があるそうだ。ただしこれには所属しているギルドへ確認を取る為に、一週間から二週間ほど時間がかかってしまうらしい。場合によっては三週間もかかる事がある為、他の街で大きな買い物をする際は所持金を十分に持って出発する事も少なくないそうだ。
基本的には冒険者登録をした国のギルドに、預けたお金の全額がそこにあるらしい。実際に個人で所有している金庫に預けている訳ではないので、信用の名の下に成り立っている制度だ。所属を変えた冒険者は、新しく拠点とする国へ訪れた際にその手続きをするのだと言う。イリスの身近な冒険者で言うのならヴァンがそれに当たるだろう。
彼はリシルア国所属の冒険者ではあったが、とある理由からリシルアを離れ、フィルベルグへと拠点を移した。あの国に思い入れもない彼にとって、今現在は充実した日々を過ごしていた。その際に手続きをしたのがこのフィルベルグ王国冒険者ギルドという事になる。もしイリスが拠点を移す場合は大きな国である、エークリオ、アルリオン、そしてリシルアの何れかの冒険者ギルドで手続きをしなければならない。
当然時間もかかるし、ある程度高額の手数料は取られるが、ブロンズランク冒険者程度でも支払える額となっているのだそうだ。
話を戻すと、エークリオにいる交易商人の多くは移動するだけで命がけの為、全財産を持ち歩く人もいるらしい。もし魔物に襲われた商人の馬車や隊商を見かけたら、まずは最寄の街の冒険者ギルドに報告する義務が発生するのだそうだ。その商人の遺族立会いの下、大切なもの以外を全て現金に換えて遺族にそのまま渡される事になる。
基本的に隊商はもちろん、個人で交易を行っている商人でさえも必ず冒険者数名に護衛をお願いしている。商人は戦える者も多いが、それは自衛目的の、あくまで自身のみを守る為のものだ。故に、魔物を退治してくれる冒険者は必須となっている。
並みの魔物であれば、冒険者が負ける事はまずないと言える。並みであれば。
つまり、倒されてしまった馬車を見かけた場合、それがいる可能性が出てくる。
その事もロナルドは説明していった。世界のどこかに突如として現れるその存在を。
ギルド討伐指定危険種。
並みの冒険者では軽々と屠られてしまう凶悪な魔物と呼ばれる忌むべき存在。
便宜上この呼び名が定着したが、発生場所も魔物の種類も様々で、現在までに世界各地で確認されている。いつ出現するかの予測も出来ない災厄としてギルドも危険視している。要するに、出会う可能性は運次第と言わざるを得ないのが現状なのだそうだ。
今まで発見されたギルド討伐指定危険種については、討伐されて直ぐに魔物学者による検証が行われ、討伐に参加した者、それを見ていた者に詳細を確認し、出来る限りの情報を文面にした上で世界中のギルドに寄贈される。
イリスもその存在について調べていた時にその文書を読んでいた。魔物ごとに束ねられた書類を一冊の本に纏めたもので、新しくギルド討伐指定危険種が発見されるとその都度更新されるように追加されていくのだと、図書館に居るエメリーヌに聞いていた。
ロナルドは真剣な表情で女王を見ながら言葉にする。
「ギルド討伐指定危険種と遭遇すれば、ただでは済みません。本当に宜しいのですか?」
その真意が分からぬ者などいない。彼女達はこの国のお姫様達だ。言うなれば次代の女王となるべき大切な存在だ。もしそんな魔物を鉢合わせてしまえばどうなるか、分からない者などいる筈がない。最悪の場合、二人を一度に失う可能性がある。それはフィルベルグ王国全体に深い悲しみと絶望を与える事になるだろう。
だがそんなロナルドの心配をよそに、女王は平然とした表情で即答した。
「問題ありません。既にその為の力を授けています。もし万が一の事が起きたとしても、それは彼女達の選んだ道の結果です。私はそれを甘んじて受け入れます」
その力強い覚悟の言葉に瞳を閉じながら『そうですか』と答えるロナルド。
そこまで言われてしまえば、これ以上口を出すのは無粋というものだ。
必要な事を全て伝えたロナルドはイリス達に向かい直し、言葉を発していった。
「君達に幸多からん未来があるよう、心から祈っているよ」
その言葉にお礼を言う三人の姫騎士。
同じくロットとヴァンも身を引き締め直した。彼らも彼女の力になるべく鍛錬を続けてきた。どんな存在が出たとしても守れるだけの強さを身に付けたつもりだ。
例えそれが、嘗てリシルアを襲ったガルドであったとしても、だ。
そんな様子を察したかのように、冗談染みた言い方でロナルドは告げていく。
「まぁ、プラチナランクが二人も居てくれるんだ。無茶な事などすまい」
その後、イリス達はお礼を告げて部屋を退室していった。
残ったシーナは退室するイリスの背中を追う様に見つめながら心配をしていた。
彼女はイリスの強さを知らない。噂に聞いただけでは正確な判断など出来ない。
だからこそシーナはロナルドに言葉にしてしまった。
そんな弱気のシーナに、彼は力強く言葉を返していく。
「……本当に、大丈夫でしょうか」
「問題ないだろう。確証など無いが、そんな気がする」
「そんな曖昧な……」
「確かに曖昧だな。だが、そう思えるんだよ。特にイリスさんは何か途轍もない事を成してしまう気がした。今回の件が一例に過ぎないと思えるほどに。もしかしたら俺達は、ミスリルランクの誕生をこの目で見られるかもしれないぞ」
「ミスリルランク……。その領域に到達した者は、本当に居たとも思えないような伝説上の人物ですよ?」
「そうだな。それこそ御伽噺の中に居るような存在だ。
それでも彼女には特別な何かを感じる。そんな気がするんだよ」
その言葉にシーナは返す事が出来なかった。
確かにシーナもイリスにはとても不思議な気持ちを感じていた。
初めて会った時は礼儀正しく、とても可愛らしい少女だった。
だが出会って二年、いや、たったの一年半でそんな彼女は変貌を遂げていた。
激変したと言っていいほどに変わった。
そんなイリスが、何か途轍もない事をするかもしれないというロナルドの言葉を、シーナは反論する事など出来なかった。もしかしたら、心のどこかでイリスが本当にそうなるという可能性を思っていたのかもしれない。
それでもシーナは思わずにはいられない。
世界へ旅立ったとしても、どうか無事にフィルベルグへと帰って来ます様にと。
* *
一階に下りて来たイリス達は、すぐさま声をかけられた。
「よう。戻って来たな、嬢ちゃん」
「レナードさん、こんにちは。オーランドさんも、ハリスさんもこんにちは」
「やぁイリスちゃん、こんにちは」
「こんにちは、イリスさん」
「実は嬢ちゃんに用があってな」
「――アタシもお前に用があるぞ」
レナードの言葉を遮るように、イリスへと声をかける一人の大柄な女性。
「……こうしてお前を見るのはあの日以来か。アタシはヴィオラ。ヴィオラ・オベルティ。一年半前、眷属事変でお前の姉と共に戦った戦友の一人だ。お前の事は噂に聞いてたぞ、冒険者を目指すってな。
だがアタシはお前の力を見た事が無い。だからアタシにそれを見せてくれないか? 戦友が言っていた大切な妹であるお前の力を、この目で見てみたいんだよ」
少々乱暴な言葉遣いの彼女の瞳はとても美しく、そしてどこか寂しげだった。