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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第六章 託された知識
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"渡したい物"

 

 落ち着きを取り戻した所で、女王は娘達へ身を清めて着替えるようにと告げていく。どうやらその後冒険者ギルドに向かうのだというエリーザベトに、私達は冒険者になれないのではと返すシルヴィア。その問いにエリーザベトは答えていくが、横ではロードグランツがぐぬぬと言葉を漏らしながら悔しそうな顔をしていた。


「貴女達は特例で冒険者として登録が出来るように計らいました。登録名に関してはお好きになさい。どの道すぐにフィルベルグ王女だと露見しますから」


 思えば漂う気品は一般的な冒険者とは逸している。その美しい容姿だけではなく、話し方や立ち振る舞い、礼儀作法、食事作法など、エリーザベトはあらゆる面で王女としての教育を施した。おまけにシルヴィアの防具がドレスアーマーでは隠しようも無いほど目立つだろう。王女だと判明するのは時間の問題となる。


 一行は王城に戻り、王女達は湯浴みと着替えを、イリスは女王達と共に執務室へと向かっていった。


 執務室に入るとイリスの今後の話に入っていく。


「さて、イリスさん。本日よりイリスさんは冒険者となられる訳ですが、その前にお渡ししたい物があります」


 そう言ってエリーザベトはルイーゼに視線を移すと、彼女は笑顔で頷きながらイリス達の正面にあった真っ白な布をかけられた大きなものへと歩みを進めていき、ゆっくりと丁寧にそれを取っていった。そこにあったのは美しく輝く、純白の鎧だった。


 真っ白な金属で肩部、胸部、腕部、脚部をしっかりと守られているもので、腰部には膝丈スカートのような鎧で纏い、その上部にドレス生地のような真っ白な薄い金属でフリルのような加工がされていた。そして真っ白な鎧の縁を上品な金色の金属で囲い、それぞれの部位だけではなくスカートの裾に至るまで、あらゆる所に細かい装飾加工が施された美しい純白のエレガントドレスアーマーだ。



 あまりの美しさに目を輝かせたイリスは、エリーザベトに尋ねていった。


「わぁ。とっても素敵なドレスアーマーですね。ネヴィアさんの新しい鎧ですか?」


 そのイリスの言葉に鎧の横にいたルイーゼはきょとんと目を丸くしてしまった。

 そう返って来ると予想していたエリーザベトは、動じず言葉を続けていく。


「いいえ。これはイリスさんの為の鎧になります」


 エリーザベトの返した言葉の意味を理解出来ず、イリスは完全に固まってしまった。大丈夫ですかとルイーゼに心配された所で動き出したイリスは、取り乱しながら尋ねてしまう。


「わ、わた、私の鎧なんですか!? こんな立派なもの戴けませんよ!」


 目をぐるぐると回しながら手をわたわたと振り回しながら取り乱すイリスに思わず微笑んでしまうルイーゼと、表情を変えずその姿を楽しむエリーザベトだった。

 そして十分楽しみ終えたところで、エリーザベトはイリスに答えていった。


「この鎧はイリスさんにサイズを合わせて作ってあります。何よりも貴女の為に作らせたものですので、貰って頂けないとこの鎧が可哀相ですよ?」


 うっと言葉に詰まるイリス。動きも面白いようにぴたっと止まってしまった。

 そんなイリスへ言葉を続けていくエリーザベト。


「受け取る理由が必要であるなら、卒業試験を達成したご褒美と思って下さい」

「で、ですが……」


 尚も踏ん切りがつかないイリスへエリーザベトは、更なる追撃を繰り出していった。


「それでも受け取れないと言うのであれば、これはイリスさんへの正当報酬のひとつとしましょう」

「正当、報酬? ですか?」


 きょとんとしてしまうイリスに女王は告げていく。

 それは以前イリスが成したことだった。


「ええ。正当報酬です。貴女は以前、新薬についての報告書を冒険者ギルドに提出していますね? あれの報酬となります」

「え……。あれはまだ実証されていない仮説で、現在検証中のはずですが……」


 イリスが報告していた新薬とは、アンジェリカの時にイリスが気付き、直ぐに行動に移したあの聖域で製作した薬の事である。今現在も我が家に保存されているものとは別に、冒険者ギルドへ報告書と共に薬も何本か渡していた。

 ただこれも同時期に作り出した物である為、未だ検証中の物となっていた筈だ。それをエリーザベトへ説明するが、どうやら既にその影響が出始めているのだそうだ。


 これについては今のイリスなら答えることが出来る。

 ヘレル病治療薬はある一定期間を越えると急激にその品質を下げていく薬だ。その期間は凡そ半年。既にイリスが提出してから多くの時間が経っている為、治療薬がその影響を受けているのは理解出来るが、確証を得られていない今現在では褒賞を貰う事など出来ない。これについての現状をエリーザベトは話していった。


「今現在、ギルドに保管されているイリスさんの新薬は、その品質を変える事無く高品質を維持し続けているそうです。もうじき提出されてから二年という月日が経つ頃ですが、それでも品質が一切変わらない事自体が既に有り得ないのです。最低でも二年近く高品質を保てるという事だけでも、その報酬を与えるのに十分な程の貢献となります。

 現在冒険者ギルドではイリスさんが提出したヘレル病治療薬だけではなく、聖域で作る事が出来る薬を全て検証している最中なのだそうです。この(ドレス)はヘレル病治療薬を約二年というとても長い期間を、高品質に保たせた事への王国からの報酬となります。

 イリスさんが齎した可能性に関しては現在検証中ですので、その報酬はまだ含まれておりません。これは今現在での報酬として、という意味になります。今後、イリスさんが提出した報告書通りの事になれば、それこそこの世界を変革する事となります。そうなればこの(ドレス)程度では話にならないほどの巨額の報酬を与える事態となるでしょう」


 あまりの事に唖然としてしまったイリスへ、エリーザベトは言葉を続けていく。


「この(ドレス)魔法銀(ミスリル)をあらゆる所に使用し、フィルベルグ王国で最高と名高い"鋼鉄の(ひづめ)"七代目店主クラウス・ライゼンハイマー氏によって作られた特注品(オーダーメイド)です。デザインと性能を私とルイーゼ、そしてクラウス氏で熟慮し、製作した物となります。

 戦う事を前提に、見た目にも一切の妥協をする事無く作り上げたこの(ドレス)の価値は、途轍もないほど高価な一品となりました。ですが、それですら貴女が成した事への報酬としてはまだ足りないのです。そこで――」


 ルイーゼが鎧の後ろに立ててあった物を、イリスへと両手で横に持ちながら持ってきた。ドレスアーマーに隠れて見えなかったようだ。それは真っ白な鞘で纏われた素敵な剣だった。どうぞ抜いてみて下さいと女王に言われ、剣を両手で受け取り鞘から静かに抜き放ってみたイリスは、その美しい剣身に目を大きくしてしまった。


 思わず感嘆のため息を付いてしまったイリスに、とても嬉しそうな表情でルイーゼは剣について説明をしていった。


「剣身六十センル、剣幅六センル。小さめの片手長剣(ロングソード)よりも遥かに軽く、幅広の剣(ブロードソード)よりも更に軽いです。刺突細剣(レイピア)よりもしっかりと丈夫な作りとなっているため、重く扱い難い両手細剣(エストック)と違いとても軽く、何よりも扱い易い剣となっております。あえて分類するのならば、パラッシュといった所でしょう。

 こちらも魔法銀(ミスリル)製の為とても軽くて丈夫であり、魔法も通し易く扱うことが出来ます。試し切りをさせて頂きましたが、間違いなく一級品の業物です。鞘も魔法銀(ミスリル)製となっていますのでとても頑丈な作りで、そのまま殴り付けることも可能です。

 全て(ドレス)にデザインを合わせた作りにしております」


 目をこれでもかと輝かせた彼女の説明に、おずおずと声を出していくイリス。


「あ、あの……。なんと言いますか……」


 何でしょうかとエリーザベトとルイーゼに満面の笑みで同時に言葉を返されてしまったイリスは、もはやどん引きであった。


 この数ヶ月、付っきりで面倒を見てくれたルイーゼの性格も、イリスは大凡掴んでいた。一度何かに熱中すると止まらなくなってしまうことに。そしてエリーザベトも同じような性格をしていた。詰まるところ、彼女たちは本当に似たもの同士なのだと悟ってしまった。

 恐らくこの剣も鎧も、二人はイリスに渡すという口実で物凄く楽しみながら作り上げたのだろう。それが今はっきりと理解出来たイリスだった。これだけ妥協する事無く作り上げてしまった剣。つまりこれは――。


「……これは、その……。物凄く、お高いんじゃ……」


 申し上げ難そうに答えるイリスに、エリーザベトは笑顔で高いですねとはっきりと答えていった。続いてルイーゼも、並みの冒険者のお給金じゃ何年かかるか分からないくらいの一品ですねと、声を上げながら笑って答えた。

 そんな高価な物は流石に戴けませんよと言葉を続けるイリスだったが、どうやらイリスにはそれが当て嵌まらないようで……。


「先程も申しましたが、イリスさんの成した功績は(ドレス)ひとつでは足りません。正直なところ、この剣を合わせてもまだ足りないです。そこで、どうせなら素敵な物を(・・・・・)と思いまして――」


 何だかとても不安になって来たイリスに構う事無く、エリーザベトとルイーゼは語り出した。その表情を隠す事無く嬉しそうに語り出していった。


「剣身だけではなく、様々な装飾を施していきました。鞘にもしっかりと施してあります。それも上品になるように細心の注意を払い、フィルベルグが誇る細工師に依頼し、ありとあらゆる技術を注ぎ込みました。ミスリルだけではなく、金や銀、白金(プラチナ)に至るまで豪華に、だけれど繊細に、そして何よりも上品に仕上げました」

「美しさという点から見ても惚れ惚れする出来栄えとなりましたね。……どちらかといえば、戦う為の武器というよりは宝剣(・・)になってしまいましたが……。

 ですが問題はありません! しっかりと戦いにも使えますのでご安心下さい!」


 何をどう安心すればいいのか既に思考が止まっているイリスをよそに、次々と鎧や剣の見所(・・)を話し始めた二人だった。同席しているロードグランツは、一旦二人がこう(・・)なるとしばらくは続くことを知っているため、優雅にお茶を飲んでいた。


 二十ミィルほど話した後二人は、大体こんな感じですねとイリスに伝えた。

 やたらと装飾について詳しくなったイリスと、まだまだ説明に満足出来ていない二人だったが、あまり話し込んでいると王女達が戻って来てしまうので、話を中断させて先に進めていくようだった。とてもとても残念そうにため息を付きながらルイーゼは話を続けていった。


「さて。こちらの剣ですが、(ドレス)と同じくクラウス・ライゼンハイマー氏の作になります。後はこの剣の銘が必要なのですが、クラウス氏に聞いても『白銀の長剣(スレブロパラッシュ)』などと無骨で直線的な銘を付けようとしてしまった為それを却下し、エリザに決めて貰う事にしました。この剣の()は――」

「――セレスティア」


 その美しい響きの名前は、この世界の言葉で意味を含んだものだった。


透き通る青空(セレスティア)……。綺麗な名前……」

「これに関しては私も異論はありません。イリスさんの剣としてぴったりな名前だと思います。昔からエリザはこういった事を決めるのが得意でしたからね」

「気に入って貰えると嬉しいですが」


 エリーザベトのその言葉に、満面の笑みでイリスは答えていった。


「ありがとうございます、エリーザベト様。とっても素敵な名前です!」


 そんなイリスに目を細めて返していくエリーザベト。内心は少々不安だったようだ。そもそも剣の名前は持つべき主人が付けるのが主流となっている。これはイリスの剣である以上、本来であれば誰かが勝手に決めることはしない。

 もちろん本人が付けたいと言うのであれば、それで構わなかったエリーザベトであったが、どうやら気に入って貰えたようでホッとしたようだ。あんなに愛おしそうに剣を抱きしめられては、エリーザベトであっても思わず頬が緩んでしまった。



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