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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"前へ"


 初夏となり、日差しが徐々に照り付けるようになってきた頃、イリスには再びある変化が訪れていた。


 魔法書を読んでも全く苦じゃなくなっていた。いや、あの回りくどさに疲労感は溜っていくが、ただそれだけだった。幾ら読んでも嫌な頭痛も、気持ち悪さなどの不快感も不思議と無くなっていた。とうとうこの魔法書に耐性が付いてしまったのだろうかと、違った意味で不安になるイリスだったが、これはこれで読み進めるのが楽なので、余り考えないように勉強に励んでいった。


 そんなイリスの気持ちを裏切るように、本に書かれていた内容はどれもが意味をなさないと言っていいほど酷いものだった。やれ昨日研究した魔法はどうだの、同じ研究者の者はこう言うが私はこう思うだの。挙句は昨日見た夢の話だとか、食べた物が美味しくなかっただとか、まるで日記のような事を書き始めていた。あまりの酷さに思わず半目になりながら本をぱたんと閉じてしまったくらいだ。


 魔法書を読み進めるのが楽になった頃、イリスは同時に他の本にも手を付けていく。

 世界のこと、街のこと、地域毎に点在している採掘場所やダンジョンのこと、そして魔物のことなどを。薬学に関してはレスティがほぼ所有しているようで、図書館にある本のほとんどは、調合部屋の隣にある素材置き場の本棚にしまわれている本だった。

 意味をなさないと分かってはいてもイリスは魔法書を読むのも止めなかった。部分部分では必要な事と思われる内容が含まれていたからだ。文章ではなく単語であったが。


 そんな中、イリスはある結論に達する。

 涼しげな秋から季節が移り変わり、冬へと入りがかった頃のことだ。


 それは(かつ)てレスティに"過ぎた力"と言われ、使うには覚悟が必要と言われたものだった。その確証をイリスは得てしまった。魔法書にその様な記述があった訳では無かったが、それでもイリスが考えていた事への答えに至るには十分だった。

 そしてイリスは魔法薬にも関係していたある仮説をレスティに伝えていく。これについては今現在でも薬師の間で激論が繰り広げられている内容の事ではあったものの、イリスが告げた仮説が持つ信憑性はかなり高いと思えてしまう程の説得力を含んでいた。


 これを機にイリスは、徐々に真実へと辿り着く為の道を歩き出していく。



 この世界に来て二度目の年の瀬となった頃、イリスはある仮説に辿り着いてしまう。その事についてレスティに話すと、驚愕の色を露にして唖然とされてしまった。この件については軽々と誰かに話さない方がいいとイリスでもはっきりと理解出来た。それ程の事だった。まずは何故そういった事になっているのかを調べなければならない。

 リーサがあの日に辿り着いた"言の葉(ワード)など必要ない"という事には、イリスも到達していた。それも初めて魔法というものを勉強した時からうっすらと感じていた事だ。既にイリスは言の葉(ワード)を含めずに魔法を発現させている。彼女が気付いた仮説は更にその先にあるものであり、今のリーサであっても辿り着いていないと思われる様な内容となる。

 それは魔法や魔法書などという、イリスからすれば今まで感じたことも無い未知の力と言えるべきものの根幹に深く関わることになるだろう。

 これを軽々と口にすることなど出来ない。言った所で信じる者などいないだろうが、それでも言う訳にはいかなかった。だがイリスは、こうなってしまった理由が必ず世界のどこかにあるはずだと確信を持っていた。


 この頃になると、イリスの魔法修練にも明らかな変化が見られるようになる。

 極々稀に発現していた薄黄蘗(うすきはだ)色の魔力が常に放出されるようになっていた。だが、瞳を閉じながら修練をし続けているイリスがそれを知る事は無かった。色々試してみて、精神統一しながら魔法修練をするのが一番効率がいいと肌で感じたからだ。その為に邪魔になる視覚情報を遮断してイリスは修練をずっと続けていた。


 その修練方法が正しく、効率が良いと体感して理解出来たのは、修練を本格的に始めて一ヶ月半ほどが経った頃、この世界に来て初めての立冬の事ではあるが、その高め続けた魔力を実質的な力へと変換していくのは、それから更に一月半が経ち、年が明けてルイーゼと二人で訓練をしていた時の事となる。

 この時点で王女達のそれを軽々と超えるだけの力を身に付けてしまったイリスであった。その期間はたったの三ヶ月と少しとなっており、女王が予想していたものを大きく上回る結果となった。その予想の直後に発したエリーザベトの言葉通り、その先の事は誰も予測など出来るようなものでは無くなっていく。


 十五歳となる年が明けた頃、図書館での勉強も大凡(おおよそ)終え、その時間をルイーゼと共に訓練に励むようになっていたイリスは、新たな力を手に入れた。

 それはリーサがあの運命の日に仮の名前として付けていた、強化型ブーストと呼ばれていたものと酷似していたが、その完成度と応用力はそれとは似て非なるものとなり、彼女が強化型ブーストと呼んでいたものを以前より習得し、己が物としていたルイーゼを()ってしても驚愕させ、彼女をも完全に凍り付かせるまでにその能力をイリスは昇華させてしまった。


 だがイリスはその程度で慢心などせず、直向(ひたむき)に自身を鍛え続けていった。

 彼女の目指すもののために。彼女の目的のために。

 もっと前へ。そう言いながらイリスは、ただひたすらに前へと進んでいった。


 それから一月ほど経った頃、次第に王女達の訓練の時間に余裕(・・)が出てきたエリーザベトもイリスの訓練に合流出来るようになる。イリスの成長した姿を楽しみに、彼女が訓練をしているギルドの地下訓練場へと足を運んだ女王であったが、はじめて見た時のイリスの成長振りに、あの(・・)女王が思わずぽかんと口を開けて呆けてしまったほどだった。

 そのイリスの変貌とも言えるほどの姿に、娘たちではなく最初からイリスに集中して訓練してあげれば良かったと本気で後悔してしまうエリーザベトと、あまりに常識という概念から逸脱してしまっているイリスに、末恐ろしく思ってしまうルイーゼだった。


 既に剣術と盾術(じゅんじゅつ)をルイーゼから学んだイリスは、女王の勧めで体術も学んでいく。その習得速度は目を見張るものがあり、わずか数日でそれを会得してしまったイリスは、続いて槍術、棒術、混術、杖術、投擲術(とうてきじゅつ)など、あらゆる技術を学ばせていくも、それを真面目に次々と吸収していくイリスだった。


 ギルドの地下にある訓練場に、初めてルイーゼが訪れた時に居合わせた冒険者達は驚きを隠せなかった。しかも戦えるような感じをまるで出していない少女に訓練を施していたのだから、その驚きは更に大きなものであった。そして物凄い速度で学んでものにしていく少女に度肝を抜かれる冒険者達。更にまさかこんな場所に女王陛下まで訪れることになるとは、流石に驚きを通り越して完全に固まってしまう冒険者達であった。

 女王が訪れる頻度も日に日に増えていき、次第にその異様な光景を受け入れ始めた矢先、イリスが早々と習得していく技術に再び凍り付かされる冒険者達。そんな日々を繰り返していった。



 三月(さんつき)の中頃になるとその光景はギルド名物と言われるほど、とても有名なものとなっていき、観客の姿も次第に増えていった。この件には騎士団に箝口令(かんこうれい)が敷かれ、(ちまた)で有名程度では姫様達に伝わる事もなく、お互いに干渉する事無く修練に励んでいった。


 三月(さんつき)下旬となった頃、いよいよイリスの修練の仕上げに入っていった。

 この頃になると、姫様達には課題を提出するだけでイリスに付きっ切りとなったエリーザベトは、わくわくした気持ちを心の中で留めながら、イリスの成長の行く末を見守っていく。そんなエリーザベトの様子をジトっとした目で見つめるルイーゼだった。

 姫様達に見切りをつけたのかと半ば心配になり、イリスの修練が終わる午後の鐘が鳴った後、帰り道を走る馬車の中で思わず聞いてしまったルイーゼだったが、どうやらそういう事ではないようだ。本当に課題くらいしかする事がなくなっているのだとか。

 一応はそれなりの形まで育ちましたよと言葉にしたエリーザベトは、相変わらず表情を一切変えずにとんでもないことを口にしていった。


「今ならオレストベアでも素手で殴り(たお)せますね」

「自分の娘に何をさせているんですか!! 貴女は!!」


 まるで馬車が飛び跳ねるような驚くほど大きな声が、誰もいない王城へと続く上の庭に響いていった。




 評価して頂いた方がいらして下さったようで、本当に有難う御座います。あまりに驚いて三度見してしまいました。評価して頂けると、面白かったよって仰って下さっているように感じ、とても嬉しく、また光栄に思います。今後の励みにさせて頂きたいと思います。直接お伝え出来ないのは寂しいですが、ほんの少しでも気持ちが伝わることを祈って書かせて頂きました。評価して頂いた方、本当にありがとうございました。

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