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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"変化"


 翌朝、不思議と鐘の鳴る前に起きる事が出来たイリス。

 どうやら意識次第で、鐘の音を目覚ましにすることなく起きる事が出来ると知ったイリスだった。運動用に買っておいた服に着替え、レスティを起こさないように静かに一階へ降りていくも、既にレスティは起きている様だった。どれだけ早く起きているのか尋ねたくなるが、まずは自分の事をしなければならない。


 準備を整え、レスティに挨拶をして外へと向かっていくイリス。

 まだ日も出ていないくらい明け方に、イリスは訓練を始めていった。


 早朝訓練を終えると朝食を取り、お店番の仕事に出る。そして午後の空いた時間に図書館へ行き、魔法の勉強も始めていく。昼の鐘が鳴ったら家に戻り、夕方の鐘が鳴るまで仕事をする。その後、薬の調合をして薬剤、調薬の勉強をレスティに教えて貰い、お風呂に入って寝る前に魔力上げの修練をする。

 これを毎日の日課にしていくイリスはルイーゼの言いつけを守り、無理をする事無く少しずつ修練をしていった。


 訓練を始めてから二日後にルイーゼが再び"森の泉"へとやってきた。イリスの育成メニューが完成し、以降はこれを踏まえた上での修練も始めていく。だがまずは身体能力を向上させなければならないので、今現在でイリスがするべき事は少なかった。




 季節は変わり、この世界に来てから二度目の春。

 イリスが十四歳となる頃、ある変化が彼女に訪れていた。


 毎日読みふけっていた魔術書、魔法書の類を三分の一は読んだ頃、気になる事が増えて来た。中でも特にイリスが注目していたのは魔法書を書いた作者についてだ。相も変わらず訳が分からない書き方をしている本ばかりで、辛くなって来た頃の事になる。


 エルヴィーラ・バルシュミーデ、クレスツェンツ・ケルヒェンシュタイナー。そしてアティリータ・アリーセ。


 まだ魔法書を全て読んでいる訳ではないが、魔法書を書いている人物はこの三人しか著者としての名前を見かけていない事にイリスは気がついた。

 中でもアティリータという著者が、イリスの読んだ魔法書の殆どを書き上げているようだった。あの『おさる本』や『基礎魔法学』も、この方が書き残したものらしい。


 魔法書の三分の一も読んで未だ著者が三人しか見かけないという事は、やはり魔法書と言われるものを書き残すという事自体、誰もしないのだろうかとイリスは思ってしまう。そもそもこれだけ回りくどく書けるのは、もはや才能と言えるかもしれない。それ程の難解な書物だ。姉も兄も魔法書が理解出来ずに魔法を断念したと言っていた。そんなつもりはないが、イリスが書けば魔法も分かりやすいかもねとも言われたくらいだ。


 何とはなしに気になったイリスは、これらの著者に関する書物が無いかを調べてみたが、年齢や性別、出身地はおろか、その名前が載っている書物ですら存在しなかった。

 その名の響きからすると女性だろうか。その程度しか分からず、マールやエメリーヌにイリスは聞いてみるも、二人も全く知らないのだそうだ。エメリーヌの話では、そういった研究者はあまり表沙汰になるのを嫌う性質の者が多いのだとか。


 魔物学者の多くは、エークリオで開かれる学会に良く現れるが、魔術研究者はまずそういった場所に現れないのだそうだ。人知れず日々研究に没頭しているらしく、研究成果も一切世に出すことはないとさえ言われている存在らしい。

 一体どうやって生活しているのかイリスには疑問に思えてしまうが、エメリーヌの推察では冒険者をしながら生計を立てつつ研究をしているのではないか、とのことだった。妙に納得してしまう説得力のある言葉に、思わずマールと一緒に『なるほど』と感心をしてしまったイリスであった。

 続けてエメリーヌは、もしかしたら冒険者をしている魔術師(キャスター)の中に居るかもしれませんねと気になる言葉を残すも、ああいった本を書いた人と同じような方だとすると、仲良くなれるかは正直なところ疑問に思ってしまうイリスであった。



 その後もイリスは仕事、勉強、修練をひたむきに繰り返していく。

 太陽の日になると、早朝トレーニングだけ休息とした。この休息日もルイーゼの指示によるものである。毎日繰り返せば必ず身体に変調を来たすから、休むのも大切な訓練だと言われている。イリスは師から教えられたその言い付けをしっかりと守っていく。

 この日はその他の勉強とレスティやアンジェリカ、姫様たちとの時間を大切にしていった。ガゼボでのお茶を頂いている時も、どちらも自分がしている事についての話は一切せず、普段通りの話をしながら、ゆっくりと楽しい時間を過ごしていった。


 イリスはそれを話したところで、二人に迷惑がかかると思っている。

 彼女たちはお友達である以前に一国のお姫様達である。やるべきこと、なすべきことが沢山あるはずだ。それを自分だけ自由な冒険者という職に就くなどと言えるはずもなく、ただ口にしただけでも彼女達に迷惑がかかると思い、イリスはそれを二人に話すことは無かった。

 そしてそんなイリスの気遣いをしっかりと理解した上で、二人はイリスに自分達が訓練している事を言うことなく、日々の鍛錬を続けていた。これは女王の指示でもある。


 イリスには訓練メニュー以外、女王は一切手を出していない。

 手伝いたい気持ちはとても強いのだが、娘達に訓練を頼まれてしまった以上、イリスと訓練中に鉢合わせる可能性が高くなる。そうなれば彼女の決意に水を差しかねない。

 それにイリスには女王が推す訓練方法よりも、イリス自身に任せた方が強くなれると判断したようだ。何よりも賢く、自身の事を理解していると思われたイリスに余計な口を出す事そのものが、却って邪魔となる可能性が高いと思われた。それは今までの彼女の行動やなして来たものがそれを証明している。独学であれ程の魔法が使えるという時点で、余計な手出しは無用だろう。今は黙って見守るのが最良だと女王は判断した。

 ならばと娘達を徹底的に鍛え上げることが望ましいと判断していた。


 その勢いは騎士達から見ても、とても女性に耐えられそうな内容ではなく、言葉で言うなら、見るに耐えない凄まじいものだったと、彼らは後に青ざめながら語っている。

 ルイーゼからすればそんな鍛錬法は邪道であり、寧ろ大きな怪我に繋がるので直ぐにやめるべきだと、毎日のようにエリーザベトと激しく口論していた。

 (もっと)も、激しく口を出していたのはルイーゼだけであったが。

 その度に『私の時はこんなものじゃありませんでしたよ』と、いつもの表情を一切崩す事無く語っていたという。


 怪我をすればライフポーションを飲ませて強引に回復させ、疲労が溜ればスタミナポーションを飲ませて立ち上がらせて目を覆いたくなる様な厳しい訓練を続けていく。

 とても一国のお姫様にするような訓練メニューとは程遠い事を、愚痴ひとつ零さずに淡々とこなしていく二人の様子を見ていた騎士団は、自分の上司がルイーゼ様で本当に良かったと、心の底から思っていた。


「あら? もう立てないのですか? ではここで今日の訓練はお仕舞いにしましょう。思っていた以上に情けないですね。もう少し覚悟のある子達だと思っていましたが……」


 既に起き上がるのも厳しそうな娘達二人に、女王は淡々と言葉にしていった。

 そしてエリーザベトは(あざけ)りとも思える辛辣な言葉を、満面の笑みで告げていく。


「この程度もこなせないようであれば、イリスさんには遠く及ばないでしょうね。彼女は更に高みに行くでしょうから。貴女達は大人しくフィルベルグに残り、女王としての教育に専念する事になるでしょうね」


 その言葉に強引に立ち上がる二人。

 このままイリスを行かせられない。

 お友達を独りで行かせる訳にはいかない。


 言う事を聞かない身体とは裏腹に、その瞳にはより強く闘志が漲って見えていた。

 それを見ないようにしながら青い顔で訓練を続ける騎士達だった。




 昼の鐘15時、夕方の鐘18時です。

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