"並みの覚悟"でなければ
イリスがレスティと話をしている頃、王城の中庭にあるガゼボにてお茶を楽しんでいた二人の姉妹の元へ訪れた者達がいた。
「シルヴィア、ネヴィア。今日も良い天気ですね」
「あら母様、そうですわね」
「ルイーゼ様もご一緒なのですね」
「ふふっ、ええ。これから少々話がありましてね」
笑顔で答える姉妹に二人は笑顔で答えていく。
エリーザベトはシルヴィアに尋ねていった。
「公務の方はどうですか?」
「特に変わりはありませんわね」
「そうですか。それは良かったです」
そう言葉にした母とルイーゼに、ネヴィアは笑顔でリアーヌの淹れてくれたお茶のお誘いをしていく。
「母様もルイーゼ様も、お茶は如何ですか?」
「いえ、私は結構です」
「ありがとうございます。ですが私もご遠慮させて頂きます。これから少々用事がありますので」
あら残念ですわとシルヴィアが答えていくが、ふとその用事とやらが気になる二人だった。普段であればあまりそういった言い方をルイーゼはしない。
どうにも気になったシルヴィアは、ルイーゼにその事を聞いてみた。
「何か特別なご用事でもあるのかしら?」
「ええ。これから私はルイーゼと、イリスさんの訓練メニューについてのお話がありますので、余り時間が無いのです」
その問いにルイーゼではなく答えた母の言葉に、思わず固まってしまった二人。
どうにもその言葉の真意が掴めなかったようで、二人は聞き返してしまった。
「イリスちゃんの、訓練メニュー、ですか?」
「訓練とは、どういう意味ですの?」
驚きを隠せない二人にエリーザベトは、声色も表情も一切変えずに淡々と言葉を返していった。そしてそれに続くルイーゼの言葉で更に驚く二人であった。
「言葉通りですよ。彼女は冒険者を目指すようで、鍛える為ルイーゼに師事したのです。恐らくは十五歳となった時に正式な冒険者登録を済ませるのではないでしょうか」
「その為の訓練メニューを、これからエリザとじっくり協議せねばならないのですよ」
「冒険、者……? イリスちゃんが……?」
「イリスさんは、"世界"に、出るつもりですの……?」
余りの事に心ここに在らずとなってしまったネヴィアとシルヴィアに構う事無く、エリーザベトは会話を早々に終わらせていく。
「では、私はこれで。二人はゆっくりとお茶を楽しみなさい」
その言葉にきゅっと唇を結ぶネヴィアはある決意をして言葉を発していった。
「お待ち下さい!」
勢い良く立ち上がるネヴィアに笑顔で返していく二人。
先に口を出したのは母であった。
「あら。何かしら、ネヴィア」
「母様。折り入ってお願いがございます」
いつに無く真剣な表情のネヴィアに嬉しく思うも、一切表情に出す事は無く言葉を返していくエリーザベト。
「言ってみなさい」
「私を母様の手で強くして下さい」
「何のために強くなるのかしら?」
「イリスちゃんの力となる為です」
その言葉にゆっくりと席を立つシルヴィア。
「私もです、母様。このままイリスさんの為に何も出来ないなんて、そんな事をしてはなりませんわ!」
シルヴィアを横目に見ながら、エリーザベトは質問していく。
「公務はどうするつもりですか?」
「公務も大切ですが、もっと大切な事があります」
はてといった表情を浮かべながら、エリーザベトはシルヴィアへ問い返していく。
「何ですかそれは。公務よりも大切な事などあるのですか?」
「あります。お友達の力になることです」
エリーザベトはネヴィアを見るも、どうやら同じ顔をしていた。
ため息を軽く付きながら、二人に向かって言葉を投げかけていく女王。
「これから貴女達はこのフィルベルグの女王となるべく、様々な事を学ばねばなりません。それを放棄してまでするべき事ではありません」
「「お友達ひとり助けられない者が、フィルベルグの女王として相応しい筈がありません!!」」
シルヴィアはそう言うと思っていたエリーザベトだったが、まさかネヴィアにまで言われるとは流石に思っていなかった。この子の気性はとても穏やかで優しく、シルヴィアと違いエリーザベトには似ていない。先代女王である祖母シャーロット似の性格だ。
エリーザベトには全く似ておらず少々寂しい思いをしていたが、どうやらそれも杞憂だったようだ。その瞳は明らかに祖母シャーロットではなく、エリーザベトの色をしていた。嬉しさのあまり、思わず頬が緩みそうになる気持ちを押さえ込み、言葉を続ける女王は言葉を続けていった。
「まさか二人とも、冒険者になるつもりですか?」
「登録はしません。出来ないとも思いますし。それでもイリスちゃんの助けになりたいのです」
「そうですわね。でも、それには今のままではダメですわ。母様に鍛えて頂きたいと思います」
「お言葉ですが姫様方……」
申し上げ難そうにルイーゼが間に入る。
「イリスさんの覚悟は凄まじいものがあります。
並々ならぬことを成さねば追いつけないと思われますが」
そのルイーゼの思わぬ言葉に目が点になる二人。
正直なところ、彼女の発言の意味が分からずに戸惑ってしまった。
「え? だって、イリスさんはまだ、訓練を始める前、ですわよ、ね?」
「追いつけないというのは、どういった意味なのでしょうか、ルイーゼ様」
全く意味が分からず固まる二人に、女王が答えていった。
「イリスさんは貴女達程度など、半年もあれば追いつくでしょう。彼女の覚悟は本物です。間違いなく貴女達など軽々と追い抜いていきます。そこから先は私達でも正確な予測など出来ません。それほどの逸材です。並みの覚悟では彼女の足手纏いになります。一緒に居られるだけ邪魔です」
辛辣な言葉を強烈に投げつけるエリーザベト。
しばしの沈黙が訪れるが、鋭く二人は母を見つめ直し、言葉を口にしていった。
「……では、並みの覚悟でなければ良いのでしょう?」
「そうですね、姉様」
二人の瞳は燃え盛るような闘志で満ちており、あぁ本当にこの二人はエリザの娘なのですねと、ルイーゼは半ば引きながらその様子を見つめていた。
正直なところ、若かりし頃からこの目に悩まされてきたルイーゼには、少々トラウマのような瞳に見えてしまった。
頭を抱えたく思える三人の存在に、ルイーゼはそそくさとこの場を去りたい気持ちで一杯になった。
ガゼボとは、西洋の庭園や公園などによく見られる建物で、屋根と柱があるだけのシンプルに作られた建造物の事です。用途は日除け、雨よけ、休憩などに使われていたそうですが、ここで登場するものは主に、日除けとお茶を飲む憩いの場として使われております。