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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"見守る義務"

 

 その説明に納得は出来るが、腑に落ちない点も感じてしまった。思わずそれにラウルが口を出してしまうが、それは誰もがリーサの言葉から考えていた事だった。


「何故、剣に纏えば貫けると確証が持てたんだ? 鋼鉄の矢(ボルト)の方が一点集中(ピンポイント)で攻撃が出来るように思えるんだが。あれが弾かれて、剣では弾かれないという事にはならないんじゃないか?」


 そのラウルの言葉は(もっと)もだと思えた。

 そもそも弓矢の類は、貫く事を前提として作られている。性能としては槍も似たような物ではあるが、中でも弓矢は遠くから獲物を貫いて仕留めるために作られた武器である。威力はミレイが証明していたように、凄まじいまでの速度と貫通力を見せ付けた。あの眷属の大牙ですら砕いてしまったほどの強烈な一撃だった。

 それを眷属が弾き返したという事実が、剣であれば攻撃が通るという事には繋がらないと思ってしまうのも仕方の無い事だと言えるだろう。

 寧ろそれは概ね当たっているのではないだろうかとも思えてしまう。


 だがリーサはそれに答えていった。

 あくまでも推察ですがと前置きをして。


「恐らく込めた魔力次第でその威力も上がっていくと推察出来ます。そして矢と短剣の質量の差も関係していると思われます。魔力を纏うほど強くなるのでしょう。

 ミレイさんの行った攻撃は、身体に魔力を纏わせた強化型のブーストです。故に、その短剣には魔力は通しておらず、ただ剣を眷属に触れさせただけのものなのだそうです。それでも十分過ぎるほどの効果を眷族に与えている所を考慮すると、通常の攻撃であっても、相当の威力を出す事が出来れば効果があると思われます。尤もそれだけの威力を出すには、それこそ強化型ブーストが必須になるでしょう。

 そして眷族に有効的である魔力を纏わせる技術を、通常の武器で使用すると破損する可能性が高いです。ミレイさんのクロスボウのように弾け飛ぶ事になるでしょう。そこでロット君の盾のような使い方が最も適していると思われます」


 その仮説にヴァンが短く言葉にし、それにリーサは頷きながら答えていった。


「ミスリルか」

「はい。魔法銀と呼ばれた特殊な金属であれば、恐らくこの力を十全に発揮出来ると思われます。どなたが名付けたのかですら分からないほど大昔から存在している金属。これに関しての記述が含まれる文献も存在しておらず、今現在でもその解明には至っていないと聞いたことがあります。

 言うなればミスリルは、未知の金属と言えるでしょう。その詳細も正しく伝わっていません。そしてその正しい使い方も、です」


 そのリーサが唱える言葉に、再びの沈黙が訪れる。

 更に言葉を続けていくリーサは、ある事への核心に迫る言い方をしていく。


「未だ解明されていない未知の鉱石(ミスリル)、尋常ではない能力を秘めた眷属、魔法を纏うという強大な方法、既に失われてしまった世界の歴史、言の葉(ワード)というものの存在、そしてフィルベルグ王家が秘匿し続けているもの。これら全て合わせていくと、一つの可能性に導かれます。いえ、辿り着いてしまいました。

 ですが、今それを議論すべきではないでしょう。まずはあの()を倒さねばなりません」

「ついにリーサもあれを猪って呼ぶようになったな」


 ヴィオラはリーサが発した辛辣な言葉に、思わず苦笑いをしてしまった。

 あまりこういった言葉を出さないリーサではあるが、内心では怒りにも似た何かを持っているとヴィオラは感じていた。


 だが彼女は、それとは別のことを考えていた。

 第二防衛線で見せた女王と騎士団長の遣り取りの事だ。

 リーサはどうしても思い出さざるを得なかった。

 幾らその考えを振り払ったとしても直ぐにまた思い出してしまう。

 そんな弱さを見せる自分自身が、何とも言えず苛立たしく思えた。


 そんな彼女の様子を察したかのようなヴィオラは、リーサがこれから出すであろう言葉も大凡(おおよそ)理解した上で話しかけていった。


「言っちまえよ。溜め込むとしんどいぞ。構わないから言っちまえ」


 思わず仲間を見回してしまうリーサ。

 どうやら彼らもヴィオラと同じような想いを持っている様に見えた。

 ちらりと再び眷属を一瞥しながらリーサはその溜め込んでいたものを、まるで吐き出すかのように、そして苦しそうな様子で言葉にしていった。


「……女王エリーザベト様と騎士団長ルイーゼ様であれば、

 ……たったの二人で、眷属を屠れたと思われます」


 眉を顰めながら、ぐっと下唇を噛む仕草を見せるリーサ。

 その言葉の意味するところは、今まで必死になって戦っていた大切な仲間達の行って来た事が、意味を成さないという事に他ならなかった。

 リーサは自分自身の無力さに、情けなくて悔しくて、腹立たしく思ってしまう。


 ヴィオラはそんなリーサの頭にぽんと手を乗せながら、とても優しい口調と笑顔でリーサへと言葉にしていった。


「……馬鹿だな、リーサは。もう自分でその先まで見えてんだろ? アタシにだって大凡の見当が付いた位だ。なら、どうしようもなかったって分かってるはずだ。

 アタシらはアタシらの出来る事をするだけで精一杯だったんだよ。リーサが思い悩む必要なんて、これっぽっちも無いんだ。リーサが独りで気に病む必要なんて無いんだ。ありがとうな。アタシらの為に怒ってくれて。その気持ちは本当に嬉しいよ。だからリーサは、リーサの出来る事をすればそれでいいんだ。

 アタシらに出来る事はかなり少なくなっちまったけど、何かあれば何でも頼れ。

 アタシらは命を預け合った戦友なんだからな。気遣いなんてすんな」

「……はい。ありがとうございます」


 そう言いながら涙ぐむリーサに、それはアタシの言葉なんだけどなと答えていくヴィオラ。そしてその言葉に反応して『アタシ()だろ』とマリウスに言い返されてしまい、それを肯定しながら豪快に笑っていくヴィオラだった。


 眷属を見遣(みや)ると、未だに転がったままでいるようだ。

 既に十二ミィルは経過しているだろう。それでもあの状態という事は、リーサの推察が当たっているという事になるだろう。


 その様子を見ながらヴァンが口に出していった。


「……ああいう事になる訳だな」

「そうだろうな。思えば身体能力強化魔法(フィジカルブースト)であってもあれだけの性能を持つとは思えない。そこに考えが至らなかったとも言えるな。全てリーサの推察通りの様だ」


 ブレンドンが続いていくが、それ以降は言葉が止まってしまった。

 何とも言う事が出来ず、遣る瀬無い気持ちで溢れてしまいそうになる。


 そう、全てはリーサの推察通りだった。

 彼女の言葉を借りるのならば、『後は任せて下さい』

 そういう事だ。


 リーサが放ったこの言葉には、多くの意味合いが含まれている。


 これまで休まずに戦い続けてきた戦友達にかけた信頼の言葉。

 離脱しても尚努力して戦線復帰する迄に至った彼女達の意思。

 そこに特殊な力でなければ眷属を倒せないという厳しい現実。

 その事実を知った上で自分達が倒さねばならないという覚悟。


 その全てを、最後の最後で彼女達に背負わせてしまった。


 それを知ってしまったら、もう何も言葉には出来なかった。

 下手な手出しすらも出来ないという事実を理解してしまった。

 眷属の攻撃力が半端なものではない為に、彼女達の盾となる事すらをも現実的に否定されてしまった。


 それでも何かが出来るはずだ。何でもいいから彼女達の力になれるはずだ。

 そう思い続けているヴィオラ達は、一つの答えにしか辿り着けないでいた。

 何度考えても、何度思いを巡らせても、必ず同じ答えに行き着いてしまう。


 自分達が行動すれば彼女達の邪魔になる、という最悪の答えに。


 これ以上の答えを見付けられないままでは、ヴィオラ達はこの場を飛び出す事すら許されないだろう。それはミレイが見せたあの力だけでも、そう言い切れてしまう。眷属の周りにいるだけで彼女の攻撃の妨げになってしまうだろう。


 今も尚横たえながら、もがき続けている眷属。

 たったの三撃であれだけのダメージを与えた事実。

 あれほどのダメージを九人がかりでも出すことは出来なかった。

 それを二人で成したという衝撃的な現実が、彼女達の心を責め(さいな)んでいた。


 既に勝機は見えている。

 いや、最早負けることなど有り得ないだろう。

 眷属のもがき苦しむ姿が嘘だとは到底思えない。

 これまでとは明らかに違う苦しみ方をしている。

 今までの苦しむ姿が、例え演技をしていたとしても、だ。

 リーサとミレイ、そしてロットの三人で確実に勝負がついてしまう。


 何て遣る瀬無いのだろうか。

 魔法すら禄に発現させることすら出来ないヴィオラ達が、今更その強さへと至るには時間がかかり過ぎる。以前から練習していたミレイや、普段から魔法が扱えるリーサの強さにまで追いつくには、それこそ一日二日程度で身に付けられる様な軽々しいものではない。


 だからこそ彼女達には、もう何も出来ない。する事がない。


 リーサたちが眷属へと歩んでいく後姿がとても遠く感じたヴィオラは、それでも何かをしてやれないかと考え続けた。そんな答えなどある訳が無いと内心で思いながらも、それでもアイツらに何かしてやりたいと、そう思ってしまっていた。


 こんな悔しいことが(かつ)てあっただろうか。

 こんな情けなく思うことが今まであっただろうか。

 これ程の何も出来ない無気力感に(さいな)まれたことも覚えがない。


 本当に辛い事だ。だが耐えなくてはならない。

 勝利が見えたとはいえ、未だ戦いは終わっていないのだから。


 せめて共に戦った仲間として、ヴィオラ達にはその戦いの行方を最後まで見守る義務があった。



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