"身体が反応してくれない"
眷属に向き合うリーサとミレイ、そしてその直ぐ後ろにロットが待機している。
敵の状態を目視で確認しながら、ミレイに向けてリーサが話していった。
「ミレイさん、三本です。お気を付けて」
「うん、そうだね。まずは試してみよう。問題がなさそうなら一気に終わらせて、みんなで一緒に帰ろう」
「そうですね」
そう言い合って笑顔で軽く笑い合う二人に、後方へと下がった者達は驚きを隠せない。まさか本当にたった二人で立ち向かい、九人で戦っても倒せなかった眷属を二人だけで倒すつもりなのかと、信じられないという表情を浮かべてしまう。
ロットは先程の疲れも見える。早々に攻撃へ転じる事も難しいと思われた。ならば本当にたったの二人で倒すつもりなのかとヴィオラ達は不安に思ってしまった。
その二人の言葉を返すように、ロットが言葉にしていった。
彼には少々珍しく、弱気な発言となってしまった。
「俺に出来ることは、リーサさんを護るくらいだよ。ミレイの速さにはとても追いつく事は出来ないけど、大丈夫かい?」
ロットの心配は、ミレイを防御しきれないという不安から来ていた。
それも当然だろう。
ミレイの最高速度に追いつける冒険者など、この場にはいない。
それ程の速さで動かれると、とてもじゃないが防御など出来ない。
場合によっては護る事が出来ない位置で、眷属に狙われることになる。
先程の少女の件が頭を過ぎるロットは、それだけは阻止したいと思っていた。
そんなロットの心配をよそに、ミレイは笑顔で笑いながら答えた。
だが、軽く流した様子ではなく、彼女達は確かな自信を持っている様に思えた。
「あはは、大丈夫だよ、ロット。ありがとね」
眷属はそんな会話すら許さないと言わんばかりに、後ろ足に力を溜めようとしていた。その様子を確認しながらリーサは二人に向けて言葉をかけていった。
「私は先制以降は支援攻撃に徹します」
「うん。二人ともよろしくね!」
「ああ!」
チームを編成する三人。
前衛ミレイ、中衛リーサ、後衛ロットという異色の構成となった。ミレイはリーサの直線上から場所をずらし、リーサ斜め前方に位置取りをしている。
ロットが後衛に回ったのには理由がある。この後衛ならばリーサの邪魔にならず、直ぐにでも防御へと移れる位置にロットが待機をし続けられるからだ。
彼は攻撃には加われない。その余裕がまだないからという事と、攻撃よりも防御に専念するためという意味合いが強い。
現在のロットにはそれだけの力の余裕がなかった。スタミナポーションが無くなった今では、あとは自然回復を待つしかないだろう。それも数ミィルはかかってしまうと思われるため、この状況では防御に回らざるを得なかった。歯痒いと思ってしまうがそれも仕方のない事だ。出来る限り動きを最小限に留めて回復に努める。これが今自分に出来ることだとロット自身は思っていた。
だからこそ彼はリーサの護衛に徹する。あの時のミレイのような事は二度とさせるつもりはなかった。
だが、ロットのそんな想いを打ち砕く事になる一撃を、今や今やと飛び出そうとする眷属に向かってリーサが放つ事になる。
直線上にミレイは待機していない。故に真正面に向けて魔法を発動していった。
右手を杖の中部、左手を杖の下部に持ち、右足を前に、そして左足を後ろに大地を踏みしめるようにしながら言葉を発していく。
「シュート!! 水よ!!」
リーサの持つ鉄製の杖の先端から、鋭い水の槍が形成され、凄い勢いで眷属へと向かって襲い掛かった。その槍の大きさは、彼女達が離脱する前に見せた水の刃よりも遥かに大きく、優に三倍はあるように思えた。形も前に見せた水の塊を強引に刃のようにしたものではなく、洗練された鋭さを感じる槍状のものへと変貌を遂げていた。
まるで力を取り戻したかのような、物凄い速度で突進を繰り出してくる眷属へ向けて放ったその一撃は、左足から背中にかけて突き刺さり、踏ん張りが利かなくなった眷属は、そのまま倒れ込みながら勢いを抑えられず転がっていく。
暫くすると水の槍はまるでその役目を終えたかの様に、すぅっと消えていった。
リーサが放ったその魔法の威力に唖然としてしまうヴィオラ達。
思わずヴィオラは呟くように言葉を漏らしてしまった。
「……アイツ、この短期間で攻撃魔法を更に強くしやがった」
ふわりと風に揺れる髪がとても美しく彼女を映しながら、その凛々しい佇まいに思わず見蕩れてしまったヴィオラは、同時にリーサが見せた急成長に末恐ろしく思い、冷や汗をかいてしまった。
水の槍が与えたあまりの衝撃に倒れこむ眷属へと向かって歩きながら、白く美しい魔法銀製の短剣をゆっくりと腰から抜き放っていくミレイ。ヴィオラたちはミレイが一体何をしようとしているのか見当も付かなかった。
確かにミレイは、並みのゴールドランク冒険者では掠りもしないほどの瞬発力があり、身体能力の高さという意味では相当の実力者ではある。だがミレイは魔法が使えない。クロスボウが壊れた今、近接戦闘しかする事が出来ない。であれば、腕力の低いミレイが攻撃するよりも、ここにいる全員で攻撃を仕掛けるのが定石ではないだろうかと、休憩をしている者達が思ってしまうのも仕方のない事だろう。
ミレイには魔物に有効となる魔法を持ち合わせていないのだから、例え攻撃魔法を使えるようになったとしても、魔術師であるリーサほどの威力は手に入れられないはずだし、何よりも魔物ですらない眷属に、急ごしらえで手に入れた魔法など使える訳もない。
それでもミレイは、任せろと言ったリーサに付いて前衛に出ている。
ミレイは大口を叩くような冒険者でも、自分に出来ないことを出来ると言い張るような女性でもない。それはこの数日、はっきりと理解出来るだけの時間を、彼らはミレイと共に過ごしている。何かしらの攻撃方法があるというのだろうか。
いや、既にリーサがそれを先行で見せてしまっている。
あれだけ威力を上げた魔法を繰り出せるほどの成長をリーサが見せた以上、ミレイも何らかの攻撃手段を手に入れたという事なのだろうか。
何が起こっても不思議ではないと思えるヴィオラ達ではあったが、それでもこの短期間で彼女達の強さが激変してしまう事は、とても理解の及ばない事であり、また想像だにしない事だった。ここに来てそうそう強くなれるとも思えないヴィオラ達は一体どうするつもりなのかと、固唾を呑んでミレイを見守っていた。
だが、休息に徹していた彼女達は目撃してしまう。
その想像だにしなかった、とても理解の及ばない出来事を。
ミレイは眷属へ歩いて行きながら、腰から抜き放った魔法銀製の短剣を眷属へ向けて構え、歩みを止めて腰を少し落としていく。そして次の瞬間、彼女は消えた。
文字通り、忽然とその場からミレイは消えてしまった。
ヴィオラ達はリーサの周辺を見回してみるも、その姿は見つからなかった。
直後、眷属が凄まじい悲鳴を上げ、奴の右側から大量の血が噴き出していく。
その凄まじい声に仲間たちの止まっていた思考が、強制的に現実へと引き戻されていった。そしてヴィオラ達はミレイの姿を発見する。
彼女は眷属の更に奥に立ちながらダガーに付いた血を確認するも、短剣を振り払う素振りすらも見せなかった。あまりの速さに血すら付いていないようで、血を払う必要性もないとミレイは判断していた。
眷属を見ると肩から腰にかけて、一直線に切り込まれたような傷が付けられていた。その夥しい出血量から推測するに、相当の深手になっていたようだ。
考えられないがその傷を見る限り、マリウスの渾身の一撃以上の深手を負わせるほどの威力があるように思えた。そんな強烈な攻撃を広範囲に渡って眷属へと切り刻んでしまったミレイに、恐ろしさすら感じてしまう。
リーサ以外の者達が驚きを隠せないまま、ミレイは次なる攻撃と思われる所作をしていく。同じ様にダガーを構え、眷属に向けて狙いをつけているように見えた。
今度こそしっかりとミレイの動きを捉えようとヴィオラ達は集中していくが、またしてもミレイはその場から消えてしまった。その場には小さな土煙だけを残し本人は忽然と消えてしまい、いつの間にかリーサの近くで待機していた。
再び時間差で響き渡る眷属の叫び。今度は逆側を攻撃していたようだ。
開いた口が塞がらない彼女達をよそに、リーサがミレイへと話をかけていった。
その話している内容にすら理解が及ばないヴィオラ達だった。
「どうですか? 扱えそうですか?」
「んー。ちょっと難しいね。速過ぎて一回分の攻撃しか身体が反応してくれないみたいだね。それもどちらかと言えば攻撃というよりも、走り抜けている時に剣で触れるっていう感じだよ。微妙には動かせるけど、これじゃあまり意味がなさそう」
「想定の範囲内ですよ。マナ消費量の方はどうですか?」
「やっぱりかなり消費してる感じだね。まだ二回しか攻撃してないのに軽い眩暈を起こしてる」
「多くても三回が限度のようですね。一度で止めて自然回復に専念しますか?」
「ううん、それは難しいと思うよ。マナ消費が凄いから自然回復するまで数ミィルはかかると思う」
何を言っているのか理解が出来ないロットは固まってしまっていた。いや、理解出来ないというよりは、凄過ぎて思考が止まっていると言えるだろうか。
「ど、どういう、事なんだ、ミレイ……」
あまりの驚きに途切れ途切れに言葉にしながら、ロットは淡々と会話をし続ける彼女達へと説明を求めていった。
1ミィルは1分です。
このお話を修正していて気がついたのですが、眷属が眷族になっている箇所を発見しました。
今まで全く気が付きませんでしたが、正しくは「眷属」です。頻繁に使っている言葉の為、その全ての確認と修正をしている時間がありません。
大変申し訳ございませんが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。