"纏う"ということ
幾ら眷属と呼ばれた異質な存在であったとしても、生物だと思われる以上その力の限界はあるだろう。なら何故、凶悪などという言葉が生温く感じるほどの凄まじい殺気を放つ事が出来るのか。これにも説明が出来てしまう。
要するに魔力を込めている殺気だからだ。
言葉にしてしまえば実に単純な話だが、実質身体能力強化魔法よりも遥かに厄介な技能になってしまっている。
ロットは盾に魔法を込めて、相手の力を受け流し弾き返す事に使っている。
魔法を纏った盾で殴りつける攻撃は、眷属を盛大に転がすというかなりの性能を出しているが、状況が状況だけに、こんな使い方をするのはロット以外には恐らく誰もいないと思われた。それ程の尋常ならざる盾の技術と言える事だし、他の誰にもこんな事は真似出来ないだろう。
ロットの言葉を引用するのならば、魔法で強化をするという事だ。
これはつまり"魔法を纏わせる"という言い方や意味になるのだろう。
剣に纏えば凄まじい切れ味を、盾に纏えば凄まじい防御力を、弓に纏えば凄まじい貫通力を軽々と体現してしまっている。
では殺気にそれを纏えばどうなるか。
そんなことはもはや想像に難くない事だ。
それをかつてのアルリオンが実証してしまっている。
死者・行方不明者三千七百四十三名という数字で。
魔法と知能があるという二つの要素が、全ての事象を繋げてしまっている。
恐らくこれ以上の説得力を持てる説を、この場で出すことなど出来ないだろう。
忌々しい。なんて忌々しい存在なのだろうか、眷族と呼ばれる存在は。
たった一匹のそれに蹂躙された理由が、まさかこんな事だったとは。
もちろんこれは推測の域を出ることは無い。
推測は推測であり、正解などこの場で出ることでは無いだろう。
だがこれ以上の説得力を持ったものなど、彼らには全く思いつく事ではない。
寧ろ身体の内側からそれが答えだと、まるで叫び出している様にも感じる。
おまけに知能を持っているという事が、それを更に増長させてしまっている。
それも戦いながら学習しているのだろう。それをミレイの試してみた事が検証してしまった。あれは戦いながらそれを学んでいると、確信が持てるほどの反応を見せてしまっていた。
これは本気で良くない事態と断言出来てしまう。ここで眷属を倒せなければ、こいつはどんどん成長するという事だ。それも恐ろしい速度で。
既に人が眷属へと攻撃してしまった以上、人を完全に敵だと認識したはずだ。
それが導き出してしまう答えは、人類の歴史上最悪の事態となるだろう。ここで討伐組が撤退をすれば、数え切れないほどの沢山の死者が出るという事になる。
まず手始めに、近場のラーネ村が蹂躙されるだろう。
戦える者などいない。確実に潰されてしまう。
身体能力強化魔法が使える以上、自然回復力も高まっている。
つまり今まで与えていたダメージも、殆ど回復されてしまう可能性もある。
その先など考えたくも無いが、知能がある以上、大きなフィルベルグを狙う可能性は低くなる。恐らくラーネ村から北西へと向かい、シグルへと到達するだろう。
あの街は大きいが、熟練した冒険者は然程いないと思われる。シグルはラーネ村と同じ様な作業員が多く勤める場所であり、ラーネ村よりも規模が大きいだけの拠点となっている。ギルド支部は存在するが、冒険者達も護衛程度の者しかいない。
運が良ければ眷属と戦える者もいるかもしれないが、それでも三人いればいい方だろう。情報も知らずに行き成り戦う事になれば、士気など上がりようがない。まず戦う事すら出来ずに冒険者の殆どが屠られてしまう。
つまりここで眷属を仕留めなければ、シグルが落とされる可能性が高くなる。
シグルの人口はおよそ四千人。
壁などあってもこれほどの爆発的な突進に耐えられるとはとても思えない。シグルに眷属が到達した時点で、かつてのアルリオンを超える大惨事となってしまう。
それだけで終わるとは到底思えない。
周囲の魔物を従え、今度はリシルア国へと向かうだろう。
ギルド討伐指定危険種"ガルド"の襲撃以降、その傷痕が癒えていないリシルア国が、眷属の襲来に耐えられるとも思えない。
最悪の事態だ。
討伐組は逃げる事も封じられてしまった。一度でも眷族を逃がせば、その無尽蔵と言える体力で逃げられ、追いつく事すら困難となるだろう。
だが悪い事だけでもない。
魔法が常時発動出来ないのなら、そこに活路は見出せるはずだ。
マナは無限ではない。それこそあれだけの巨体を覆う身体能力強化魔法を使い続けることそのものが、既に有り得ない程の事なのだから。
現に戦闘開始の頃と比べても、ダメージが通るようになっている。
ミレイの攻撃を防御したのは首だったと思われる事を考えると、戦闘開始直後に使っていたと思われる身体全体を覆う身体能力強化魔法を使えず、確実な致命傷となる首を優先して守ったとも逆に言い換えられる。
それだけ追い詰めているという事だろう。
ならばどうすればいいかは、自ずと導き出されていく。
「……なんて忌々しい奴だ。これが"眷属"かよ」
ラウルが呟く中、彼へと鋭い突進が襲う。
士気が下がっている以上反撃に出ることが出来ず、回避優先で行動していく。
ラウルを通り抜け、直線上にある木をへし折っていく眷属の後姿を睨んでいたヴィオラが、憎たらしげに森林伐採をしている樵に向かって話していった。
「攻撃は単調、威力は絶大。不死身の様な強靭な肉体と、尽きる事がない底なしの体力に、尋常じゃないマナの総量から繰り出される強化魔法。おまけに知能持ちってか? 完全にバケモノじゃねぇか」
悪態を付くヴィオラの顔色は悪く、彼女の頬を一滴の雫が伝っていった。
彼女は既に冷たい汗しか出なくなっている。正直なところ、ここまでの化け物だとは想像していなかった。
それはここにいる誰もが同じことではあるが、ヴィオラの場合は少々彼らとは違っていた。彼女はここまで魔物を怖いと思ったことが無い。魔物とすら定義されていない怪物なのだから仕方ないのかもしれないと思う一方で、恐怖に震えてしまっている自分の情けなさに苛立ちを覚えているようだ。彼女自身理解していないが、周りの者達には戸惑う気持ちの方が強いように見えていた。
だがふと疑問に思うことが頭を過ぎったブレンドンは、珍しく自分から言葉に出していった。
「……ロットの盾に罅が入っていないな」
思わずロットの盾を見てしまう一同であったが、その形状に変化は見られない。
ミスリル製とは言っても壊れない武具と言う訳ではない。硬く、丈夫で、切れ味がよく、軽く扱いやすい。それがミスリル製武具の特徴で、職人による定期的な武具の手入れをしていれば、武具の耐久がまるで回復するかのように戻ると言う、とても不思議な金属でもある。
しかし決して壊れない訳ではない。その耐久性は一般的な合金で出来た武具よりは遥かに高いが、壊れる時は壊れる。壊れたとしてもそれを材料に使い、ほぼ同じ量のミスリル素材として扱う事が出来るが、今はそれは関係のない話だろう。
ミレイのクロスボウのように、魔力を込めて強化した盾での攻撃をし続けているロットの盾が、そろそろ悲鳴を上げてもいいのではないだろうかと思えてしまう。既に亀裂が入ったミレイのクロスボウは、恐らくあと一撃耐えられるか怪しいと思えるほど痛んでしまっている。
だがロットの盾にはそのような兆候は見られない。既にあの凄まじい威力の攻撃を三回以上はしているのに、ひび割れも見られないのは疑問に思ってしまう。
「恐らくミスリルだからじゃないか?」
丈夫だから、という意味でラウルは言葉にするが、それに連想して察したヴァンが話を続けていき、ブレンドンが答えるように言葉にしていった。
「なるほど。魔法銀か。言い得て妙だな」
「つまり魔法を通しやすい金属って事か」
その言葉を聞いたヴィオラは額に青筋を立てながら鋭い瞳で口に出していった。
「今更言っても仕方ないが、本気で女王に説教したくなって来たな」
あははと苦笑いしてしまうミレイ。
女王の持っていた武器もミスリル製だった。勿論防具もだが、この技術を使いこなしていた女王が知らない訳が無い。ほぼ確実に知っていた筈だ。だが黙っていた訳ではない。技術自体に制限をかけていたのだから言えるはずが無いのだから。
それを知った上で、それでも苛立ちがこみ上げて来てしまう。仮定の話は良くないが、それを知っていれば確実な対処が出来たのだから、言いたくもなるだろう。
今回はミスリルについてのお話を少々させて頂きました。作品当初のシナリオでは書く予定はなかったのですが、説明する必要性が出てきてしまったので、前倒しで本文に練り込みました。
以前後書きか活動報告で書かせて頂きましたが、あの有名なファンタジー小説から引用させて頂いておりますが、その含まれる内容は少々違います。それについての説明はまだ先になりそうですが、私オリジナルの金属ではございません。