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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"使い分けていた"可能性

 

 身体能力強化魔法(フィジカルブースト)

 自身の肉体の強化をする魔法の総称。筋力、体力、持久力、敏捷性、知覚性などを本来持っている能力以上のものを一時的に底上げする事が出来る。常時発動し続ける魔法の一つであり、その効果は使用者の練度次第で変化していく。

 修練をし続ければ人種(ひとしゅ)であっても獣人の様な力を手に入れる事が出来るとさえ言われているが、それには並々ならぬ努力が必要とされており、一般的にはブーストと短く呼ばれる。


 その魔法を眷属が使っていたと言う事実に、驚きを軽く通り越し、その驚愕に全身が凍りついた様に全く動けなくなってしまった冒険者達。


 更には熟練冒険者の間で交わされていた、違和感とも言われる魔物の不可解な行動。もしかしてと曖昧に言われていた事が、目の前で現実に訪れてしまった。

 ミレイの言葉に反応してしまった以上、疑い様が無い事実として彼らに襲い掛かっていた。


 本来魔物とは本能で行動する存在である。

 その動きに個体差はあれど、どれもが考える事をするような存在では一切無かった。魔物に発見されれば攻撃される、こちらが攻撃を加えて絶対的不利になってもひたすら攻撃をする存在であり、逃げるなどという行動すら確認されない。ただただ襲い掛かる凶悪な存在。それが世界の常識となっている魔物と呼ばれる存在だ。


 その中に極々稀に冒険者が、違和感を感じざるを得ないような行動を起こすことがあるとギルドに報告される事がある。冒険者同士での情報交換でも遣り取りされる事の一つではあるのだが、それを聞いた誰もが気のせいだろうと笑い話にして終わる、その程度のものとして一般的な冒険者の間では認識されていた。

 しかし熟練冒険者の間では、笑い話にしない者も確かに存在する。確たる証拠が無い以上、所詮は噂話の域を越える事は無いのだが、それでも彼らの間ではもしや(・・・)と言われる様な話に、ここ最近では感じられるようになっていると言う。


 魔物に知能があるなんて信じられない。そんなこと有り得ない。気のせいだ。疲れてんだ。あるわけ無いだろ。そう笑いながら言われるのが一般的な常識となっていた。


 だが魔物学者は言う。何故そう言い切れるのかと。

 それこそが答えだと、まるで断言するように笑う冒険者に彼らは危惧していた。もし、それ(・・)と遭遇したらどうするのかと。

 確たる証拠など無い以上、王城やギルドに報告するわけにもいかない。冒険者を雇って調査をしても、その様な兆候が見られる存在とは出会うことも出来ない。

 半年に一度エークリオで行われている魔物調査報告会でも、近年ではそう言った事を話し合うようになって来てはいるが、世界的に見てもその情報は限りなく少なく、議論するほどの材料すら集まらず、普段と変わらない調査報告がされているだけだった。

 現状で魔物に知能があるという考えは、少数派であり非常識と言われてしまう。


 それが今、目の前に確たる証拠として存在している。

 更には魔法を使うと言う異質な存在として。


 ここにいる冒険者は、魔物の知能に関して肯定的な考えを持っている。

 長年続けている冒険の中で、そうでなければ説明が付かない存在と出遭っているからだ。リシルア国を襲ったギルド討伐指定危険種"ガルド"もその一つだった。

 故にロットの若いと言えるほどの年齢であっても、そういった魔物と遭遇するケースは限りなく少ないながらも、確かにそれを感じていた。

 ミレイは殆どをレナード達と調査依頼を受けている為、魔物と戦う事に関しては他の冒険者とは少なくなるが、以前訪れた古代遺跡で出遭った一匹のスパロホゥクが、そう思わざるを得ないような存在であったため、知能持ちという魔物の存在を気にかけていた。


 どの程度の知能があるかにもよるだろうが、ミレイの言葉に反応を示し、ミレイを睨むまで認識してしまった時点で危険と言わざるを得ないだろう。

 それは人の言葉を理解したことになる。たった一言の『シュート』という単語ではあったが、それに反応したという事そのものが危険だ。それはすなわち、学習しているという事にも繋がってしまうのだから。

 どの程度の学習力を持ち合わせているのか分からない以上、そんな存在をこのまま放置する事など愚策にも程がある。絶対に倒さねばならなくなってしまった。


 一同がまるで凍りついた様に固まる中、一人の少女が危険を知らせていく。


「ヴィオラ、前!!」

「――くっ!」


 深い思考の海から戻り、必死に回避するヴィオラ。

 すぐ目の前まで眷属が突進しているのに全く気づかなかった。

 反応がかなり遅れてしまったが、何とかぎりぎりに避けることは出来たようだ。

 本当に危ない所だった為、全身から体温が一気に下がるのを彼女は感じていた。


 ハンドサインでミレイにお礼を送るヴィオラは体勢を立て直し、眷属へとしっかり向き合っていく。だが意識が眷属へと集中出来ず、攻撃に転ずる様な状態ではないのが、周りから見て取れるほどはっきりと分かった。


 それでもヴィオラは思考を止めない。必死に現状を理解する為に考え続けていた。魔法を使った事実と知能について。いや、知能に関してはまだ知り得ない事が多すぎる。これに関しては今は事実だけで十分だ。

 問題は魔法を人ではない生物と思われる存在が使ったその一点に絞られている。


 魔法を使ったなどと言う報告も、文献にもそんなものは記されていない。

 ヴィオラ自身は図書館へ行く事はまずないが、パーティーの一人にそういった物好きがいて、よく図書館で仕入れた情報をヴィオラ達へ教えていた。

 話を聞くこと、考える事は苦手ではないヴィオラにとって、そういった事は興味深げに聞いてはいたが、存在したという話は誰からも聞いたことが無かった。


 実際そういった事実は確認されていないのだろう。たった一件を除いては。

 それに気が付いてしまうヴィオラ。いや、ここにいる誰もがそれを思っていた。

 そうでなければ、あの文献に書かれていた事の説明が付かないのだから。


 そしてそれは、眷属が何故ダメージを受けていない様に見えるか、という事にも繋がってしまう。それを確信する者、それを信じたくない者、今後どうするべきかを考える者など様々だが、そんな中、ヴィオラが先陣を切るように反応していく。


 ぎりっと強く歯を食い縛る彼女は、通過して行った眷属を射殺さんばかりに忌々しく睨み付けながら、怒りを(あらわ)にするように言葉を発していった。


「あの野郎! 最初(はなっ)からブースト使ってやがったな!」

「……だがそんな事、有り得るのか?」


 その言葉に否定するラウルだったが、内心では信じたくないという思いの方が強いようだ。それも理解した上で、ラウルの言葉に続けてヴィオラとブレンドンが言葉を返していく。


「その考えはもう棄てろ。今までの常識じゃ図り様が無い」

「だろうな。だがどうする? ブースト持ちと戦った事などないぞ」


 ブレンドンが言うのも尤もであった。

 身体能力強化魔法(フィジカルブースト)だけではなく、魔法とは人のみが扱えるものであり、これが当たり前と言われるほどの一般論とされていた。いや、常識と言っていいほど世界に浸透してしまっている。当然それ以外は当然確認などされていないし、文献にもそんな事は載っていなかった。


 だが現実にそれが使われている以上、そんな事は最早関係がなくなっている。

 問題はどう対応するかという事だろう。


 身体能力強化魔法(フィジカルブースト)で肉体を強化していた眷族が、受けたダメージを激減していたと考えると全ての辻褄が合ってくる。いや、全てに繋がる事になっていると言い切れてしまうだろう。


 ヴィオラが初撃を力任せに叩き付けた強力な一撃も、ブレンドンが隙を見て鋭く狙った左目も、全て魔法で身体を強化して防御されていたという事になるだろう。

 恐らくそれ以外の攻撃にも強化魔法を多用していたとも考えられる。


 ではなぜ身体に攻撃が通る時と、通らない時があるのか。


 身体能力強化魔法(フィジカルブースト)であるのなら、マナが必要になる。

 魔法と思われる力である以上、それは眷属とて同じだろう。

 ならば、それは魔法を常時発動出来ないと考えられる。

 そんな事をすれば一気にマナが枯渇して意識障害を起こすからだ。

 人でない存在が意識障害を起こすかどうかなどは分からない。

 恐らく眷属は、致命傷にだけ魔法を使い分けていた可能性がある。

 それこそ知能が無ければそんな使い分ける様な事は出来る訳が無い。


 いや、それどころではない可能性が出て来てしまっている。

 あの高密度の殺気もその一つかもしれないという事実が。


 もしあの殺気もそうだとするならば、精神力の強いとされた熟練冒険者であっても戦線離脱させた理由としては理解が出来る。そしてそれは、かつてアルリオンで起こった一件の調査報告も、それならば説明が付くとまで言えてしまう事だろう。


 女王やロット、ミレイが見せたあの攻撃方法は、どれも別々と言えるほどの統一性がないものだった。剣に盾、そしてクロスボウ。恐らく弓でも使えるのではないだろうかと思えるが、それは今はどうでもいい。

 斬撃、衝撃、射撃。どれも違った攻撃方法であり、一貫性が感じられない。

 ある一点を除いては。


 それは魔法を纏わせて攻撃した、と思われる攻撃方法だった。


 もし仮にこれこそが魔法の本質であるのなら、女王が秘匿しようとしていた理由にも完全に繋がってしまうだろう。そしてあの文献にも言える事になってしまう。



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